犯人
翌早朝。
畑のわきにある納屋の陰に隠れながらミナは眠い目をこすった。
まだ辺りは薄暗い。
朝日が昇るまでにはもう少し時間がかかるだろう。
少し肌寒いので上着の前を手でかき合わせた。
横には同じく暖かい格好をした村長と、それからなぜかジンもいる。
「本当に犯人が分かったのか?」
抑えた声にうなずき返す。
「うん、大体目星はついたよ。きっと間違いない」
「一体誰が?」
「それは見てからのお楽しみ」
「なんでもったいぶるの……」
不満げなジンにミナはピッと人差し指を立てた。
「彩りのない毎日にちょっとした彩りを」
「いらないよ」
「あと外れたらヤだなっていう安全確保」
「うっわこすいヤツ」
無視してミナは畑に視線を移した。
「多分もうそろそろ来るよ」
その畑はつい先日種をまいたばかりのところで、まだ一面の土しかない。
つまり犯人に狙われる可能性があるということだ。
同じような畑はまだいくつかあったが、ミナは次はここだろうと確信していた。
この畑には他の畑にはないものがあるからだ。
物陰に三人で身を寄せ合いながらじっとその時を待つ。
「なあミナ」
不意に村長に名前を呼ばれて、ミナは片目だけをそちらに向けた。
「お前はそういえばあのメリエルの弟子なんだって言ってたな」
「うん。そうだけど?」
「一体どんな奴なんだ。お前の師匠は」
「優しいよ。あと怖い」
「どっちだよ」
言われて少し考えた。
答える。
「怒るとすごく痛い魔法を飛ばしてくる。本当泣くほど痛い。でも、その怒るときっていうのは、わたしが悪いことをしたとき」
「……」
「人に迷惑と心配だけはかけるなって」
「そうか。なるほど」
何かを得心したように村長は深くうなずいた。
と。
「あ、あれ見て下さい」
ジンが慌てた声で指をさす。
その示す先、広い畑の一角で。
「あ……」
土が小さく盛り上がった。
一か所。それからもう一か所。続けてさらにいくつも。
土を押しのけて無数の小さな芽が顔を出した。
そしてそれにとどまらず、芽はさらに大きく成長していく。
「……すごい」
つぶやいてミナは立ち上がった。
そのまま物陰から飛び出して走る。
畑の前まで来た時には、すでに黄金色になった小麦が風に小さく揺れていた。
ミナは素早く視線を巡らせた。
「……いた!」
畑の縁に生える木の上。
犯人が予想通りならば、いるのはあそこしかあり得ない。
他の畑になくてここにはあるもの、それは犯人の隠れ場所だった。
こちらが気づいたことを悟って逃げようとしている。
ミナはすっとしゃがむと地面に咲いた黄色い花に触れた。
「お願い!」
同時、その花の茎が一気に伸びた。
犯人のいる場所へと勢いよく突っ込んでピンと張りつめる。
甲高い悲鳴が上がった。
「よし!」
「捕まえたのか!?」
追いついてきた村長が訊いてくる。
ミナは花の茎を手繰りながらうなずいた。
「大丈夫、手応え十分!」
「よし、僕も手伝うよ」
ジンと二人で犯人を引き寄せる。
相手はひどく暴れていたが、二人分の力にあらがうことができず、あえなくミナの手で取り押さえられた。
「チチッ! チチチチ!」
「よし、無事確保ー!」
手の中で暴れる犯人に、ミナは歓声を上げた。
思ったより小さく華奢だ。
掴んでいるだけで折れそうになるので力加減が難しい。
「いやおいちょっと待て」
村長の声に振り返る。
「ん? なに」
「それは、一体……何だ?」
こちらの手を指さして訊ねる村長にミナは笑顔でその小鳥を突きつけた。
「犯人だよ」
昨日見かけたあの青い鳥だ。
これが一連の問題を引き起こしていた犯人だった。
分かってしまえば疑う余地のない明々白々の答え。
だが、なぜか村長は納得してはくれなかった。
「お前はアホなのか?」
「え、なんで。ひどい……」
「いやだって、犯人が鳥って。普通は気が狂ったのかと思うよそりゃ」
ジンも村長側のようだった。
「でもこの子こんなに魔法のにおいがするんだよ? 普通分かるでしょ」
「分かるのは君が変な子ってことだけだよ……」
「むう。仕方ないなあ」
ミナは眉間にしわを寄せてから手の小鳥を覗き込んだ。
「あなたのしたことは分かってる。白状するなら今のうちだよ。今なら見逃してあげないこともない」
鳥は首を傾げただけだった。
「そっか。じゃあ仕方ないね」
ミナはため息をついた。
不思議そうに見ている村長たちを振り返る。
「村長さん、この子食べちゃおう」
