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 ジークハルト・フォン・アーレンベルクが最初に違和感を覚えたのは、思えば数週間前、八月の半ばだった。


 新入生を迎える準備のため、生徒会役員として他の生徒よりも少し早めに夏季休暇を終えたジークハルトは、新学期が始まるまでの約二週間をそれなりに忙しく過ごしていた。そんな夏の終わりのこと。


 個人的な事情からこの年の九月をずっと心待ちにしていた青年は、その待ちに待った九月を目前に浮かれていたのだろう。

 だからこそ、最初はその小さな違和感を見過ごしていた。



 最初はそう、ほんの些細なこと。

 学内ですれ違う教師や他の生徒会役員たちがジークハルトを見かけると、不思議そうに首を傾げたり、彼らがもと来た方角を振り返ったりするのだ。


 だが、自分の容貌が()()()()()特殊である自覚があったジークハルトは、注目されることに慣れ切ってしまっていて。



 入学当初ならいざ知らず、三年目が始まろうとする今になっても未だに見慣れないとでもいうのだろうか、などと見当違いなことを考えていたのだ。夏季休暇を挟んだから仕方がないのだろうか、などと。



 だがそんな怪訝(けげん)そうな反応も、夏季休暇が終わるまでの二週間ずっと続きもすれば、さすがに何かが可笑(おか)しいと嫌でも気付く。

 その上奇妙な違和感は、新学期に向けて一般の生徒たちが続々と寮へ戻って来るにつれ、次第に質を変えていった。





「夏季課題、見せてくれてありがとな。さすが首席様、分かりやすいノートで助かった!」

「え? あぁ、どういたしまして。でも冬季休暇は自分でやるんだよ」

「えー、俺は実家が商家だし、帰省中は家業の手伝いで忙しいんだよなー」

「貴族の子弟だって領地経営の見習いなりやることは多いんだから、条件は一緒さ」

「へいへーい」


 軽口の範囲内でやんわりと(たしな)めれば、級友は肩を竦めて気のない返事を返す。


 正直なところ、お礼を言いに絡んできたその友人にノートを貸した覚えなど、ジークハルトにはなかった。

 ただ他の生徒には貸し出していたために、回し読みでもしたのだろうと、その時はすぐに忘れてしまったのだ。


 だが、その日のうちに違和感はまたひとつ。




「あ、会長! 昨日の夕方、資料綴じを手伝ってくださってありがとうございました。新入生全員分はやっぱり骨が折れますね」

「え? あぁ、お疲れ様。…………ねぇ、それは本当に私だったのかな」


 生徒会の後輩はぷっと吹き出して言った。

「またまたぁ! 会長みたいな傾国級の顔面がそうホイホイいてたまるもんですか!」


 ジークハルトには彼女を手伝った記憶もなかったため、いよいよ不思議だと首を傾げる。

 何故なら昨日の夕方には、ストックがなくなったインク壺を買い足すために街に出ていたのだから。


 彼は真っ直ぐに寮の自室に立ち返り、昨日買ったはずのインク壺と(あわ)せて買った万年筆がしっかりと文机の抽斗(ひきだし)の中にあることを確認して、更に首をひねることになった。





 そうした身に覚えのない、人伝に聞く『自身の目撃談』は二つ三つ四つと積み重なっていく。

 それを人から伝え聞くたびに、得体の知れない漠然とした不安がじわじわと実体をなして迫ってくるようで、まだ八月の終わりだというのに薄ら寒い。


 新学期が始まる頃には、どうやら自分の形をしたナニカがこの学院内を闊歩(かっぽ)しているのだと、ジークハルトは確信していた。






「あれ? さっき三階にいらっしゃいませんでしたか?」

「花瓶ですか? あぁ、それなら一昨日会長ご自身が生徒会室に持って来られたじゃありませんか。珍しいですわね、お疲れでいらっしゃるのかしら?」

「生徒会業務も忙しそうなのに来てくれてありがとう。人手が足りなかったから助かったよ」


 自身の目撃談を聞く頻度は、最初こそ二、三日に一度だったものが徐々に回数を増し、今では一日のうちに何度も聞くほどになって、ジークハルトはいよいよ追い詰められていった。


 『自分ではない自分』とは一体何者なのか、何故現れたのか、何が目的なのか。

 杳として知れないままに、焦燥ばかりが募っていく。

 得体の知れない薄気味悪さがひたひたと己に忍び寄り、真綿で首を絞められるような感覚に、じっとりとした不快な汗が身に纏わりつく。


 何かしていなければ落ち着かなくて、ジークハルトはより一層生徒会の雑務に打ち込むようになっていった。





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