終末の気配③
サバト人生相談所の所長、贄村囚の元へ、鬼童院戒が調査の報告に訪れていた。
「ダンナに依頼されていた明導大学学長の件だが……」
「……どうだった」
「学長なんて、いなかったよ」
「……いなかった?」
「いくら調べても、いくら探っても、学長なんて人物が見当たらねぇ。色んな人間を当たったが、関係者の間をたらい回しにされただけさ。なんだか誰も学長を見ていないのに、誰もがいると思い込んでいる、そんな感じだったぜ」
鬼童院は壁にもたれかかりながら話す。
「見た者もなく誰も正体を知らないが、あると信じて疑わない暗黒物質のような存在……か」
「そこで俺は思ったんだが、実は学長ってのはいないんじゃないのかね」
贄村は机に肘を置き、口元で指を組み、考え込む。
その時、相談所のドアが開き、夢城真樹が慌ただしそうに室内へ入ってきた。
「ただいま、シュウ! あっ、鬼童院さんもこんにちは」
「真樹のお嬢ちゃん、忙しそうじゃないか」
「そーなのよ。神のとこの福地聖音と支持が拮抗しててね。ミスコンと終末に向けて、もっと支持者増やさなきゃいけなくて、いまが踏ん張りどころなのよ」
真樹はせかせかと自分のノートパソコンをリュックサックに詰める。
「それじゃ、あたしはまた学校に戻るので」
真樹はそう言って、笑顔で部屋を出て行こうとした。
「……待て、真樹」
贄村に呼び止められ、真樹は振り向く。
「ん、どうかしたのシュウ?」
「終末とは……なんだ?」
贄村がそう訊くと、真樹が怪訝そうな顔を浮かべた。
「なに? その質問。そりゃ、神とその支持者達を粛清して新世界を迎えることでしょ」
「粛清なら奇能を持つ先導者と我々でやればいい。終末まで待つ必要はないはずだ」
「え? まあ、そうかもしれないけど……」
「では、その終末は、いつ起こるのだ?」
「いつかはわからないけど……、もうすぐじゃない? なんかそんな雰囲気よ、世の中。時期はたしか黙示録に書かれているんでしょ?」
「その、黙示録というのは存在するのか? よく思い返してみろ。私も含めてお前も、その黙示録とやらを見ていないはずだ」
「そー言われれば……、あれ? そうね。ってことは、まさか終末は起こらないの!?」
「いや、恐らく終末は起こるのだろう。だが、誰もが明導大学の学長がいると信じて疑わないのと同じく、我々も根拠もなく終末の存在を、まるでDNAにプログラムされていたかのように信じ込まされていたのだ」
「えっ、どう言うこと? 信じ込まされていたって、一体、誰に信じ込まされてたのよ」
「……我々、神や悪魔を造った者に、だ」
真樹の円らな瞳が大きく拡がった。
「そんな存在、聞いたことないわ。シュウは頭がいいから考えすぎなのよ」
真樹はそう言うと、再び表情を崩し、贄村の発言を気に留める様子もなく、意気揚々と部屋から出ていった。