理不尽の男(鬼童院戒)
理不尽草紙の頁を開けば、馬鹿と阿呆の狂気の話。
聞きたい奴だけ聞けばいい。
聞きたくない奴ぁ耳塞げ。
聞きたくないもの聞かないでいても、世の中勝手に回っていくさ。
見たいくないもの見ないでいても、誰もアンタを気にやしない。
逃げの人生も乙なものよ。
逃げ場の無い俺にゃ、理不尽の仕打ち。
それがこの世の決まりである以上、世界ごと変えるしか手段が無い。
一人の無能に導かれるほど、大勢の人生が無駄になる。
一人の無能のせいで、大勢が悲劇に巻き込まれる。
真っ当にルールを守る奴が損をする。
俺はそんな場面を、幾度と目にしたもんよ。
一つ例を挙げたなら、俺が探偵事務所に所属してた時、俺が足で稼いだ調査報告、無能の先輩が横取りよ。
なぜか奴の手柄になっていた。
俺の手柄が消えていた。
だから俺は奴をぶん殴った。
すると俺が無職になった。
どんなに有能でも、生まれた時代で決まっちまう人生。
どんなに無能でも、生まれた時代がよけりゃ上手くいく。
時代に恵まれ、無駄に歳だけ食った無能のジジイ。
金だきゃ持ってて、偉いと勘違い。
若者よりも偉いと勘違い。
何を学んで生きてきたのやら。
一つ例を挙げたなら、牛丼屋での昼飯時。
一人のジジイが若い女の店員に、逆らえないとでも思ったか、自分の我儘通そうと、年長を盾に無理往生。
だから俺は茶をかけた。
頭の上から茶をかけた。
すると俺が警察送り。
こんな馬鹿や阿呆達、思いやりや認め合い、そんな言葉で許せと言うか。
過ち犯したことのない、完全無欠な者だけが、奴らを懲らしめる資格があると言うか。
クズの度合いを考えず、互いを相殺しようって言うのかい?
そんな詭弁、いりやしねぇ。
道理を引っ込め、無理を通す奴もいりやしねぇ。
理屈の通る奴だけで世界は十分よ。
そんな世界に変えてやる。
変えれるもんなら変えてやる。
みんな社会の理不尽に、気づいていながら不平不満は主張して、変える気なんてありゃしない。
明らかに矛盾したルールでも、愚痴を言いつつ放っておく。
屁理屈付けて従うさ。
やる理由を探すより、やらねぇ理由を探すのさ。
だが、俺は違うのよ。
取り返しがつかなくなる前に、変えてやろうとしたわけよ。
そんな厭世的なこの俺に、タイミングよく近づいてきた奴は、悪魔と名乗る怪しい男。
そんなまさか、悪魔なんかいるわけないと、思った俺もどこかで期待。
すると贄村ってこの男、マジ物の悪魔だった。
奴が創ろうとしてるのは、俺が望むような新世界。
しかもその新世界の先導者になれと、不思議な力を与えてくれた。
これは疑う余地はねぇ。
そこで悪魔の語る終末に、恐れ知らずに賭けてみた。
世界と人生、賭けてみた。
だが、結果はご覧の通り。
街中すっかり元通り。
巻き込まれた世の連中も、神だ悪魔だとあれだけ騒ぎ、啀み合ってはいたものの、あっさり忘れて元通り。
明導大学の学生も、何事もなかったように通ってやがる。
あの喧騒は何だった?
終末は日頃の憂さ晴らしに使われただけかい?
贄村のダンナを信じたが、結局、今の世界からは逃れられなかった。
悪魔って奴の言うことも、あてにならねぇもんだよな。
今でも探偵やってるが、フリーじゃ仕事もきやしねぇ。
明日をも見えぬ生活と、やりきれなさで震えちゃいるが、内に鬼の童が棲む俺さ。
仕方がないから、もう少しこの理不尽な世界に付き合ってやるか。