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FX界の王子様編(3)

今回の物語は、怜子視点で物語は進みます。



「んもぉ〜! なんなのよコイツ、また留守〜?」


 私は、いくら呼び出しをしてもウンともスンとも言わない、マンションのオートロックに、ため息をもらす。


 先日、ひょんな事から知り合った、元転職コーディネイターの男、山崎。そして、その山崎は私を起業させてやると約束し、今やFX界でその名前を知らない人はいないという実力者、岡本准一を紹介してくれた。起業するにも、資金力のない私は、まずは岡本の力を借り、起業に必要な資本金を作るって手筈だ。


 山崎って男は、みてくれはイマドキ流行らないチョイ悪オヤジ風で、清潔感もないしどうみても不審者っぽい。……だけど、彼の持つ分析力と先見性というものは、何故だか信じたくなるような魅力を持っているのだ。


 恐らく、この岡本って男も、山崎に出逢ってなければその才能は開花する事なく、きっと普通のどこにでもいる若者だったんだろう。そう考えていたら、この山崎という男の判断力って、まるで恐ろしい魔力のようにも私は感じてしまう。

 だけど、結局私は決めたんだ。コイツがどんな男で一体ナニを企んでるのか分からないけど、コイツの力を借りて起業しようって! そして、私をクビにした部長にヒトアワ吹かせてやるって!


 ――しかし……


 せっかく、私が起業しよって決意を固めたってのに、ナニよ、この岡本って男っ!


 山崎に貰った名刺を確認して、携帯、自宅と両方に、何度も電話しても全く出ない。そのうえ、岡本のマンションまでこうやって訪ねてるっていうのに、今日も留守なのだ。


 ……ホントにもう。私がここを訪ねるのは、今日でもう二回目なんだから! アンタは私に『三顧の礼』でもさせるつもり? アンタは諸葛孔明かっつーの!


 ……なんて、心でボヤきながら、オートロックで岡本を呼び出すが、やっぱり返事は全くない。


 だけど、よくよく考えたら不思議にも思える。FXやってる人って、朝も昼も晩も夜中も、ずっとパソコンに向かってるイメージがあるのに、こんなにいつも家を開けていていいのだろうか……?


 ――……居留守?


 私の心に、一瞬、一抹の不安がよぎる。

 ……ははは、まさかね。

 私は、開かないマンションの扉にもたれ、深呼吸をしようと大きく伸びをした時だった。

 一人の若者が、コンビニ袋を抱えて、マンションに入ってきた。


 ――えっ、あれは岡本……?

 マンションの扉にもたれている私の横で、オートロックに鍵を差し込む彼の顔を、私はこれでもかってくらいじっと見つめる。

 うん、間違いない。やっぱりこの男は岡本だ。以前、雑誌でみた顔と同じ顔だもん。

 神様ありがとう、神様はまだ私を見捨てていなかったんだね。

 私は心の中で、神様にお礼を言い、岡本に声をかける。


「あの、岡本さんですよね。急に訪ねてきて失礼だとは思いましたが、実は私、転職コーディネイターだった山崎さんに……って、はあぁ〜!?」


 おいおい、岡本さん、岡本さん、アンタ何やってんのよ、ちょっと――!!


 なんと、岡本は、私が声をかけた瞬間、コンビニ袋をその場に投げ出し、全速力で私の前から走り去っていったのだ。


 何がなんだか分からない私は、必死で岡本を追いかける。しかし、いくら今日はパンツスーツって言っても、ヒール履いてりゃ全速力はとうてい無理だ。

 みるみるうちに、岡本は私の前から消えてゆく。


「ちょっ、待ってよ、このーッ、岡本のバカヤローッ!」


 私は、心に湧き上がる悔しさを、誰もいない春の空に叫ぶ事しかできなかった。



「――えぇ!? 岡本は女ギライ?」


「……へへへ、まぁまぁ、そんなに興奮するなって、ね〜ちゃん」


「あっ、それから、山崎さん、こないだっから気になってたんだけど、その『ね〜ちゃん』って呼び方やめてもらいます? それ言われる度に、私の身体に悪寒が走るんですっ!」


 私は、コーヒーショップの机を叩き、山崎にヒステリックに言い放った。

 さっきの岡本の態度にハラを立てた私は、事情聴取をしようと、山崎をコーヒーショップに呼び出したのだ。

 そしたら、なによ、その女ギライって新事実! そんなの最初っから言っとけっつーの!


