村長さんは困ってた
ミナが旅立ったのとちょうど時を同じくして。
とある村では村長さんが困っていた。
村で起きるなかなか不思議でよくわからないこと。
それが悩みの種だった。
「一体どういうことなんだ……」
ことの起こりは一ヶ月ほど前にさかのぼる。
村長さんが村の広場でみんなと今年の作物の具合について話し合っていた時だった。
「そういえばちょっと奇妙なことがあったんだ」
村人の一人、ジンという名の青年がふとそう言った。
作物について気になることがあるらしい。
彼が言うにはこうだった。
「先日キャベツの種を畑に植えたんだ。本当つい先日だ。実のところまだ三日もたってない。それなのに、何とも不思議なことが起きたんだ。聞きたいかい?」
ジンはいつももったいぶる。
大した話でもないくせに。
そこが煙たがられているんだけれど、真面目な話し合いにそろそろ疲れてきていたみんなは、身を乗り出して聞いてしまった。
「なんともう芽が出ていたんだよ!」
みんなががっかりしたのは言うまでもない。
「そりゃおめえ、そういうこともあるだろうがよ」
「いや、でも」
「くだんないことでいちいち騒ぐな。お前は昔っから話が大袈裟なんだ」
ジンはまだ何か言いたそうだったが、誰も耳を貸しはしなかった。
話はそれで終わりのはずだった。
そのはずだったのだけれど。
「村長、大変だ!」
次の日、飛び込んできた別の村人に引っ張られて畑に出た村長さんが目にしたのは。
「え……?」
昨日種をまいたばかりの畑に実る、黄金の小麦の海原だった。
◆
「くう……困ったぞ」
村長のダズは集会場の小屋で一人頭を抱えていた。
頭痛の種は、もちろん一ヶ月前からの異常事態だ。
「ナインの畑は何とか収穫し切ったな。ドミーんとこはまだ大丈夫か。ジンの奴はどうでもいいとして……」
木の板に簡単にメモしていく。
作物の育ちがわけの分からないことになっているのでその対応についてだった。
「一体なんだってんだよちくしょう」
原因は不明だ。
本当に意味が分からない。
そのくせ影響は深刻だった。
いきなり作物が育ってしまうので、収穫時期を逃して駄目にしてしまう例が相次いでいるのだ。
冬に向けての蓄えが必要量を下回れば村民一同揃って飢えに苦しむことになる。
下手をすれば死人だって出るだろう。
近くに他の村もないために貯蓄を借り入れることも難しい。
「くそ、マジか。こんなわけもわからんうちにチェックメイトか」
頭をかきむしってうめく。
今のところはまだ今までため込んできた分も合わせて何とかなっている。しかしこれでは致命的な状況になるのも時間の問題だった。
「このわけの分からなさはあれか。あの、なんつったか、メリエル? だかいうクソったれな奴の仕業なのか?」
伝説の魔女の名を吐き捨てる。
聞いたところによれば彼女によって引き起こされた災禍もまた、こういった自然の摂理を捻じ曲げるわけの分からないものだったとか。
まあ何にしろ今のところ打つ手がない。
どうしようもなくため息をついたその時だった。
どん、と天井の方から音がした。
「……?」
見上げる。
音は屋根の上を転がるように移動していき、外の方からどさりと音がした。
「……」
ダズは立ち上がってドアを開けた。
小屋を回り込むと、家畜の飼料用に積み上げた牧草がある。
その中に誰かが埋まっているのが見えた。
「んー! んー!」
頭の方がまともに突っ込んでしまっているらしく、こちらからは尻とバタバタと暴れる足しか分からない。
ダズは無言のまま横に回り込んで腰から引っ張り上げてやった。
「ぷッは! 死ぬかと思った!」
出てきたのは金髪頭とくりっとした目をした少女だ。年のころは十四歳かそこらといったところか。
背中には鞄、手には箒をつかんでおり、地面に下ろしてやると野暮ったい色の服についた草を払ってからニッと笑った。
「ありがとう。助かりました!」
「……おお。そうか」
ダズは胡散臭いものを見る目でその少女を見つめた。
「ん? なに?」
少女はその視線の意味が分からなかったらしく、くいっと首をかしげて見せた。