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「……ちょっと厄ネタを引き寄せ過ぎじゃありませんかね」
何とか門限ギリギリに滑り込んだ、神隠し廃墟ツアーのその後。
男子寮と女子寮の死角になる建物の狭間で、ニコラは不機嫌を隠しもせずに腕を組む。
目の前には、十五分ノンストップの全力疾走(うち一人はニコラという荷物を抱えていた)で流石に息を乱した男たちが三人、建物に背を預け座り込んでいた。
凄絶なまでの美形、童顔寄りのハニーフェイス、精悍な男前。
バラエティ豊かな青年たちが揃いも揃って頬を上気させ、心做しか目を潤ませながら荒く息をつく様は何とも目に毒ではあるが、ニコラはそんな絵面より何より、切実に欲しいものがあった。安寧の時間である。
今やニコラの職業は祓い屋でも何でもなく、ただの学生だ。何が悲しくて、タダ働きで人ならざるモノに対応しなくてはならないのか。
祓い屋稼業は危険手当も込みで、報酬の高い仕事だった。
だが今やジークハルトとおまけのアロイスを助けるのは、完全にボランティア。こんなにも頻繁に頼られていては、学生なのに学業に手が回らない。
実際、この週末に出されていた課題はまだ殆ど手付かずで自室の机の上に鎮座しているのだから、ニコラの不満は正当なものであるはずだった。
「しばらく自由な時間を下さい。しょうもないことで手を煩わせないで下さい。ちょっとやそっとのことなら我慢して下さい。いいですね」
ニコラが言いたいことを一方的にまくし立てると、ジークハルトとアロイスは「分かったよ」ときまり悪そうに頷いた。
エルンストは一人無言だったが、彼が自ら怪異絡みでニコラを頼ってくることは無いと思われるので問題ない。
「それではご機嫌よう」
突き放すように、わざとらしく丁寧な一礼をして、ニコラはそのまままっすぐ女子寮へと帰る。
自室へ戻れば、嫌でも目に入ってしまう週末の課題。それらからそっと目を逸らして、黙考すること十数秒の後。
ニコラは埃っぽくなった衣服を乱雑に脱ぎ捨てると、そのままバタンとベッドに倒れ込んだ。
「仮眠しよ……仮眠とるくらいいいでしょ……」
我ながら体力の無さには呆れるが、その言い訳を咎める人間はいない。
ニコラはあっという間に深い眠りに落ちた。
♢ ♢ ♢
今にして思えば、あの時から既にその悪夢は始まっていたのだろう。
飛び起きてしまうほどに嫌な夢を見たはずなのに、最初はどんな内容かを思い出すことは出来なかった。
ただ、夜着の袖をまくり上げれば、腕にはじわりと汗が滲んでいて、色素の薄い産毛が月光に透けて金色に光っていた。




