欠陥がある世界
サバト人生相談所の室内。
夢城真樹はアルコール、化粧水、除光液、保湿クリームを用意し、贄村囚の左腕にへばりついた蜘蛛の糸をなんとか剥がそうとしていた。
「すごい粘着力ねー、これ。シュウ、一体何があったのよ?」
真樹が訊く。
「また天帝の護法者と戦っていた……」
「えっ? また天帝が仕掛けてきてたの!?」
真樹が目を丸くする。
「そうだ……。お前達が襲われたのも天帝達が仕掛けた罠だった」
「やっぱり! なんかおかしい連中だと思ったのよ!」
事務所のテレビには、真樹が働いていたカフェ襲撃事件の犯人が爆死したニュースが流れている。
『人質に取られた被害者は全員無事だった模様です。なお我々の取材によりますと、襲撃した男達の一人は、寿司職人、荒砥翔也容疑者と見られ……』
「へぇ、あの犯人、寿司職人だったのね」
ニュースを観て真樹が言う。
「どうやったかは知らないが、おそらく護法者に唆され、お前と莉沙が働くカフェを襲ったのだろう……」
「それにしても、シュウ以外誰も助けに来てくれなかったのよ。店長が警察に連絡したはずなのに。全く社会の治安はどうなってるのかしら?」
真樹が頬を膨らませた。
その刹那、贄村の目がわずかに見開く。
「やはり、この世界は何か欠陥がある……」
「えっ?」
「お前、今まで警察という存在を見たことがあるか……?」
「もちろん。見たことが……、あれ? そう言われればお巡りさん、見た記憶がないわね? 偶然出会ってないだけかしら?」
真樹が首を傾げる。
「いや、私も存在は知っているが見たことがない……。この度のカフェ襲撃事件でも、以前の明導大学の終末騒動でも、あれだけの騒ぎにもかかわらず、警察は現れなかった……」
「そう言われれば……なんで?」
「思い込まされているのだ。我々、全員が何者かによって存在しないものを存在するかのように……」
「えっ!? どういうこと?」
蜘蛛の糸を剥がしていた真樹の手が止まる。
「黙示録、明導大学学長……、どちらも実物を見ていないが、我々はその存在を信じていた。誰もがその存在を信じていれば、それは存在することになるのだ。たとえこの世界に存在しないとしても……」
「……なんだかややこしいけど、みんながみんなそれの存在を信じているなら、それはあることになるってことね。じゃあ、そのみんなに信じ込ませてるのって、やっぱり……」
「おそらく天帝……」
贄村は呟くように言うと、鋭い目つきで自身の左腕に巻き付いた蜘蛛の糸を見つめていた。