ひよっこ魔女のミナ
落ちてきそうなほど重い色の空だった。
陽光をさえぎる雲がごわごわと分厚い。
ミナは、その表面を虚ろな視線でなでていた。
泥まみれの体がひどく冷たい。夕刻が近づき山の空気もさらに寒くなってきている。
それなのに仰向けの体には震える力も残っていなかった。
あるのは痛みと空腹感だけ。
土砂崩れが収まって、あたりはしんと静まり返っていた。
父親は山に入る前、ここを越えれば知り合いの家につく、もうひと踏ん張りで温かい寝床と食事にありつけるとミナたちを励ました。
本当だったかどうかはもう分からない。
父も母も死んでしまったであろう今となっては。
ただ、幸せは帰る家を失った時点でもうとうに終わっていたのだから、そんな言葉で希望を持つというのも馬鹿げた話だったのだろうと四歳の身でも分かってはいた。
体を半分泥に埋めながら、ミナは弱く息を吐き出した。
耳をすましても鳥の声もしない。生き物たちは皆怯えて姿を隠していた。
あるのは滅茶苦茶にえぐれた山肌と倒れた木々。
空白の中でミナはふと思った。
(わたし……あとどれくらいで死ぬんだろ)
あまり長びかないといいなとも思った。
痛くて寒くて、なにより寂しいのは嫌だ。
早く死んで楽になりたい。早くお父さんとお母さんに会いたい。
ぼんやりとした頭にようやく感情らしいものが浮かんだ。
悲しい。
涙は出なかったけれど、代わりに目元に雨粒が落ちて流れた。
小雨はすぐに本降りの雨に変わっていく。
ミナは目を閉じた。
かすれて消えていく意識。
その中で声を聞いた気がした。
「……こんなところにチビが落ちとる」
ひんやりとした空気が体を冷やす中で、その声だけは不思議と温かかった。
◆
それから十年後。
その日もミナは、箒をつかんで家の外へと飛び出した。
「待て!」
後ろから声が追いかけてくるが無視だ。
勢いよくまたがって地面を蹴る。
「待てと言うとろうに!」
やはり無視。
跳びあがった体はそのまま落ちて地面にぶつかる……と見えたところでふわりと重力に逆らった。
そのまま空へ向かってぐんぐん高度を上げていく。
「無駄なのが分からんかこの馬鹿もんが!」
「何回もやれば一回ぐらいは上手くいくかもしれないでしょ!」
しつこい声にミナはとうとう振り向いて叫び返した。
眼鏡の老婆が地上で拳を振り上げているのが見える。
育ての親兼師匠は今日も分かってはくれないようだった。
「やってもみないで、お婆ちゃんのいしあたまー!」
「後悔するよ! 絶対にね!」
「ふんだ!」
べっ、と思いっきり舌を出してやってからミナは前へと向き直った。
見回すと広くどこまでも続く大きな森。最果てのこの地にはおおむね一面森しかない。
ふと顔を上げると鳥が目の前を横切っていく。
本日は快晴、空のお散歩日和だ。
そして旅立ち日和でもある。
「進路は西北西! 取舵いっぱーい!」
背中の鞄の位置を直し、ミナは思い切り右手を振り上げた。