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その女、雨宮怜子35歳

今回のお話は、怜子目線で物語は進みます。


「……北海道ぉ!? ちょっ、部長、なんで私が急に北海道なんか行かなきゃなんないんですか!」


 私は、目の前に偉そうに座っている男を睨み付け、その男の机を両手で思いっきり叩きつけた。


「……えっと、雨宮君は転勤拒否と。はい、分かった。オッケー、もういいよ」


「えっ、ナニ!? ちょっ、もういいってどういう事よ!」


 不気味なくらいに淡々と、私に唐突な話を切り出したかと思うと、急に席を立ち社長室に向かおうとしている部長に対し、私は思わず両手を広げて彼の前に立ちふさがってしまう。


「……何の真似だ、雨宮君」


「説明して下さい、部長! 一体なんなんですか、この話は!?」


 ヒールを履いたら170センチは超える私でも、やはり男性が持つ威厳には太刀打ちできないのだろうか。私を静かに睨む部長の視線は鋭く、直視していると緊張で心臓の鼓動が早くなってゆくのが分かる。


「……リストラだ、雨宮君」


 その言葉に私の頭は真っ白になった。

 リストラ――!?

 この私が!?

 一体どうして!?


 四年生の大学を卒業後、私は今の会社に入社した。

 私の大学時代、この会社のTVコマーシャルは毎日のように頻繁に放映され、そこで使われたCMソングは必ずヒットするという伝説まで作られた、まさにその名を知る人はいないと言われる宝石を扱う全国チェーンの会社だ。

 大学で経済学を学び、流通に興味を持った私は、この日本中の一世を風靡した会社で、誰よりもトップにってやろうと、とにかくやみくもに働き続けた。おかげで、入社してまもなくすると、私は都内のお店の店長を任され、その後ついには女性としては初めてのエリアマネージャーとして東京本社に呼ばれるという異例の人事を受け、都内数十店舗の管理運営と、スタッフたちの育成に取り組んできた。


 エリアとしての管理はもちろん、売上の達成も幾度となく行い、この会社の発展にかなりの牽引をしてきたつもりだった。

 自分が育てたスタッフで、いまやエリアマネージャーとして活躍しているスタッフも何人かいるし、いわゆる男性だらけの本社内で、彼らに負けないように命がけで戦ってきたプライドもある。


 それなのに、この私がリストラぁ〜!?


 悔しくて――無意識に私の瞳に涙がたまってゆくのが感じられる。

 歯を食いしばり、部長を睨み返すのが精一杯で、何か言葉を発しようとしても、何も言葉が思いつかない。


「雨宮君、キミも知っている通り、我が社は先日民事再生の手続きを申請し、それは東京地裁に受理された。社会では……民事再生を受けるような会社はもう倒産だとか言われるかも知れない。だが、それは違う。かろうじのところで、我が社は生き残れたのだ。民事再生とは、会社の生き残りを賭けた再出発だ。それには、多少の血を流し、会社の余分な贅肉は削り取って行かねばならない」


 あくまでも、淡々と話を続ける部長の言葉に、次第に私はイラつきを覚えてくる。


「じゃぁナニよ、この私がぁ、会社の贅肉でぇ、会社が生き残るためにも削られなきゃなんないってアンタは言うワケ!? ふざけんじゃないわよ! 私がどれだけこの会社のために働いてきたと思ってんのよ!」


「雨宮君! いいかい、君には理解できないかもしればいが、今、この大不況の中で、各企業が一番もてあましている人間とは、君たち三十代の管理職の人間たちなんだ。君たちは、年齢的にも、もちろん役職についている分も、二十代の若者たちより遥かに給料が高い。特に我が社に関して言えば、これから未収益店の退店を一気に進めてゆこうとする中、管理職など、昔のようにはもう何人も必要はないんだよ。……つまりは、申し訳ないが、会社にとって高い年収が必要な君たちは、会社の贅肉以外の何モノでもないんだ」


「そ、そんな……」


「そんなもクソもない。……だからと言って、君のようにプライドが高く、ハナっぱしの強い人間は、現場にもどって今まで部下だった人間たちと一緒に仕事する事なんて出来ないだろう。むろん、年収は今の半分にはなるがね」


 部長のその言葉に、何も言い返せない自分が歯がゆかった。


「分かってくれたかい? まぁ、そんな顔しなくたって、君には入社時から掛けていた会社の財政貯蓄もあるし、当面の生活には困らないだろう。いきなり仕事を切られた派遣村の若者たちとは違うんだから」


 何も言い返せない私に、部長は勝ち誇ったように頬を緩め微笑んだ。

 それが、私には無性にハラ立って仕方なくなってくる。


「雨宮君、では、長い間ご苦労様な。まぁ、これもいい機会だ。とりあえす、そろそろ結婚でもしたらどうだ……」


 部長は、私の肩をポンと叩くと、社長室に向かい颯爽と歩き始めた。


 しかし、結婚――この言葉が、ついに私の怒りのツボのスイッチを押してしまった。

 私の身体の中に、一気に何か熱いモノが駆け巡った瞬間だった。私は、言葉よりも思わず先に手がでてしまい、自分の前を歩く部長の肩を思いっきり引っ張ってしまう。


「ちょっと待ってよ、アンタ、あぁ? 派遣村の若者たちとは違うから安心しろってぇ? バカにしないでよ! 私を誰だと思ってんの。あんなクズみたいなヤツらと一緒にしないで! ……しかもナニ、事につけて結婚しろだぁ? ここまで頑張ってきたのに、やりたい仕事辞めて、何が悲しくて男の世話になんかなんなきゃなんないのっつーの。例えアンタたちが私のクビ切ろうが、私はねぇ、この十数年間で身につけたキャリアとスキル生かして、アンタたち男になんか負けないような一大企業でも起こしてやるっての! 女だからってねぇ、馬鹿にしないでよ!」


 悔しくて、頬にはボロボロと涙がこぼれていた。そして、これでもかと言うくらいの大きな声で叫んでやった。


 不況になんか負けるもんか!

 リストラになんか負けるもんか!

 ――そして、男になんか絶対に負けるもんか!


 私は企業という男たちの社会の中で、今まで戦い勝ち残ってきたんだ。だから、これからもそう。

 何がなんでも戦い続けて、男になんて負けない女になってやるんだから!


 女――雨宮怜子、三十五歳、アラフォーだからってねぇ、夢を捨てて、丸くおさまんはまだまだ早いっつーの!



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