06
「なんのアナウンスだ?」
そう思い確認したハルトは、内容を見て厄介ごとの気配を感じる。
「このイベントを乗り越える力もない奴らなら期待外れ。そんな感じか?」
そう口にしつつ、彼自身その言葉を本気にしてはいなかった。より具体的に言えば、このイベント発生が事故、あるいは防ぎようのないトリガーによるものに過ぎず、プレイヤーを妨害する意図で実施したようには思えなかった。
しかしそれは確信どころか一つも根拠のない彼の感覚に過ぎない。むしろプレイヤーをゲームに幽閉し苦しんでいる姿を見て楽しんでいる相手なら、積極的にプレイヤーを追い込むようなイベントを積極的に開催するというのが道理だ。
「なんにせよレイドが実施されるのなら、攻略に積極的なほかのプレイヤーを見つけるちょうどいい機会か」
ソロでどこまで行けるのかわからない以上、後々パーティを組むこともあるだろう。その時に声をかける相手を見つけておくというのは悪い話ではない。それどころか最初のレイドに参加しなかったプレイヤーには声をかけないなんて不文律を作るところが出てきてもおかしくはない。ただのゲームなら聞く耳持たれないような主張であっても、ログアウト不可という状況であれば話は違う。高レベルないし実力のあるプレイヤーの発言は重視されるだろう。
「面倒なことになりそうだなあ……」
これを機に主導権を握ろうとするプレイヤーも現れるだろう。ボスを倒せなければそんなことをしても意味はないが、博打に出る人は常に一定数存在する。
防衛イベント自体も厄介ごとだったが、それ以上に煩わしい人の欲や悪意に晒される可能性を考えてしまい憂鬱になる。
そんな心境の中、ファーストリアに戻る道中で、街道を歩くプレイヤーやNPCたちとすれ違う。普段よりも数が多いのは、やはり防衛イベントのせいなのだろう。途中にはおせっかいなプレイヤーから「ファーストリアに戻るなんて馬鹿げている」と言われたりしつつ、そういう相手には「自分のことだけ気にすればいい」と言って押しのけた。
そもそも彼らはどこへ行こうというのだろう。街道自体長く、先が見えない。そのせいで街道の先に何があるのか知っているプレイヤーは少ない。もしかすると誰1人到達していない可能性まであった。しかしそれは街道の先に何があるのか確かめようとしたプレイヤーが居ないという意味ではない。攻略を進めてゲームをクリアし、人々を開放しようとする殊勝なプレイヤーの中には、見つけた次の町をプレイヤーに告知しようとするはずだ。そういったプレイヤーがいない時点で、次の町に行くには何かしらの障害があるというのは推測できる。
とはいえハルトは鬱陶しいおせっかいをやかれたからといって彼らに悪意を持ったわけでもない。リスポーン地点消失のことを考えれば、彼らが次の町にたどり着いてくれるに越したことはない。
戻ってきたファーストリアには活気がなく、静けさが目立つ。武器屋が閉まる前に寄っておきたかったが、その前に依頼の達成報酬を受け取る必要があった。
ギルドに着くと、まだプレイヤーが残っていた。それ以外にも鎧に身を包んだ兵士たちの姿も見える。どうやら防衛イベントには戦闘可能なNPCも参戦するらしい。窃盗犯を一方的に倒した衛兵の姿を知っているハルトは彼らの協力を得られるならボス戦といってもNPC主体のイベント戦なのかと思ったが、ギルド内の雰囲気がその仮説を否定している。
その一方で、ハルトは自分が出遅れたらしいことにも気づく。というのも、ギルド内に残っているのは、すでにパーティを組んでいるらしいプレイヤーと、他人を寄せ付けない雰囲気のプレイヤーばかりで取り付く島もないように見える。話しかけたとしても、防具を買いそろえていない彼はNPCと勘違いされたり、装備の整っていない初心者は連れていけないと厄介払いされたりしかねない。酷ければ防衛イベントに参加するのは止したほうがいいと忠告されるだろう。
