第一話 好きな事の話題になると周りが見えなくなるやつ
「やめじゃ」
…え?
「お主には転生特典もチートも魔法も有用な現代知識もなぜかモテる能力もその他諸々の便利能力も全部封じさせてもらう」
目の前にいる柔和そうな神様から、外見に似つかわしくない無慈悲な言葉が放たれる。その目付きは鋭く、発言を覆すつもりはなさそうだ。
…まあこれは完全に僕の自業自得だったわけだが…。
何故こんな事態に陥っているのか。時は少し遡る。
それは風の強い日の出来事だった。
僕の目の前で、足腰があまり強くなさそうなおばあさんが強風に煽られてたたらを踏み、そのまま駅のホームから転落した。悲劇は重なるもので、タイミングの悪いことに電車はもうすぐそこまで来ている。
どよめく周囲。上がる悲鳴。事態を素早く察知した駅員が緊急停止ボタンを押しに走るが…恐らく停車は間に合わないだろう。
咄嗟に飛び出していた。自分でも不思議だと思った。今なら人命救助に貢献した一般人がニュース番組で取り上げられた際に「体が勝手に動いていた」などと言っていた理由がよくわかる。
僕は別に正義感や博愛精神に溢れた人間でもなければ、進んで悪事を働こうとする人間でもない、いわばフツーの一般人だと思っている。
間違っても自分の命を懸けてまで他人に尽くすなんて性格じゃないはずだ。もしかしたら…この非常事態で内なる正義に目覚めたのかもしれない。そんな自己分析をするくらいに自分の行動が意外だった。
飛び出した僕はすぐさまおばあさんの容態を確認した。少し苦しそうな表情で「うぅぅ」と小さくうめいて足を押さえている。良かった、生きてる!そう安堵する。
この様子では自力で立ち上がるのは無理そうなので、ホームに戻すために持ち上げようとして…断念する。筋力不足でそこまで持ち上げられず、精々が地面から少し浮かすくらいだ。これでもかなり腰が引けている。火事場の馬鹿力は発動しないようだ。インドア派の腕力の限界を見た。
ならばと反転して隣の車線へとおばあさんを運び―――
ブツッとテレビの電源を引っこ抜いたように、意識はそこで途切れた。
どこにでもいるありふれた高校生の一人、只野 等の人生はそこで幕を下ろすこととなる。
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真っ白い空間にいた。見渡す限り何もなく、神秘的な様でいて、世界の終わりの風景といわれても納得できるような殺風景な空間だ。
本能で察した。あ、コレ死んだわ。
「どうやら気が付いたみたいじゃのう」
急に声を掛けられたので振り向くと、そこにいたのはおじいちゃんだった。痩身で白髪の長髪、立派に蓄えられた白ヒゲ、垂れた目尻に品の良さそうな顔のシワ。少し間延びした声もあり、その様相はザ・好好爺だ。
「好好爺ときたか…むふぉふぉ。照れるのぉ」
おじいちゃんは垂れた目尻をさらに垂らして笑っている。上機嫌なのか立派なヒゲを指でいじくっている。
それより…心を読めるんですかおじいちゃん。
「ん?それくらい出来て当然じゃろう?」
なんというハイスペックおじいちゃん。プライバシーもへったくれもない。白い浴衣のような出で立ちといい、仙人のようだ。
「仙人か、まあ近からず遠からずといったところかのう」
もったいぶりますねぇおじいちゃん。じゃあ仏様とか神様的な感じですかね。
「うむ、儂が神様じゃ」
………マジすか?
「マジじゃよ」
普段だったら(あっこのおじいちゃんボケちゃってるんだ)で済ませられるんだけど、状況が状況だ。僕は多分死んでるだろうし、この謎空間といい心が読める能力といい…本物の神様かもしれない。
やっべ、おれ神様におじいちゃんとか言ってるよ!いや言ってないのか?心を読まれてるだけで。でも伝わっちゃってるよな?やっべ!
