04
ハルトがファーストリアに戻る道中、彼の索敵スキルに魔物と異なる反応が2つ映り込む。
「これは、他のプレイヤーか。なんで強調表示されてるんだ?」
軽い疑問を抱いたハルトは念のため警戒し、彼らを避けて通ろうとする。しかし2人のプレイヤーはそんな彼を追ってくる。
「せっかく隠れていたのに、追ってきたらさすがに気づかれるだろ。何を考えてるんだ?」
ハルトを追う2人のプレイヤーは、それなりの隠密行動がとれている。彼に索敵スキルが無ければ、奇襲は成功していただろう。だからこそハルトは、逃げる自分ではなく、自分以外のプレイヤーを狙えばいいだろうと思う。
そんなことを思ったハルトには知る由もないことだが、その2人のプレイヤーは運悪く、誰ともすれ違うことなく数十分を無駄にしていた。そんな2人は、こいつを逃がしたら次はいつになるかわからない。そんな焦燥感を抱き、有利な待ち伏せを止めて下手な尾行を始めた。
しかし相手の事情など知らないハルトは、尾行に気づいていないふりをしながら街道を目指す。開けた場所に出れば襲ってこないだろう。そう考えての行動だったが、どうやらそれは却って相手を焚きつけてしまったらしい。
ハルトを追う2人もまた、開けた街道で彼を襲うわけにもいかない。最初こそ尾行らしく姿を隠そうと努力していたが、次第に足音も気にせずハルトとの距離を詰めてくる。しかしハルトは走ってしまえば気づいていると白状するようなもの。走ってくる彼らとの距離を離すことができない。
「――パワースラッシュ!」
そしてとうとう片方が攻撃を仕掛ける。その手には斧が握られ、攻撃の瞬間アビリティを発動した。
【Sneak Attack!!】
斧が薄い赤色のエフェクトを纏い振り下ろされると同時に、視界の端に警告文のようなものが映る。それを眺めながら、ハルトはその攻撃を回避する。
しかし回避直後の硬直を狙い矢が飛んでくる。連携が上手いなと思いつつ、なんとか直撃を避けようと体をひねると、矢は彼の二の腕を掠めていく。赤いエフェクトが散るが痛みはなく、傷跡も残らない。現実とは違うゲーム特有の挙動は慣れないと不自然で奇妙に感じるかもしれないが、片腕が使えなくなるという心配はしなくていいというのはありがたい話だった。
「体が重い」
そんな戦闘の中、ハルトは体が思うように動かないと感じる。というのも彼のレベルはまだ低い。全力で動くと、余力を残したスライム戦やゴブリン戦では感じなかった低ステータスによる制限を実感することになった。
「えぇ、まさか回避されるなんて」
「何やってんだよ。一発で仕留めるって言ってただろ!」
「怒んないでよ。そっちだって回避されてんじゃん」
矢が飛んできた方向から数歩下がり相手の様子を伺う。すると2人は目の前で突然喧嘩を始めた。ハルトは随分と余裕があるんだなと思いながら、その隙に自分のステータスを確認する。やはり防具なしというのが良くないらしく、直撃でもないのにHPの3分の1が吹き飛んでいた。単純計算であと2本矢に掠ったら負けということになるだろう。とはいえ一番重要なのは毒の有無だ。こんな序盤から毒矢や麻痺毒矢が用意できるとは思わないが、念のため確認をしておきたかった。
「毒がないなら警戒しすぎることもないか」
「ったく、次はしっかり当てろよ」
「うるさいなあ、言われなくても次も当てるから大丈夫だって。 ――ラピッド・シューティング!」
そういって今度は矢が連続で飛んでくる。現実なら矢を引く時間が隙になり、連続で撃とうとすれば飛距離も速度も出ない。しかしスキルはその常識を覆す。低レベルのプレイヤーの攻撃ゆえにお粗末な飛翔速度ではあるが、同じく低レベルプレイヤーのハルトにはそれでも十分な脅威だった。
余裕をもって回避できるほどのステータスはなく、だからと言って下手に避ければ斧を持ったもう1人のプレイヤーの攻撃を食らいかねない。追い込まれたかに思えたハルトだが、彼も無力ではない。むしろ2人よりもレベルは上であり、それだけ手数は多い。
「(相手の本気が見えていない段階で使いたくなかったけれど、出し惜しみして負けるのもばからしいな)――ミラージュ」
レベルが上がり習得した、奇襲の成功率を上げる注目度を管理するアビリティ。その効果は、発動後わずかな時間だけ俊敏性のステータスを2倍にし、初同時のプレイヤーの幻影を生み出すというもの。
