読書友達が断罪されてしまうそうなので助けたいと思います 〜浮気した人達が幸せになるなんてありえない〜
初投稿のため、拙い部分があるかもしれませんがよろしくお願いします。
「やっぱりかっこいいな・・・・・・」
私、ナオミ・ドレーヌは自分の部屋でロマンス小説や冒険小説を読み漁っていた。
本というのは遠い世界へ連れていってくれる素晴らしいものだ。伝説や言い伝え、または王子と姫の恋物語。どれを読んでも私の心を刺激する。
ノフィリア王国の辺境伯である父のもとで教育を受けた私は元々、本などは好きではなかった。本来貴族の女性というのはたおやかで、お淑やかであるべきなのだが私は剣と魔法の鍛錬の楽しさに惹かれてしまい、他の令嬢とは違い少しだけ体が筋肉質になってしまった。
あまりゴツゴツとした筋肉をつけないようにと教育してくださったお母様には感謝しなくては、と今では思うばかりである。
そんな私が読書を好きになったのはお母様の淑女教育のおかげだ。私はマナーや仕草は淑女としては完璧になったのだが、趣味は魔法研究、特技は背負い投げという、いかにも男らしいものだった。
そこでもうひとつ趣味を作るために始めたのが読書である。
最初はいやいやだったが、読んでいくうちにどんどん本の世界へと私はのめり込んでいった。
恋愛、ミステリ、ホラー、ファンタジー・・・・・・あらゆる本を読み尽くした。
そして成長した今、私は立派な本の虫令嬢となったのだった。
私の容姿は亜麻色の髪に健康的な肌、アクアマリン色の瞳なのだが、本を読むようになってからは肌の色が白くなり、ほかの令嬢からは私は病弱で儚いという間違った認識が染み付いてしまった。
いえいえ、これでも私は剣術を嗜んでいますのよ、と言いたくなったが、お母様のことが怖かったので口を噤んだ。
そして私は15歳になり、この国の貴族たちが通う学校。王立魔法学校への入学が決まった。
ワクワクが止まらない、なぜなら王立魔法学校にはこの国の本がたくさん寄贈されており、貸し出しが自由な上に一度に6冊まで借りられるという本大好き人間にとっては夢の場所だからだ。
「淑女として、辺境伯令嬢として恥ずかしくない行動をしなさい」
母からのありがたい言葉だ。
「けれどもし襲われそうになったら急所に二発蹴りを入れなさい。その時だけは体術の使用を許可します」
母は淑女の鑑だが国の防衛を担う辺境伯の妻、ドレーヌ家の家訓は「強く、逞しく、美しく」暴力を使うのではなく武力を使うのだ。
その家訓を頭に入れ、私は王立学園へと入学をした。
が、しかし。
「まったく読書友達ができないだなんて・・・・・・」
入学して数ヶ月、友人はできたが読書友達ができずにいた。貴族も読書を嗜む人は多いのだが魔法の技術を磨いている人が少なく、三ヶ月に一回ある魔力総合テストに苦戦する人が大多数だったのだ。
そうなったら本を読んでいる場合ではない、魔力の鍛錬を元々していた私は友人の鍛錬に付き合うか昼休みにこの学校の噂の共有や何気ない恋愛相談だけをする毎日だった。
放課後、とぼとぼと図書館に向かい、本を何冊か持ってから奥の方へと進む。図書館には本を集中して読めるように作られた場所があり、私は毎日そこで本を読んでいる。
なかなか使う人もいないので普段は私だけの場所なのだが今日は先約がいた。
この国の王子、チャールズ・ヘレル・ノフィリアの婚約者、二年生のミシェル・フルマンティ侯爵令嬢が涙を流していた。
――な、なぜ涙を流しているのでしょう!?
ミシェル様の噂は友人たちとよく話していた。
とある昼休み、人があまり集まらない裏庭でいつものように噂話をしているときにミシェル様の名前が出てきたのだ。
「そういえば知っていますか? チャールズ様が最近婚約者ではない女性と過ごしていますのよ」
友人の一人であるニーナ・シャレムがエメラルドグリーンの瞳を輝かせながら口を開いた。彼女は伯爵令嬢で噂に人一倍敏感だ。ふわふわした薄い金髪で、普段はおっとりとした性格と容姿だが情報収集の速さはプロも顔負けである。
「あぁ、特待生の平民のことね。確かマリアさんと言ったかしら、よく生徒会の人達といるのを見かけたわ」
少しだけ顔を顰めて同じく伯爵令嬢のカンナ・マグノリアが不機嫌そうに話す。彼女は美しい深緑の髪に鋭い美しい瞳で、普段はとても冷静で感情を顔を出さないがこの噂については少し思うところがあるようだ。
こういう噂話は他の人に聞かれると厄介なので私は防音魔法を使っている。流石にこの国の王太子の噂話をしているのがバレたら色々と面倒くさそうだ。まぁ、この噂は学園中でされているようだが。
「平民で魔力を持っているのは珍しいことですし、生徒会の皆様が特に気を遣うのも分かりますわ。私も彼女のことを見ていると色々と心配になりますし」
私はマリアさんのことを知っている、というか同じ特進クラスなのである。
特進クラスは入学時に優秀な成績をとったものだけが入れるクラスで、私は得意の魔法学を使ってこのクラスに入ることができたのだ。
――算術は基準ギリギリでしたけどね。
そこでマリアさんを見たのだが、平民ということもありマナーの基本ができておらず、見ているだけで不安だった。しかし、平民というのは貴族の立場をきちんと理解していると思っていたが……あれは世間知らずと言った方が近いかもしれない。