えー、神様におかれましてはますます御健勝のものと…
「よいよい。そんな畏まらんでも怒りゃせんよ。それに敬われるようなことは大してしとらんしのぉ。お主らは神と聞くと全知全能で誰にでも救いの手をさしのべるものと思うかもしれんが、わしゃそんなことはせん。等しく救いを与えていたら堕落していくだけじゃしのう。言うなれば、ただ世界を見てるだけの老人じゃよ」
どうやら神様の懐はだいぶ深いようだ。それどころか謙遜までしている。神様って傲慢なイメージがあったけどそれを払拭する紳士っぷりに脱帽する。
しかし、神様か…。てことはやっぱり僕は死んだんだろうなぁ。
「さよう。お主はあの時電車に轢かれて命を失った。…尊き命を助けての」
最後の言葉にハッとなる。あの時のおばあちゃんは救えたのか。
「うむ。軽い打撲はしたものの命に別状はない。打ち所が良かったんじゃろうな。お主のお陰であと15年は生きられるじゃろうな」
そうか…なら良かったのかな。あのおばあちゃん、見た目結構な歳だったけどあそこから15年も生きるなんて大往生じゃないか。僕は死んじゃったけど無駄死にじゃないはずだ。
「んむ。人の命を救うということはとても尊いことなんじゃ。誰でも出来るわけではない。その大切さを説いてもやれ偽善だのやれ関係ないだの言う者が多くてのう。何も命や生活をかけてまで他人を救えといってるのではない。そういう心構えというものが大事なのであって―――」
神様、熱弁中。話を聞いていると、ほんとに人のことを想っているのだと感じさせられる。孫のことを可愛がるおじいちゃんのようで、道を外してしまった息子を嘆く親父のようで…とても人間味に溢れていた。
「話が長くなってしまって申し訳ないのう。つまり、お主の行動はとても素晴らしいことなんじゃ。お主のことを偽善者だの愚かだの言う者もおるじゃろうが、儂は敬意を表するぞ」
まっすぐな瞳でそんなことを言われるとこっ恥ずかしくなるけど、悪い気はしない。むしろ自分の行動が誇らしく思えてくる。
「じゃが死んでしまっては救われるものも救われん。そこでじゃ!善行を積んだお主に褒美を与えようと思う。天国か、まあ選ぶはずがないとはおもうが一応、地獄。あとは転生。どれか選べる権利を授けよう。なにかあればちっとは融通してやるぞい?」
うおおおおぉぉぉ!!神様からのご褒美きた!!ちょっ、なにこの急展開!?これゲーム?漫画?それとも夢の中?夢の中とか一番最悪だよ?起きたら病院とかだったらリハビリ頑張れる気がしないぞ。
「安心せい、ちゃんと死んでおる。もう生き返ることは出来んよ」
いやそれすげぇ物騒な字面だよ神様。使いどころ間違えたら完全に悪役だよ神様。もはや邪神。
「ふぉっふぉっ。あんまり迷うておるとわるーい神様は適当に天国にでも飛ばしてしまうぞ?」
ちょ、まって!天国に飛ばすとか使いどころ次第ではまた物騒だから!
いや突っ込むところはそこじゃない!
詳細!それぞれの選択肢の詳細を知りたいです神様!!
「ふぉっふぉっ。ほんとにおもしろいやつじゃのう。まずは天国じゃ。そうじゃな…しあわせーな気分になれる」
うんうん。………え?それだけ?
「そうじゃよ?ひたすらしあわせーな気分になれる。次に地獄。ありとあらゆる苦痛を与えて魂を更生する。犯した罪によってその苛烈さは増す。反省しきったら再び輪廻に組み込むのじゃ」
天国の拍子抜け感がすごい。そして地獄は魂更生プログラムだったのか…なんてことだ。
でも、一番気になってるのはやっぱり最後の…。
「ふむ、お主もやはり転生に興味があるようじゃな。ここに来た者はお主の他にもたくさんおるが、ほとんど転生を選びおるよ」
そりゃそうでしょうとも!ネット小説を一度でも読んだら面白そうと思うよ。子供の頃から才能を発揮して神童扱いされたり化け物ステータスで無双したり特殊なスキルでチートしたり現代知識でチートしたりね!