「連続ヒットしたよ! 仮に生きてても瀕死――」
「違う! ダメージエフェクトがないってことは、あれはおとりだ!」
「え?」
矢が幻影をすり抜けていく。しかしそれを命中したと勘違いした弓使いは勝利を確信する。しかしその言葉を最後まで言い終える前に斧使いが声を荒げる。その言葉に彼は間抜けな声を漏らす。
「――ハイドアンドアサルト」
隙だらけの弓使いはハルトの姿を見つける前に背後から刃を突き立てられた。
【Critical Hit!!】
ダメージ表記とともに派手なダメージエフェクトが散り、相手プレイヤーは脱力したように倒れると光の粒子になって消える。
「て、てめぇえ!! ――パワースラッシュ!」
その光景に斧使いは激怒し、ハルトに向かって駆け寄ると感情のまま斧を振り下ろす。しかし力任せの一撃が素早さのステータスで上を取られている相手にあたるはずがない。回避され大きく隙を晒したわき腹を切り裂き、ダメージエフェクトが散る。それでも防具を身に着けているうえ、狩人よりも防御に優れたステータスをしていた結果、彼はハルトの攻撃を耐えきり再度構えをとる。
「くそっ、こんなはずじゃ!」
「絶対に勝てる弱い者いじめがしたいなら、せめてもっとレベルを上げるべきだったな」
「うっせぇんだよ!!」
そういいながら相手は再度攻撃を試みる。しかし今度は回避すらされず、武器を振り上げた時点で真正面から切り裂かれる。
「今度会ったら絶対に倒してやる……」
最後にそんな言葉を残し、斧使いの姿も消える。
【襲撃者を撃退しました】
表示されたログを見ながら、生き残ったハルトは自分のHPを確認し、ギリギリだったなという感想を零す。
対人戦、オンラインゲーム的にはPvP (プレイヤー・バーサス・プレイヤー)というべきだろうか。あるいは一方的に攻撃を受けたと考えるとPK未遂に遭ったというべきだろうか。言い方は何にせよ、想定外の出来事に見舞われたハルトだったが、これと言ってくたびれた様子もなく先ほどの戦闘を思い返す。
「効果がプレイヤーにも有効で助かったが、やっぱりリスキーだな」
残っているHPは最大HPの5分の1程度。攻撃は矢以外食らっていないにも関わらず、もう3割を切っていた。その理由は先ほど使ったミラージュというスキルにある。
ミラージュは短時間かつ1つとはいえ、ステータスを2倍に引き上げる効果を持つ。その倍率を考えれば連発できないよう調整が必要だ。それゆえにこの能力は使用時に最大HPの2分の1という重いコストを要求する。回復アイテムを持っていなかった今、矢をまともに食らっていればコストを払えずにハルトは負けていただろう。
そのほかにもミラージュには欠陥があり、幻影はダメージエフェクトが出ないらしい。これはスキルの説明文からは読み取れないことであり、それを知ることができた今回の戦いは有意義なものだと言える。
「切り札があるっていうのはいいことだけど、危なっかしいスキルに頼りきりなのはいただけないな。早くステータスを上げないと思い通りに動くことすらままならない」
そう呟くハルトの頭には襲撃を受けたことに対する悲観や怒りなどなく、彼は楽し気に今後の展望を考える。
その後は襲撃もなく、ハルトはファーストリアの町へと戻ってくる。時刻は日の陰り具合からみて夕方。果たして現実ではどのくらい時間が経っているのだろうと考えるが、答えは出ない。
まだギルドは開いているだろうと思い、立ち寄ろうかと考えたが、今日中に依頼をこなすことはないと気づく。それなら依頼の受注は明日でいいだろう。そう結論付けたハルトは、宿屋やすらぎに向かい、借りた部屋に入る。
部屋で1人になり、今日起きたことを振り返ったり、レベルが上がった後のステータスの再確認、スキルとアビリティの説明を読み返しているうちに時間が過ぎ、窓の外が暗くなっていることに気づく。
「楽しいけど、これ以上は明日に響くな。電脳空間で寝るというのも妙な話だけれど、今日はここで終わりにしよう」
そういってハルトはベッドに入る。興奮して眠れそうにない。そんなことを思っていたが、寝転がってみるとどういう仕組みなのか案外あっさりと眠りに落ちるのだった。