「え?」
「冬の蓄えが足りないんでしょ。この子も食料にしちゃおうよ」
「いや、でも」
「何か問題ある? 仮にこの子が犯人じゃなくても少しは足しになるし、犯人だったら――犯人だけど――異変も起きなくなって万々歳だし」
「……まあ、それは確かに」
ミナの手の中で小鳥がぎょっと身を震わせた。
まるで人の言葉が分かるかのように。
「じゃあ最後通牒。今白状すれば命だけは助けてあげる。しなければ……」
皆まで言わず、ミナは指に少し力を込めた。
小鳥は何も言わない。
それは恐怖のせいだったかもしれないが。
「バイバイ」
ミナが冷たく囁いた時だった。
「くっそ! なんでわかった!」
声が上がった。
高めの少しがさついた声だ。
「な……!?」
「鳥がしゃべった……?」
後ろの村長たちがざわつく。
小鳥は彼らを無視してこちらをにらんだ。
「テメエ魔女だな? 小娘のくせに、一体何なんだクソが!」
「あなたのことはネズミさんも猫さんも鶏さんもみんな噂してた。見慣れない奴が来たって。あいつがいるところで変なことが起きてるって。あなたがやったんでしょ」
「だからなんだよ。たかがこの程度のことで。お前には関係ないだろ!」
「少しでもお婆ちゃん……わたしの師匠の名前が汚されるようなことがあれば見過ごすことはできないよ。それに」
ミナはきっ、と小鳥を睨みつけた。
「あなたにとっては『たかがこの程度』でもここの人たちにとっては死活問題なの! 人が必死に生きてるのに、それを踏みにじるようなことするのは許さない」
思わず指に力がこもった。
ギリギリと締め付けられて小鳥が悲鳴を上げる。
「待て……! やめろ……!」
「やめない」
「俺だって……仕方なかったんだよ!」
「仕方ない?」
指の力を少しだけ緩める。
小鳥は力尽きてくたりとへばった。
「俺も、腹が減って、食べ物が必要で……」
「普通に探せばいいじゃない」
「……全部他の奴にとられるんだよ」
「ヘッポコなの?」
「悪いかよ! クソ、みんなして俺を馬鹿にしていじめやがって! どうせ俺は鳥に向いてないんだ!」
「……」
わめく小鳥を無言で見下ろして。
ミナは村長を振り返った。
「ねえ村長さん。お願いがあるんだけど」
「? なんだ」
「この子、わたしにください。お願いします」
「え?」
村長とジンと小鳥。二人と一羽の声がぴたりと一つに重なった。
◆
地面に置いた木製の鳥かごがみるみるうちに腐って、ぼろりと一部が崩れた。
隙間から這い出すようにして青い鳥が逃げようとする。
「おっと」
気づいたミナはすんでのところで彼を捕まえた。
「ち、ちくしょう!」
「逃げちゃだめだよ。あなたはもうわたしのなんだから」
「誰がお前のだ! 俺は――」
無視して新しいかごへと放り込む。
「本当にそいつを連れていくのか?」
村長の声に振り返る。
彼はミナの箒を持ってそこに立っていた。
ジンは別の作業があるというので今はいない。
「うん。いいでしょ、一応謎を解決してあげたのわたしだし。ここに置いておいてもこの子も村もお互い不幸にしかならないし」
「いや、それは別に構わないんだが。しかしそいつは危険だぞ。ほら」
見ると早くも鳥かごが劣化し始めていた。
「まったくもー……」
ため息とともに魔法をかける。
鳥かごの腐った部位から新しい芽が出て新たに檻を補強した。
ついでに草の種を放り込む。
「それは?」
「おしおき用」
中で発芽した種がツルを伸ばして小鳥を巻き取っているのを見て、村長は何とも言いようのない顔をした。
「まあなんていうか……頑張れよ」
彼の手から箒を受け取って頭を下げる。
「お世話様でした」
「どっちかっていうとこっちの台詞だな」
「また近くに来たら寄るよ」
「忙しくなけりゃ歓迎する。あと一応助言だが、ここから西の方に行くといいぞ」
「? 何かあるの?」
「すごく困っている街がある。メリエルのせいでな」
こちらがムッと顔をしかめるのを見て、村長は首を振った。
「いや、分かってるさ。お前のお師匠さんは関係ないんだろ? だがそういう風に噂されているんだ」
「分かったありがと。西だね」
ミナは鞄を背負い直して箒にまたがった。
鳥かごを柄の先にひっかける。
地面を蹴って空へと飛びたった。
「じゃーねー! ジンさんによろしくー!」
「気を付けろよ! 無理しないようにな!」
村はゆっくりと遠ざかって、やがて見えなくなった。