FX界の王子様編(1)
今回のお話は、怜子目線で物語は進みます。
「雨宮怜子さん、三十五歳。へー、すごいですね、あの会社でずっとマネージャーをされてたんだ。雰囲気も、まさにキャリアウーマンって感じだしカッコイイっすね」
「え……イヤ、その〜照れるじゃないですか、やめて下さい」
私は、自分が差し出した履歴書と職務経歴書に隈なく目を通し、羨望のまなざしでこちらに笑顔を向けるこの若者に、思わず照れてしまう。
やっぱり、何だかんだと言っても私も女だ。二十代半ばくらいの若い男にチヤホヤされたら、まんざらでもない。この人、清潔感もあるしすごく真面目そうだし、ここに来て良かったと、私は内心ほっとする。
「雨宮さん! 雨宮さんくらいのスキルと経験があれば、絶対すぐに転職先は見つかりますよ。これから一緒に頑張りましょうね!」
「は……はい! お願いします」
そう、私は今、転職コーディネイトと言われる会社に、転職希望の登録に来ているのだ。
前職を解雇され、転職活動を始めているのだが、今はすごいよね。だって、自分の代わりに転職先を探してくれる、こんな会社があるんだから。
転職コーディネイトと呼ばれるこの会社は、いわゆる登録している企業と私たちのマッチングを行う会社だ。これは、人材が欲しい会社にも、転職を希望する私たちにもとってもありがたい会社だ。企業側からすると、広告費と時間を大幅に省く事ができる。転職コーディネイト側に任せておけば、求人の募集をするための広告などは必要はなく、そこの紹介で採用をした時にだけに支払う紹介手数料だけでいいのだ。また、その企業にあったピンポイントの人材だけを面接希望者として企業に紹介してくれるので、企業側は不特定多数を面接する必要もなくなる。
そして、私たち転職希望者にとっても、コーディネイト会社を通す事により、求人を探す手間も省けるし、面接しても採用される確率はぐんと上がるそうなので、本当にありがたい。
私は一連の登録手続きを済ませ、担当コーディネイターに挨拶をして帰ろうとしていた時だった。
「ちょっと待ちなよ、ねーちゃん」
「――はっ!?」
なぜか急に、私がいるブースに、中年の男が入ってきて、私の職務経歴書を手にとり眺め始めた。ちょいワルオヤジ風とでも言うのだろうか? ノーネクタイに無精ヒゲなんか生やして、どっからどう見ても、不審者そのものである。
「ちょっ……! なんなんですかアナタは――!」
「山崎さん、ナニしてんですか!」
私と担当コーディネイターの声が重なる。
「山崎さん、あなたはもうこの会社の人ではないんだ。帰って下さい! ……あっ、雨宮さんすいません。この人、勝手な事ばっかするんで、先月でうちの会社クビになった人なんですよ。すぐに追い返しますので……。本当にすいません」
……って、この人も転職コーディネイター!?
まぁ、厳密に言うと今は違うんだろうけど、明らかに私の目の前にいる好青年とは全く違う。まぁ、どっからどう見てもクビになって当然のようには思えるんだけどね……。
なんて、まじまじと好青年とこの不審者を見比べていたら、好青年は、その山崎と呼ばれる中年の男をブースから追い出そうと、必死になる。
しかし、その山崎は、若いコーディネイターの腕を払ったかと思うと、急に私の前に顔を近づけてきて話始める。
「なぁ、ねーちゃん。転職コーディネイトってなぁ、こいつみたいにキレイ事だけではできねぇんだ」
山崎は、若いコーディネイターにアゴを向け小馬鹿にする。
「いいかい、現実を教えてやるよ。ねーちゃん、アンタの転職ははっきり言って不可能に近いぜ!」
山崎は、私たちが座る机を両手で叩き、ぶっきらぼうに話始めた。
「企業にとってよぉ、三十五歳って一番いらねぇ年代なんだ。そんな中途半端な年齢のヤツ採用しても、正直使い道がね〜んだよ」
――……えっ
『今、この大不況の中で、各企業が一番もてあましている人間とは、君たち三十代の管理職の人間たちなんだ』
山崎の言葉に、私は一瞬昨日の部長の言葉を重ねてしまう。
そして、知らぬ間に、私の背中にひやりと冷たい汗が流れるのが分かった。
「……へへへ、そんな驚いた顔せず、まぁ見てみなよこれ」
山崎は、ブース内のパソコンを器用にいじくり、登録会社の求人を一斉に出した。
その数は、何ページにもわたり、ざっと数千社はあるかもしれない。
「いいかい、問題はここからだ。ちゃんとみて見なよ……。いまから年齢条件を三十五歳以上に絞って検索してみてやるから」
「――!!」
私は、その結果を見て言葉が出なかった。先ほどまで山のようにあった求人一覧が、僅か十分の一程に減ってしまったのだ。
しかも、その求人内容は、工場の整備や清掃など、おおよそ営業と言われるような求人などはほとんどなかった。
「分かったかい? これが現実だよ、ねーちゃん」
「山崎さん、いい加減してください! ぼ……僕の担当の転職者になにしてんですか。あなたは、もうウチの会社とは関係がないんだ、早く出でいって下さい! 確かに、雨宮さんの年齢で営業職への転職というのは難しい。しかし、彼女には他の誰にもないような大きなスキルと経験がある。今は不景気だから、どの企業も即戦力を求めている。雨宮さんは、そういった企業への打ってつけの人材なんだ! 転職は必ず成功する」
好青年は、必死に山崎に訴えかける。
なんか、昔の青春映画のワンシーンのようで、私としては好青年に益々惹かれてゆくはずなんだろうけど、どうしても山崎の言葉が引っかかるので、私はちょっと山崎に尋ねてみた。
「……結局、なぜ企業側とすれば、私たちの年齢は必要ない訳なの?」
「へへ……二十代のヤツラより金がかかるからだよ」
……また、部長と同じ言葉!?
