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FX界の王子様編(2)

今回のお話は、綾香目線で物語りは進みます。

 

 江尻綾香……絶対絶命のピ〜ンチ!


 寡黙な男って、確かにカッコイイけど、アナタのはただの沈黙でしょ……なんて、心の中でコノ男をツッコンでみても、そんな事で今の状況は打破できない。

 ってか私には、そもそもコノ男が、何しにキャバクラに来たのかさえも分からなくなる。


 コノ男――そう岡本准一、通称『FX界の王子様』、アナタは一体なんなよ……!!


 私がこの席に着いてから、もう十五分は経過してるってのに、コノ男は私には見向きもせず、私がいくら話かけても全く口を開く気配がない。

 ただ、彼は黙々とビールを口にする作業だけを繰り返しているのだ。


 私は、彼の持つビールグラスの水滴を、そっとハンカチで拭きとりながら、彼を上目に見つめて決意をする。

 こうなりゃ、こっちもプロのキャストの意地がある。アナタが王子でも総理でもナニって言うの! そのハマグリのように閉ざしたお口を絶対開かせてやるんだから!


 だってアナタは……私の未来の旦那様候補ナンバー1!


 岡本准一、見てなさい。アナタはイケメンの上に資産家なんだから、絶対にこのアヤカ様の虜にしてやるうっ!!


「ねぇねぇ、岡本さん。岡本さんって、お誕生日いつですか〜?」


 私は、彼の肩にそっと両手を添えて、とびっきりの笑顔で彼の顔を覗き込む。


「……1月10日」


 案の定、彼はビールを口にしながらも、ぶっきらぼうに答えてくれた。

 よしよし、狙い通り! 大人しい男に口を開かすには、まずは簡単な質問からがセオリーだもんね。


「へ〜岡本さんって、1月10日かぁ〜。わぁっ、山羊座だね」


 私は、彼に思いっきりハシャイでそう答える。

 ふふふふふ……男っていくつになっても、幼児性を残してる人が多いんのよね。だから、ほとんどの男は、女に対して少女っぽさや純粋さを求めてる。ホントにバカだよね、そんな女、イマドキいないってのに!

 だからね、たかが星座、されど星座。小悪魔アヤカ様としては、男が女へ抱くロンマンティックな幻想を、まずは胸いっぱいに満たしてあげるの。私は、自分の両手を胸元で握り締め、星座の話に目をキラキラさせた。


「山羊座の人ってね、真面目で誠実な人が多いんだって。なんか、岡本さんって感じだね。岡本さんチョー誠実そうだもん!」


「ん……あぁ、そお?」


 おっ、おっ、おっ――! ビンゴッ!

 やっぱり、コノ男も、女に対して幻想抱いているタイプだぁ!

 さっきまでと少し口調が違い、私にちょっぴり照れてるみたいだ。しかも、彼は、今までテーブルに向かい真っ直ぐと向けていた身体を、脚を組みかえるようにして、ワザと私と反対側に少し反らしたのだ。

 よしよしよし、コレでツカミはOK、さらに小悪魔マジックを披露してやる。

 私は、少し横を向いた彼に、甘ったるいような声で「……ねぇ」とゆっくり呼びかけ、相手の視線をこっちに向ける。

 そして、ココが重要だ。

 自分に好意を抱かせるには、相手の目を見るのは当たり前だが、小悪魔流としては、相手の目というか、相手の黒目をじっと見つめるように話しかけるのだ。


「アヤコはね、3月2日なんで、魚座なんだよ」


「……へぇ」


 ふふふ……黒目を見つめるドキドキ効果はやっぱ抜群だぁ。

 彼の黒目をじっと見つめていると、今まで全く表情がなかった彼の顔が、まるで若返ってゆくかのようにどんどん色づいてくる。

 そこで、私はしばらく彼を見つめた後、無邪気な笑顔を作って、元気いっぱいこう言ったんだ。


「山羊座とね、魚座って超アイショーいいんだよ!」


「――……えっ!」


 一瞬、彼に笑顔が浮かぶ。どこか照れくさそうで、だけど嬉しそうなそんな笑顔。

 私は、彼のその一瞬の笑顔を見逃さず、ワザと彼から視線をはずして下を向く。


「あっ、ゴメンなさい、私……。逢ったばっかなのに、なんか一人ではしゃいじゃってバカみたいだね」


 ――決まった〜……!!