問題が起きるのは嫌だったが、だからと言って全く関心を持たれないというのもショックな話だ。意気消沈したハルトは現状を顧みて、声をかけたところで上手くいきそうにないという結論に行きつき、当初のパーティメンバーを得るという目的は早々に諦め、ソロで参加する方向に切り替える。
そんな考えを巡らせつつ、受付を訪れる。かろうじて運営している受付の前で、ハルトは依頼の達成報告を行い、魔物からのドロップアイテムを受け渡す。ゴブリンの方が少ないため、スライムについては多めに狩ることになったが、超過分については追加で報酬が支払われた。
「初の依頼達成おめでとうございます」
「ありがとうございます」
こんな状況でなければこういうささやかな一言をかみしめていたのだろうが、重苦しいギルド内の雰囲気に引っ張られてそんな気分にはなれない。
「少しお待ちください。別件で、ギルド会員の方に召集がかけられています。基本的には銅級以上の方が対象であり、それより下の階級の方には不参加のペナルティはありませんが、案内だけでも聞いていただけないでしょうか?」
その態度は素人目に見ても妙だった。おそらく普段なら階級なしの会員に声などかけない。しかし必要戦力に足りていないのだろう。強大なボス相手に低レベルのプレイヤーが参加したところで焼け石に水だとわかっていても募集をかけなければいけないほど追い詰められているとなると、これから案内される依頼は明らかな地雷。参加すれば簡単に倒さてしまう難易度であると察する。
「わかりました。話を聞きましょう」
それでも協力できることはあるだろう。そう思い、ハルトは受付係の話を聞くことにする。
「内容は、町の防衛戦への参加依頼です。報酬の支払いは防衛に成功した場合にのみ支払われます。
軍資金として、事前に2,000Gが支給されます。この資金は、防衛戦に参加する意思のある方にのみ支払われます。この資金を持ったまま他の町に逃亡した場合、ペナルティが発生しますのでご注意ください。
防衛戦終了後に、襲撃してきた魔物の討伐数や、討伐した個体の強さに応じた報酬が支払われます。
条件と報酬についての説明は以上です。不明な点や再確認したい点があればおっしゃってください」
内容としては単純なものだ。ただし、防衛戦に勝てたときに報酬が支払われるという形式は割に合わないと感じる人もいるだろう。
とはいえ、次の町に着くか、この町を守る。そのそのどちらに賭けるかと問われると、ハルトとしてはこの町を守るほうがいいと考える。それは、エリアボスがファーストリアを占拠したのちに、次の町に侵攻してくるのではないかと思うからだ。
「依頼、受けます」
「ありがとうございます。それではこれが軍資金の2,000Gです」
受け取ったのは、初期費用の5倍の額。命の額にしては安いかもしれないが、これを依頼受注者全てに配るとなると、相当な額になるだろう。
階級なしのプレイヤーが必要になるほど人手が足りていない状況に不安を感じないわけではないが、防衛戦の開始までに準備を整えなければならない。そう考えたハルトは、急いでギルドを出る。
後衛からのバフを受けられないとなると、目下でそろえなければならないのは強めの武器だろう。1ダメージだけでも貢献は貢献。0ダメージとは雲泥の差があるとハルトは考えている。
ゴブリンとスライムの討伐で稼いだ額は少なく、新しい武器を買えるような額ではなかったが、防衛イベントの依頼を受注した際に軍資金を使えば足りるだろうか。そんなことを考えながら武器屋を訪れる。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
店主がいない可能性も危惧したが、その心配は杞憂に終わる。入店と同時に返事が返ってきたことにひとまず安堵したが、落ち着いてみると町に残っているNPCの行動理由が気になった。
「店主は逃げなかったんですね」