金髪に優しい桃色の瞳、小さい身体。守ってあげたくなるあの容姿を利用しながら今まで生きてきたのだろう。
「確かに今年は平民の入学は1人だけでしたものね・・・・・・」
その代わりに東洋からの留学生も多いのだが、それよりも話題になるマリアさんというのはどんな人物なのだろうか。
「でも、王太子のチャールズ様、宰相の御子息のカール様、ミシェル様の兄ノエル様、騎士団長の御子息エクトル様、平民でもこの人たちの名前を聞いただけで恐縮してしまうのに彼女の神経はナマケモノより鈍いのかしら?」
カンナがズバッとこの場にいる私達の気持ちを代弁した。生徒会のメンバーはこのように考えてしまうほど強者揃いなのである。
「しかも、ミシェル様からマリアさんに鞍替えしてしまうのではという噂も・・・・・・」
「ミシェル様はどう思っているのかな・・・・・・」
という噂をしたばかりなのに、ミシェル様が泣いているところを見てしまった。気まずいどころの騒ぎではない。
そして、私の気配に気づいたのか私の方を見て驚いたようだった。
「申し訳ありません・・・・・・ここ空きますからっ」
ミシェル様は慌てて立ち上がり、去ろうとした。
一冊の本を、胸に抱えて。
私は、その本を知っている。
「ま、待ってください! その本・・・・・・」
「えっ?」
私は引き留めるためにミシェル様の腕をつかんでしまった。
――やってしまった! 私よりも高位な、しかもこの国の未来の王様の婚約者になんて態度を…!どうしよう、不敬と言われても仕方がない!
私は今の行為に青ざめているとミシェル様は立ち止まってこちらへ近づいてきた。
――不敬罪かな・・・・・・ごめんなさい、お母様。私はいけない子です。遠征に行ってるアルベールお兄様にもう一度会いたかったな・・・・・・。
「・・・・・・もしかして貴方もこの本を読んだことがあるのですか!?」
「はい! 申し訳・・・・・・はい?」
予想していた言葉とは全く違う言葉がミシェル様からでてきた。私の耳は正常だろうか。
「この本・・・・・・《役立たずとドラゴン》を読んだことがあるのですか!?」
「え、えっと。はい」
なんと、ミシェル様は大の本好きだったのだ。
涙を流していたのは本を読んで感動していたせいで、あの噂で泣いていたという訳でもなかった。
そこに私が来て本で感動して泣いているところを見られるのが恥ずかしかったからなのである。
話し込んでいるうちにミシェル様のイメージというのも変わってきた。
美しい赤い髪と厳しさを覚えさせる紫の瞳は周りに避けられていたが、話してみると本当に根っからの本好きで、可愛らしい乙女だった。
「どうして一人で本を読んでいたのですか? ミシェル様の周りには本が好きそうな方がたくさんいらっしゃるではありませんか」
ミシェル様のご友人は皆高位貴族、そして成績優秀である。読書が好きだという令嬢もいると話を聞いたこともある。
友人と本を読むことの楽しさを知っている身である私からすれば疑問である。
「実はチャールズ様にラブストーリーを読むのははしたない事だと言われてしまって・・・・・・それから本を読む時はできるだけ人目を避けていたんです・・・・・・読むことを諦めきれなくて」
――未来の王様がそんな古い考えでいいんですか!?
思わず声に出そうとしてしまったが抑えた。確かにロマンス小説は昔は貴族が読むのはあまり良くないとされてきたが、劇場で行われた劇が書籍化されるようになり、貴族も普通に読むようになっている。
チャールズ様は過去に本に何かされたのだろうか。
彼はなりふり構わず婚約者でもない女性と親しい仲になっているというのに彼女にはこの仕打ち、許せない。
「・・・・・・ミシェル様、本の感想を友人と共有することは良い事なのですよ。同じものが好きで、話し合えることはとても嬉しいことです」
「で、でもチャールズ様が・・・・・・」
「そんなことはどうでもいいんです! チャールズ様だって好きなことを好きなだけやってるんですから! ミシェル様が何かを言われる筋合いはありません!」
この空間には私達だけ、いつもは言えないような言葉を口から吐き出す。
「好きという気持ちは止められないんですから」
この言葉にミシェル様は笑顔で応えた。
あの本の内容、《役立たずとドラゴン》は主人公とヒロインは結ばれるが横恋慕した女の子は悲恋で終わる話だ。これは本当にお節介な憶測かもしれないが本に感動しただけではなくあの涙は……。
私はミシェル様の悩み相談役兼、本の紹介をする係として交流を深めるようになった。
それからというもの、ミシェル様に笑顔が増えた。
周りの噂も気にせず過ごしている姿は誰よりも美しく、むしろチャールズ様達の立場の方が悪くなる一方であった。
ミシェル様の周りの人間関係も修復されつつある。
厳しそうで周りを見下しているという偏見も消え去り、本が好きで成績優秀、そして気高くあり続けるその姿は貴族として最高の模範である、という評価へと変わった。
人というのは話してみなければ本質は見えないものなのだと改めて思わされた。
私もミシェル様のおかげで読書友達が増えてきた。しかし身分の高い人たちばかりなので委縮することも多いが・・・・・・。
けれど楽しいことには変わりはない。
そしてどんどん季節が移り替わり、この学園伝統のダンスパーティーの日も近づいてきた。
