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神様に「やめじゃ」と言われて最底辺転生  作者: TKG
第一章 始まりは最底辺
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第四話 エンデ村

 エンデ村


 人口約200人。王都から最も遠い事で知られるその村は、特産品も無ければ鉱山もなく、挙げ句魔物が跋扈する森がすぐ近くにあるということで国から見捨てられていた。

 開発の余地は無く、絶えず魔物の恐怖に怯え、娯楽や贅沢などとは縁遠いことから、この村の領主になることは死刑よりも重い罰だと貴族から揶揄されていた。それくらい王都の人間からは嫌われ、もしくは関心すら持たれなかった。


 国王も貴族連中の考えに心底同意していた。あるだけ無駄な村…どころか、領主に任命した貴族一族からは反感を買うのだ。他の領主は領民から税を吸い上げて贅沢している中、自分は魔物に怯えながら領民と同程度の生活しかできないとはどういうことだ、と。

 領地を与えたのに忠誠を誓うどころか恨みを持たれるなどもっての他だ。年に何度領主解任の催促がくることか。普通であればそんな催促をしようものなら爵位剥奪も辞さないが…あの村だけは例外だ。貴族の不満が爆発しないうちに領主を取っ替え引っ替えするも、誰一人として定着しない。国の膿だ、と辛辣な感想をもつ。


 だからといって、自国の民を蔑ろにしたとあっては王の沽券に関わる。商人が利益を得られない土地に赴くはずもないので、月に数回国の行商人を向かわせていた。勿論行商にかかる費用は国持ちである。

 しかし、国の金で贅の限りを尽くしている国王がそんな状態を許せるはずがなかった。


(不毛な土地なら住人に見捨てさせればよい。王都に移住するのはさすがに叶わんが、エンデ村の手前の村あたりなら穀物も採れるし家畜の育成もしておる。全員引っ越させればいい。エンデ村の連中は魔物に怯えずに済むし、商人が交易にもくるから飯もマシになる。あの村の領主が一癖ある奴ではあるが…直接何かされる訳でもなし。何一つ不満はないはずだ)


 エンデ村が無くなれば、わざわざ国の私財をなげうってまで行商人を向かわせなくてすむ。領主の必要がなくなり貴族から恨まれることもなくなる。利点しかないのだ。国王は意気揚々とエンデ村へ引っ越しするよう御触れをだした。浮いた金で今度はどんな贅沢をするか…国王は舌なめずりをしながらそんな妄想に耽るのだった。


 御触れを出した結果は、エンデ村の住人全員が引っ越しを拒否するというものであった。そもそもエンデ村は領主の課す重税や国の圧政に嫌気が差した者たちの行き着く逃げ場のような村だったのだ。農業や畜産が盛んな村に引っ越したら、また国のためなどといって働かされるのだ。国のためなど建前で、実状は立場が上の連中が私腹を肥やすためというのは身に染みて理解している。元より引っ越しなど受け入れられるはずもなかった。


 事情を知らない国王はそれはもう憤慨した。


(非国民どもめ!王の命令をなんだと思っておるのだ!ワシが好意で貴様たちを気遣ってやったというのに…!)


 もちろん国王が憤慨しているのは好意を踏みにじられたからではなく、領主問題が解決しないことと皮算用が成立しなかったことが原因である。



「へ、陛下。そ、そろそろ謁見の時間でございます」


 見るからに不機嫌な国王に心底恐怖しながら一人の臣下が発言する。今不興を買えばどんな目に遭うか分かったものではない。声が震えるのも仕方がないというものだ。


「貴様…いまのワシが謁見に応じるとでも思っているのか?」


 国王は貴族や他国からの評判を気にして最低限の体裁を整えてはいるものの、その本質は圧政だ。税は絞れるだけ絞る。逆らうものは罰する。ただし独裁と呼ばれ謀反を企てられぬよう根回しは怠らない。政治の手腕はないが、自分の悪事の隠蔽や権力者の抱き込みが巧かったために悪評は立たない。確実に腐敗しているが、その内部を露見させないよう尽くしたのである。


