わたしのせい?
賢人たちの館――元いた巨大な建物はそういう名前だったらしい――に戻り、ミナは部屋でじっと座って待っていた。
やがて入り口のドアが開き、ザルダンが中に入ってくる。
立ち上がり、駆け寄ると、彼は渋い顔でこう言った。
「あの娘は問題ない。衰弱はしているが命に別状もなく凍結の後遺症などもないようだ」
「今はどこに……?」
「別の部屋で休んでいる。ああ、会いに行くのはやめておけ。今は疲労で眠っているからな」
「そっか……」
とりあえずほっと胸をなでおろす。
しかしその胸倉をザルダンはつかみ上げた。
「お前のせいだぞ。一体なぜあんな真似をした。答えろ魔女」
「わ、わたしは……」
答えようとして言葉が出てこない。
ただぼんやりと、そんなに乱暴につかまれたらせっかくエリにもらった服が傷んでしまうと、それだけが気になった。
「まあまあ。まずは落ち着きましょうよザルダンさん。いつものことですが」
一緒に部屋にいてこちらの様子を見ていたロクスタンが近寄ってくる。
「ミナさんが逃げ出してからのことは僕がうかがってました。簡単に説明しますから冷静に聞いてください」
「……チッ!」
突き飛ばすようにミナを放してザルダンは部屋の椅子に腰かけた。
ロクスタンがかいつまんで事情を説明する間。
ミナは宙に目をさまよわせて先ほどのザルダンの言葉を反芻していた。
『お前のせいだぞ』
確かにそうかもしれない。
本来はミナ一人が巻き込まれていただろうところを、エリが助けてくれたのだ。
「――ですから一概にミナさんのせいだと言い切ることもできません」
びくり、とミナは肩を震わせた。
ロクスタンの説明にザルダンが眉間にしわを寄せる。
「しかし……」
「そもそもあなたがしっかりしていれば逃げられることもなかったんですよ? その辺をアルハ様にどう説明するおつもりで?」
「そ、それは」
口ごもるザルダンにさらに追い打ちをかけるようにロクスタンは続けた。
「それにです。ミナさんは凍結被害を解決したいという思いで動いてくれたんです。そのあたりは汲んであげてもいいのでは?」
「……それにしてもやり方がある」
「そうですね。しかし結果も出しました。あなたも見ていたでしょうに」
「……」
ミナが凍結を防いだことを言っているのだろう。
ザルダンが完全に沈黙した。
「これで一歩事象解決へと近づいたはずですよ」
「あの……そのことなんだけど、ちょっと気になることが……」
ミナは恐る恐る口を挟んだ。
こちらに向く二人分の視線に身の縮こまる思いをしながら続ける。
「凍結が起こったあの場に、誰か怪しい人がいたの」
「先ほど言っていた逃げ去る影ですね」
ロクスタンがうなずく。
「魔法の痕跡を身にまとった人影……犯人? メリエル……?」
「お婆ちゃんは……」
「ああいえ、可能性の話です。誰か他に犯人がいることももちろん考慮していますよ」
「ちょっと待て、あの広場に凍結魔法の使い手がいたのか?」
椅子から腰を浮かしてザルダンが愕然とつぶやいた。
「そいつはどこへ行った! なぜ捕まえなかった!?」
「追ったけれど逃げられたそうです」
苦笑いしてザルダンをなだめてから、ロクスタンは顎に手を当てた。
「しかし、そうなるとよくわからないことがありますね」
「よくわからないこと?」
「ええ。あの広場にはたくさんの人がいました。しかし話を聞く限り、凍結の威力、規模的に一人二人を凍らせるのがやっとといったところだったのでしょう。そして巻き込まれたのはミナさんとエリさん。というより狙われたのは……」
「……わたし」
「そういうことになります」
ぞっと背筋が冷えるのを感じた。
「な、なんで?」
「さて、そこまでは」
「おおかたあの広場で凍結現象を起こすことでこいつへの不信感をあおろうとしたのではないか? 必要はないと思うがな」
ふん、と鼻息をふかしながらザルダンは言うが、ロクスタンは首を振った。
「どうでしょうね。魔女本人が凍りついて終わり、だったかもしれないのに」
「どう転んでもよかったんだろう。あるいは……こいつの自作自演か」
「そ、そんなこと……」
消え入りそうな声でミナはつぶやいた。
「まあとにかく」
険悪になる空気を振り払うようにロクスタンはまた首を振った。
「僕はこのことをアルハ様に報告してきます。ザルダンさんも来てください」
「……ああ」
「ミナさんはここで待っていてくださいね。少ししたら呼びに来ますから」
「呼びに……?」
「手伝ってもらうことがあると思うので」
にこりと笑って彼は席を立った。
連れ立って出ていく二人の背中を見送って、ミナは小さく息をついた。
「……終わったか?」
部屋の隅の服掛けから声がした。
「……うん」
そこにはエリにもらった帽子が掛けてあるほかに、横木に青い鳥が止まっていた。
「チッ……あいつらうるせえったらありゃしねえよ。おかげでろくに眠れねえ……」
うとうとと体を揺らしながらロベンタはこぼした。
どうやら広場での同調以降ずっとこんな感じで、だいぶ疲労していたらしい。口数も少なく眠そうだった。
「ごめんねロベンタ」
「だからモモちゃんじゃ……っと」
反射で反駁しようとして、様子が違うことに気づいたのだろう。
ロベンタは少し黙ってから訊ねてきた。
「どうした?」
ミナはぐっと膝の上の拳を握り込んで歯を食いしばった。
「わたし、どうすればいいのかな」
「ん?」
「お婆ちゃんの汚名をすすごうとしても上手くいかない。それどころかもっと状況を悪くしてる気がする」
「そうか?」
「友達が危ない所だった」
「でも大丈夫だった」
「ロベンタが来てくれなかったら駄目かもしれなかった!」
感情が声をあふれさせた。
「わたし一人じゃ何もできない! 人に疑われて人を巻き込んで! ロベンタにも迷惑かけた!」
膝に押し付けた拳が震える。涙がひとつ、その上に落ちた。
ミナはさらに続けようとして。
続けられないことに気づいて、口をつぐんだ。
「ごめん……ロベンタに当たるのも違うよね……」
「まあな」
呆れた声でロベンタが言った。
「けど……いいんじゃねえか? そんな感じで」
「え?」
「お前って実際そんなに真面目なタイプじゃねえだろ。のんきに人に迷惑かけて、人をおちょくって、人に怒られて……でもクズじゃあねえから致命的には嫌われなくて。それでいんじゃねーの?」
「でも……」
「いやなら成長するしかねえな。努力して、改善する。これだけだ。楽だろ?」
言うほど楽ではない。
困惑しながらミナは訊ねた。
「それでもわたし、やっぱりどうすればいいかわからない……」
「なら人を頼れ。まずは俺だ。よく分かんねえが、俺の魔法は凍結を治療することができるらしいな。使え」
「で、でも、ロベンタにも負担が……」
「気にすんな。乗りかかった船だ。それに、こんだけ偉そうに説教しといて何もしませんじゃ格好つかねえだろ?」
「まあ、確かに……」
へっ、とロベンタが笑う。
「よし、なら決まりだ。とことんまでやってやろうぜ」
「ありがとう。……また助けられたね、モモちゃん」
「モモじゃねえっつってんだろ」
そういうロベンタの声は、前ほど嫌そうではなかった。




