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 中庭にいたタチの悪いモノをサクッと()()した翌日の放課後、何故かニコラはジークハルトの膝の上に抱き抱えられた状態で、アロイスと対峙していた。


 日中の授業を受ける間ずっと、何とか逃げ切ることは出来ないだろうかと考えていればコレだった。

 仮病など口実をあれこれ考えながら人気のない廊下を歩いていれば、背後からヒョイっと脇の下に手を入れられ、まるで猫のように抱えられて運搬され、そのまま今に至る。


 脱力して諦めたと見せかけて、不意打ちでぐっと力を入れて膝上から抜け出そうとするも、腹に回された腕は梃子(てこ)でも動かない。

 ふん、ふんぬと身を捩るも、背後のジークハルトはビクともしなかった。


「あはは、にょきにょき動いてるニコラ、可愛い」

「チッ…………分かりました逃げませんから下ろしてください」

「百二十七回」

「え?」


 耳元で無駄に良い声に数字を囁かれ、意味が分からず振り返って後悔した。

 整いすぎたご尊顔が超至近距離にあって「くっ……だが顔が良いッ」と思わず声が洩れる。

 ジークハルトはにっこりと優美な笑みを浮かべるも、その表情にはなにやら(うごめ)くものを感じさせる圧がある。


「百二十七回。ニコラが「逃げないから」と言って逃げた回数だよ」


 何でそんな回数をいちいちカウントしているんだと、ニコラは呆れ返って天を仰ぐ。

 そして、ジークハルトのねちっこさに呆れると共に、意外と逃走しているなと、他人事のように妙な感心をするのだった。




「さて、痴話喧嘩は終わったかい? ねぇ、そろそろ教えて欲しいなぁ、昨日のこと」 


 アロイスは昨日と同じ窓から中庭を一瞥して、ジークハルトの膝上に抱えられているニコラに向き直った。

 ニコラが連れて来られたのは、昨日アロイスがアレを見つけてしまったのと同じ空き教室だった。

 講義終わりに好んで教室に残る者はおらず、無駄に広い空間には三人しか居ない。




「……あんまり興味を持たないでください。引き込まれやすくなりますから」

「そうなの?」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか」


 興味津々といった態度を崩さないアロイスを、ニコラは冷ややかに睥睨(へいげい)する。


「今回は迎えに行きましたけど、自分から面白半分で首を突っ込む輩を助けに行くほど、私はお人好しでも物好きでもありません」

 意訳をすると「次は無いぞ」だ。


 ニコラは怖いもの知らずの馬鹿が嫌いなのだ。忠告も聞かずに自ら飛んで火に入る夏の羽虫ごときを助ける義理はない。


 手持ち無沙汰なのか、ジークハルトは背後からニコラの髪を弄る。

 鬱陶しいと睨みつけても「私のことは気にせずに続けて?」などと(のたま)って何処吹く風なので、ニコラは渋々彼を意識の外に追い出した。


 視線を戻せば、アロイスは納得いかないと言いたげな表情を浮かべていて、ニコラは眉をひそめた。


「言ったでしょう。〝知らない方がいい世界もある〟って。知れば知るほどアレらは近くなります。認識しないまま、そういうことに関する知識を得ないままの方が、楽に安全に生きられますよ」


 要は、命が惜しければ踏み込むなと言いたいのだ。ジークハルトとアロイスでは事情が異なる。


 類まれなる美貌によって、そういったモノたちと無縁では生きられないジークハルトは、適切な知識を与えることで自衛させなければ、あっという間に彼岸へ渡ってしまう。


 だが、そういうモノの存在を知らず、忘れて生きられるのなら、それに越したことはないのだ。

 譲る気はないと真っ向から見返せば、アロイスは渋々と肩を竦めた。



「…………分かったよ。確かに昨日は肝が冷えたしね。じゃあ、もし次にアレを見つけてしまった時の対処法だけ教えてくれないかな?」

「いえいえ。一回ニアミスしたくらいで、そう簡単に遭遇出来るもんじゃありませんよ。一応お守りを渡すので、それをしばらく持ち歩いていただければ問題ありませんって」



 確かに、その世界に触れた者特有の空気感というか独特の感覚というか、そういったものはあって、人ならざるモノたちはそれを見逃さない。

 だが、一度ニアミスした程度なら、しばらくそういったモノと関わらなければ次第に風化していくものだ。



 だが、アロイスは首を振って「一回じゃないよ。これが初めてじゃないからさ」と言った。


「え?」

「今までも時々見かけてはいるんだよね、あぁいうの。そのうち見たことも忘れちゃうんだけれど」

「…………今までも? 本当に初めてじゃないんですか……?」

「うん、そう。一、二年おきだし、ちゃんと焦点が合ったのは今回が初めてだったけどね」


 聞けばこれまでにも何度か、ベールの向こうにあるような、ぼんやりとした人ならざるモノを見たことがあるらしい。

 そして今回初めて、はっきりとピントが合ってしまった。


「………………まじかぁ」

 そうなってくると、話は違ってくるではないか。


 偶然運悪くそういう世界に触れてしまった者の一回は『ニアミス』であっても、元々隙あらばちょっかいを出されていた者の一回は『必然の邂逅』になる。

 人ならざるモノたちが今後それを見逃すとは思えなかった。

 ニコラは文字通り頭を抱えて唸る。「厄介な類友だなぁオイ」と言ってしまいそうになるのを、なけなしの理性で飲み込む。





 だが、言われてみればそうなのだ。

 美しいもの、綺麗なものが好きなのは人間だけではない。

 ジークハルトには劣るものの、並び立てる程度には美形であるアロイスもまた、人ならざるモノに魅入られない筈がないのだ。


 今まで無事だったのは運が良かっただけで、遅かれ早かれアレらと波長は合ってしまっていたのかもしれない。ニコラは顔中のしわを寄せた渋面で唸る。


「…………あぁもう!」


 古今東西、権力の周りには良くない感情、モノたちがまとわりつく。

 叶うことなら第一王子なぞには関わり合いにもなりたくない。

 だが、彼が境界を踏み越える決定的な引き金になってしまった興味の元が自分となると、そうも言っていられなかった。




「……前言撤回です。必要最低限のことだけは教えましょう」

「ありがとう! あはは、そんなに顔をしかめないでおくれよ。大丈夫、もうニコラ嬢の忠告にはちゃーんと従うし、軽はずみなことだってしないと誓う。絶対だよ」


 苦虫をたっぷり噛み潰した上に味わい尽くして嚥下(えんげ)したような、しわしわ顔のニコラとは裏腹に、アロイスは喜色満面の笑みを浮かべて断言する。


 ニコラの気を引こうと(いたづら)に耳に息を吹きかけてくるジークハルトには、無言で足を踏んづけた。






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[DREノベルス]祓い屋ニコラの困りごと
 

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