それぞれの思惑①
緑門莉沙は自室のベッドの上で片膝を抱え、ひとりで物思いに耽っていた。
カフェが暴漢に襲われた時、バットで殴られた脇腹が痛む。
病院へ行ったところ、内臓は無事のようであった。
ただ、折れてはいないが肋骨にヒビが入っているらしい。
とりあえずコルセットで固定してもらった。
当分はパルクールの練習もできないであろう。
だが、莉沙が思い煩っているのはそんな怪我のことではない。
(あのとき、わたしを助けてくれた贄村さんの目……)
莉沙は頭の中で、カフェで贄村囚に抱き抱えられた時の様子を思い返していた。
(あの時、すごくホッとした。すごく嬉しかった。あんなに安心感に包まれたのって、生まれて初めて……)
贄村の顔と自分の感情、カフェでの記憶が脳内でリピートし続ける。
自分ひとり、他に誰もいない静かな部屋。
莉沙は抱えた片膝に額をつけ、そっと目を閉じた。
(えっ……? わたし贄村さんのことばかり考えてる……。もしかしてこれ、好きって感情? わたしが初めて好きになった人が、悪魔……?)
莉沙の脈がトクントクンと速くなり、体が火照ってきた。
(あの人は人間じゃない。人間じゃないのに……。わかってるのに……)
莉沙は暫くベッドの上でじっとしていた。
◇ ◇ ◇
成星純真は天象舞に緊張しながら伝えた。
「マザー舞、我々のサロンメンバーが差別を無くす為に生きごみと戦い、そして壮絶な最期を遂げたそうです」
舞の顔がみるみると焦りの色に染まる。
「なんてことを……! これではサロンに対して悪評が集まり、世間からわたし達が叩かれてしまうではありませんか。ああ、わたしの教えが正しく伝わらなかったばかりに、同志が間違った手段で戦い、そして死んでしまいました。全ては主宰者であるわたしの責任です。わたしの愛が足りないばかりに……! わたしの愛が!」
舞は突然絶叫すると、目の前の机に何度も額を打ちつけた。
「マザー舞! お気を確かに!」
南善寺小咲芽が慌てて舞を止めに入る。
純真も舞の肩をそっと抱いた。
「マザー舞だけの責任ではありません。僕にも、そしてシスター小咲芽にも責任があります。これはみんなの責任です。我々はここで立ち止まり嘆くのではなく、ちからを合わせてサロンをより良いものにしていく義務があります」
純真が声を掛けると、嗚咽する舞が顔を上げた。
「……ブラザー純真、ありがとう。あなたのように他人と責任を共有する気持ちこそ愛ですね。こうなったら一刻も早く、理想の愛の世界を創世しなくてはなりません。仮想空間『メタアース』に……!」
三人は互いの心の繋がりを確認するように、手を差し出して重ね合わせた。