「じゃあ転生で決まりでいいかのう?内容から察するにふぁんたじー世界がお好みかの?現代や歴史の世界に生まれ変わったり、さいえんすふぃくしょんの世界に生まれ変わったりもできるんじゃが」
いやそこはやっぱファンタジーで!剣と魔法と冒険と魔物となんかもういろいろ溢れてワクワクが止まらない感じの世界でお願いします!
「目が輝いておるのうお主。あいわかった、転生先はふぁんたじー世界じゃの。次は設定じゃな。赤ん坊から記憶を持ったまま転生するか、転生当時は記憶は無いが、ある一定の年齢になったら記憶が戻るか。ほかにも好きな年齢、外見で存在を転移させることも出来るぞ。じゃがその場合は人間一人が急にその世界に現れたことになる。色々苦労するじゃろうが、それもまた醍醐味かのう」
充実のオプションラインナップでもはや笑える。神様慣れすぎでしょう。
「そうじゃろ?ここへ来た者はりくえすとが多くてのう。あまりに多かったから色々と要求されるものを覚えてしまったのじゃ。まあ、これからの人生で胸膨らませて良い顔で語るもんじゃから無下には出来んかったわい。あんまりにしつこい場合はちと煩わしかったけどのう」
―――ここでしっかりと耳を傾けていれば―――
「で、お主はどうする?さっきもいったが多少の融通は利かせるつもりじゃ」
迷う!迷うけど、やっぱり慣れ親しんだこの姿が良いかなぁ…。あと歳も今のままが良いかな。子供から始めてちやほやされるのも学園で突飛な才能を発揮して羨望の眼差しを浴びるのも良いけど、なにより早く世界を見て回りたい!
「ふぉっふぉっ。そうかそうか。では転生ではなくて転移という形になるのう。外見も変わらないならその方が儂もあまり手間がかからなくて助かるよ」
―――ここでもだ。舞い上がっていたせいでこんな当たり前のことを失念するなんて―――
「それじゃ外見を保存するぞ。ちとじっとしておれ」
そう言って神様が僕に向かって手をかざすと、ぽうっと光が発せられて僕の体を包み込む。体が浮くような不思議な感覚がする。
「よしよし、これで転送先と外見と設定は決まったわけじゃが…無論このまま転生してもお主はなんの変哲もない一般人じゃ。魔物やら盗賊に襲われたらひとたまりもないのう。儂も送り出した人間が数分後には死んでましたでは寝覚めが悪い。そこで才能を授けよう。すきるやぎふととでもいうもんじゃな。さて…なにがいい?」
ステータスカンスト!!
「お、おう…いきなりとんでもないもんを要求するのう。ちと待っておれ」
再び神様が手をかざすと先程よりもまばゆい強い光が体を包む。しばらくすると体を包む光が収まった。
「ふぅーっ。これで終わりじゃ。じゃが」
あ、じゃあ次は色んな武器系統のスキル貰えますか?もちろんただ使えるってだけじゃなくって飛び抜けた才能を持ってるのが前提で。剣は当たり前だけど槍とか弓とかハンマーとかも面白そうだな。あとは短剣とかも渋いし爪とか鎖鎌とか鞭みたいな変わり種もいいよなぁ。あと投擲系の武器も必須だよね。ブーメランは当然として、そこら辺の小石で楽々獣を狩れるとか地味だけどいいよね。クナイと手裏剣とかも憧れるなぁ。あとチャクラム!現実じゃありえないような武器ってロマンだよなぁ…。巨大チャクラムとか憧れない?ありえないといえば執事がよう使うあれ、フォークとナイフの投擲ね。どういう原理よあれ。暗器的な扱いなの?あれもちょっと使ってみたいな。あ!武器に拘りすぎてて忘れてたけど徒手空拳もいい。いいぞ。漢は拳で語るもんだからな。剛力で暴れまわる脳筋キャラも拳法で翻弄する達人キャラも痺れるよな。白刃取りとか武器奪ったりとかもできるとなおよし。それに――――
欲しい武器のスキルを言うたびに神様の手から光が発せられる。それが何回続いただろうか。
