三ツ首とハエの頭
「全く俺たちをなんだと思ってやがんだ」
「違えねえ、姉ちゃん、こっちにもおかわりだ」
荒れくれどもは酒場の一角を占拠している。
「だから俺はいってやったのさ、金が払えねえなら、全部自分で何とかしろってな」
「おかわりお持ちしました」
彼らは傭兵である。
自分の命を賭けて、仕事をしてた。
先程話を聞きにいってみれば、もう少し安くはならないか?と言われたので、そこで引き上げた。
ダッダッダ
そこに早馬である。
「すいません、こちらに傭兵のみなさんはおいでになられておりますでしょうか?」
丁寧な口調、軍服に身を包んでいる女が酒場に入ってきた。
「なんのよう?」
「あ~わかったお酌に来てくれたの、悪いね」
「峠より国視正がお戻りになられ、盗賊が現れたそうです、まだ取り残された方がおります」
「で?」
「みなさんにお仕事の時間です」
ドサッ
金貨の入った袋がテーブルの上に置かれた。
「足りますでしょうか?」
仲間の一人が改めると。
「全部金だ」
「よし、みんな行くぜ」
『オー!』
「ありがとうございます」
「で、嬢ちゃん、この払いのいい隊長さんにご挨拶したいのだが、どこにおられるんで?」
「申し訳ありません、申し遅れました、私が隊長になります」
「え?」
悪い冗談だろう?ということで、傭兵の一部はきょとんとしている。
酔いも若干さめたらしい。
「おいおい、てめえら、金をきちんと持ってきてくれたんだぞ」
「でもよう」
命を賭けるには頼りないように見られるが。
ぶるる
ちょうどいいタイミングで馬の嘶く、その馬を見ると。
「これはあんたの馬か?」
「はい」
馬具もかなり使い込まれている。
そして腰に下げた剣は、軍用のもので、鞘の塗装が剥げている。
(悪くはねえな)
たぶんそこらの新兵なんかよりは、ずっと肝が座ってるだろう。
「そういえばどこから来たんだ?」
「丘の上から、狼煙があがり、急いで下ってきました」
「おい、隊長はこの悪路でも下り降りれるぐらい馬乗れるぞ、それともまだ不満か?」
リーダー格の男がまとめようとする。
「みなさん、準備をお願いします、急ぎでしたので、全額前払いにいたします、ですからこれから払うのは救出劇を担った栄光です」
「一躍ヒーローってもんだな」
「うまくいけばしばらくは仕事に困らねえぞ」
「口が上手い隊長だな、最高の気分にさせてくれるぜ」
「逃げよう」
「どうやって」
「逃げるにも馬はみんな連れてかれたじゃないかよ」
国視正が視察するということで、ぞろぞろとお供を引き連れて、峠に来たところに盗賊たちが現れた。
「国視正が逃げ切るまで、お前たちは残るように」
そんな馬鹿げた命令がくだった瞬間、誰しも血の気が引いていくのだった。
「おい、このままじゃ不味いって」
誰かがなんとかしようとするが。
「いいってみんなどうせ死ぬんだって」
盗賊たちはこちらがあまり戦力にならないということを知ってるのか、じわりじわりと包囲網をしいてうかがってるのである。
いつ一方的ななぶり殺しが始まるかわからない緊張感が、今この場を支配していた。
アサノは久しぶりに剣というやつをとってみた。
そこでガタガタと震えているやつから拝借したものである。
これから自分は死ぬのだろうと過るのだが、意外とスッキリしていることに気がついた。
(まあまあ、生きたしな)
そう割りきっていた。
たぶんここで死ぬ、自棄になっているやつらも多いが、アサノは何人ぐらいは切れるかな、出切るだけ道ずれにしてやろうと、生木から葉が繁る枝を落とし、それを拾ったところに。
ダッダッダ
何頭もの馬が、おそらくムチを入れられ全速力できたのだろう。
「全軍突撃!」
女の声で号令が飛び、潜んでいた盗賊たちの包囲網をガシガシと崩していく。
取り残された兵たちと、今突撃してきた兵の間にいる盗賊はたまったものではないと、逃げていった。
「食い物と金目当てだったんだな」
「これで暗殺目的だったら大変ですよ」
国視正がちゃんと逃げるまで待ったのは、大物への被害が出ると、一斉に討伐させられる危険性があったため。
剣の血を拭うリーダーと対等で話す、軍服に身を包んだ女にアサノは話しかけた。
「あなたが今回の隊長ですか?」
「はい、救援にまいりました、国視正のお供の方で?」
「ああ、さっきまでそうだった、今は盗賊のイケニエですよ」
「死者や怪我人はいますか?」