 ……だが、いくら外側を取り繕っても内部の人間からはその腐敗の様子は丸見えだ。気に入らないことがあったら一臣下の首など簡単に飛ぶ。

 それを理解しているからこそ、臣下は威圧されて震え上がった。


「ぉお言葉ですがっ、今日の謁見は陛下もたっ、大変楽しみにしておられた剣客、ユティスとのものでありましてっ」


「ほう!そうであったな!ふふ、そうかそうか」


 謁見人の名前を聞いて途端に上機嫌になる国王を見て、臣下は自分の選択が正しかったことにほっと胸を撫で下ろす。

 国王の発言に対して意見せずに謁見人を返しでもしたら、後で怒り狂った王に何をされるか…。この国王に仕えている限り、日々常に命を懸けた綱渡りをしているようなものなのである。


「今すぐ御呼び致しますので少々お待ちを!」


「うむ。早くしろ」


「はっ!」


 臣下が出ていくのを見届け、国王は歪な笑顔を浮かべる。



「失礼致します。お初に御目にかかります。剣客ユティスで御座います」


 ほどなくして入ってきたのは、燃えるような赤髪の女性であった。つり上がった細目は意思の強さを表しているかのように鋭い。革製の軽装に身を包み、腰には剣を二本携えている。


「そう畏まらなくてもよい。此度の魔物の殲滅戦はご苦労であった。噂によると貴様が指揮を執ったおかげでこちらの被害は予想の一割程度で済んだとのことじゃあないか。指揮を執っている者が雇われ剣客などと聞いたときにはなんの冗談かと思ったが、なかなかどうして優秀ではないか。まったく素晴らしい手腕だ。我が騎士団連中には少し渇を入れねばならんよ」


「お誉めに与り光栄です」


 ユティスは国王の最大限の賛辞に対して言葉少なに返す。表情を変えないためその内心は窺い知れない。


(これは…予想以上の女だな。実にいい…その顔が歪む様を是非見てみたいものだ)


 国王の顔が気色の悪い笑みを浮かべたのを見逃さなかったユティスは顔をしかめた。下らないことを言い出すに違いないと、半ば確信していた。


「ついては、此度の戦果に対して何か褒賞を授けようと思う。そうだな…うむ、決めた。ワシ専属の騎士に任命してやろう。光栄に思うがよい」


 たった今思い付いたような素振りをしているが、これは勿論事前に考えていたことである。


 最近魔物の討伐や盗賊退治で目覚ましい活躍を納め、巷で名を挙げつつある剣客ユティス。二刀流で銀と赤の『飛ぶ斬撃』を駆使して戦場を駆け回る様はまさに疾風。魔物や賊の被害から救われた民も多く、信頼は厚い。おまけに美しい。極めつけは、現在仕えている主君がいないということ。今はその腕を買われて雇われ剣客という名目で活動しているとのことなのだ。上手くやれば抱き込めると、国王が欲しがらないはずがなかった。

 民からの信頼が厚ければ優秀な政治の駒になるし、欲の捌け口にしてもいい。喉から手が出るほど身近に欲しい人物であったため、乗り気でないユティスを半ば無理やり説得させて謁見へとこじつけたのだ。


(この女が手にはいるならばエンデ村の件などどうでもいいか。国民の信頼を得られれば多少の増税は通るだろう。その金で騎士団も鍛え直させて、辛酸を嘗めさせられた他国に侵略すれば土地も税収も増えて…)


 国王はまたもや皮算用を始める。


「謹んで辞退致します」


 どこまでも、断られることは想定にいれていないのであった。


「なぁっ!?国王の命令を断るだと…ただの剣客の分際で!貴様ただですむと思っているのか!?」


 激昂する国王を見て臣下と護衛がざわつく。折角先ほどの怒りが静まったのにと恨みがましい視線をユティスに向けるが、当の本人は


「私はこの国の民を守ると決めて剣を持ったのだ。血税を貪る愚王の玩具になるために剣を持っているのではない」


 火に油を注いだ。


「逆賊だ!!捕らえろ!!なんとしてでも牢屋にぶち込めぃ!!」


 王の怒号で護衛が一斉に動きだし、素早く二刀を振るったユティスに全員剣を弾かれて動きを止めた。距離を詰めるどころか剣を抜く前にすべての護衛が無力化されたのだ。

 いずれも王に選ばれた護衛であり、決して凡庸な人物ではない。飛ぶ斬撃で距離を選ばず切りつけられるというアドバンテージはそれほどまでに大きい。


「貴様…これは反乱だぞ!分かっているのか!」


「別に反乱を起こす気は無い。反乱を起こされるのがそんなに怖いか?安心しろ。こんな腐った国は近いうちに私が起こさずとも反乱が起きる」


 ユティスは先ほどまでの恭しい態度を一変させていい放つ。臣下も護衛も顔面が青ざめている。


「腐ってる…だと?戦うしか能の無い小娘風情が戯れ言を!」

 