この学園は四年制で卒業生のためにダンスパーティーが開かれる。
そして今年はその四年生の中にチャールズ王太子が含まれているので、貴族界からの
注目度も高く、学園内はダンスパーティーの話でもちきりだった。
私たち下級生の参加は自由だったのだが今年はなぜか強制されている。このことからダンスパーティーについての話題性を大きくしているのかもしれない。
いつものように裏庭でいつもの三人で話しているとこんな話も出てきた。
「チャールズ様、最近はなんだか行動があまりにも自分勝手ではありませんか?」
ニーナが不機嫌そうにスコーンをほおばりながらそうつぶやく。
いつもはにこにこして周りの誰からも好かれるような彼女が珍しくほほを膨らましていた。
「どうしたの? かわいい顔がだいなしよ」
カンナはニーナの頬を指でつっつき彼女の顔の伸縮性を楽しんでいた。
「だって、マリアさんが・・・・・・」
「マリアさんがどうかしたんですの?」
ニーナが言うにはマリアは彼女のドレスを絵の具でだめにしてしまったのだという。
ニーナが学園の中にある噴水広場のベンチである人と待ち合わせしているときにマリアさんが目の前を通り、躓いて転んでしまったのだ。不幸にもマリアは美術の画材を持っていたらしくそのままニーナのドレスに直撃してしまったのだという。さすがに不注意が過ぎるのでそのことを咎めると
「ご、ごめんなさい・・・・・平民なのにそんなことをしてしまって」
マリアはそう言って目の前の問題に謝罪するかと思いきや、身分の問題を口に出したのだ。
これではまるで周りからはニーナが先にちょっかいを、まるで彼女に足をかけたかのように見えてもおかしくはない。
そうではないと説明しようとしたが時はすでに遅し、彼女たちの周りには生徒会のメンバーが集まっていた。
まるでニーナは自分の身分をひけらかした悪女のように扱われてしまい、ドレスも評判も汚されるという何とも理不尽な扱いを受けてしまったのである。
「そんなことをする王侯貴族がいることに驚きを隠せないのですが・・・・・・この国の将来、いったいどうなるのでしょうか?」
「平民がハーレム形成できる時代になるなんてねぇ・・・・・・」
カンナと私は今の話を聞いて生徒会の人たちに改めて失望した。
カンナに至ってはあまりのひどさに頭痛を覚えたのかこめかみを押さえている。
「しかも私、その日婚約者のジーク様と待ち合わせをしていたのに・・・・・・」
ジーク・サファイア侯爵令息、黒髪に褐色の肌を持つ隣国にルーツのある海外貿易を担っている貴族だ。
この国の創立時からある歴史ある家だ。いい意味でも悪い意味でも貴族らしい家なので婚約者が絵の具まみれなのを見てどう思うのか・・・・・・。
新たな情報にさらにカンナが顔をしかめた。
これが将来を担う将来有望な生徒会の人たちの所業だというのなら、この国の未来は真っ暗だ。
ニーナは少し悲しそうな顔をしてうつむいた。
「・・・・・・平民相手に慰謝料の請求も難しいでしょうし、そのあとはどうしたの?」
少しの沈黙の後、カンナは心配そうに口を開いた。
――これは立ち直れないかも
そう思った瞬間ニーナは顔をあげた。
「実は、あの後ジーク様がドレスを私に贈ると約束してくださったのです!」
先ほどの落ち込み具合からは想像できない満面の笑みで自分ののろけ話を語り出した。
そうだ、たくさんの噂話を集める器量と人の弱みを握る能力の高い彼女がこんなことでめげるようなメンタルをしているわけがないのだ。
さすがに平民をいじめたなどとそんな噂を広げられては困るので、周りの人達の誤解を解いて回るのには苦労したようだが。
「生徒会の人たちに敵視されたのでしょう? あのあと何かされたりしませんでした?」
誤解を解いたとはいえさすがにあの身分の高い人たちに嫌われてしまったのだ、多少は影響が出るだろう。伯爵も身分は高いとはいえこの学園ではそれより高い身分の人間が多く存在する。身分が低く能力が低ければいじめの対象になりかねない。
「ご安心下さい! あの後わざと汚れたドレスを着て学園を回って同情を買い、むしろ生徒会の人たちの方が立場としては悪くなっていますので、悪影響は出ていませんのよ、ふふふ」
「さすがね・・・・・・私、あなたの友達で良かったとあらためて思ったわ」
「私もカンナの友達で良かったー! あ、もちろんナオミもね!」
――カンナもニーナも他の貴族からの人気が高いし、評判も落ちることはそうそうないかもね。今回の件は心配し過ぎたのかもしれないわ。しかし、ミシェル様は今回の件についてどう思っていらっしゃるのかしら。
「大して何も気にしてはいないわ。むしろ今の環境の方が快適なぐらいだもの」
「そ、そうですか」
図書館の読書スペースでミシェル様は淡々とそう答えた。
放課後にミシェル様と会い、そのまま図書館へと移動してオススメの本を紹介し合っていた時に互いの近況を伝え合っていたところでこの話題へと至った。
「私、彼のことを愛していたつもりだったのだけれど・・・・・・。流石に他の女性を追いかけている姿を見てしまっては諦めるほかないもの。それに」
「それに?」
「・・・・・・それに?」
「私は愛妾を許さないほど狭量ではありません、この国の未来の為ならばどんな事でも許します」
――どうしてチャールズ様はこんなに美しくて聡明なミシェル様を蔑ろにしているのかしら!?
