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第零話






 ~賃貸マンション前~




 やあ、みんな! 俺の名は善哉ぜんざい おしるこ。

 今日から一人暮らしをすることになったどこにでもいない高校一年生(男)だ。


 夏休み初日にメンヘラ親父との決闘に完全勝利した俺は、転校の権利と一人暮らしの権利を獲得し、グズるメンヘラ親父に念書を書かせたのち、二学期から転校出来るように手続きを済ませ、ここにいるってわけさ!




「おしるこ。しっかりやるのよ」

「ああ‥‥‥」




 この人は俺の母さん。善哉ぜんざい 紅葉もみじ


 ちなみになんだが、親父がメンヘラ化したのはこの人が原因である。

 親父も昔はなかなかの男だったらしいのだが、母さんがハイスペックだったがため、己の存在意義に疑問を覚え始めたのがメンヘラ化の切っ掛けらしい(親父談)。




「‥‥‥母さん。親父は‥‥‥」

「大丈夫よ。お父さんは身内が居れば居るほど駄目になるのだから、家族がいない方が逆にまともになるわ」




 我が家は親父のメンヘラ化解除の為、現在一家離散状態なのだ。

 俺も紅葉母さんも親父を嫌いになった訳ではない。

 ただ単に、メンヘラ親父が気持ち悪いのだ。

 なんとも悲しい話である。


 小四の妹もいるのだが、田舎大好きな妹は既に紅葉母さんの実家で暮らしており、紅葉母さんは妹について行っている。

 つまり最近までメンヘラ親父と俺の二人暮らしだったわけだ。

 後は言わなくても分かるな?






 ◇






 初めての一人暮らし!

 初プライベート空間!

 俺の城!

 俺は自由!

 ‥‥‥そう思っていた時期が、俺にもありました。




 ~時刻は21時~




「アッ、アッ、アッ、アッ!」




 おわかり頂けただろうか? 壁の向こう側から聞こえてくる怪音である。

 怪音改め、喘ぎ声である。

 ちなみになんだが、明日は学校初日で今日は引っ越しだったので挨拶回りはしていない。

 もう一度言おう。


 挨 拶 回 り は し て い な い。


 する元気なかったからね、しょうがないね。

 さて、と。

 はたして挨拶回りもしていないのに騒音苦情の申し開きをしてしまって良い物なのだろうか?

 初めての一人暮らし。という事も相まって、そこら辺については疎いのであるが、まあ駄目だよなー。

 我慢我慢っと‥‥‥。




 ~時刻は深夜3時~




「アッー! アッ! アッ! アゥッ!!」




 屑共が‥‥‥。




 ドッゴオオォォン!!!!‥‥‥ピンポン! ピンポン! ピンポーン!!




「開けろゴラアァァァ!!!!!!」




 おしるこです。

 壁ドンなんて生ぬるいので、玄関ドゴォンやってます。




 ピンポーン!!!




「貴様らあああ!! 何時間セックスやってんだあああ!!!」




 ドッゴォォォン!!!!




「オラァ! いい加減出て来て謝罪の一つでもしたらどうだああああ!!!!!」




 ドンッ! ドン! ドン!




「開けろ開けろ開けろ開けろ」




 ガチャッ!




「ちょっと! 一体何なの!?」




 どうやら、隣り部屋の向かい側の住人らしいお姉さんを起こしてしまったらしい。




「これはこれは、こんばんは」

「あなたねぇ!! こんな夜中に何やって‥‥‥‥‥‥らっしゃるんですの?」




 今更だが、おしるこは195㎝の高身長である。

 お姉さんの言葉使いが、突然変になっても不思議ではない。




「実はですねお姉さん。かくかくしかじか」

「‥‥‥そう6時間も。よく、我慢したわね」

「ええ」

「安心なさい!」

「どういうことです?」

「このフロア。というか、このマンション三部屋しか入居してないわ!」

「うまい話ってあるもんですね」




 おしるこは心の底から安堵する。

 良かった! これで挨拶回りの心配しなくて済んだ! と。




「じゃあ、やるわよ」

「え?」

「私たちの安眠を妨害した色ボケコンビに謝罪させるのよ!」

「なるほど!」

「私がインターフォン連打するから、あんたは玄関を殴り続けなさい!」

「はい、お姉さん!」






 ◇






 ドッゴォォォン! ピンポーン!




