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祓い屋令嬢ニコラの困りごと  作者: 伊井野いと@『祓い屋令嬢ニコラの困りごと』3巻発売中
最終章 陋劣の果て

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 ピシャンと教室の戸が開く。

 教室の入口に立つその男の間抜けな体勢から、行儀悪くも扉を足で蹴り開けたのだと分かって、×××は顔をしかめた。


 無造作に括ったロン毛に無精髭、三白眼と三拍子揃ったその男は、タバコを咥えたままのしのしと気怠そうに教壇に上がる。


「せんせー、授業開始からもう五分以上経過してまーす」

 一人の生徒の声を皮切りに、教室中から口々に野次が飛ぶのだから、その教師の人望のなさが窺えるというものだった。


「教師が生徒の前でタバコ吸うなよな」

「そーだそーだイカレ教師ぃ」

「ていうかこんな教師クビにしないこの学校がおかしい」

「マトモじゃないよねぇ」


 小汚くガラの悪いその男は残念ながら、×××を含むこのクラスの担任だった。

 担任はそんな野次をものともせずに、口の端を捲り上げシニカルに(わら)う。


「うるせー馬ァ鹿。なんとでも言えー? だいたいマトモじゃねェこと教える学校の教師がマトモな訳ねェだろーがよ」


 全く悪びれない担任を目掛けて、ノートや消しゴム、シャープペンシルが飛び交う。


 だが、残念ながらそれらは全て透明な障壁に阻まれてパラパラと床に落ち、生徒たちは軒並み舌打ちを打つ。ここまでがお決まりの予定調和で、ルーティン。


 毎度毎度効果ねェって分かってンのにご苦労サン、と担任は生徒を嘲笑(あざわら)った。





「だいたい、ヤニ吸わずにやってられっかってんだワこんな単元。言っとくが今日は胸糞悪ぃ内容だぞ、てめェら覚悟しとけー?」


 結局授業が始まったのは始業から十分は経過してから。× × × は心底クビにならんかなと願ってしまう。


 んじゃ八十七ページな、と、担任はよれて黄ばんだ教科書をパラパラと(めく)り、黒板に蚯蚓(みみず)ののたくったような汚い文字を走らせた。


 神道や密教、陰陽道、はたまた祓魔師の悪魔封じの術エトセトラ、エトセトラ。

 古今東西、和洋折衷の人ならざるモノに対する対処法や術の類ををひと通り教える、日本の一風変わったその専門学校で、その日取り上げられた題材は『蠱毒』だった。






「フィクションでちょいちょい取り上げられてるし、大体知ってンだろ。『蠱毒』蠱術、巫蠱とも。毒虫や毒を持つ小動物を容器に閉じ込めて、互いに共食いをした果てに残った一匹が〝蠱 〟と呼ばれる神霊となり、相手を呪い殺す。クソみてェな呪詛の一種だぁな」


 担任は黒板に〝蛇、百足、蜘蛛、蛙、蛾、etc〟と悪筆を走らせる。


「古代中国で発祥、そんで少なくとも七百年代には日本に伝来して、律令制でも禁じられてる。コイツは呪殺だけじゃなく、副産物として使用者の家は栄えたりもする、と」


 教科書を捲った×××はへぇ、と呟いた。

 フィクションなんかでは確かによく題材にされるが、そこらへんが描かれることは少なく、正直初耳だった。


「だがまァ、とはいえ人を呪わば穴二つ、だ。栄えるも何も、だいたい跳ね返りで呪者本人が死んだ後の話にゃーなるがな」


 それもそうか。そりゃフィクションでも取り扱いにくい。×××はくありと欠伸をして、教科書から目を外すと、次の授業で提出させられる呪符の内職に戻った。





「で、今日の日直、コイツが例えば丑の刻参りなんかと違う点、分かるか?」

「あー……効果が限定的、とか?」

「おー、それだそれ。蠱毒のタチが悪い点は、その効能が被呪者の死一択つーのがアレなんだワ。当然跳ね返る効果も死亡一択。そんで、動物を使った呪詛は解呪が非常に困難、まァ動物にも思考感情があるからな。あー、つまりアレだ」


 無造作に括った髪をワシワシと掻いて担任は顔を歪め、教室を見回して言った。


「コイツに関連する依頼を受けたなら、大抵の場合、被呪者と呪者の両方の死に目を見る羽目になる可能性が高ぇっつーことだ。嫌なら軽々しく依頼受けんな。仮に関わっちまったとして、キツけりゃカウンセリング受けろ。母校でなら無料で受けられる」


 そんで、と三白眼で生徒を睥睨(へいげい)した担任は言った。


「法則からは逃げらんねェのよ。呪者にも下手に仏心を出したりすンなよ。見捨てるべき命もある。そんでそれを気にも病むな。依頼を受けたからって、そこまで面倒見てやらなきゃなンねェ筋合いはねェ。人を呪った奴が悪い。以上」


 思わず「たまには教師っぽいこと言うじゃん」と呟けば、クラスの方々から「いやそれな」と声が上がる。


「言ってろ。この俺がこんなこと言うくらい、コイツは胸糞悪ぃ代物(シロモン)だっつー話だ。あんなモン、作る奴も使う奴もマトモじゃねェ。おめーらも実物を見りゃ分かるだろォよ」


 ちゃらんぽらんな教師の酷く実感がこもった言葉に、茶化すことも忘れてクラスはしんと静まり返った。


 担任は居心地が悪くなったのか、一瞬で真面目な顔を引っ込めると、何事も無かったようにいつもの小馬鹿にしたような表情を張り付ける。


「ちなみにこんな単元を実技で出題しようもねェし、百パー座学で出んぞ。板書しとかねェと泣き見るかンな。もう消すけど」


 言うやいなや黒板を消し出す大人気ない担任に、再びブーイングの嵐が起こる。



 恐らく、らしくもなく生徒を案じた照れ隠しも入っているのだろう。そういう所を含めて、本当にどうしようもない担任だった。






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