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9.拷問部屋

 ……ふ、と気がつくと見慣れた右曲がりの真っ赤なレールの下だった。

 ほぼ同時に目を覚ましたらしい小咲ちゃんが「んん」と小さく呻きながら体を起こす。


「莉乃は」


 そこまで呟いて、はっと彼女は口をつぐんだ。


 左を見ればいつも通りぐちゃぐちゃになった肉片が転がっている。


「長くてもあと二日だね」


 ぼそりと小咲ちゃんが漏らした。


 もうこの悪夢から生きて逃れられるなんて思っていない。

 ただ、死ぬならせめて苦痛のない安寧を――。


「がんばろう」


 そう言って私は彼女に背を向けた。






 ――木の葉の音が聞こえる。


 小咲ちゃんと再会したのは、またいつもの夜のドリームランドだった。

 二人とも暗いオーラを発してはいない。だが、明るく振る舞えるほど力が残ってもいなかった。

 そのまま無言で七つの噂の一つ、ドリームキャッスルに向かう。


 遊園地の目玉に相応しい堂々たる真白の城は、夜のライトアップに照らされて紫の妖艶さを醸し出している。

 両開きの重厚な扉は大きく開け放たれて、影たちを迎え入れていた。


 中に入るとそこは吹き抜けの広いロビーだった。

 一番に目に付くのはお姫様の座る可愛らしい椅子。その主がいない今は写真スポットとなっているらしい。

 そして子供用の絵本の挿絵を思わせるファンシーな絵が何枚か壁に飾られている。それは暗いドリームキャッスルの中で一際不気味さを放っていた。


「寒いね」


 小咲ちゃんが寒さゆえか恐怖ゆえかその身を抱く。

 ドリームキャッスルの中は冷房こそ入っていなかったが、どこからか入ってくる風が冷たい空気をかき回して、そして――。


「床に……消えてる?」


 吹き抜けの天井からお姫様の椅子の下の床に向けて風の流れができている。

 うん、とお互い目を見合わせた私たちは椅子を動かし他とは明らかに材質の違う床、地下への入り口を見つけた。




 地下は案外明るかった。

 細かなもの全てが見えるわけではないが、自分の歩く道くらいはしっかりと見えている。

 客の入りのないところだから仕方ないとはいえ、あんなに煌びやかな城の地下とは思えない無骨な廊下はいくつもの小部屋に繋がっていた。


「どこ入る?」

「拷問部屋以外」


 即答で答えた小咲ちゃんに私は「ふふ」と笑いを漏らした。

 それは本当に笑っていたのかもしれないし、はたまた笑っている振りをしただけかもしれない。


 地下通路はすぐに終わりを迎え、私たちは行き止まりの右に位置する冷たいコンクリートの部屋に入った。


 そこは死体安置所だった。

 いや、安置とは言えない。古くからそこにあって既に白骨化してしまっている死体がそこかしこに存在していて、溶けた肉のようなすえた匂いの液体が床に染み込んでいる。


 喉元まで上がってきた酸っぱい液を無理やり飲み込む。

 やはり晩ごはんを食べなかったのは正解だった。私を恐れて話しかけることはおろか顔も見なくなった母親が食事を用意してくれなかったことに感謝する。


 気持ち悪くて何もかも吐いてしまいたかったが、吐いたらもう止まらなくなることはわかっていた。


「……で、出る?」


 小咲ちゃんが言うが早いが出口を目指す。

 狭い小部屋の中、すぐにたどり着いて外に出ようとして――


「危ない!」


 私は彼女の体を力の限り引いた。

 べちゃ、と嫌な音がして、倒れ込んだ私の背中を気持ちの悪い液体が流れていくが気にしていられない。


 つい先程まで小咲ちゃんの頭があった位置には私の腕ほどの大きさのある斧が刺さっている。


 静かな静かな空間。

 お供を引き連れて侵入してきたのはこの城の主、お姫様だった。


 艶やかな金色の髪はきつめのウェーブを描いて彼女の腰元まで達している。