ありえない、というか彼は相当な悪食なのかもしれない。確かにマリアさんの容姿は可愛らしいかもしれないがミシェル様よりは見劣りする、と思う。私の贔屓目も入っているが。
何より知識量の差だ。この学校で上位の成績を取っていたとしても侯爵家と平民では教育の質があまりにも違う。
けれど王室は子孫を残していく必要がある。側室を娶ることもやむを得ないことも多い。
「ミシェル様・・・・・・。私、ミシェル様のこと大好きですからね!」
「・・・・・・ありがとう、ナオミ」
そう言って優しく微笑むミシェル様は、女神よりも美しかった。
幸せになってほしい、そう願うばかりである。
―――――――――
「ミシェル・フルマンティ! 貴様の悪事をここで暴かせてもらうぞ!」
・・・・・・そう願ったばかりなのに、どうしてこのようなことが起きてしまっているのか。
私達、噂話友達であるカンナとニーナとナオミこと私は互いにドレスを褒め合い、他の人たちと同様に料理とダンスを楽しんでいた。
カンナのドレスは深い藍色で高身長とスタイルの映えるマーメイドドレス、ニーナはレースとリボンの薄桃色のドレス。とても似合っている。
二人は魔法を特進レベルまで履修することができるようになり、そのお祝いでドレスを買って貰ったらしい。
私の空色で蝶の刺繍が施されたドレスも似合っていると二人に言われて嬉しくなった瞬間、先程の台詞がチャールズ様の口から言い放たれたのである。
――まさか、この場を作るために私達の学年まで呼ばれたとか・・・・・・いやまさかそんなわけ。
パーティーで配られた飲み物を口にしながらその王子の重大発表を聞く。
一緒にいたカンナとニーナは固まってその馬鹿王子の方を向いている。
悪事をミシェル様がするわけないと確信している私にとってはチャールズ様の言葉などは大して重要ではない。私が一番気にしているのはミシェル様の扱いだ。
ミシェル様は困惑した様子でチャールズ様と何故か隣にいるマリアさんを見ている。
「・・・・・・申し訳ありませんが、私にはその悪事とやらには身に覚えがございません」
「しらを切るつもりか、流石は悪女だな」
最早、チャールズはミシェルの言葉などは聞くつもりなどは毛頭もないのだろう。
「私はマリアさんには何も、」
「嘘です! 私、ずっと怖かったんですから!」
食い気味で言葉をさえぎったマリアさんはチャールズ様の後ろから怯えた様子でミシェル様を見つめている。小動物のような印象を受けるその容姿、きっとミシェル様を知らなかったら私はこの場でマリアさんの言葉を信じていたのかもしれない。
「チャールズ様! 信じてください! 私は何もしていません!」
「くどい! エクトル! こいつを押さえつけろ」
「はっ!」
どこからともなく現れたエクトル様にミシェル様の細い体は無理やり跪く体勢になった。
「無様だな、ミシェル」
「・・・・・・お兄様」
エクトル様がミシェル様を押さえつけると同時に生徒会のメンバーも現れた。
金髪で赤い瞳のチャールズ様、焦げ茶色の髪で妹と同じ瞳を持つミシェル様の兄ノエル様、綺麗な緑髪でエメラルド色の瞳のカール様、銀髪で冷たい藍色の瞳を持つエクトル様、彼らを見ていると目がチカチカする。マリアさんはよく平気で見ていられるな、と感心するばかりだ。
彼らはまるでこの様になることを予測して準備していたみたいだ。
「カール証拠を」
「はい。ミシェル・フルマンティの悪事をここで暴かせていただきます」
彼はミシェル様に罪の内容をこと細かく説明をし始めた。
マリアさんは悪い噂を流されたり、階段から突き落とされたり、教材を破かれたりしたらしくその犯人はミシェル様なのだという。
――ミシェル様がそんなことをするとは思えない。でもしていないという証拠は私は持っていない。ここで助け船を出すのはどうしても難しい。何か、何かもうひとつあれば何とかなりそうだと言うのに!
「そして、マリアは持っていた本も破かれたらしいな?」
「は、はい・・・・・・私の一番のお気に入りだったのに」
――これだ!
