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謎らい玉手箱  作者: 泉柳ミカサ
6/7

月と太陽

「岩城を殺したのは陽香、お前だろ」


 かき氷には手を付けず、花村(はなむら)はいった。

 いつもこうだ。普段は無口で競争心などまるでないくせに、探求心に熱情を衝かれた途端、目色ががらりと変わる。

 二十時、ホテルのラウンジ。横殴りの雨でステンドグラス調の窓は濡れていた。予報は外れ、午後からずっとこんな感じだ。幸い、ラウンジのBGMが雨音を打ち消してくれている。

 午前中に自分だけでも縁日を散策していて良かったと、伊東(いとう)陽香(はるか)は思った。この具合じゃあ、夜の夏祭りは中止だろう。そうでないとしても、事件ですべておじゃんだが……。

《ラウンジ胡蝶》は大学生の陽香たちには敷居の高いムーディさがあった。スツールの高い椅子、耳に障らないくらいのBGM、暗がりの店内を照らすブルーライト。その上、自分でかき氷が作れるという遊び心もある。


「部屋にいた私をわざわざ呼びつけて、話ってそれ?」陽香は雨でぐしょついた髪を掻き、笑った。せっかく朝、カールさせた髪も台無しだ。「そもそも岩城さんは縁日でナンパしてきた人よ。今日初めて会った男を殺す動機がないわ」


 オーバーなリアクションを見せても、花村の表情は変わらない。笑っているのは、私と彼の緑色のトレーナーにプリントされた、猫のキャラクターだけだ。


「忘れた? 岩城は男性館の自室で殺されたのよ」


「このラウンジも男性館だ。岩城の部屋はこの館の六階で死亡推定時刻は十四時辺り。丁度、お前がラウンジを抜けたころ。死因も注射器による毒殺だから、すぐに殺せるはずさ」


「それは直接、岩城さんの部屋に向かえばの話でしょう。あのとき、私はかき氷をこぼして、紫色の浴衣を着替えに一度、自分の部屋に戻ったのよ。私の部屋がある女性館へは男性館の三階にある、長い渡り廊下を通るしか手はない。六階に殺しに行って、三階の連絡橋を渡って八階にある私の部屋で赤色の浴衣に着替えて、このラウンジ前に戻るなんて、どんだけ早くとも二十分はかかる。あのとき十分弱で戻ってきた私には到底、不可能よ」感情がこもり過ぎたせいか、カウンターを叩いた反動でかき氷が器ごと落ちた。


「ごめん、かかった?」


 慌てて、ズボンへハンカチを宛がおうとしたが、それは制された。


「悪いな」それだけいって、花村はマスターへ目配せした。


「え、なに」


 動揺も束の間、店内が一気に明るくなった。そのとき、陽香はすべてを悟った。



 彼のトレーナーは黄色に変わっていた。



「お前は赤色の浴衣を着替えてなんかいない。元からお前の浴衣は赤かったんだ。ここだと、ブルーライトのせいで色が重なり、紫色に見えたんだ。今の俺の服が緑色に見えたように。着替えず、そのまま岩城を殺して戻るくらいなら十分で殺して戻ってくるなど、わけなだろう……そして」彼は屈み、かき氷擬きを掴んだ。「夏祭りに、綿菓子は欠かせないな。かき氷だと言われれば、暗い店内だとかき氷だ」


「……」


「綿菓子なら、シミも出来ない。事件後、部屋で見せたシミが付いた紫の浴衣は用意した一着。フェイクだろ」


「証拠はあるの?」平常を装っていても、声は震えていた。



「なぜ今、お前の髪は濡れている?」



「当たり前でしょう。だって、わたしは――」そこで彼の真意に気づいた。


「お前がラウンジを出たのは、十四時。そのとき、外は今みたいに横殴りの雨が降っていた。あのとき、本当に渡り廊下を通ったのなら、お前の髪は、今みたいにぐしょついているはずだ。しかし、戻ってきたお前は……」


「もういい、降参。そう、私が殺したの。あんなクズ、死んで当然よ」私はまたカウンターを強く叩いた。「お姉ちゃんの仇よ」


「お姉さんの?」


「知ってると思うけど、私には双子の姉がいたの。静香(しずか)っていう、だらしない私と違って寡黙で大人しいけど、淑やかで優しい姉が……両親を早くに失した私にとって、お姉ちゃんはたった一人の肉親だった。昔から風邪ひきだった私をいつも宥め、勇気づけてくれた」



《陽香、泣かないの》


《だって、お薬苦いもん》


《ほら、笑って。陽香は私と違って、笑った方が何倍も何百倍もカワイイんだから》



「そんなお姉ちゃんに看護師はまさにピッタリの職業だった。昔から憧れてて、なれたからお姉ちゃん輝いてた。やっと、お姉ちゃんの苦労が報われる。そう思ったわ。アイツがバイク事故で入院してくるまでは……」



