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五感の全てが再現される没入型のVR技術が発展した世界。その技術はゲームに応用され、いくつものタイトルが販売される。
その中の1つに、『セカンドプラネット』というタイトルのゲームがあった。
特段優れたデザインではなく、だからと言って造りが悪いのかといえばそういうことでもない。凡庸な1タイトルとしてそのゲームは静かに発売された。
そんなこのゲームだが、確かに話題になるような注目はされていなかった。だがそれは初日にログインしたプレイヤーが居ないということではない。
「実際に遊んでみたら面白いかもしれない」「店頭で見かけて惹かれた」「このジャンルの新作は一通り触る。その一環に過ぎない」……
理由は人それぞれだが、彼らは何かを期待し、あるいは何も期待せずこのゲームにログインした。そんな彼らを待っていたのは、想像以上の楽しい体験や、粗悪なストーリーではなく、予想外の事態。
その日セカンドプラネットにログインしたプレイヤーたちは、その世界に閉じ込められた。
「困ったな」
そんな囚われたプレイヤーの1人であるハルトという男は、仮想世界に囚われた事実を理解し、静かにそう呟く。
『セカンドプラネット』は没入型。神経と電子機器を繋いでいる。そんなゲームでログアウトができないとなると、世間的には創作内に登場する、ログインした人間が生死を賭けて戦うことになるゲーム、「デスゲーム」に相当するのかもしれない。
没入型のVRゲームの登場以来、そのリスクを提唱する人は常に一定数存在していた。しかし、今までそんなことが起きた事例はない。前例のない事態では対処法などあるはずがない。
現実味のない体験に演出を疑う人もいたが、仮に演出だとすれば悪質すぎる。販売前のチェックで弾かれるような仕様が実装されているというのは、ジョークだと割り切れないリアリティを伴っている。
この日、「デスゲームなんて起きない」という常識は破られ、無数の人間がゲームに囚われた。
「まさか自分が巻き込まれるとは」
ログアウトのボタンの上にはバツ印が浮かび、触れても警告音が鳴るばかり。そのうえ現実との連絡手段はない。どうやら本当に閉じ込められたようだと確認する。
しかし、通常であればゲーム開始直後にログアウト不可能の現状に気づくプレイヤーは多くない。数時間のプレイの後、ゲームを終了する段階でようやく気づくはずだ。
ではなぜハルトはログイン直後にその事実に気づいたのか。それは、この事件を引き起こした主犯から1件のお知らせが届いていたからだ。
チュートリアルやログインボーナスを期待し通知を開いたプレイヤー、彼らに突き付けられた理不尽で一方的な通告。そこに書かれていたのは、主に3つ。ログアウトを禁止したこと。ログアウトの条件がゲームクリアであるということ。そして、ゲーム内で死亡してもリスポーンできることだった。
条件があるとはいえプレイヤーをログアウトさせる気はあるらしいのだが、肝心のゲームクリアの条件は明かされなかった。
「ゲームのクリアか。ゲーム開始直後に掲げる目標にしては大げさだなあ」
一番重要なのは、本当にリスポーンできるかどうかだろう。その一文で騙そうとしているのかもしれない。疑い始めればきりはないが、生死が掛かっている内容だ。慎重にもなる。
その一方で、お知らせの内容が本当ならば、この状況はデスゲームではないと感じる者もいた。というのも、創作物に登場するそれらの多くは、ゲーム内で死亡すると、脳神経が焼き切れるほどの高電圧や強烈なショックによって現実でも命を奪われるという設定が多い。それだけに単にログアウトできず永遠にゲームをプレイし続けなければならないという状況を「死のゲーム」と呼ぶことはないのかもしれない。
ただし、ゲーム内で死なないからといって楽観視はできない。真っ先に思いつくリスクは、ゲームにログインし続けていては食事をとれないということ。仮にゲーム内時間が現実よりも引き延ばされており、1時間の間に数時間分の行動ができたところで限界はある。期限内にゲームクリアできなければ開放されるという可能性はあるが、期待はできない。
長期にわたり昏睡状態が続くのはリスクが高い。ゲームからログアウトできないことが死因に直結する可能性は十分にあった。
「(プレイヤーが本当に人間なら、という前提はあるけど)」
それは考慮すべき可能性の1つだ。仮にプレイヤーが人間の人格をトレースしたAIや、自分を人間だと思い込んでいるAIならばこの状況は単なるシミュレーションに過ぎない。人格を持つ可能性のあるAIで実験を行うという行為に倫理的な問題があるとしても、人の自由を奪い仮想空間に閉じ込めるよりはありえる話ではないだろうか。
ハルトはそんな可能性に考えを巡らせ、途中で止める。自分がAIかもしれないと疑い始めると何もかも疑わなければならない。彼はそれがとても面倒で気分の悪い話だと思った。
それと同時に彼は思う。
「(自分がAIであろうが人間であろうが、これからこのゲームで遊ぶ上では差異はないな)」