涙を悲劇のヒロインのように流す姿に同情する様子を見せる貴族もいる中、私はその発言の後ミシェル様の前に出た。
「ミシェル様! 大丈夫ですか!? 申し訳ありません、助けるのが遅くなりました・・・・・・」
「ナオミ・・・・・・!」
私が前に出てきたことで貴族たちのざわめきがより大きくなった。
――ここで失敗すれば私達一族が没落しかねない。
ここで生徒会を敵に回せばドレーヌ家に未来はない。ここは大人しくしておく方がいいのかもしれない、けれどミシェル様は、私にできた最初の読書友達なのだ。
見捨ててしまった私を二度と許せなくなってしまう。
カンナとニーナ制止を振り払い、前へと出た。
「誰だ貴様は!」
「御機嫌よう、チャールズ殿下。私はミシェル様の友人、ドレーヌ辺境伯家のナオミと申します」
私は貴族の挨拶を丁寧にする。相手は王族だ、丁寧にしなければ。
――もしここが公式な、表彰とかの場であれば良かったのに。そうだったら大出世できたのに。
現実逃避をしながらチャールズ様の様子を窺う。
チャールズ様は友人という言葉を聞いて顔を顰めた。
最近のミシェル様を知らなかった彼には、私はどうやら予定外の存在であるようだ。
「取り巻きか・・・・・・貴様はミシェルに言われてこの場に立たされているのだろう? もうそんなことはしなくても、」
「私は自分の意思でここにいます。ご心配なさらず、結構です」
チャールズ様はミシェル様のことを何も知らない、友人関係すら把握していないとは思ってもみなかった。
「自分の意思? あぁ、脅されているんだな? ミシェルのやったことをここで全て吐けばこの無礼を許してやろう」
「ミシェル様のやった事などひとつもありません。脅されてもいません。私の家は辺境で防衛を担っています。私を脅すということはこの国の戦力の要である我が辺境伯家を敵に回すということです。そのような愚かな行動を侯爵家の令嬢がすると本当に思いますか?」
「そ、それは・・・・・・」
彼は少し狼狽えて言葉を濁した。
少し考えれば分かることなのに、チャールズ様はここまで浅はかな人間だっただろうか。
しかし、辺境伯とはいえ、ここで失敗すれば国境防衛の任を解かれるか、最悪階級の降格だってあり得る。
「でも私は本当に虐められたの! ミシェル様の友人だからって庇う必要なんてないわ!」
震えていたはずのマリアさんが力強く言い放つ。度胸があるのか、或いは周りの空気が読めないのか、両方かもしれないが。
「それではこの場で押さえつけられているミシェル様はどうなのですか? 令嬢が令息に、それも騎士団長の御子息が乙女を押さえつけているこの状況は、マリアさんの言う虐めなのではないですか?」
「こいつは悪女だ! 拘束して何が悪い!」
エクトル様がこちらが正義だと言わんばかりに主張する。
「悪女、ですか」
「そうだ!」
自信ありげに返事をする彼は単純かつ、利用しやすそうな印象を受ける。まぁ、要するに脳筋っぽいということだが。
「ではお聞きしますが、貴方たちはミシェル様が悪事を働いたところを実際に見たというのですか?」
「僕達は見ていませんが、証人がいますよ」
ノエル様が前へと出てきて紙を見せつける。
そこには証言した令嬢の氏名が多く記載されていた。
「どうですか? これだけ多くの令嬢が証言しているのです。ミシェルの友人ということで庇いたい気持ちもあるかと思いますが、ここは大人しく引き下がった方が賢明ですよ」
「・・・・・・貴方たちはこれを本当に全て真実だと思い込んでいるのですか?」
「どういうことです?」
この資料は不自然すぎる。ここに記載されている証言が多すぎるのだ。
果たして一人の令嬢に原稿用紙二十枚分の犯行を行えるのだろうか。しかも、どの悪事もミシェル様が行ったことだと記されている。せめて、先程言った取り巻きに任せて行ったことだと言うのなら辻褄は合うだろうが。
「一人で行う犯行にしてはあまりにも量が多すぎると思います。どなたが調査をしたのですか」
「僕だよ、この証拠に何か不満があるというのかな」
他の人達より一回り小さいカール様が少しだけ不機嫌そうに前へと歩いてきた。
「不満というか、不自然な点が多すぎます。先程も言った通りこの犯行を一人で行えるとは思いません」
「全員そうやって証言したんだから、それが証拠だよ」
この人は何を言っているのか。仮にも宰相の子供ならもっと聡明な意見が聞けると思っていたのに。
今の発言だと無実の人でも署名があれば証拠不十分でも死刑を執行するのと同意義だ。
「そのような証拠で私を断罪しようと・・・・・・お兄様」
震えた小声が私の耳の中に入ってきた。
自らの兄に失望したのと同時に絶望したのだろう。そのようなお粗末な証拠で実の妹を断罪しようとした兄に。
「では、サーニャ・アルファルド男爵令嬢、ダリア・バルフェルト子爵令嬢から実際に証言をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「べつにいいよ、その方がその悪女を断罪しやすくなるし」
カール様もそうだが、なぜこの場にいる生徒会のメンバーは自分が間違えている可能性というのをこの状況で考えないのだろうか。
呆れながら、先程見せられた資料に目を通す。
「ご、ごきげんよう。私はサーニャ・アルファルド男爵令嬢です」
「ごきげんよう、私はダリア・バルフェルト子爵令嬢です・・・・・・」
二人とも自信がなさそうな様子でこちらを窺っている。
「それでは証言してもらおうか、この女の悪事について!」