 

 王子様、これであなたは私の虜!

 最後の仕上げに、私は照れたようにちょっと頬を膨らませ赤くする。……イヤ、厳密に言えば、これで彼から見れば、私が照れて赤くなったように見えるのだ。なぜなら、小悪魔流ナチュラルメイクがここで効く。メイクの仕上げに使った、愛用のサーモンピンクのチークは、うつむく私を、けなげで純粋な女の子に見せてくれるのだ。

 ……ってか、山羊座と魚座って、地の星座と水の星座なんで、別にたいして相性なんて良くないんだけどね。でも、いいんだぁ。例え万が一、そんな話聞いた事ないとか言われてもさ、「え〜、アヤカ流占星術なら、そうなんだけどなぁ」なんて、ちょっと可愛く言えば喜ぶ男がいても、ドン引きする男なんていないっての!


 そんな風に、うつむきながら、自分のナイスキャストっぷりを、自分でちょっぴり誉めていると、私は自分の太腿にあたたかい温もりを感じた。視線を彼の方に向けてみると、なんと彼は私を包み込むかのように寄り添い、身体をぴったりとくっつけているのだ。

 ふふふふふ……どうやらハマグリ男は、口だけでなく心も開いてくれたようだ。

 恐らく、彼からすると、私は守ってあげなきゃいけないような女の子に見えてるんだろう。

 彼はぎこちない手つきで、私の頭を優しく撫でてくれた。

 どうやら、王子様はお金は沢山持ってるみたいだけど、女性には慣れてないみたい。最初ずっと口を開いてくれなかったのも、ホントは女性に慣れてなかったからなのね。


 私は、王子様のそのぎこちない様子に、何だか新鮮さを覚えてしまう。

 王子様……、他の女の子が入ってこれないように、アナタの真っ白な心をアヤカの恋でいっぱい埋めてあげるネ!


 ちょっぴり不器用な王子様は、その後はなにも言わずただ私に寄り添っていた。


「お客様、恐れ入りますお時間です。ご延長はいかがなさいますか?」


 ――えっ!? もうそんな時間なんだ。

 充実した時は、時間がたつのがホントに早い。どうやら、1セットの四十分がもう終わってしまったみたいだ。私の王子様は、やっぱりキャバクラとかは初めてみたい。急に夢から醒めたように、ボーイの言葉に右往左往する。


「お客様、アヤカさんともう少し一緒にお楽しみになられましたらいかがでしょうか? ご延長される場合は、セット料金の追加とご指名代で……」


 すると、そんな王子様の姿に、ボーイは必死に営業をかける。まぁ、そりゃそうだろう。ボーイも、王子様の事はお金持ちって知ってるんだろうし。

 

 ――だけど私は……


 ボーイの巧みな言葉に、王子様が延長を告げようとした時、私は人指し指を立てた右手を彼の口にそっと当て、耳元で囁くように呟いた。


『延長してくれるより、今度何か美味しいもの食べに行きたい』

 

 耳元で囁く私の言葉に、王子様は目を丸くして驚く。

 そして、そんな彼の姿に私は本当に彼が可愛く思えてくる。

 私は、彼の口に添えていた人差し指を、今度は自分の口元にゆっくり持ってきて、首をかしげて彼を見つめて微笑んだ。


「……ね、約束だよ!」


 私の可愛い王子様は、困惑した表情を浮べながらも、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。



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