洋館の令嬢からの依頼⑥
「どんな人も事件を起こすまで犯罪者ではありませんわ。だから何か事件を起こすまで、弟さんは放っておいたらいかが?」
夢城真樹がクッキーを口の中で噛み砕きながら、籠った声で言った。
「それでは父の思いに背くものです。もし弟が世の中のどなたかを殺めたら……。その人の家族の方はひどく嘆き悲しむでしょう。父は犯罪被害で泣く人を減らしたいとの思いで研究を続けていたのですから」
毒水紗羽は華奢な声で否定する。
「それじゃ、ずっとどこかの部屋に閉じ込めておいて、中からは開けられない鍵をつけて、外へ出さないようにしたらどうですか?」
「それは……、わたしも考えましたが、やはり弟の自由を奪ってしまうのは……、あまりに可哀想で」
「進もうにも進めず、退くにも退けないという、いわゆるジレンマの状態ね」
真樹は口の中のクッキーを洗い流す為、紅茶を飲んだ。
「弟も自らの運命を知り、すっかり内向的な性格になってしまって……。自分にはもう犯罪者の未来しかないんだと……。彼が自暴自棄になって明日にも外出先で事件を起こさないか、わたし達家の者は胸を痛める日々を送っています。自分でもわがままを言ってるとは思います。ですが、殺人遺伝子を持っていても弟はわたしとって大切な家族です。家族を思うわたしの心中を察して、なんとか毒水家の悩みを解決して頂けませんか」
憂いを湛えた瞳で見つめてくる紗羽に、贄村囚はゆっくりと口を開いた。
「私は何事においても、同情もしなければ共感も致しません。だが貴方が思い悩んでいらっしゃるのならば、私は悪魔の如き冷徹な理で以て、最善の解決策を見つけ出しましょう」
「贄村さん、ありがとうございます」
「とはいえ、当事者抜きに話を進めても、最善の解決には至らないでしょう。なので、弟さんにもこちらの話し合いに加わっていただきたいのだが」
贄村がそう言うと、紗羽の目が泳ぎ、少し困った表情を見せた。
「あの、それが……、先ほど申し上げたとおり、弟は内向的な性格になってしまって、それで自分の部屋からあまり出なくなってしまったのです」
紗羽が申し訳なさそうに言う。
「そうですか。では、私の方から彼の部屋へ出向きましょう」
「いえ、それもダメで……。人と顔を合わせたりするのが好きでないうえに、自分が相手を殺してはいけないと、人と会うのを避けているんです。なので、贄村さんともお会いにならないと思います。それにもし会えたとしても、弟がほんとうに贄村さんに危害を加えたりしたら……」
「私は推測のみで結論を出すのは好きではありません。実行可能ならば、一度彼の部屋を訪ねて、実際に会うか会わないか、試してみたいのです。それにご心配には及びません。私は弟さんにむざむざ殺されるほど、非力ではありませんので」
「あ、はい……」
どうにも浮かない顔で紗羽は返事をし、しぶしぶといった感じでソファーから腰を上げた。
「それでは、こちらへ……」
三人は部屋を出て、紗羽の案内で二階にある弟の部屋へと向かうことにした。