到底まともな考えとはいえないが、この男はこんな状況であってもセカンドプラネットでの活動を楽しもうとしていた。
「何か手掛かりになりそうなものは……」
そういい彼は周りを見渡す。その視界に映るのは、ログアウト不可という状況に困惑している人々の姿だ。彼らは運営から届いたお知らせに目を通し、その理不尽な内容に様々な反応を示している。
ふざけるなと怒りはじめる者、茫然自失として脱力し地面に座り込む者、非現実感に酔う者、ゲームクリアのために駆け出す者、ログアウト不可能なんてすぐに解消されるだろうと楽観的に構える者……
多種多様な反応を目にし、あっけにとられていたが、少し時間を置き冷静さを取り戻すと、周りのプレイヤーから特に何か役に立つ情報は得られないだろうなと感じる。
「話を聞けるような相手は居なさそうだな」
その後彼はゲーム開始時点で得られる情報がないなら、逆にゲーム開始前に得られた情報はあっただろうかと考える。
まず公式サイトやパッケージの裏面を思い出すことにする。しかし思い出せたのは、世界観が「剣と魔法のファンタジー」、ジャンルは「RPG」とそっけない記述のみで、あとはゲームのスクリーンショットとその上に被さる派手なフォントの擬音だったという内容。一応思い出したはいいが、大した情報ではなかった。
そのうえこんなことが起きてしまうと、実際のゲーム内容が紹介文の通りかどうかもわからない。思い出したはいいものの、残念ながら有用な情報は思い当たらなかった。
「せめて魔王が居るとか、世界の終わりが迫っているとか、隣国が攻めてくるとか、そういう情報があれば話も違うんだが」
クリア条件を暗示する情報もないとわかり落胆する。
可能性としては、用意されているストーリーが、事前情報不要の単純明快なものだという説がある。しかし、こんな大掛かりなことをしておいてクリアが簡単なんてことはあるのだろうか。
「それにしても、どうしてこんなことをしたんだろうか」
単にプレイヤーが苦しむさまを見たいだけの猟奇的犯行にしては、リスポーン可能かつ明示されたタイムリミットがなく、プレイヤーを追い詰めるような仕掛けは意外少ない。
クリアすればログアウトできるという条件を開示した理由も不明だ。感覚的には、プレイヤーたちが絶望し、行動しないことを嫌っているように思うが、確証は持てない。
愉快犯でないなら、普通にゲームとして運営し、クリアを待つことができなかった理由もあるだろう。
「だめだ。考えても見えてこないな」
そうやってこの事件の首謀者の意図を見抜こうと考察してみたはいいが、情報が少なく考え事が捗るような状況ではなかった。
ハルトはそのことに気づき、これ以上考えても無駄だろうと一端思考を切り上げた。
「まあいいか。現実に戻らなくて済むのは悪いことばかりじゃない。そう思うことにしよう」
この状況を作り出した首謀者の意図が分からないというのは気味が悪い。しかし現状実害があるわけではなく、そういうことを考えて何もできないのは損だ。そう考えた彼は、思考を切り替えると笑みを浮かべる。
例え誰が何を考えようと、他人の思惑に利用されようと、ゲームは楽しむためにある。その根底は揺るがず、思いっきり楽しむだけだ。そう考え、彼は最初の町の散策に乗り出すのだった。
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プレイヤーがゲーム内に閉じ込められる。そんな事件の起きたセカンドプラネットだが、ログインしたプレイヤーの最初の職業は、初回ログイン時のアンケート結果が適用されるシステムとなっている。
戦闘職か生産職かどうか。戦闘職なら前衛か後衛か。攻撃手段は物理か魔法か。質問に真剣に回答すればそのくらいは絞り込めるが、それでも予想外の職業になる人が一定数出る仕組みとなっている。
これが普通のゲームであれば、そういったランダム要素も楽しみの1つと割り切れるかもしれない。しかしこのゲームはログアウト不可能という状況。アカウントを作り直して望みの職業が出るまでやり直す行為、リセットマラソン(俗にいうリセマラ)をすることはできず、適当にアンケートを答えたプレイヤーは悲惨だろう。
そのうえ自身の職業が、周りの足をひっぱりかねないほど弱いのか、他の職業と比較して特別強力なスキルやステータスを持つのかもわからない。
その後、職業の情報や格差が徐々に明らかになるにつれて、プレイヤー同士での緊張感が高まる。自分がもし弱い職業だったら。そんな恐怖や、高ステータスをいいことに他人を見下すような立ち振る舞いや言動が許される。
パーティ機能があり、攻略にはプレイヤー同士の協力が不可欠な難易度であることが暗示されている。しかしプレイヤー同士は強いプレイヤー同士で集まろうとし、弱いとみなされたプレイヤーは排除される。協力しなければならないはずの状況で起きる不和は、今後の攻略の前に立ち込める暗雲のようだった。
【プロフィール】
ニックネーム:ハルト
髪の色:黒
瞳の色:黒
身長:172cm
職業:狩人
レベル:1