 けたたましく鳴り響く騒音により、私は目覚めた。

 正確に言えば、飛び起きた。




「何!? 何なの!?」




 何らかの隣人トラブルであろうが、あまりの騒音と怒鳴り声に、当時者でないにも関わらず怯えていた私の身体は自然と無意識下で震えていた。

 だがしかし。

 逆に、あんまりにもうるさいので、私は段々と腹が立ってきたのである。


 すっげーイライラする!

 何で無関係の私がこんなにイライラさせられなきゃいけないのよ!? ああん‼!?

 ムカつくムカつくムカつくぅぅぅ!!!!

 よぉぉぉし! ハイテンションデェェェィ!! 私も怒鳴ってやらあ!!!!!!


 謎のうるさ過ぎる騒音によるイライラによって、人生史上最高に気分が高まった私は、意気揚々と玄関の扉を開ける。




 ガチャッ!




「ちょっと! 一体何なの!?」




(さあ言ってやったわ! もう誰にも私を止められない!)




 お姉さんは軽く寝ぼけていたのだ。 




「これはこれは、こんばんは」




(フンッ! 優男っぽい声ね。馬鹿みたいに震えて損した気分だわ。よーしっ! このまま勢いで土下座させてやるわよ! 行けっ、行くのだ私!!)




「あなたねぇ!! こんな夜中に何やって‥‥‥‥‥‥らっしゃるんですの?」




(Oh‥‥‥身長が‥‥‥Oh‥‥‥)




 お姉さんはようやく、寝ぼけハイテンション状態から覚醒したのだった。




「実はですねお姉さん。かくかくしかじか」




 高身長だが、さわやかフェイスで腰が低いおしるこの態度に、段々と落ち着きを取り戻していったお姉さんは、おしるこの話を聞いてみることにしたのである。



「‥‥‥そう6時間も。よく、我慢したわね」




(6時間ですって? 私なら十秒も保たないわね!)




 お姉さんはとても短気なのだ。




「ええ」

「安心なさい!」

「どういうことです?」

「このフロア。というか、このマンション三部屋しか入居してないわ!」

「うまい話ってあるもんですね」




 そうなのだ。

 このマンション、なかなかに新しいのだ。

 しかし、立地場所がいわく付きな為に地元住人に人気がなく、閑静すぎる住宅街の馬鹿成金マンション(土地勘のない馬鹿成金が建てたマンション)として地元ニュースに晒されたくらいである。


 先程は寝ぼけていたため軽くド忘れしていたお姉さんだったが、そもそもお姉さん含めて二部屋しか入居していなかったので、目の前のおしるこを入れて三部屋。

 つまり、現在マンションには騒音関係当事者しかいないので、遠慮は無用なのである。




「じゃあ、やるわよ」




(喘ぎ声はもう聞こえて来ない。けれども、私を怒らせた罪は土下座で返してもらうわよ!)




 再び、ハイテンションになるお姉さんなのであった。






 ◇






 ドッゴォォォン! ピンポピンポピンポピンポーン!

 ドッゴォォォン!!




「開けろコラァ!」

「アケロアケロアケロアケロアケロ」




 ドッゴォォォン!

 ピンポピンポピンポーン!!




「お前たちは完全に包囲されている! 逃げ場はないぞ!!」




 ドッゴォォォン!




 やあ、おしるこだ。

 あれから十分くらい経った。

 お姉さんもノリノリで、何だか俺も段々楽しくなってきたぜ!




 ブッ、ブツッ‥‥‥。

「「ごっ、ごめんなさい~」」




 ――おや?