「もう少ししたら逃げるつもりさ。とはいえ武器は重い。持っていくのは厳選したいくつかだけだ。となると火事場泥棒に入られても仕方ない。その前に売れるだけ売っておくのが商人ってものだろう」
疑問を口にすると、店主は逃げ遅れたわけではないと言い、そして商人の生きざまみたいなものを語った。ハルトはその話を聞き、そんな話をすれば店主がいなくなるのを待って装備を盗もうと考えるプレイヤーもいるだろうと思ってしまう。そして装備を整えるために火事場泥棒を働くという選択肢があることに気付いたが、彼は一瞬頭をよぎったその考えを否定する。いくら緊急事態とはいえ盗みを働くのは卑しい。そんな後ろめたさを覚えながら盗った装備で戦っても、きっと楽しくない。
ログアウトできない状況に身を置き、現実の自分が飢えたり衰弱したりするかもしれないと理解していながら、それでもなお恐怖を覚えることなくゲームを遊ぶ。そんな彼にとって楽しさが失われることは死以上の苦痛だった。
「1,500Gで買える一番いい短剣を探している」
「安くしとくよ」
他の客がいないからだろうか。ハルトを連れて店の一角へと足を運ぶ。そこは前回ハルトが装備を選んだ棚から離れた場所にある鍵のかかったショーケースの前だった。
前回適正ステータスの装備の話を聞いたハルトは自分には関係ないと目に留めなかったものの前に立たされ、なぜここに連れてこられたのかという疑問と、何が出てくるのだろうかと期待に胸を高鳴らせる。
「氷のエンチャントがついた武器だ。まだそのレベルだと自前で属性攻撃なんてできないだろう? 今なら1.500Gだ」
鍵を開け、手袋をつけて取り出されたのは普通の金属ではそうはならないだろうと思わせる青い刀身を持つ短剣だった。それは明らかに相場違いだとわかる一方、鍵のかかっていたショーケースに入っているのは疑問だ。というのも、ほかの武器は業物だろうとほとんど例外なく壁に立てかけられていた。
「不思議に思うだろう。これよりも高い装備が裸で売られているだろうに、とね」
「顔に出ていましたか?」
「いいや、別に気にしないさ。これはね、失敗作なんだ。傷口から冷気を流し込み、体温を奪い取るのは刀身だけじゃない。柄を握っているだけで凍り付くような寒さに見舞われる。下手に素人が触れてしまわないようにと鍵をつける必要があった。
それでもこれはこの店の、いやこの町でも唯一の属性武器だ。少なくとも売り物として店頭に並んでいる分ではね。
それに失敗作だからと言ってすべてが悪いわけじゃない。扱いの難しい武器は、要求ステータスが低い。だから本来属性武器を持てないようなレベルでもペナルティなしで扱える。……とはいえ、今の君にはまだ使いこなせないものではあるのだけれど」
ほかにも次の町に王都に近い町に行けば属性武器を取り扱っているところも増える。その時に一つ前の町とはいえ、ショーケースに入っていたような色のついた金属の武器を目にした客は、それを強そうだと感じ購買意欲をそそられるだろう。店主はそんな思惑もあり見世物としておいていたのだとも語った。
「商売上手ですね」
「それはこんな辺鄙な町で店主をやっていることへの皮肉かい? ……で、買うの? 買わないの?」
ハルトは少し考える。握っているだけで冷気に体を蝕まれる。これまでの戦闘から、凍傷の痛みは表現規制があるので感じないだろう。だからNPCと違いプレイヤーであればこの武器を問題なく振るうことができるだろう。しかし問題は状態異常によって継続して受けるスリップダメージだ。ここで1,500G使ってしまえばまともな防具を確保する金はない。そのうえ使うだけでダメージを受ける武器を使うのは、正気ではないだろう。
「(でも、おもしろそうだろ)」
しかしここはゲームだ。こんなイベントが起きて、ここで日和るのはつまらない。ピーキーなプレイスタイル、リスクを負うことでスリルを得る。それはきっと、楽しい。
「買った!」
「まいどあり」
そうしてハルトは『青の短剣』を手に入れたのだった。