三文字のアレでボタンを押せ!
「ぶ、分隊長! そ、それは、この基地の自爆ボタンです!」
「バカ! こっちを向くな!」
「す、すみません……」
「いま私の裸を見たな?」
「ほ、ほんの少しだけであります…………も、申し訳ありません……」
「おい、その身体を縮めるな! キサマの巨体が壁にならないと、そっちの監視カメラに、私の裸が撮られてしまうだろ!」
「わ、分かっているであります! し、しかし、分隊長の自慢の巨乳は、長い髪で隠れておりますから、上半身くらいなら撮られても……」
「ああん? キサマ、さっき『ほんの少し』と言ったくせに、ずいぶんしっかり見ているな? ん?」
「ゆ、ゆ、許してください!」
「ふんっ……非常時だから大目に見てやるが、ここの監視カメラは、地球防衛軍の本部とつながっていて、誰が見てるか分からんのだ! 気を付けろ!」
「……じ、自分は、そのカメラに、裸をさらしている訳でありますが……」
「キサマは男なんだから実害ないだろ! だが、女の私はそういう訳にはいかん! 理由もなく裸をさらしたら、結婚できなくなってしまうからな!」
「……ぶ、分隊長は、まだ本部の司令官との結婚を、あきらめてないのでありますか…………あ、あの方は、一般女性と婚約したというのに……」
「黙れ! 司令が私の魅力に気付けば、あんな婚約など、すぐに破棄してくれるに決まっている! …………それより、このボタン、壁の穴の奥にあるから、指が届かんぞ」
「ああ! ダ、ダメです! さ、さっきも言いましたが、それを押したら、この基地が自爆してしまいます!」
「そのくらい私だって分かっている! しかし、自爆するのは、この基地の地上部分だけだろう? 地下にいる我々には影響ないはずだ!」
「い、いや、地下に影響がなくても、地上部分にまだ生存者がいるかもしれません!」
「なに甘いことを言っているんだ! 基地の地上部分が占拠されたから、地下にまで火星人たちが侵入してきているんだろ! このまま基地の全てが占拠されてしまったら、取り返しのつかないことになる! 四の五の言わずに、この穴につっ込めるモノを、何か出せ!」
「そ、そう言われましても、自分はシャワー室で火星人に襲われて、何も身に着けずに、ここまで逃げてきましたから…………タ、タオルだけでも持っていれば、その穴に押し込むことができたとは思うのですが……」
「むぅ……私も同じだから、それを責めることはできん! …………ぐぬぬぬ……この部屋を出れば、火星人に見付かって殺されてしまうだろうし…………」
「……で、ですが、この食糧貯蔵用の冷凍庫が、修理中で助かったであります! か、壁のパネルの一部が外されて、中に通っている排熱管がむき出しになっていたおかげで、裸でも凍え死なずに済んでいますから!」
「ああ、そうだな…………しかも、その修理が入り口付近で、その周辺の霜が融けていたのも幸運だった……何も考えずにこの部屋に飛び込んだが、氷点下の床を裸足で踏んでいたら、足の裏の皮膚が剥がれていたところだ……」
「こ、怖いこと言わないでください、分隊長!」
「…………だが、その修理のせいで部屋の中が空っぽで、この穴につっ込めるモノが何もないのは困った状況だ……ううむ…………この基地の設計者は、何で自爆ボタンを、壁の穴の奥なんかに仕込んだんだ?」
「……壁の表面にあったら、間違って押す危険がありますし、裸でさえなければ、穴の奥のボタンを押す方法くらい、いくらでもあったでしょうから…………」
「いや、待て! ちゃんと考えれば、道具などなくても、穴の奥のボタンを押す方法があるはずだ…………どれ……穴の直径は五センチほど、深さは十二センチほどか…………条件を整理するとこうなるな……」
① 指より長いモノでないと穴の奥に届かない。
② 腕より細いモノでないと穴に入らない。
③ ある程度の強度を持ったモノでないと、奥に届いてもボタンを押せない。
④ 穴の前にいるのは、裸の男と裸の女の二人だけ。
「よし! この条件で、どうやったらボタンを押せるか考えろ!」
……………………五分後。
「ぶ、分隊長! そ、その条件でボタンを押す方法は、どう考えても、三つしかないであります!」
「なにぃ? 三つもあったのか?」
「は、はい! ……ま、まず、第一の方法! こ、小指を噛みちぎって、それをつまんでボタンを押す!」
「……………………おいおい……キサマ、本宮ひろ志先生のマンガに出てくるヤクザじゃないんだから、自分で自分の指を噛みちぎるなんて、まともな人間にできる訳ないだろ……」
「こ、根性さえあれば、何とかなるであります!」
「ダメだ! それ以外に方法がないならともかく、他にも方法があるのに、自分で自分の指を噛みちぎるなんてことは、分隊長として許可できん!」
