彼女からの電話
「ただいまー」
琴葉は帰宅してそう言った。
しかし、返事はない。両親は共働きでまだ帰宅していないし、弟も友人と遊んでいるのだろう。
靴を脱いで二階の自室に入る。
「はあ」
部屋について一息つく。
残暑の中帰ってきたので少しは疲れた。学校から自宅までは15分ほど自転車に乗る必要がある。通学路は田畑が多く、稲刈りがつい最近終わったため、農道は虫も多くて余計に気疲れした。
取り敢えず靴下を脱ぎ、スカートも脱ぎ捨てた。まだまだ暑い季節である。
そのときプルルルル、プルルルル、プルルルルと電話がかかってきた。
誰かと思いスマートフォンを確認すると『松永加奈』と表示されている。
「もしもし、加奈?」
琴葉は電話を取った。
「あ、琴葉。突然なんだけどさあ、今週の週末わたしの家に泊まりに来ない?」
「え?えっと…」
本当に当然だ。急なことで琴葉は戸惑う。
「ほら、前にも言ったじゃん。時間があればお泊り会しようって。今週末はちょうど3連休だしさ。いろいろ遊べそうじゃない?」
「ちょっと待って。カレンダーで予定を確認するね」
「うん」
琴葉はカレンダーを確認するまでもなく、予定が空いていることを知っているが、動揺を悟られたくなかった。気持ちを落ち着かせる間合いを取ろうとしたのだ。しばらく、時間を空けてから電話に再び出る。
「あ、加奈。今週末なんだけど、予定は空いてるよ」
なんとか普通の声で答えられたはず。琴葉少しドキドキしている。
「お、やった。じゃあ、今週末よろしくね。まだ今週は学校で会えるし、そのときに何するかは決めよう」
「いいよ」
琴葉はみじかく返事する。
「オッケー。それじゃあまた明日ねー。バイバイ!」
「うん、また明日」
カチャッ。加奈の方から電話が切られる。加奈はいつも電話では要件を短く伝えてすぐに電話を切る。少し味気ないなとも思うものも、琴葉にとっても加奈のそういうところが付き合いやすいのだ。ほぼ毎日学校で顔を合わせていることもあるし。
突然の誘いだったが、琴葉にとってはうれしいことだ。加奈の家に入れる。そのことを想像するとテンションが上がってその場でジャンプしたくなった。琴葉は沸き立つ興奮を抑えきれずベッドに飛び乗り、枕を強く抱きしめて何回かゴロゴロ転がった。それから起き上がって、無言でガッツポーズをした。