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謎らい玉手箱  作者: 泉柳ミカサ
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馬鹿の殺人

 京極清雪の目の前に、またあの男が現れた。たしか、名は風三郎。

 下駄に喇叭ズボン、学ランをまとい、学帽を被った出で立ち。おまけに三つ葉を咥え、明らかに時代遅れな男だ。だだ、能ある鷹は爪隠す。


「謎はすべて解けましたよ。えぇ。京極國一を殺したのは、あなたですね」


 珈琲を飲み干したのを見計らって、刑事はいった。


「何を馬鹿なことを、何度も説明した通り、私に兄は殺せない。兄は自殺。それで決まりです」


「ふーむ。たしかに日本屈指の京極大病院のご子息であれば、青酸カリの調達は容易でしょうな。加えて、大病院を継ぐ身となれば気苦労は計り知れんでしょう。ただ、ただですね清雪さん、お兄様はあなたの手料理を口にした途端、命を落とされた。状況から見て、あなたを疑うのが筋ってもんでしょう」


「ふんっ、お忘れのようだから言っておきますが、私もまるっきり同じカレーライスを完食してるんです。それに、先に皿を選んだのは兄です。これは妹だって証言している。盛り方も皿も全く同じだった二つのカレーライス、兄がどちらを選ぶかなんて私にわかったはずがない。それとも何です、私と妹が共犯で嘘の証言を喋っているとでも?」


「いいえ、妹君の証言は本物でしょう。眼を見りゃわかります。それに、妹君が仰っていましたよ。あの夜、カレー嫌いな私に作ってくれた、カレー風ハヤシライスはいつも通り美味しかった。人を殺める直前の人間があんな料理が作れるはずがない、と。私も同感です。いやぁ、俄然食べてみたくなりましたなぁ、あなたの手料理」


「なら、どうして。たしかに私には動議がある。それは事実です。大病院の息子で、おまけに兄は秀才。私に向けられた重圧は相当なものだった。早くにプレッシャーに圧し潰されましたよ。せめて、せめて兄が凡才であればと何回祈ったことか。が、所詮は砂の城。日を追う毎に私の成績は下落していった。今の学力だと、Fランクの大学さえ合格は難しいでしょう。エリート一家の成れの果て。いい恥晒しです。でもだ、やっていいこと悪いことの分別ぐらい今の私にだってある。何度も言うが、兄を殺したのは私ではない」


「えぇ、えぇ。実にそうであって欲しかった、そう切に思います。それだけに、残念です。あなたは一線を越えてしまわれた」


「あなたもしつこい人だ。刑事さんならわかるでしょう、人ひとり殺すのだってある程度の知識が必要だ。馬鹿な私にそんな能はない」


「いいえ、馬鹿なあなただから出来た。いや、馬鹿なあなただから、秀才には思いもつかない方法でお兄様を毒殺したのです」


「なら、一体、どうやって私は兄を殺したのです?」


「えぇ、えぇ。そもそもその考えから間違っていました。大事なのは、どうやって殺したのかではありません。どうやったら、死なないか――鍛えたんですなぁ、足りない学力分。いいですか、端っから毒のないカレーライスなんてあの食卓にありゃしなかった。あったのは毒が盛られたカレーライスが二皿。お兄様は致死量の毒を摂取したせいで亡くなられましたが、あなたは死ななかった。ただ、それだけの話です。あなたは大病院の次男坊だ、鍛えられるほどの青酸カリは山ほどありますしな」


「憶測をどれだけ語っても結構。が、憶測は憶測。所詮、机上の空論に過ぎやしない」




「では、珈琲はいかがでしょう」




「珈琲? まさか、あんた――」


「えぇ、えぇ。お察しの通り。あなたが今、飲み干された珈琲に致死量を遥かに超えた青酸カリを淹れておきました。そこで一つ質問なのですが、あなたは何故死なないんですかな」


「恐ろしい人だ。もしもの場合は考えなかったのですか」


「もしも? そんな可能性、万に一つもありゃしませんよ」


「どうやら、私の負けのようだ」


「どうしてお兄様を?」


「お話した通りです。私には才能がなかった。重圧に克つ才能が。エリート一家に生まれたばかりに、とうにここまで馬鹿になってしまった」


「ほんとう、馬鹿な人だ」


「えっ」


「あなたほどの腕前があれば、違う道だって拓けたはず。あなたに自分を貫く才能がなかったことが悔やまれます。非常に惜しいことをされましたな。その素晴らしい手を、こんな下らないことで染めてしまうなんて」


「そんなこと言ってくれるのは、刑事さんだけです」


「いいえ、私なんて妹君に比べれば微々たるもんです。ご存知ですか、妹君、カレー嫌いを卒業されたようですよ。あなたのカレー風ハヤシライスのお陰で」


「そうですか。もう少し早く、そのこと知っていれば、思い留まれたかもしれません。ですが、もう……」


「いいえ、あなたは変われます。私が保証しますとも。なんたって、あなたにはその才能もおありだ」


「ありがとうございます。ちなみに、どの時点で私の胃が強靭だと?」


「現場に踏み入れた、まさにその瞬間からですかな」


「え、」


「完食されたカレーライス見りゃあ、誰だってピンときますよ。苦しんでる身内を尻目にカレーを食べ切ろうとする人間なんて、いやしません。それでわかったのです。重要なのはお兄様の皿ではなく、あなた方の皿だと」


「なるほど。初めから、私は馬鹿を踏んでいたわけだ」


「えぇ、えぇ。あなたに毒は似合いません。もっと良いスパイスがあります。では、行きましょうか」

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