チャールズ様のその言葉にビクッと体を強ばらせた彼女たちは報告書にある通りの事実を証言した。
矛盾する点はほとんどない、が。
「・・・・・・どうしてその場でミシェル様を止めようとしなかったのかしら」
「それは、その身分が違いすぎるので・・・・・・私は子爵令嬢ですし」
「本当に、その行為をしたのはミシェル様だったの? 流石にこれは身分だけで抑えられるものではないわ。もっと他の理由があるのではなくて?」
私がそう言うと二人は気まずそうに下を向いた。
隠している事がありそうだ。
「正直に話しなさい」
少しだけ、声色を低くして二人に諭した。
ここで嘘の証言をされて困るのは私とミシェル様だけだ。
「・・・・・・私が証言しますわ」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ると薄い金髪の令嬢と美しく艶のある黒髪の令嬢が近づいてきた。
カンナとニーナだ。
「もう本当にあなたは・・・・・・」
カンナは頭が痛そうにこめかみを押さえながら、私の方へとよってきた。ニーナはその逆で満面の笑みだ。
「カンナ、ニーナ!?」
「この借り、スコーンとお茶にして返してもらいますから! そのつもりでいてくださいね!」
ビシッと私の方へニーナが扇子を向けた。
いつもよりテンションが高いのは気のせいだろうか。
「な、なんだ貴様らは!?」
「私達、その資料で言う証言者ですわ。ニーナとカンナできちんと名前が書かれているはずですが」
ノエル様は慌てて資料の中から名前を探す。
しかし、見当たらないようだ。
「もしかして証言者の名前を把握してないなんてことはないはずですわよね?」
カンナが口元を隠しながら毒づく。この場でいつものように相手に的確な嫌味を言うのは才能としか言いようがない。
「君たち、そんな嘘ついてもダメだよ? ここでそんな嘘の証言をしたとしてもミシェルが悪者なのは変わりようのない事実だ」
「いいえ、きちんと名前が記載されている筈ですわ。東洋の言葉でですが」
「な・・・・・・それは本当か!?」
「あ、あります。 ですがまさかそんな訳が・・・・・・」
そういえばあの資料には東洋語で神名と仁奈という名前があった。まさか彼女たちだったなんて思いもしなかった。
「えぇ、そんなわけないですわよねぇ。貴方たちは自分より格下の貴族、またはこの国の言語に不慣れな留学生にしか証言を取っていないのだものねぇ」
カンナはより一層、笑顔を深めて生徒会の人たちを見つめる。
「ふふふ、まさかあんな事に引っかかるなんて思いもしませんでしたわ・・・・・・東洋の人達に感謝ですわ」
私達の名前は東洋でも馴染みの深いものらしく、留学生と交流の時をもったときにいつもの三人で東洋の言葉で互いに名前を書き合ったのだ。
「そ、そんなことは認められない! 他の国の言語で書かれたものは無効に決まっているだろう!」
「あら、南方の国の・・・・・・カルゲスタン帝国の言語で署名された名前もあるというのに、私たちの署名は認められないのですか? 多民族国家であるこの国で? 」
あらゆる国と交流を深めてきたノフェリア王国は、言語も多様であり、署名する際に他の国の言語を使う場合もあるのだ。海外由来の貴族などは大事な場でそうする場合が多い。それらの貴族の多くは歴史も浅く、身分も低い。
王子たちは狙って証言してもらっていたのだろう。
「まさか証言をして署名をした後に、ほとんど確認せずに行ってしまわれるとは思いもしなかったですわ。自国の言語で署名せよ、とでも言ってくださればちゃあんとそうしましたのに」
どこか裏のありそうな笑顔をニーナは浮かべている。ニーナの視線はマリアさんの方へと向いており、あの濡れ衣絵の具事件に対する恨みが窺えた。
「でも君たち、証言した時には髪が黒かったじゃないか! 」
「あら、たまたま授業で髪質を変化させる魔法を覚えたばかりでしたのでたまたま魔法を解かずにそのままでいただけですわ。私達は他者として偽りの姿も見せていませんし、顔の構造も変えていなかったわ。 東洋人と西洋人の顔の区別すらできなかったカール様のミスですわよ? 」
カール様は顔を真っ赤にして紙を握りつぶしていた。
こういう時のカンナの煽り文句は凄く頭にくる。カンナが喧嘩をした際、相手を焚き付けて殴られるのを待ち、暴力を理由に慰謝料請求をしたことがあるのだ。
彼女に口先で勝つには百年ぐらい必要だろう。
・・・・・・しかし髪の色を変えただけで騙せてしまうものなのだろうか。
「ではカンナ・マグノリア様、ニーナ・シャレム様。どうか証言してくださいませ」
二人がはい、というのと同時にカール様とノエル様の顔が青ざめた。
――あぁ、きっとこの人たちが独断で調査をしていたのね。
「私、ニーナ・シャレムはマリアさんの教材がインクで汚れているのを見ましたわ」
「でしょう!? ほら、ミシェル様は私の事を・・・・・」
「最後までお聞きになって? 私は教材がインクで汚れているところしか見ていませんのよ。なのにあの資料ではミシェル様がやったことになっているんですの。流石にこの意味は貴方たちでも分かるでしょう?」
もうここまで来てしまえばこの会場にいる人たちは皆、私たちの味方だ。
証拠の矛盾、下級貴族への脅迫、そして周知の事実であるチャールズ様とマリアさんによる浮気。
そしてマリアさんによる発言だ。
「マリアさん、貴方は大事にしていた本をミシェル様に破かれていたと仰っていましたが、ミシェル様はそんなこと絶対に致しません」
「そんな・・・・・・でも私は破かれたんです!」