《お姉ちゃん、止めなよあんな人と付き合うなんて?》


《ダメよ、陽香。見た目で人を判断しちゃ。それに、あぁ見えて、岩城さん素敵な面もあるんだから》



「お姉ちゃん、恋愛は初心で心配だった。けど、昔から病弱な私のせいで苦労ばっかりで、ロクにオシャレも出来なかったから……幸せそうに笑うお姉ちゃん見たら、何も言えなかった。やっと出逢った、初めての恋人だから……別れろなんていえるはずない。大丈夫、お姉ちゃんの優しさでアイツも変わるんだって思い込んだ。私さえ、私さえ我慢すれば……けど、違った。付き合ってすぐに、ヤツは本性を現したわ」


「本性? 詐欺とかか?」


「そんな生易しいものじゃないわ。アイツはお姉ちゃんを回したのよ」


「回す? ……まさかっ」さすがの花村も眉を顰めた。

「ええ、レイプよ。あの男は必死で抵抗するお姉ちゃんを何度も何度も犯し、挙句の果てには数人で回して嬲り殺そうとしたのよ。幸い、命は取り留めたけど死んだも同然だった。当然よね。愛してたはずの男にそんなことされたんだから……事件以来、お姉ちゃんは自分で食事を摂る気力すらなく、ベッドでチューブ食の毎日。顔はすっかり痩せこけ、目は虚ろ。私を慰めてくれた、優しいお姉ちゃんはもういなかった。皮肉な話よね。憧れてなった看護師に、今は自分がお世話になっているんだから」


「そんなことが……」


「でも、本当は直前まで迷ったわ。アイツを殺しても、昔のお姉ちゃんは還ってこない。それより昔、私にしてくれたように今度は自分がお姉ちゃんの傍にいて励まさなきゃって、自分がお姉ちゃんを支えるんだって……全部全部わかってた。けど、今朝アイツに会って、決心がついた」



《あれ、キミ可愛いね。完璧、僕のタイプだわ》


《ありがとうございます。……そういえば、どっかで会ったことありませんか?》


《いやぁ、憶えてないなぁ……アハハ、キミみたいな可愛い子、絶対忘れないんだけどね……》



「憶えてない? アイツ、私の顔見てそういったのよ。お姉ちゃんに散々酷いことして、用済みになった途端、ゴミのように捨てて……挙句の果てに、顔まで忘れるなんて……こんなの、お姉ちゃんが可哀想すぎる。だから……だから、殺してやったのよ。トリックのために浴衣を買ってお姉ちゃんの仇を討ったの。あんなヤツ、死んで当然よ。死んで……うぅっ……」






 面会だ、看守にそういわれて面会室に入ると、アクリル板の向こうには花村が座っていた。先日とは違って、表情は柔らかい。


「今さら、何の用?」


「お前に話があってな」


「話? 話すことなんて、何もないわ。私はアイツを殺して、後悔なんかしてない。もう、どうでもいいのよ」


「まぁ、そう自棄になんなって」そういって彼は何枚か写真を取り出した。


 写真には私と姉の洋服が映っている。


「これが何?」


「これがお前の買った服。そして、こっちがお姉さん。何か気づくものはないか?」


「特に……強いていえば、私の服の方が明るめ。まぁ、お姉ちゃんはあんま買い物しないから、無難なモノトーンが多いかな。それがどうかした?」


「いや、最後のお前の言葉が気になって

な」


「最後の言葉?」


「あぁ、お前、前にトリックのために新しい浴衣を買ったっていってただろ。それが妙に引っかかってな。何故、わざわざ新しい浴衣を買ったんだろうって。てっきり、トリックに使ったのはお姉さんの浴衣だと思ってた。だって、注射器はお姉さんの仕事場から盗んだものだろ。だから、当然、お姉さんの遺品を使って怨みを晴らしたもんだと思ってた。けど、違った」


「そもそもお姉ちゃん、浴衣なんて買ったことないし」


「その通り、どうしてだと思う?」


「どうして、って」真っ直ぐ見つめられ、つい視線を逸らす。「お姉ちゃんは夏祭りに行くタイプじゃなかったから、買えなかっただと思う」


「いいや、違うな。買えなかったんじゃなく、買わなかったんだ。ほかならぬ、お前のために」


「私のため?」


「いってただろ。ズボラな自分と違って、お姉さんは寡黙で淑やかだったって」


「それが何?」


「お前にとっちゃ、ズボラでひょうきんな性格だったかもしれないが、お姉さんにとって、決して真似できない持ち前の明るさがお前にはあったんだよ。陰鬱な自分より陽気な妹の方が浴衣は絶対似合う。そう思ってたからこそ、浴衣を買わなかったんじゃないのかな。自分が着るより、お前が着てる姿を見てるのが好きだったんだよ。月と太陽。いつも明るく笑ってるお前のお陰で、お姉さんはどんな苦しいときも頑張ってこれたんだ……」




《陽香、泣かないの》


《だって、お薬苦いもん》


《ほら、笑って。陽香は私と違って、笑った方が何倍も何百倍もカワイイんだから》




「……ありがとう、」

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