『会社にとって高い年収が必要な君たちは、会社の贅肉以外の何モノでもないんだ』
私は身体中にイヤな緊張感が走ったかと思うと、口の中が次第に干からびてカラカラになってきた。
「なぁ、ねーちゃん、言っとくけどさぁ、転職って自分を今まで以上に高く再評価してもらえるみたいな幻想抱いてるヤツが多いけど、ありえないぜ、そんなもん。まぁ、簡単に言っちゃえば、どんな理由であれ勤めていた会社辞めた時点で、テメェの価値は半分以下に下がったと思った方がいい」
ぶっきらぼうだが、どこか説得力のある山崎の言葉に、私たちがいるブースにはピンと張り詰めた空気が流れる。
「いいかい? それから、三十五歳以上のヤツラが企業にとって必要ねぇもうひとつの理由は、企業の色に染めにくいからだ。お前らの年代のヤツらって、金はかかるし自分が出來上がっちまってるし、企業にとっては絶対欲しくないゾーンなんだ。お前ら雇うくらいなら、安い金で二十代のヤツら雇って、企業色に染めたほうが、企業にとっては都合がいい。しかも、ねーちゃんあんたは女で独身だ。例えば、百歩譲って即戦力としてアンタの能力を認めたとしてもな、企業側とすれば、将来結婚や出産をするリスクを持ってるヤツを高い金出してでも雇おうと思うかい?」
私は、まるで金縛りにあったように、恐怖で身体が動かなくなってしまった。
確かに、この男の言うとおりだ。
私は、今まで仕事に熱中するがあまり、社会の中での自分というものの価値をきちんと分析出来ていなかった気がする。
「じゃぁ、私はこれから一体どうすれば……」
私の心に、言いようのない恐怖と不安が襲ってくる。私はきっと自分を過剰評価しすぎていたのかもしれない。……不安だ。私は、自分が思っていたほど、本当に優秀な人間なのだろうか?
「へへへ、待ってたぜ、その質問。今日さぁ、たまたま忘れ物を取りにココに戻ったんだ。そしたら、あんたがこのブースに入るのが見えた。あんたのスタイルの良さ、そしてこの職歴だったたら、俺には自身がある。アンタを見事に永久就職させてやるぜ。どうよ、今からオレについて来いよ」
◆
結局、私は山崎について行く事にした。
ナゼだか分からない。
外見は全く信用がおけるような男ではないのだが、山崎の説得力のある話に、どうしてもこの人間がどういう人間なのか知りたくもなったのだ。
山崎の話によれば、彼は例の転職コーディネイトの会社に勤めていた時に、ある転職者を企業に紹介するのではなく、起業させてしまったらしい。しかも、それだけではなく、その転職者の起業が大成功した事につけ込んで、コンサルティング料と称し、その転職者がら莫大なお金を巻き上げていたらしい。そして、そのお金で山崎が作った会社が、私の今いる会社なのだが……
――……えっ!! 私の就職斡旋ってこの事!?
なんと、山崎が作った会社というのは、
「転職コーディネイト」ではなく、「結婚コーディネイト」の会社だった。
「へへへ……なぁ、ね〜ちゃん。いいかい? さっきも言ったように、アンタが普通の会社に転職できる可能性は0だ。だから、そこで二択問題だ。1つは、オレのこの会社を通して結婚しろ。アンタは美人だし、キャリアを持ってる。この先、アンタが生活には困らないような、年収の高い男を紹介してやるよ。そして、もう1つは、起業しろ! アンタの職歴見ても、雰囲気見ても、アンタは雇われる方じゃねぇ。絶対、起業する方に向いている。起業するんなら、オレがそのノウハウを教えてやるよ」
――結婚か起業……?
どうやら、この男についてきて正解だった。
まだ信用できるかどうか分からない男だが、その突拍子もない提案は非常に面白い。
そして、ナゼか分からないが、この男に起業家に向いていると言われるのは嬉しかった。
私としては、結婚はまだまだしたくはないし、当然後者を選んで成功したい。しかし……
「ねぇ、山崎さ……ん、起業するにしても資本金はどうすんのよ。私、そんなに貯金はないわよ」
「……ばーか。心配すんな、金ならなんとかしてやる。今からオレがある男を紹介する。アンタは、その男んとこに金持って弟子入りして来い。んで、1,000万くらい貯まったら、またここに戻ってくればいい。会社設立の詳細は、それからだ。まぁ、アイツんとこ行けば、1ヶ月もあれば簡単に1,000万くらいできるだろう」
ニヤリと不気味な笑いを浮べ、山崎が私に渡してくれた名刺。
――岡本准一……?
――ええっ!? 岡本准一ってあのFXで有名な岡本ぉ!?
「ヘヘヘ、コイツがさっき言ってたオレが起業させてやった転職者だよ」
岡本准一の名刺を見て、驚きを隠せない私を横目に、山崎は少し自慢げにずっと微笑んでいた。