「確かに政治には疎いが、少なくとも愚王よりは上手く統治する自信があるな」


 国王はいつまでも不遜な態度を取り続けるユティスに対して腸が煮えくり返る思いだった。何とかしてこの小娘に一泡吹かせてやると、それだけしか頭になかった。

 だが武力では文字通り太刀打ちすら出来ない。指名手配して他国に寝返られたら面倒だ。殺すには惜しい、だが生かして捕らえるのも難しい。小娘一人に大々的に軍を動かそうものなら国民の反発は目に見えている。それが民から信頼されている人物を捕らえるためだというのであれば尚更だ。


(これだけワシが統治に頭を悩ませておるのに愚王だと?腐った国だと?武力で逆らえるものがいないからと図に乗りおって。口だけならばなんとでも言えるわ!)


 そこで閃く。今ちょうど厄介な物件があったじゃないかと。


「ふふ…言いおったな。ならば寛大なワシは貴様に特例として領地を与えてやろう。エンデ村は知っておろう?あの村の領主を務めてみろ。無論国からの行商人はやらん。援助もせん。ふふ、どうだ?無理であろう?」


 それは自分よりも統治に自信があるなどと嘯く小娘に対するほんの嫌がらせだった。ユティスに無理だと言わせ、やはり戦うしか能が無いなと罵るためだけの買い言葉だ。子供の喧嘩のそれである。


「女で剣客である私に領地を与えるなんて随分と太っ腹だな。分かった。領主の件引き受けよう」


「な?お、おい本気か?」


「ああ。ただし見返りの忠誠など期待するな」


 短く返すとユティスはすぐさま謁見の間を後にする。突拍子もない提案をして困惑する様を見ようとしていた国王の思惑は大きく外れた。


「陛下、どう致しますか」


「どうもこうもあるか!すぐに追っ手をつけろ!逃走するようなら貴様らの命を懸けてでも止めろ!殺しても構わん!先ほどの奴の態度を見ただろう。この国に、ワシに、何の忠誠も持っていない化物だ!他国へ逃がそうものなら奴の刃がいつ自分達の首に突きつけられるか分からんぞ!理解したならすぐ動け!」


「はっ!」


 城内に響き渡らんほどの大声で指示を飛ばすと、いつの間にか立ち上がっていた王は玉座に腰掛けて髪を乱暴に掻きむしる。これほどまでに激昂したのは人生で初であろう。意味もなく罵声とも叫びともつかない大声をあげては臣下の胃を痛めていた。


 程なくして偵察につけた追っ手からの報告が入った。なんとユティスは本当にエンデ村へと向かいだしたという。領主の不在という厄介事の種がひとつ減ったというのに国王の虫の居所は良くない。


(くそっ!今日は何もかも最悪な一日だ!…だが、あのエンデ村を治めるなど無理に決まっている。精々あがいてみるのだな。逃げ出してきた日にはどうしてやろうか…くく)





 それから数カ月後…エンデ村の治安はかつて無いほど落ち着いた。魔物被害は激減し、行商人も自主的に通っているという。王都指折りの鍛治士がエンデ村に移店したなどという噂も流れている。移り住む人もいるようだ。


 そんな噂を聞く国王の機嫌は最高潮に悪い。今日も臣下は綱渡りで胃を痛める。


(クソっ!ふざけおってあの小娘…今に見ておれ…絶望と無力に苛ませてやる)






☆☆☆




「他国の青年が四つん這いで叫んでいたから声をかけたら逃げ出した…?イーヴェンさんも冗談を言うようになったんですね」


「馬っ鹿冗談じゃねぇって!何人も証人がいるんだぜ!」


 うららかな陽気の昼下がり。村唯一の鍛治士であるイーヴェンさんが訪ねてきたと思ったら訳のわからぬ与太話をし出した。イーヴェンさんとは小さい頃からの付き合いだけど、こんな素っ頓狂な話をするのは珍しい。


「はあ…じゃあその他国の青年はいつ村に入ってきたんですか?イーヴェンさんの店の前ってことは結構村の中じゃないですか。あれだけ口酸っぱく、見たことがない人が村に入ってきたら連絡し合おうって言ってるんだからすぐに報告が上がるはずでしょう」