 身に纏う服は一目で上質とわかるものだ。

 そして、注目すべきはその瞳。白い所の存在しない、ただただ黒い眼がこちらをじっと見ている。


 かっとその瞳が見開かれたとき、お供である鎧の騎士が私たちに掴みかかってきた。


「逃げよう!」


 小咲ちゃんの手を引いて駆け出す。

 走り始めたときは腰が抜けて上手く走れなかった彼女も、しばらくすると運動神経のよさを発揮して私を引っ張ってくれていた。


 扉を二、三飛ばして、振り返ると騎士たちがすぐそこに迫っている。


「入って!」


 少ない言葉でも小咲ちゃんはその意図を解してくれたらしく、一番近かった扉に勢いのまま突っ込んだ。

 急いで扉を二人がかりで塞ぐ。


 ガシャガシャガシャガシャ!


 錆び付いた鎧の大きな音は私たちに気付くことなく過ぎ去ってくれたようだ。


「……ふ」


 どちらからともなく息をついて、何とか生き延びたことを笑い合う。


「花月ちゃんのおかげで助かったよ」

「そんなことないよ。小咲ちゃんも……ほんとすごかった」


 他人を過小評価する私だが、彼女については本当にすごいと思っているのだ。

 華々しくてプライドの塊みたいな一軍で天然キャラとして立場を確立していること然り。二軍とも自然に喋って遊んでくれること然り。


 流れでそのようなことを口にすると、


「ええーそんな褒められたら照れるなぁ」


と小咲ちゃんははにかんだ。


「小咲ちゃんは一軍とか二軍とかあんまり気にしない感じ?」


 大体の女子は敏感なものだと思うが、天然で通っている小咲ちゃんならそうだと言われても頷ける。

 しかし、


「そんなことないよ。……実は誰よりも気にしてるかもしれない」


 小咲ちゃんはそう言って顔に影を落とした。


「私中学のときは二軍の下っ端ですごい一軍に憧れててさ、だけど高校入ってもそんな急に変われるわけじゃないし。でも愛理と出席番号が近くて仲良くなって変えてもらったの」


 愛理とは和田愛理さん。

 私のクラスを仕切る小金持ちのお嬢様だ。


「でも私本来は二軍だから。二軍の気質が肌にあってて、それでつい話しかけにいっちゃうの」


 小咲ちゃんは迷惑だったらごめんね、と笑ったけど舌は出さなかった。


「花月ちゃんも麻耶ちゃんのこととか色々あるだろうけど、親友は一人じゃないと思うな」


 唐突に麻耶のことを言われて目が泳ぐ。


「いや、でも」

「もちろん麻耶ちゃんは大切な人だよ。でも私が一軍とも二軍とも喋るみたいに世界は一つじゃないと思う。例えば……」


 人差し指を自分の顔に向けて。


「私とか」


 ペロッと舌を出した小咲ちゃんはもういつも通りだった。


「……考えてみる。ありがとう」

「いえいえー」


 繋いだままだった右手が熱い。

 今までの私にとって麻耶は絶対だったし、逆を言えば麻耶以外は本当にどうでもよかった。

 そこに空いた風穴。

 心が疼く。


 もう一度確かめるようにぎゅっと握りしめた右手を、小咲ちゃんが握り返してくれた。


「花月って呼んでいい?」

「あ、うん。もちろん」


 思わずどもってしまった。

 あちゃーと顔をしかめる。


 すると突然、


「っ!」


 手が離れた。

 小咲ちゃんが勢いよく倒れ込んできて、二人ともが地面に突っ伏す。

 上に乗っかる小咲ちゃんが「ひぃひぃ」と喉を鳴らしている。


「どうしたの?」


 何が起こったのかその目で確かめようとすると、突然視界が真っ赤に染まった。


 赤、赤、赤……。

 目を閉じても赤。目を開いても赤。

 変わらない世界に絶望する。


 そして赤が流れ始めて、息のかかるほど至近距離。

 だけども息をしていないそれは白目のない眼をしていた。

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