不意の交戦①
緑門莉沙は鬼童院戒の依頼を遂行することにした。
別に『彼の命令に従った』というわけではない。
『それが新世界の為になるなら』という利己からである。
調べたところ、砌百瀬は社会学部の1年らしい。
莉沙は午後からターゲットである砌百瀬を探し出し、自分の講義をサボってまでつけ回す。
彼女が一人なったタイミングを狙うつもりだ。
(……なんか、アイドルのストーカーやってるみたい)
時々、客観的視点で自分の行動に呆れ返りながらも、目的を果たす為に堪える。
ピンクのワンピース姿の砌百瀬は、全ての講義終了後すぐ友人らしき者達と別れ、意外と早く一人になった。
アイドルという立場上、トラブルに巻き込まれる可能性を下げる為、一般人との距離を置いているのだろうか。
何にせよ、莉沙にとってチャンスである。
そのまま百瀬は人気のないトイレを選んで中に入った。
チャンスだ。
莉沙は廊下の壁にもたれかかり、ポケットに手を入れて彼女が出てくるのを待つ。
暫くすると百瀬がトイレから現れた。
「……砌百瀬」
莉沙は呼びかけた。
百瀬は莉沙を見て一瞬驚いた顔を見せたが、「はい」と、作り慣れたスマイルを見せ、小さくお辞儀をした。
恐らく自分のファンだと思ったのだろう。
「ちょっと話があるんだけど」
百瀬を誘う。
「すみません。わたし、ファンの方との直接のお付き合いは控えさせてもらってるんです。ごめんなさい」
百瀬は莉沙に向けて頭を下げる。
「あの、サインならしますよ」
彼女は微笑んで言った。
「別にあなたのサインなんか欲しくないんだけど」
「えっ、じゃあ別のメンバーの、ですか?」
「……いらない。そもそもあなたのグループ自体に興味がない」
百瀬は厄介な奴に絡まれたと言った感じで、眉間に皺を寄せる。
「そうですか、それじゃわたし忙しいので」
一瞬だけ不快そうな顔を見せたものの、すぐさま営業スマイルに戻し、百瀬は莉沙に背を向ける。
「わたし、悪魔の先導者なんだけど」
莉沙は百瀬の背中に伝えた。
百瀬はゆっくりと振り向く。
先程までの愛らしいスマイルは跡形もなく消え失せ、その表情は恐ろしいほど変化していた。
血走るほど目を大きく見開き、歯軋りが聞こえてきそうなほど苦々しい顔で、凡そアイドルとは程遠い。
「きよねっちの敵。ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく」
百瀬は唱えるように言った。
相当、莉沙達悪魔側を敵視し嫌っているようだ。
しかしその方が莉沙にとっては好都合である。
簡単に挑発に乗ってくれるなら、鬼童院からの依頼も達しやすい。
「ちょっと話があるからわたしに付き合ってよ」
怯むことなく莉沙は百瀬に用件を伝えた。
「ふふふ、あー、ムカつく、ムカつく、ムカつく」
アイドルの可愛らしさを脱ぎ捨てた百瀬は、怒りと嫌悪の感情剥き出しで莉沙の後をついていった。