「ふん!! インターフォン越しとは、随分ふざけた態度ね!」

「「い、今から玄関開けて謝りますから勘弁してくださいぃ~」」

「言葉にする前に行動じゃねえのか? あ?」

「「はっはい~」」




 ちなみにこの間、俺は何もしゃべっていない。




「「ごめんなさい」」

「昼間は学校で居ないんで、次からは昼間にやってください」

「「はい」」

「昼間からサカってるとかゴミね!」

「「うう」」




 お姉さんは辛辣である。




「じゃあ、念書を書いてください」

「「へっ?」」

「次からは昼間にセックスして夜はセックスしません。っていう馬鹿な念書を書けって言ってんのよ! そんな事も理解できないの? この発情猿共が!!」

「「は、はい」」




 二人には念書を書いてもらった。

 これで一安心である。




「「か、書きました~」」

「よっし、もう失せろ!」

「「は、はい~」」




 ガチャリ。




「ようやく終わったわね!」

「お姉さんもお疲れさまでした」

「いいのよ! あんたのお陰で、私は人生の壁を一つ乗り越えたわ!」

「それは何よりです」

「私は旅に出るわ」

「旅ですか?」

「そうよ! 私は今まで自分の短気を短所と思ったからこそ、こんな閑静な所に引っ越してきたのよ。閑静すぎて怒る回数が減れば、短気も矯正出来るんじゃないかって思ってね」

「はい」

「‥‥‥でも、今回のことで分かったのよ。私の短気は私にとっては長所なんだって! 他人を怒鳴りつけることで、私の心は晴天の青空のように晴れやかになっていくのよ!」




 さすがお姉さん。

 すっげえ笑顔だが言ってる事は最悪である。




「始めはあんたの常識知らずの騒音返しで腸煮えくり返っていたのだけれども、それも今となっては感謝の念に耐えないわね。さあー、所かまわず理不尽ないちゃもんつけて怒鳴り散らすわよー!!」




 やはり言ってる事は最悪である。




「お姉さん。俺は‥‥‥」

「やめなさい」

「‥‥‥」

「分かって、いるんでしょう?」

「‥‥‥はい」

「私にとってあんたは少年。あんたにとっての私はお姉さん。これでいいじゃない。それ以上何を望むの?」

「‥‥‥お姉さんは、凄いですね」

「そりゃあ、お姉さんだからね。少年!」




 一期一会という言葉がある。

 俺とお姉さんは二度と会うことはないだろう。

 しかし、今生の別れとなるであろう俺とお姉さんの表情は、実に晴れやかなるものであった。




 ガチャッ!×2




「さようなら、お姉さん」

「さらばだ、少年!」




 バタン!×2




 お姉さんは知っていたのだ。

 この話がプロットの段階では存在せず、急遽作られた話であり、お姉さん自身、使い捨てのモブキャラだという真実を。

 当然だが、隣の二人もモブキャラだ。

 お姉さんに名前はないし、当然二人にもない。

 俺はお姉さんに名を名乗り、お姉さんの名前を聞こうとした。そうすれば、お姉さんは名を名乗らなくては流れとして不自然になるからだ。

 しかし、お姉さんはそれを良しとしなかった。

 身の程をわきまえたお姉さんの英断である。

 自身の役目を全うし、潔く退場したお姉さんを俺は尊敬する。


 お姉さんありがとう。

 本当に、ありがとう! 






 ◇






 ‥‥‥私はあの後荷物を実家に送ると、住民票を移してから日本中を旅した。


 そして思った。

 モンスタークレーマー多すぎだと。

 旅を終え実家に戻った私は、直ぐに起業しクレーマー対策専門の会社を立ち上げた。

 私の短気がビジネスに成り得ると、確信していたからだ。


 企業や学校とタイアップし、モンスタークレーマー(ペアレンツ)のヘイトを私の会社に集中させ、連中の逆ギレを私+役員集団(全員短気)の逆々ギレによって沈静化させるのが主な業務内容だ。

 これが上手くいった。

 企業や学校の顧客は万々歳で私+役員集団はハイになれるしお金も貰える。

 みんなHAPPYでまさにwinwinの関係ってやつだ。

 まあ、クレーマーとペアレンツはwinじゃないけどな。


 逆々ギレが効果テキメンなのか、」年々モンスター連中は激減していき私はわずか10年でクレーマー対策の人間国宝となった。

 これも少年のおかげかもしれない。

 少年はもうこの世界にはいない。が、私は少年との出来事を昨日のことのように思い出す。

 あんな変な出来事は、私の人生史においてこれから死ぬまで二度と起こらないだろう。




「ああ‥‥‥そういえば少年。私、少年の名前知ってるんだぜ? ニュースでみたからな! 善哉おしるこ‥‥‥フフッ、変な名前」




 悪いな少年! やっぱり、笑っちまうぜ!!






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