危険は突然に
出されたお茶を飲みながら、ミナは大きく息をついた。
「はー……どうなることかと思った」
椅子の背にぐったりともたれて天井を仰ぐ。
「まさか北風の精霊の巣があんなところにあるなんて思わないもん。森を抜けて気が緩んだのはあるけど、でも悪気があって入ったわけじゃないんだから急に吹き飛ばさなくてもいいじゃんか。ねえ?」
「……」
村長だという向かいの短髪の男はなぜか同意してはくれなかったが。
気にせずそのまま続ける。
「追っかけまわされてるうちに方向も分からなくなるし、目が回って気持ち悪くなるし。で、気づいたらここに着いていたというわけです」
「……上の屋根にぶつかって?」
天井を指さす彼にうなずく。
「はい。ぶつかって」
「……そうか」
若干心の距離を空けられた気がしたが、それがなぜだかは分からなかった。
村長は苦い表情で額を押さえる。
「ったく、こんな非常事態にまた余計な面倒事か……」
「?」
「いや何でもない。失言だ、忘れろ」
両手で顔をさすって、それから村長はこちらに怖い顔で向き直った。
「悪いが今、この村はちょっと呪われていてな。よそ者の面倒を見ている余裕はないんだ。できるだけ早く発つことを勧めたいんだが」
「呪い?」
ミナはピクンと背筋をただした。
「どんな呪い?」
「面倒で厄介な呪いだ。ここにいればお前も呪われるぞ」
おどかすような口調だったが、ミナは俄然ワクワクしてきた。
「それ、どこで見られるっ?」
「……あ?」
怪訝な顔をする彼の前で、ミナは堂々と胸を張った。
「わたしは魔女のミナ! 夜闇のメリエルの愛弟子! なにか困りごとがあるんだったら力になってあげるよ」
「魔女……? それにメリエル……?」
村長が椅子を鳴らした。
「お前まさか……」
なぜか警戒をにじませて彼はゆっくり立ち上がる。
しばらくじっと睨むようにミナを見つめて。
それから唐突に大きくため息をついた。
「いや、馬鹿馬鹿しい。さっさと出ていけ。お前なんぞに頼る気はない」
「えーなんで!?」
呪いがあって魔女がいるのに頼らないなんてあり得ない。
ミナはひどくびっくりしたのだが、村長はそれこそ信じられないとばかりに顔をしかめた。
「お前みたいな小娘が魔女? しかもあの伝説のメリエルの? 冗談も大概にしろ」
「嘘じゃないよホントだよ」
「本当ならなおさらだ。この異変はメリエルの仕業かもしれないんだからな」
「お婆ちゃんいい人だよ! 誰かに迷惑かけることなんてしないよ!」
「もう分かった。分かったから。早く行け」
「むうううう……」
歯ぎしりするが、言ってもまったく相手にしてくれそうになかった。
「そんなら一人で調べますぅ! 後でほえ面かいても知らないよ!」
「お前なあ、この村でそんな勝手が許されると――」
村長が呆れた声で言ったその時だった。
ミシリ、と何かが軋む音がした。小さいが、確かに聞こえた。
追い出そうとこちらに迫る村長を一旦無視して、ミナは上を仰いだ。
「あ」
天井に光が見えた。
人工的な明かりなどとは違う、晴れた空の明るさだ。
隙間が空いて、光が漏れてきている。
危険を悟ってミナはテーブルに触れた。
「守って!」
同時に天井が音を立てて崩落した。
重い木材がガラガラと勢いよく降ってくる。
逃げ場はない。このままでは潰される。
しかし。
「な!?」
遅れて異変に気づいた村長も声を上げる。
いや、それとも声を上げたのは別のもののせいか。
突如テーブルの脚が伸びたのだ。
ミナたちの背を超えるところまで瞬時に背丈を伸ばすと、今度は天板が横に広がる。
落ちてくる木材はすべてそれに受け止められて、ミナたちにはその破片しか降りかからなかった。
轟音の余韻が収まって。
「これは、一体……」
へたり込んだ村長が弱々しくつぶやく。
ミナは大威張りで胸を張った。
「テーブル魔法です。えへん」
「木が腐ってる……それで崩落したのか」
周りに落ちた天井の残骸を拾って彼は訝しげに顔をしかめた。
「腐った? いきなり天井全部がか?」
「これもなんか魔法っぽいね」
別の破片を拾い上げながらミナはつぶやいた。
「分かるのか?」
「うん。何となくだけど」
「……」
しばらく沈黙があった。
見ると村長はかなり複雑な表情で何かを考えているようだった。
よくわからないが葛藤かそれに似たものがあったのかもしれない。
だが最終的に彼は決めたようだった。
「ミナ、と言ったな。その、いまさらと言われるかもしれないが……」
「いいよ」
「え?」
呆気にとられる彼にミナは微笑みかける。
「わたしに任せて。困りごとは必ず解決して見せるから!」