「へへへ、ね〜ちゃ……イヤお前さんみたいに、ベッピンさんだったら、女ギライの岡本もイチコロかなとは思ったんだが、ムリだったか……」


「山崎さんっ、お前さんとかもやめてもらえますかっ! 私と貴方は、これからビジネスパートナーになる訳ですよね? 雨宮って、ちゃんと名前で呼んで下さい! あ・ま・み・やです、分かります!」


 私は、アテにしていた岡本に逃げられたショックで、イラつきを隠せなかった。しかも山崎の言葉は、岡本が逃げたしたのが、なんだか私に女の魅力がなかったみたいにも聞こえるし、ホン……ットにコノ山崎って男いいかげんにして欲しい! この間からずっと思っていたんだけど、まさにコイツは歩く失礼男だわ。

 私は、行き場のないこのイラつきを、山崎にぶつけて思いっきり睨みつける。


 でも山崎は、そんな風にヒステリックに怒り狂う私を、静かに見つめた後、くしゃくしゃになった煙草をポケットから取り出し呟いた。


「……アイツはな、本当は可哀想なヤツなんだ」


「……え?」


 一瞬の私たち二人の沈黙に、カチッと山崎のが煙草に火を点けるライターの音が静かに響いた。


「アイツ――岡本准一ってな、学生ん時イジメられてたんだよ。……しかも女子に」


「女子にイジメられてたぁ?」


「ほら、アイツちょっと女っぽい顔してるだろ? 高校ん時に、女子生徒たちから化粧させられたり、髪にリボンつけられたりオモチャにされてたそうなんだ。岡本ってさぁ、大人しいヤツだから、文句も何も言えずに、女子から好き放題に写メとかとられまくってたんだってさ。……あ、あと、ネットの掲示板によぉ、女子にイタズラされた写真を貼り付けられ、その掲示板内でからかわれたり、かなり酷い中傷とかも受けたらしいぜ」


 山崎は、煙草の煙をふぅーっと吐き出し、目を細めて話を続ける。


「今度アイツに会ったら、よぉく見てみな。アイツの目って死んでるから。人間岡本准一は、高校生の時にもう死んだんだよ。そして、アイツの目に映ってんのは、リアルな世界なんかじゃねぇ、閉じ込められた自分だけの妄想の世界なんだ。だからよぉ、俺は岡本にFXを教え込んだよ。FX=いわゆる外貨為替投資ってのは、結局パソコンの中だけの数字の追いかけっこなんだ。そこには、他人と関わる必要性などなく、リアルな金の重さすら麻痺するような世界だ。案の定、岡本はその追いかけっこに夢中になったよ。なぜならそこは、リアルから弾き飛ばされた岡本が、唯一自分の存在を実感できる妄想の世界だったんだから。世間はな、そんな岡本を『FX界の王子様』とか言ってもてはやしているが、アイツにとっては、そんな風に世間の注目を集めたり、FXでいくら金を稼いだかなんて、全く意味がねぇ事なんだ。アイツはただ……他人から閉ざされた空間で、パソコンの中の数字の追いかけっこをする事だけが楽しいんだから」


 ……私は、山崎の話を聞いて、さっきまでの岡本への怒りは無くなり、逆に岡本への哀れみの気持ちが胸にいっぱい襲ってくる。

 一番多感な学生時代に受けた、女子からのイジメ……どんなに辛かっただろうか?

 クラスのさらされ者になり、どんなに屈辱的だっただろうか?

 きっと、それは私が想像出来ないほどの苦しみだったと思う。

 だけど、あなたは今も自分の意思とは関係なく、社会という名の世界でさらされ、御輿のようにまつられている。


 ――岡本准一……あなたの幸せって一体どこにあるの?