どうしてここまでミシェル様にやられたと言い張れるのだろうか。嘘をついているようには見えないが。
でも、ここまでは想定内だ。
私達が出てきたことでほかの貴族も物怖じせずに発言できる場が出来上がった。
もはやこの人達に身分などは関係ない、不正を行なった者には敬意を示す必要はないのだから。
「ミシェル様はそんなことするはずありませんわ!」
「そうです! そんな貴重な本を破くなど絶対に有り得ませんわ!」
「というか、令息が令嬢を押さえつけるなど紳士の風上にもおけませんわ!」
「本の貸し借りをした時にミシェル様は破れている部分に修復魔法をかけているところを見ました!」
周りの貴族達が声を上げ始めた。
生徒会の人達がマリアさんに夢中だった間、ミシェル様は交友関係を広げていき信頼関係というものを築きあげていたのだ。
そもそも本というのは貴重なものも多いので、破くということは貴族は絶対にしないのだ。ましてや本好きで有名なミシェル様はそんなことをするはずがない、それを確信したからこそこの場に私は立てる。
ミシェル様の瞳には涙が浮かんでいた。
「そもそも、ミシェル様は王妃教育によりいじめる時間などはほとんどなかったはずです。遊ぶ時は頑張って時間を空けていたようですし・・・・・もしかして殿下はご存知なかったのですか?」
そんないじめる暇があるなら勉強に時間を使うだろう。
「こんな女を好きになるなんて殿下は相当趣味が悪いのね・・・・・・」
「なんだと貴様!?」
私が思わず口にした言葉はどうやら彼らの耳にも届いていたようで、特に殿下は顔を赤くしている。
「・・・・・・そもそもこいつのせいで!」
「ひっ」
エクトル様がミシェル様に対して拳を向けた。
――このような行為をする人間達に、ミシェル様はもったいない。
「うぐっ」
「《拘束》」
「・・・・・・手が動かない!?」
私はエクトル様の出した腕を掴み、腹に深い拳を入れた後に拘束の魔法をかけた。
どうやらいい所に決まったらしく、空気を上手く吸えずに倒れ込んでしまった。まさか私が反撃をするなど思いもしなかったのだろう。
「貴様! エクトルになんてことを・・・・・・」
「あら、顔と身体が命の令嬢に対して先に拳を向けたのは貴方たちでしてよ?」
「令嬢が体術を用いるなどなんて野蛮な!」
じゃああなた達は無抵抗の令嬢に対して暴力を振るおうとしたのはどうなのか、という視線が王子たちに向けられる。
「はぁ・・・・・・私達が出る必要もなかったのかもしれないわね、ニーナ」
「えぇ、あそこまで愚かになってしまうなんて思いもしませんでしたわ」
この言葉により、会場にいた人たちの笑いを誘ったらしく、くすくすと密かに笑い声が広がっていった。
「貴様ら・・・・・・衛兵共! この愚か者たちを牢屋へ連れていけ!」
しかし、どの衛兵も動きはしない。
もはやこの王子に対する忠誠心などは存在しないのだろう。
「な、なぜ動かん!」
「チャールズ殿下、貴方たちの行っている行動は目に余ります、どうか賢明なご判断を・・・・・・」
「知るか! 愛する者を害した悪女を捕らえることの何が悪いのだ!」
――この人、包み隠さずに《愛する人》って言いました!? 本音と建前ぐらい使い分けなさいよ、せめて!
そして会場に再びざわつきが広がる。
「ありえないですわ・・・・・・」
「あれが、将来の王ですの?」
「えぇ・・・・・」
困惑の声、笑いをこらえる者、呆然とする者、もはや彼らに対する敬いという概念は消え失せた。
「愛し合うことの何が悪いんですか!? いじめられたのは本当のことなんだから!」
――あぁ、この子はどこまでも夢を見ているんだわ。
そんな理想、貴族の規則の中では成立することなどは絶対にない。
「愛し合うことは別に誰も悪いとは言ってはいませんわよ? マリアさん」
「平民だからって愛する人と結ばれてはいけないんですか!? また差別をするんですね!」
「・・・・・・」
ニーナはマリアさんの言葉に対して黙り込んだ。決してそれが正論だったからでは無い、怒りと罵倒しそうになっている口を押さえ込んでいるからだ。
――しかし、マリアさんはニーナを目の敵にしているような気がする。
「マリアさん、この国では平民と結ばれた王様も存在します。 ただ、側室という形で迎えられましたが」
「・・・・・・側室は嫌よ、私は彼の一番でありたいの!」
「マリア・・・・・・」
チャールズ様は感動しながら彼女を見つめるが、会場の貴族からは冷ややかな目線を向けられていた。
彼らの目を覚まさせるにはカードが足りない、例えば彼らより立場の上の貴族が動くとか・・・・・・。
そんなことを考えた瞬間、パーティー会場の扉が強く開かれた。
「衛兵! あの平民の女性を捕らえろ!」
「はっ」
数十人の騎士たちが現れ、マリアさんとチャールズ様を引き剥がした。
「お、お父様!?」
「このバカ息子が・・・・・・」
エクトル様は拘束されたまま、彼の父親を見上げていた。
「トール殿! なぜマリアを捕らえるのですか!?」
「簡単ですよノエル殿、この子が罪を犯したからだ」
「つ、罪?」
マリアさんも心当たりはないようで、必死に抵抗をしている。しかし現役騎士団長の豪腕から逃れることはそう簡単ではない。
「なんのことですか!? 私は罪なんて犯してない!」
「貴族の名誉毀損、器物破損だ」
その罪状を聞いたカンナとニーナはニヤリと笑みを浮かべた。
「トール、なぜミシェルを捕らえないのですか!」
「彼女は何もしていない、この女性が捕らえられている理由は後で君の父上に聞くといい」
「父上の命令・・・・・・!?」
