ハンバーガーショップの密談
福地聖音は学校帰りに、駅で南善寺小咲芽と待ち合わせをしていた。
「ごめん、待たせた?」
「いいえ、わたくしも今来たところですから。お久しぶりです、聖音お姉さま」
小咲芽は聖音を見るなり、折り目正しくお辞儀をした。
今日も黒を基調とした着物を着ている。
「久しぶりやね、こさめちゃん。元気にしとった?」
「ええ、おかげさまで体調を崩すことなく、穏やかに日々を過ごしております」
「それはよかったわ。じゃ、どっかお店入ろか」
聖音は有名なファストフード店へと、小咲芽を連れて行った。
「まあ、わたくし、ハンバーガーショップって言うところに来るのは初めてです」
小咲芽がおっとりと笑う。
「へぇ、マジ? びっくり。じゃあ今までハンバーガーとか食べたことないん?」
聖音は尋ねた。
「はい。お父さまが厳しくて『このような下層の民が好む下品な食べ物は、食べると頭が悪くなる』と言われ禁じられておりましたから。でも、お姉さまのおかげで、これから自由に食べられます」
「古風な子やなとは思ってたけど、こさめちゃんは現代っ子の化石やね。さあ、今日はうちの奢りやから。遠慮せんで好きなん頼んで」
「そんな、お姉さまにわたくしのぶんまでお金を払わせるわけには」
「ええからええから。こういうときは年上が奢らんと。気にせんで初めての食べ物にチャレンジしてみて」
「そうですか。ありがとうございます。では……」
小咲芽は笑顔でお辞儀をした。
聖音に促され、小咲芽は店内のパネルに目を向けるも、数多いメニューに目移りして困っている様子だった。
「えーと、まずはベーシックなセットがええんちゃう?」
聖音がアドバイスする。
「そうですね。それではわたくしはウロボロスバーガーセットを……」
「シェイクとか飲んだことある?」
「いいえ、ありません」
「頼んでみ。美味しいで」
「ではストロベリーシェイクというものもひとつ」
出来上がったセットを二人でトレーで運び、空いている席へ座った。
「お箸がありませんが、これはどうやっていただくのでしょう?」
小咲芽はハンバーガーやポテトを前に小首を傾げている。
「これはね、包み紙を剥がして、こうして手で持ってガブっと……」
聖音はハンバーガーを口いっぱいに頬張ってみせた。
「まあ」
小咲芽も小さな口を開けて聖音の真似をする。
「美味しい……」
小咲芽はそう呟くと微笑んだ。
「こんな美味しい物を皆さんは食べていたのですね。驚きです」
「喜んでもらえて良かった。ほら、こさめちゃん、口の周りにケチャップ付いてんで。これで拭き」
聖音は紙ナプキンを小咲芽に渡す。
「まあ、わたくしったら、はしたない」
小咲芽は慌てて口周りを拭いた。
そんな彼女を見て、聖音は笑う。
ハンバーガーショップにいる和装の少女が珍しいのか、周りの客の誰もがチラチラと小咲芽へ視線を送っていた。
そんな視線を特に気に掛ける様子もなく、小咲芽がシェイクに手を伸ばす。
「やっぱり、こさめちゃん目立つな」
聖音がそう言うと、小咲芽がシェイクのストローを吸いながら小首を傾げた。
「いや、別に気にせんといて。それにしても浴衣似合ってるやん」
聖音は小咲芽の服装を褒める。
すると、小咲芽が口を押さえて笑い始めた。
「嫌だわ、お姉さま。これは浴衣ではなく紗の着物です。浴衣は本来、お家で着るものですよ。ふだんわたくしが着ている浴衣なんかでお姉さまの前に現れるなんて、そんな失礼なことできません」
「えっ、あっ、そうなん? うち、そーいうのあんまり詳しくなくて、はは……」
聖音は作り笑いで頭を掻く。
「お姉さまも今度、夏着物をお召しになってはいかが? わたくしが着付けいたしますよ」
「いやっ、うちって活動的でガサツやから、たぶん和服は似合わんから……」
聖音は苦手分野の話に引き摺り込まれそうなので、話題を変えることにした。
「ところでこさめちゃんは高校通わんの?」
「はい。お家に家庭教師の先生が来てくださりますので」
「そうなんや。それやったらある程度、時間に自由がきくかな?」
「はい。きくと思いますが……」
「あの、こさめちゃんに頼むんもなんやけど、実はお願いしたいことがあるねん」
聖音がそう言った途端、小咲芽の目が真剣な目つきに変わった。
「何なりとお申し付けください。お姉さまにはわたくしを自由にしてくださった大きなご恩がございます。なんとかそのご恩に報いたいと、かねがね思っておりましたので」
小咲芽がそう力強く言った。
「ありがと。あのさ、こさめちゃんの奇能って、影を操るから調べものには最適なんやんか。そこでな、うちの先導者に成星純真ってサラリーマンの人がいるんやけど、その人と新しくできた恋人との様子を調べて欲しいねん」
「はあ、もちろん引き受けさせていただきますが、そのおふたりに何かあるのですか?」
「実はさ、その恋人ってのが悪魔側の先導者かもしれへんのやんか。その成星さんの彼女になったのも偶然やなく、何か企んで近づいてきたんちゃうかって予感がしてな」
聖音はなるべく声を潜めて言う。
「そういう事情ですか。ご安心ください、お姉さま。わたくしの蛇は影。そして蛇の目はわたくしの目。影の蛇はどこにでも入り込み、無限に伸び続けますので、二人を常に見張ることができます」
「ごめん、こんなこと頼んで。恩に着るわ」
聖音は頭を下げた。
「そんなお姉さま、お顔をお上げください。これも神さまに仕えるものとして当然のこと。そしてわたくしみたいな者が、素晴らしい新世界創世のお役に立てるなら……」
「ほんま嬉しいわ。でもできる限りでええからね。無理だけはせんといてね」
「そんな……、この身はどうなろうとも、お姉さまのご期待に添えるよう精一杯やります。わたくし、お姉さまがあの地獄から救ってくださったこと、昼夜を分かたず感謝していますよ」
聖音の視線が小咲芽の視線とぶつかる。
小咲芽の目は微かに潤んでいた。