――――だから最終的に見た目的に最強なのは銃剣だと思うんだよね。あ、銃の先に短剣が付いてるあれじゃなくて西洋風の剣に銃の機能がついたあれね。なにあの良いとこ取り。トンカツとカレー合わせりゃ子供大好きカツカレーの出来上がりーってか。ああ大好きだよ銃剣。ロマンの桁が
「あーもういいかのう?雑談にはあまり長く付き合わんぞ。さて、いま選んだすきるのなかから」
あ!そうそうスキルねスキル。武器はもう終わったから次は魔法だよね。火、水、風、土の属性魔法は基本だな。氷、雷、聖、闇もなんだかんだ基本だよね。あと回復魔法ね。国が総力を挙げても治せなかった難病を簡単に治せちゃって英雄扱いされるのはもはや鉄板過ぎてギャグかと思うけどやっぱいいよねぇ。治した相手は国のお姫様で、王に認められ姫様には惚れられーなんて展開もありふれすぎてベッタベタだけどいいんだよ。うん。他にもバフ、デバフ魔法とか撹乱、索敵とかもできるとパーティーに必要不可欠な立ち位置を確保できるよね。あと収納魔法とか鑑定魔法とかももうね、鉄板。あれゲームだと仕様にしないとプレイヤーが煩わしく感じるからデフォで付いてるのであって、普通はアイテムを99個とか持てないもんね。武器、防具とかもレア度とか攻撃力とかプレイヤーは分かるけど、考えてみれば当たり前で全部マスクデータだったらなんの面白味もないもんね。数値化してあるから爽快なんであって――っとまた雑談しちゃってすみません。他に欲しい魔法は――――
――――魔法の組合わせね。うん。超ロマン。水を電気で分解すると火で爆発するとかきいてさぁ、真っ先に魔法でやってみたいと思うよね。爆発魔法ぶっぱなしゃ良いじゃんとか、それは違うんだよ。強い火を魔法で出すよりも火と風の組み合わせでより強い火を出すって方がいいじゃん。盛り上がるじゃん。ってことで魔法を組み合わせる才能的な?ものも欲しいです。いやー長くなっちゃってすみません。お願いします!
「ああ…。おわったぞ。だが」
あ、じゃあ次いいですか?やっぱ異世界といったら現代知識で無双するのが定番ですよね。内政チートとか技術革新とかですね。あ、でも僕正直その手の知識を本気で学んだことないんですよね。だから頭の中でネットに繋げるようにして欲しいなぁ。困ったら検索出来れば良いんですけどファンタジー世界にパソコンとか無粋の極みだし。生き字引っていうか…生きペディア?あ、今の上手くないですか?あと不自然なまでにモテるスキル。あれってなんなんですかね?普通の人がやっても好感度が1しか上がらないような行動でも、主人公がやれば100上がってもうあなたの虜ですぅみたいな。でもあんまり効き目強すぎるとかえってめんどくさそうだし、普通の人よりもモテる程度で良いかな。あの鈍感力は真似できないし、スキルだったとしてもいらないから。あと、生活に便利なスキルってのも欲しいですよねぇ。将来的には屋敷に住んでメイドさんとか侍らせてみたいけど当分先の話だろうし。だから洗濯とか掃除とか家事全般をきっちりこなせたら便利ですね。あ!あと今のトレンドなにか知ってます神様?料理ですよ料理。プロ顔負けの腕前にしてください。そしたら料理人として手に職をつけるのも…あ、職人といえば鍛冶ですね。自分の使う武器を最高の職人に依頼するってのも良いですけどやっぱ武器とか防具を作ってみたいなぁ。良質な武器を売ってたら商人に目をつけられてちょっと吹っ掛けられたりして…あ、交渉スキル必須ですね。百戦錬磨の商会の会長も言い負かせるくらいのやつ。それから――――
――――んー…こう考えてみると異世界の生活も悪くないけど現代の生活も悪くなかったよねぇ。なにより飯がうまかったし娯楽にも溢れてたし。あっそうだじゃあ元の世界にも行き来できるスキルとかも
「いいかげんにせい」
腹の底まで響くような声だった。
「調子に乗りすぎだ、小僧」
何が起きたのかと声の発信源を見ると、刺すような目線を向けている神様がそこにいた。その表情にあの柔和な笑みはない。…キレていると、一瞬で理解させられた。