呆然とする彼を構わず、トール様はマリアさんを連行していく。
「私は本当に何も・・・・・・」
生徒会の人達は何もできずにその場に立ち尽くしていた。
まぁ、そんなことがあったのでパーティーなど続けられるはずもなくお開きとなった。
その後、マリアさんの真実が明らかとなった。
彼女がいじめられて物を壊されたと言ったのは、自分がドジをして壊してしまった物を他人になすりつけるためであった。
平民なので、学園で壊した物の弁償などできるはずがないからそうする他できなかったのだろう。
そしてもうひとつは名誉毀損、彼女は平民という立場を逆に利用し悲劇のヒロインを演じていたのだ。
「私の噴水絵の具事件がいい例ですわ! まぁ、そのおかげで彼女を訴えることができたのだけれどね」
「あぁ、もしかしてその事について王様に嘆願書を書いたのですか?」
「もちろんそれもあるのですが・・・・・・絵の具って固まるのをご存知ですわよね?」
「たしかにそれは知っているけれど・・・・・・それがどうしたの?」
「髪の色を変えただけで人を欺けると思う? 私は元々黒髪なのに」
「まぁ、それは思いましたけど・・・・・・まさか貴方たち」
収拾が着いたあと、いつもの様に集まってお茶会をしながら噂話をしていた私達はあの事件について話し合っていた。
カンナとニーナもどうやらその事件の根本に関わっているらしい。
「私達、顔の形を変えていたのですよ」
「えぇ、まさかあそこまで上手くいくなんて」
彼女たちは魔法は使わず、特殊メイクで署名を切り抜けたのだ。確かに古典的だが騙しやすい。
絵の具事件の時に顔に着いた絵の具が落ちにくかったことを思い出し、その作戦を行ったというのだ。
「でももしバレていたら身分詐称でつかまっていたのかもしれないんですよ・・・・・・どうしてそこまでしたの」
そう言うと二人は見合って、少ししてから口を開いた。
「お礼をしたかったのよ、魔法を教えてくれた貴方に」
「そう、私達お世話になってばかりだから」
そんなことを考えているなんて思ってもいなかった。私は別に見返りを求めて魔法を教えていた訳では無い。けれど、私を助けてくれた。この事実はとても嬉しい。
「・・・・・・そんなことで」
下手したら家ごと潰される可能性だってあった。
そんなリスクの中で行動をしてくれたのだ。
「ありが」
「まぁ、私怨もありましたけど・・・・・・ドレスの件とかね・・・・・・」
「私、もともとああいう子苦手だし」
お礼を言う前の感動を返して欲しい、というか大半の理由はそれだろう。
「スコーン奢って下さりありがとうございます、ナオミ、あとでクッキーとマカロンも追加でお願いしますわ」
「えっ、まだ追加しますの?」
「あたりまえでしょう、私達はそれぐらい頑張りましたわ。少し詰めの甘いあなたのために行動したのだから」
有名なパティスリーのスイーツなのであれ以上の追加はとても大変だ。お金は平気なのだが、量を用意するのは一ヶ月以上予約を待たなければならない。
「そ、それは勘弁してくださると嬉しいですわ」
「うーん、それはどうしましょう」
「あぁ、貸しを作るって楽しいわね」
ニコニコと笑う彼女たちを世間的に敵に回すのはやめておいた方がいいらしい。
はぁ、とため息をついて改めてお茶を飲む。
そこであることに気がついた。
「そういえば、ニーナとマリアさんって少しだけ似てますのね」
「あぁ、それは私も思ったわ」
「私と彼女? 全然似てないわよ! あそこまで愚かじゃないですわ!」
少しだけ頬を膨らませながら怒る姿も、どこかマリアさんを彷彿とさせる。
「容姿は似てるわよ、守ってあげたくなるとか、笑顔が」
カンナの意見に頷きながら同意する。そうするとニーナは少し照れたように膨れた頬を少しだけ萎ませた。
「まぁ、そこは認めますわ」
「・・・・・・まさかマリアさんが貴方を目の敵にしていたのって同族嫌悪なのでは」
「え、ええ? まさか私そんなことでドレスを汚されたんですの!?」
「有り得るわね、ライバルができたら彼らのことを落とせなかったかもしれないし」
「・・・・・・司法の力に感謝ですわ、この学園から彼女が消えたことに」
その後、生徒会の人達とマリアさんはどうしたのかと言うと、貴族の子息に有るまじき行動をしたということで廃嫡、または再教育の為に領地へと送り返され、苦労をしているようだ。
嘘の証言をした令嬢は殆どが下級貴族だったため、証言を捏造されても訂正ができずにいたという。中にはミシェル様が気に食わないという理由で自分の意思で証言をした者もいたらしい。これにより、国の中にある膿が消えるといいのだが。
そしてマリアさんは平民でありながら貴族の名誉毀損という重い罪を犯し、今は牢屋の中で監禁生活を送っている。ただ、魔力が使えるので今後の行動次第では今よりマシな生活は望めるだろう。
「あの、私もこの場に参加してもよろしいのですか?」
「あぁ、ミシェル様。いらしてくださったのですね」
「えぇ、私も貴方の友人と話してみたくて」
彼女にはやはり、笑顔が一番似合う。
カンナとニーナも挨拶をし、中庭にまたひとつ笑顔が増えた。
ミシェル様はあの事件の後、国王からの呼び出しを受け正式に婚約破棄が決まり自由の身となった。
ただ貴族の令嬢人生に傷がついてしまったことには変わりはない、これからは少しだけ大変だろうが学園では楽しく過ごして欲しい。
まぁ、私が騎士団にスカウトされたり、私の家にミシェル様がいらっしゃった時にお兄様が一目惚れをし、求婚して少し騒ぎになったのはまた別のお話である。
――――fin