「それがよう…気が付いたらそこにいたんだよ。いやほんとに。…そんな目で見ないでくれよ嬢ちゃん!俺が嘘をついてるように見えんのかよ!」


「前に私のクリームプリンを黙って食べたとき、同じ台詞でごまかしましたよね。口にクリームくっ付けて」


「ぐっ!嬢ちゃんよぉ、そんな昔のことをいつまでも引き合いに出すんじゃねえって」


 食べ物の恨みは何時になっても忘れない。それと、その呼び方はやめて欲しいって何回も言ってるんですが聞いてくれませんね。


 ちなみに、彼が嘘をついていないことは分かっている。あの手この手で言い寄る貴族どもの相手をしていたら嘘を見抜くのは得意になった。

 ただあまりにも突飛な内容なので少しからかってみたくなったのだ。


「大体なんで他国の青年だなんて分かったんですか?」


「言葉が通じねぇんだからそう思うしかねぇだろうよ。むこうさんの言葉だって聞いたことなかったぜ。」


「私は彼の言ってた言葉が大体想像できますよ。『ベアーコング語で喋りかけるな。人間の言葉で話せ』でしょうかね」


「うほ、うほほうほうっほ!て馬鹿!誰がベアーコングだ」


 そっくりすぎて思わず切り伏せて素材屋に皮を売り付けにいくところでした。滅多に人を襲わないベアーコングですが、繁殖期は凶暴で手が付けられないので遭遇してしまったら仲間を呼ばれる前に倒すのが常識ですからね。


「っと、こんなことしてる場合じゃねぇんだって!例の兄ちゃんが走っていった方角がな、東の出口なんだよ。だからもしかしたら」

「それを早く言ってください!!」


 イーヴェンさんが言葉を紡ぐより早く、剣を携え窓から家を飛び出し村の出口へ駆け出す。東の出口は障気の森がすぐ近くにある。この村の掟を知らないよそ者にもし森の中の魔物を刺激でもされたら…!


 全力で走ること数分。出口から出てすぐに魔物に追いかけられている青年を遠目に見つけた。真っ直ぐ村まで走ってきている。


 あの魔物は…エレファンボアー!?温厚で手出ししなければ害の無い魔物なのにっ!


 あからさまに怒り狂った魔物が首を振るう。青年は間一髪横へと飛んで攻撃から逃れた。地面に破壊の跡が刻まれる。

 なんだあの怒り様は!あの男、一体何をしたんだ!


 ガタガタと身を震わせる青年に魔物が近付いていく。その両前足が持ち上がった瞬間――射程圏に入った!


 二刀を抜き放ち、斬撃を飛ばす。狙った場所に寸分たがわず斬撃が通過して魔物の首をはねる。絶命したのを確認してから倒れ込む青年へと近寄る。二刀は抜いたままだ。


「立って」


 短く告げると青年は肩を震わせてこちらを振り返る。なんて顔をしているんだ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。魔物と戦う根性もないのに森に入っていったのか。その結果が、村の近くまで怒り狂った魔物を呼び寄せるという体たらく。多くの民を危険にさらしたことを分かっているのか。


「立って」


 呆けている青年に再度声をかける。足を震わせながら立ち上がった青年は訳のわからぬ言葉を発しながら何度も何度も頭を下げている。その顔に浮かぶのは謝罪ではなく、命が助かった安堵、喜色といったところか。下衆め。剣を鞘に戻して拳を握る。


「Щ◆!?」


 目を覚まさせるために一発殴り付ける。思ったよりも力が入ってしまったが問題ないだろう。それだけこの男のしでかしたことは浅はかだ。


「お前は戦う力も覚悟も無いのに森に入って…一体何を考えているんだ!エレファンボアーがあそこまで激昂するなど見たことがないぞ!まさかわざと怒らせたんじゃないだろうな!」


 青年は殴られた顔を押さえながら目を白黒させている。殴られたのは初めてなのか?温室育ちで何よりなことだ。


「見ろ!村がすぐそこにあるんだぞ!もし私が留守だったらどうしていたんだ!お前は殺されて村は壊滅していた!それが分かっているのか!」


 村を指差して怒鳴ると、青年は村を見て何かに気が付いた後に私の顔を一瞥してから項垂れる。

 少しは自分の行動を省みたか。


「頭を冷やしたら村に来い。他国の者なのだろう、部屋くらいは用意してやる」


 未だに項垂れている青年に一言告げてから村へと足を進める。


 そして自分の家に戻ってから気が付いたことがひとつある。


 言葉通じないんだった。どうしよ。

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