不穏なキャンパス
緑門莉沙のスマートフォンに届いた真壁晋一からのメッセージ。
その内容は、莉沙にどうしても話しておきたいことがあるからまた会いたい、と言うものだった。
話しておきたいことが何か気になるものの、正直、莉沙にとって真壁と会いたいと思わせるほどの動機でもなかった。
とは言え、この間のデートは途中で帰ってしまった為、彼には申し訳ない気持ちもある。
『いつにする?』
校内を歩きながらそう真壁に返事を送ると、いつもの公園でパルクールの練習をする為、学校の正門へ向かった。
莉沙が階段を降り、1階のホールへとやってきた時、空間がひび割れるような女子の叫び声が次々と聞こえ、続いて多くの生徒達が学舎内へと走ってやってきた。
莉沙は素早く近くの柱の陰に隠れる。
何があったのかはわからない。
だが、校内で何か異変が起こったのは間違いないだろう。
柱の陰から慎重に様子を伺う。
すると中庭で何やら叫んでいる男がいるようだ。
莉沙は耳を欹てる。
「俺は殺人遺伝子持ちだぞ! お前達殺すのなんか平気だし罪にも問われない、この世で最強の人間だ! お前達はな、自分達が恵まれてることも気づかずに、俺を馬鹿にして蔑ろにしてきただろ! 今からそのことを後悔させてやる。心の底から思い知れ! そして終末を起こし、この世界を終わらせるんだぁ!」
男はそう叫んでいた。
手には何か光る物が握られ、それを振り回している。恐らく刃物ではないだろうか。
警備員や、体格の良い男子達が男を取り囲んでいた。
だが相手は凶器を持っている。
迂闊には近づけないようだ。
警備員も学生達に「危ないから離れろ!」と叫んでいた。
莉沙は学舎の壁や柱の陰に素早く移動しながら、騒動の元へと近づいてゆく。
暴れている男も周りを囲まれ、怯えているようだ。
刃物を向けて威嚇している。
人を刺すことに対して躊躇しているのかもしれない。
暴れている男が莉沙側に背を向けた時、莉沙は鍛えた脚力で疾走し男に接近すると、勢いよくスライディングをして男の足を払った。
不意をつかれた男が刃物を落とし、その場に倒れ込む。
莉沙は、間髪入れず男の腕を背中側に回し、男を制止した。
男は体が細く鍛えていないようで、簡単に抑え込めた。
それを合図に、周囲にいる警備員や体育会系の男子達も一斉に莉沙の元へと集まってくる。
男が動けないよう皆で取り押さえた。
後は彼らに任せても大丈夫だろう、そう思い莉沙はゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫ですか!?」
男子の一人が莉沙を心配して声をかけてきてくれる。
「……ええ」
警備員の一人が、慌ただしく無線機でどこかに連絡していた。
この後、警察がやってきていろいろと事情を聞かれるのも面倒だ。
莉沙は現場がざわついている間に、早くここから離れることにした。
(それにしても殺人遺伝子って……なに? それに終末を叫んでいたけど、前の騒動をまだ信じている人?)
莉沙の心の中には、次々と新たな靄が立ち込めるばかりだった。