「…………そ、それでは、第二の方法! う、うんこを凍らせて、それを押し込んでボタンを押す!」
「……………………なるほど……ここは冷凍庫だから、排熱管がむき出しになった入り口付近以外は氷点下だ…………この部屋の真ん中で、床にうんこをすれば、カチカチに凍るだろう……」
「ど、どうですか、分隊長!」
「それも却下だ! ここが食糧貯蔵のための部屋だということを忘れるな! 他に方法がないのなら仕方ないが、代替案があるというのに、この床でうんこをするなんて許せるか!」
「…………で、ですが、そうなると……」
「うむ! そうだ! …………三文字のアレを使うしかない!」
「し、しかし……」
「……キサマの気持ちは分かる…………本部とつながっている監視カメラの前で、キサマに三文字のアレでボタンを押させるなんてことは、私としてもできれば避けたい! だが、自分の小指を噛みちぎったり、床でうんこをするよりは、はるかにマシだろう?」
「…………ほ、本当にマシでしょうか……」
「情けない顔をするな! 三文字のアレでボタンを押すためなら、私も協力は惜しまないぞ!」
「え? ぶ、分隊長……そ、そんなことをしたら、本部の司令官との結婚が、完全にパーになってしまうのでは?」
「ハハハハ! 火星人に基地が占拠されるのを防ぐためという、ちゃんとした理由があるんだから、司令だって仕方がないと思うさ! さあ、私にどうしてほしいか言ってみろ!」
「そ、そう言われましても…………」
ガン、ガン、ガン、ガン!
「§±ΔΘΠΦΨΣΩδηθζ!」
「いかん! 火星人のヤツら、この部屋の存在に気付いたようだぞ!」
「ど、どうするでありますか! 武器もないこの状況では、ヤツらに勝てません!」
「心配するな! 自爆ボタンを押して、カウントダウンが始まれば、地下に影響がないことを知らないヤツらは、慌てて逃げて行くに違いない! キサマはさっさと、三文字のアレの準備をしろ!」
「ぐ……し、仕方ないであります…………で、では、分隊長! ゆ、床に寝てください!」
「うん? 私がここの床に寝るのか? ……言っておくが、私の身体には触れるなよ! いくら火星人を撃退するためでも、隊員にそこまで許したら、本部の司令官と結婚できなくなってしまうからな!」
「う…………あ、足首をつかむのは許可してほしいであります! で、でないと、穴の奥のボタンを押すことができません……」
「んん? 三文字のアレを使えるようにするのに、私の足首をつかむ必要があるのか? キサマ、変わった性癖を持っているな?」
「はぃ? ……せ、性癖って、何のことでありますか?」
ガン、ガン、ガン、ガン!
「§±ΔΘΠΦΨΣΩδηθζ!」
「おっと、そんなことを言っている場合じゃないようだ! 仕方がない! 足首くらいつかませてやるから、早く三文字のアレを……」
「ぶ、分隊長! か、髪を上にまとめてはダメです!」
「はぁ? 何でだ? 排熱管の近くの床は、周りの霜が融けて水浸しだから、髪をまとめないと、寝た時に濡れてしまうじゃないか!」
ガン、ガン、ガン、ガン!
「§±ΔΘΠΦΨΣΩδηθζ!」
「ぎ、議論している時間はありません!」
「くそっ! よく分からんが、キサマの望むように寝てやるから急げ!」
「で、では、分隊長! し、失礼します!」
「…………ちょっと待て! コラ! キサマ! 何をしている!」
「は、はい! ぶ、分隊長の足首をつかんで、振り回そうとしているところであります! プ、プロレス技で言うところの、ジャイアントスイングです!」
「何で私がキサマに振り回されなければいけないんだ!」
「な、何でって、気温が氷点下の環境で、濡れたタオルを振り回せば、短時間で凍るのは、分隊長だって知っているでしょう? だ、だから、この部屋の真ん中で、分隊長を振り回して、濡れた『髪の毛』を短時間で凍らすのであります! さ、幸い、排熱管の周りの霜が融けてできたぬるい水は、部屋の真ん中の排水口にまで流れておりますから、そこを踏めば、足の裏の皮膚が剥がれることもなく……」
「違う! やめろ! 私が言っていたアレは、ひらがな三文字だ! 『髪の毛』じゃない! 漢字を入れて三文字と誰が言った! ギャー!」
こうして、一人の隊員の機転によって自爆ボタンが押され、地球防衛軍の基地が火星人に占拠される事態は、未然に防がれた。
もちろん、隊員に足首をつかまれて振り回され、凍った『髪の毛』をボキっと折られてしまった分隊長は、狙っていた本部の司令官との結婚も完全にパーになってしまったようだが、地球の平和を守れたのだから、さぞ誇らしい気持ちでいることだろう。
完。