「見せしめに太ももを刺された方が一人、止血はしているのでまだ生きてるでしょう」
「それはこっちで見ておくぜ」
傭兵たちが治療に当たってくれるという。
「で、あんたはなんで来たの?」
アサノはそういった。
「どう考えても、あのおっさんがあなたに俺らを助けろなんて命令しないでしょう、独断で動いちゃうと、あなたの立場が危ういんじゃないの?」
聞いたあとに静かに。
「ですから傭兵のみなさんと来ました」
「人助けが道楽なの?金持ちなのね」
「いえいえ、道楽なはずがありませんよ、狙いは他にもあります」
「…ならいいけど」
「おい、こっちは終わったぞ、…何だ、あいつは、俺が言うのもなんだが、ずいぶん口が悪いな」
「あなたと一緒にしないでくださいよ、私は時と場所を選んで言葉を使ってるだけです」
「性悪だな」
この救出劇はちょっとした騒ぎになった、退屈な日常に現れた英雄劇、ずいぶんと美化されてはいた。
「あの劇は妻にも好評でね、なるほど、国視正を救ったという名目であるならば、何もないわけにはいくまい」
「はい、庶子とはいえ貴族籍もあるわけだし、ハエの頭ぐらいならくれてやろう」
(おいおい、駐屯地の責任者がハエの頭かよ)
「そうですね、それなら偉大なる皆様方の栄光も知らしめることができますね」
(俺ができるのはここまでだが、まっ、副官にしれっと曲者をつけさせてもらったけど、そこまで書類も経歴も見ないだろうね)
お偉いさんが来るということで、今後の話をしたいとアサノは呼び出される。
「お兄ちゃん、話を聞いて心配したんだぞ」
部屋の中から聞こえる言葉でもう帰りたい。
「失礼します」
早めに話を終わらそうと思い、部屋に入ると。
『あっ』
中にいた男とアサノはなんでお前がここにいるんだよという顔をした。
「兄をご存じなのですか?」
「このバカの妹なのですか?」
「バカとはなんだ、バカとは、まあ、お前のおかげで卒業できたようなもんだがな」
「あの時は小銭稼ぎになりました、本当にあなたがバカでよかった」
「ご関係は?」
「神学校時代のクラスメート」
「ご学友です」
「畏まる必要はない、こいつはそういうやつだ、とりあえず、用件な、取り残されたやつらは国視正付きを解任され、他の隊に編入、アサノ、お前を含め識字と腕力あるやつはカノの、妹の隊にいくことになる
」
「あのおっさんの下じゃなければどこでもいいですよ」
「国視正も今回の件は無駄にお供を引き連れたわ、金使いすぎたから叱責された上に停職だからな」
国視正どのは権力主義なので、そこそこ中級の、毛色のいい役人たちを引き連れ回した。
「ほら、国視正殿はあまり下々の気持ちがわからないことで有名なお方だから」
「でもそれはあれでしょ、もしも私たちが死ぬか、大半が死んでいたら、命がけで国視正を守って死んだってことにして、真実を強引に隠しちゃうつもりだったんでしょ?」
「だからうちの妹はよくやってくれたよ、死者を出さずに救出できたわけだし、それだと話が変わってくる」
「大した妹様をお持ちで」
「ここまでやるとは思わんかったがな、庶子ってことで、この間本家に認められたばかりだから、今回の件であーだこーだ言われることもなくなるだろう」
時は今に戻る。
「あの子はずっとここにいてくれたらいいのにね」
駐屯地のそばで娼館を経営する女将はそうカノを評価する。
よくも悪くもトップによって治安が変わってくるので、女将の目からすると合格といったところか。
「悪かったね、こんな時間に呼び出して」
夜も更けてまいりました。
「呼んでくださいといったのは私の方からですから」
先程店で客が酔って女の顔を叩いたので、店のものが急いで駐屯地のアサノを呼びにいって。
「お前はここで何をしてるんだ?」
で解決したのである。
「今日はこれ以上は騒ぎはないだろうさ」
「そう願いますよ」
「しかし、三ツ首と呼ばれたあんたが、大人しく副官をしてるのが信じられないがね」
「まあ、それだけカノは魅力的ってことですよ」
「御馳走様、駐屯地の男ならたっぷりサービスするよ、ユウオウちゃんみたいないい子なら特にね」
そういって女主人は紫煙を吐き出した。
上官も上官なら、副官も副官で、この任期中は問題なくたっぷりと稼げることだろう。
駐屯地は丘の上にある、寒い中薄着で下り降りて来てしまった。
先程は途中になってしまったが、これからどう惚れた女をいじめ抜くか、そう考えれば寒さも気にはならなかった。