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猟犬の女(天象舞)④

 ひとり落ち込みながら、とぼとぼと帰り道を歩く。


 電車を降りて最寄り駅から自宅までの道のり、経験人数を多くの人の前でカミングアウトしたことを思い出して、だんだん目が潤んできた。


 私、どう思われたかな。


 きっと空気の読めない、ルールも守れない、すぐに男と寝るだらしない女って思われたかもしれない。


 そのくせノリの悪い女、って。


 本当は引っ込み思案で人見知りの性格なのに。


 経験した男性も全員ちゃんと付き合った人。


 ただいくら事実がそうだとしても、周りの人からはそうは思われないのかもしれない。


 でも……、本当に私が悪いの?


 あれでルールを守らないから私が悪いって……、何か間違ってるよ、こんなの……。


 涙が一粒、頬を伝う。


 はっきり断れない私。


 周りに流される私。


 弱い私。


 こんな自分、もう嫌!


 変わりたい……。


 でも人は簡単に変われない。


 自分を簡単に変えられるのなら、みんな苦労しない。


 そんなこと思いながら、独りうつむきながら歩いていると、私の耳にチャルメラの音が聞こえてきた。


 これって……、屋台のラーメン屋さん?


 すると、私の視線の先にリヤカーを引いている人の姿があった。


 でも、屋台っぽくない。


 リヤカーだけ引いてるように見えるし。


 そのリヤカーは私の方へ向かってくる。


 チャルメラを響かせた後、そのリヤカーを引っ張っている人は拡声器でおかしなことを言った。


「毎度おなじみ、夜泣き本屋でございます」


 しかもその声は、意外にも女の人の可愛らしい声。


 って……、夜泣き本屋さん?


 聞いたことない。


 女性がリヤカーを引っ張って夜泣き本屋さん??


 ますます不思議。


 私が驚き立ちすくんでいると、そのリヤカーは私のところで止まった。


「あら、お嬢さん。本どうですか?」


 リヤカーの夜泣き本屋さんは私に声をかけてきた。


 見てみると、小顔で可愛い女性。


 頭には赤いベレー帽を被ってオシャレな感じなのに、首にはタオルを巻いている。


 なんだかアンバランスな人。


 こんな人がリヤカー引っ張って本売ってるの?


 年齢は……、声や見た目で私と同い歳くらい?


「あの、いえ……」


 その人にちょっと興味が湧いたけど、本なんか買うつもりはないし。


 すると本屋さんは、


「まあまあ、一冊軽くでも見てみてください。ここでしか買えない本ですわよ」


 と、私に1冊の本を手渡してきた。


「48の詭弁術……?」


 変な本のタイトル。


 ちゃんと帯が付いてて『レスバトルで負けて悔しいとお嘆きの貴兄にこの一冊』と書いてあった。


 これが売り文句?


 出版社はサバト出版っていうところだった。


 ちょっと聞いたことがない。


 マイナーなとこから出てるのかな。


 暗い中、僅かな街灯の光を頼りにページをパラパラめくり、読むふりをする。


「お嬢さん、大学生?」


「あっ、はい」


「どこの大学ですか?」


「明導大学です」


「まあ、びっくり。奇遇ですわね。あたしが通ってる大学ですわ」


 えっ!?


 この人も明導の学生なんだ。


 意外だった。


「あなた、何年生?」


 本屋さんは私に尋ねた。


「あの、2年です」


「まあ、またまたびっくり。あたしと同学年ですわね。それなら同級の仲と思ってどう? 一冊、いかが?」


「いえ、あの……、けっこうです」


 さすがに同級生だからと言われても……。


 私は本を返した。


「朝から一冊も売れないわね」


「頑張って……ください」


 私は愛想笑いでごまかした。


「ところで、あなた、浮かない様子で歩いてますわね。何か悩み事がありましたら相談に乗りますわよ」


 バレてたの?


 まあ、うつむいて鼻をすすりながら歩いていれば、周りの人からは何か悲しいことがあったんじゃないかなって思われるのは当然だろうけど。


「実はあたし、こう見えても人生相談所のカウンセラーのバイトをしてるんですわよ。で、夜はその相談所が出版している本を売り歩いているわけで」


 変わった人だけど、人生相談所の人なんだ。


「そうなんですか。でも特に相談事は……」


「そう。それならいいけど。でも辛いことがあったら相談に乗りますわよ。どんな悩みでも論理的に解決してみせますわ」


 優しそうな人だ。


 少し話せば私も楽になれるかな。


「ルールって……、やっぱり守らなきゃいけないものですか……?」


 私はつぶやくようにリヤカーの女性に尋ねた。


「そんなの、当たり前ですわ。ルールを守らなきゃ世の中、ぐちゃぐちゃになるでしょうが」


「……そうですよね」


 はは、当たり前か。


 そうだよね、ルールに従いたくない私が間違ってるんだもん。


「でもそれが本当にルールだった場合の話ですけど」


 女性がそう付け加えた。


 どういうことだろう?


 戸惑っている私に女性が続けて言う。


「あなた、もしかして誰かからルールだと言って理不尽なことを押し付けられたんじゃない? それで辛そうな顔して歩いてたんじゃない? もしそうなら、もう少しその話、あたし達に聞かせてもらいたいですわね」


「そんな……。あの件は優柔不断な私が悪いから」


「そんなに自分を卑下することはないわ。なんなら今からうちの相談所に来ない? 場合によってはあなたのその悩み、解消してあげますわよ」


「えっ、今から……?」


「善は急げで早い方が良いわ」


 危ない宗教の勧誘かとためらった。


 でも、同じ学校の人だし、もしこの人が宗教の勧誘してるのなら、学校で噂になってそうだし……。


 それに、私は自分が嫌になってて、こんな嫌いな自分、別にどんな目に遭っても構わない、なんて思ったりもしている。


 そんな自暴自棄な私は、この人に賭けてみようと思った。


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