 私は、胸が苦しくなり、思わずため息をもらす。さっきとは違う、切ないため息だ。

 私は、少し冷静になろうとコーヒーを口にした。するとその時、ふと頭の中で何かが弾け、ある事が繋がったような気がした。そして、目の前にいるこの山崎という男が心底恐ろしくなった。私は、山崎の目をしっかりと見据え、山崎に問いかけた。


「山崎さん、結局アナタって、もしかして岡本をただ利用してるだけなんじゃない? まるで、自分が引きこもりの岡本をヒーローにしたかのような口ぶりだけど、あなたはきっとハナから分かっていた。岡本はFXっていうゲームに夢中になるって事が。そして、例えそれでお金をいくら稼いだとしても、彼は自分の居場所が欲しかっただけで、特にお金には興味をしめさないだろうってね。だから、あなたは岡本の素質を見抜き、彼にFXを教えて夢中にさせた。彼からコンサルティング料と称し、多額のお金を巻き上げるためにね。そして、今回もまた岡本を利用しようとしている。アナタってやっぱりサイテーな男ね」


「……だとしたら、雨宮、アンタどうするよ? この話から手をひいて、希望のない転職活動をまた繰り返すのかい?」


 山崎は、とまどう私に薄ら笑みを浮かべる。


「へへへ……まぁいいさ。アンタが俺の事どう思おうと。アンタは社会の中で男に勝つために戦ってきた。そんなアンタが、起業っていう魅力にとりつかれねぇ訳ねぇからよぉ」


「ちょっと待ってよ、私は――」


「へへへ……まぁ、見てなって。岡本の女ギライの手はもう打ってあるからよぉ。雨宮、アンタは何も心配せず、もう一度岡本を訪ねたらいい。きっと、その頃にはヤツの女ギライは治ってるよ」


 私は、山崎に自分の心を見透かされているようで身体中に恐ろしい緊張感が走る。そして、それと同時に、私は彼の手際の良さに言葉を失ってしまう。詰め将棋で言うなら、山崎は、私の何歩も先を読んでいる。もしかしたら、この間私たちが出会った時にはすでに、今のような状況になるっていうストーリーは、山崎の中で出来ていたのかもしれない。だとしたら、コノ山崎という男は、これから一体どんなストーリーを私に用意しているのだろうか?

 

 私は、これから先。この山崎というきわめて悪魔的な男と行動を共にすべきかどうか考え込んでしまう。すると、山崎はニヤリと笑みを浮かべて静かに口を開く。


「キャバクラだよ。へへへ……アイツの女ギライを治すために、池袋のキャバクラを紹介してやったんだよ」


「――えっ?」


「アイツに紹介したキャバクラは、池袋でナンバー1のキャバクラだ。女の質もサービスも別格なのさ。だからよぉ、そんな所で、アイツは女にチヤホヤされたら、さすがに女ギライの岡本も、女への抵抗はなるなるだろうよ……へへへ、はっはっは!!」


 山崎は、煙草をくしゃくしゃと噛みながら、不気味にずっと笑っていた。


 ――……ってか、そんなんで女ギライ治る訳ないじゃん!!

 その時はいいさ、チヤホヤされてさ。

 だけど、岡本は資産家としても有名人だ。そんな岡本がキャバクラなんかに行ったら、金目当ての女たちに言い寄られ、目が覚めた時にはさらに女性に失望するだろう。


 ん!? ちょっと待てよ、山崎まさか、アンタ……――


「山崎、あんた岡本をそのキャバクラに紹介して、金もらったでしょう!」


「へへへ……さぁな」


 マズイ、岡本准一がマズイ!!

 私は、椅子にかけていたジャケットを急いで羽織り、岡本を探す事にした。


「山崎、あんたホン……ットにサイテー男ね! 私、あんたと組むのやっぱやめるわ!」


 私は山崎に思いっきりそう言い放ったあと、伝票を手にして出口へ走った。 


「へへへ……、まぁ好きにするがいいさ。雨宮ぁ、どうせアンタは、またすぐオレのところに戻ってくるからよぉ」


 ……ったくもう、私ったら、自分の人生もままならない時なのに、なんで人の人生の世話焼こうとしてんだよ――ッ!!

 

 

 コメント、ご評価下さった、すがわらあんこ様、和藤渚様、本当にありがとうございました!

 更新へのパワーになりました(^O^)

 これからも、宜しくお願い致します。

 さぁ、いよいよ次回、キャリアウーマン雨宮怜子と小悪魔江尻綾香の対決です!

 ぜひお楽しみに!


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