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07

 その後、残りの資金はすべてポーションに変えた。本来なら防具を用意するべきなのだろうが、この際防具を買っても焼け石に水だと考えての判断だった。

 といってもそれほど余裕があったわけでもない。薬漬けより宿屋のほうが安上がりになるようにというバランス調整なのか、ポーション1つが30Gもかかる。ゴブリンとスライムの討伐クエストの報酬の合計62ゴールドがなければ1本しか買えていなかった。そんなハルトの手元に残ったのはたった4Gである。かろうじて串焼き1本を買えるが、逆を言えばほぼ何もできない状況といえた。


「まだ使えないって言われた以上は本番までに使えるようになっておかないとな」


 魔物を狩れば報酬が出る。討伐隊に参加したハルトは緊急クエストとして防衛クエスト中に討伐した魔物について種類問わず素材を通常より高値で買い取ってくれることになっていた。

 とはいえその履行にはクエストクリア、つまりファーストリアの存続が不可欠だ。窮地のファーストリアを見限って利権だけ啜るなんてことはできない。


「いざ行かん、最前線へ! ……なんてな」


 そういってハルトは防衛イベントの最前線である北部の門に向かった。


 最初の先頭エリアが存在するのは西部の門の先だ。だからこそ彼も北部の門を訪れることはなかった。そんなファーストリアの北部地域は、防衛イベント中だからかわからないが閑散としている。途中休憩しているらしき兵士の横を通り過ぎるくらいで非武装の住民の姿は全く見当たらない。

 門が近づいてくると、その大きさに驚く。攻城兵器を運び出すのにも困らない巨大な門は、過去に北部で何かがあった痕跡を想起させた。


「止まれ」


 そんな場所だからだろう。西部の門と違いきっちりと通行者の確認が行われる。ハルトは指示通り立ち止まると、自分が緊急依頼を受けたギルド会員であることを明かす。


「ギルド会員か。でも階級なしなんだろう? せめて銅級、いやそれ以上でなければ自殺行為だ」


 しかし事情説明をするとそんなことを言われてしまう。その口調は馬鹿にするようなものではなく、心配するようなものだった。


「少しでもお手伝いをしたいだけです。危なくなれば逃げますのでどうかお構いなく」

「……警告はしたからな」


 そういって門番は大門の横にある人用の出入り口を開ける。


「門前で戦闘が起きている場合や、この門での最終防衛戦が開始された場合は町の中へ戻ることはできない。それ以外の場合には基本的に扉に門番がついている。扉を3回ノックすれば開けてくれるはずだ」


 それではご武運を祈っている。

 その一言で送り出されたハルトはこの後戦場に変わるだろう北部の戦闘エリアへと足を踏み出す。その場所は最初の戦闘エリアとは違い薄暗く、大気がどこか重苦しいと感じる。しかし彼は恐怖以上に高揚していた。果たして最初に遭遇する敵は何だろうか。そんなことばかり考えながら、彼は躊躇いもなくその森へと足を踏み入れた。


~~~~


 ハルトが最初に遭遇したのは赤い肌に黒色の斑点を浮かべた皮を持つ巨大なカエルだった。彼の膝上まであるだろう大きさだが、動きは小さなカエルと同じように軽やかである。気配を追っていると飛び跳ねたところに遭遇してしまい、隠れて接近することは叶わず睨みあいが始まった。

 先に攻撃を仕掛けたのはカエルの魔物。高速で液体を吐き、ハルトは慌てて回避する。カエルといえば舌を使うイメージがあった彼は口元を注視していたため反応はできたが、予想外の攻撃手段に驚き回避が遅れる。その結果攻撃が胴体をかばうように前に出ていた右腕を掠める。直接攻撃を食らったわけではないためHPの減少量は少ないが、その紫色の液体は地面に落ちるとジュクジュクと音を立て地面を溶かした。

 警戒色の魔物に地面が溶ける演出。明らかに毒があるという警告の数々を前に攻撃を食らってしまったことが悔やまれる。そんな中、右腕の感覚が失われ、手に握っていた短剣が手から零れ落ちてカランと音を立てた。


「買ったのはHP回復のポーションであって解毒のポーションじゃない。なにより攻撃を受ける度に解毒する余裕はない。だからと言って腕が簡単に腐るほどの猛毒が時間経過で治癒するとも思えない。そのうえ右手が使えないハンデ……詰みか?」


 表現規制のせいか痛みはないが、腕の感覚がなくなるのもそれはそれでホラーだ。これができるなら、意識だけがあって体が動かないなんて状況も作り出せるのだろうと現実逃避気味に思考が逸れそうになったが、なんとか意識を戦闘に引き戻す。

 改めて戦況を確認する。確かにカエルの魔物の攻撃への反応が遅れたのは事実だ。しかしそうでなくとも回避はかなり厳しかった。おそらく純粋なステータスの問題。門番の言っていた話はハルトが侮られていたからではなく、純粋な事実だったということを目の前に突き付けられる。

 毒状態により急速に減っていくHPに彼は覚悟を決めた。


「どうせリスポーンするなら、HP0になるまで足掻いてみようか」


 魔物に何を言っても特に意味はないのだろう。それでも相手に宣言し、弱気になりそうな自分を押し込める。それから使い物にならなくなった右腕の代わりに左手で落ちたナイフを拾い上げる。

 じっとしているのはただの的だ。そう考えたハルトは武器を回収するとすぐに敵めがけて駆け出した。ただし、右腕がないからバランスが悪いうえ、毒状態だと動きが鈍るのか体も重い。こうなるともう攻撃を避けきれるとは思えない。唯一の救いはカエルの跳躍が基本的には前方に限られているところだろう。厳密にはカエルなのかも怪しいゲーム内の魔物に道理が通じるとは限らないが、後方に飛んで距離を取りながら毒液を飛ばしてくるなんてされたなら、今のハルトは短剣を投げるくらいしかできない。片腕での無様な投擲は、威力が期待できない1度きりの攻撃。そんなもの、あってないようなものだ。

 敵が毒液を吐き出す。ハルトは直撃を避けて右肩で受ける。首筋の感覚までなくなり、右を向くのが大変になったがもとから彼に周りを気遣う余力なんてない。前だけを見つめ距離を詰める。

 今のハルトにハイドアンドアサルト以外の攻撃スキルはなく、低レベルプレイヤーのHPが片腕を失うほどの攻撃を前に半分以上残っているはずもない。どうせ毒でHPが消えるくらいならあの時ファントムを使っておけばよかったと後悔するが、それも一瞬のことであと一歩のところに敵を捉える。


 しかし敵は毒を吐く以外の攻撃も持っていた。


 ハルトが刃を振り上げたところで晒された胴体に魔物は体当たりをしかける。それはカエルの脚力を生かした素早いものであり、ハルトの体は大きく宙を舞う。


【毒耐性Lv.1を習得しました】


 そんな中、何もかも遅い場違いなアナウンスが視界に映り込む。首をひねろうにも体が動かず、毒を受けた場所かどうかにかかわらず体の末端から徐々に感覚が消えていく。ハルトはこれがHPがゼロになるという感覚なんだなと思いながら光となって消えたのだった。


 こうしてハルトは高レベルの魔物との戦闘を経験する。それは一撃も与えられずに負けるという完敗という結果で終わったのだった。

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