8.三人目の犠牲者
遅くなってしまい申し訳ありませんでした!
議論の結果、私たちはミラーハウスに進むことになった。
ミラーハウスの噂は人の中身が入れ替わるというもの。
怖いことに変わりはないが、少なくとも命を落とすことはないのではないかと踏んだのだ。
ミラーハウスの中はしんとして暗く、風もないのに少し肌寒い。
全面鏡張りの狭い通路で突然映る自分の姿にいちいち怯えながら進んでいく。
口には出さないもののみんな嫌な予感がしていたのかもしれない。
「……あ」
先頭を歩いていた小咲ちゃんが急に立ち止まり、ぶつかりそうになった莉乃が眉間にしわをよせる。
「二つに分かれてる。どうする?」
最後尾を歩いていた私は二人の間から覗くと、確かに道が別れていることを確認した。
「たぶんどっちかが正解で出口にたどり着けるんでしょ」
と莉乃。
「そうだね」
私も同意して、どちらの道に進もうか尋ねる。
すると、
「花月、どっちがいいか選ばせてあげるから一人で行って?」
莉乃が言った。
悲しくはない。だが少し驚いた顔で私は彼女を見る。
好かれているとは微塵も思っていなかったが、一人でも味方が多いほうがいい状況で放り出されるほどだとは思わなかった。
「わかった」
一人は確かに心細いが莉乃に頭を下げるくらいなら、と左の道を選ぶ。
背後で莉乃が小咲ちゃんを誘い右の道に入っていくのを感じた。
既に心の離れていた人間だったというのに、それでもその存在は大きかったのだと一人になって初めて自覚する。
率直に言うと……こわい。
だけどそれを口に出してしまうと事実になってしまう気がして、私はひたすら鏡張りの道を突き進んだ。
一直線が終わり行き止まり――かと思えば右隅が何か怪しい。
試しに押してみるとすんなりと開いた。
どうやら隠し扉だったようだ。
ミラーハウスの中にはこのような仕掛けがたくさんあるらしい。
気の立っている莉乃と天然な小咲ちゃんに気づけるかな?
鏡に映る自分がこの上なく楽しそうな笑みを浮かべていることに気づき、そうしてやはり自分の性格が歪んでいることを知った。
まぁいい。人魚に聞いて答えはわかっている。
あの二人はここで死んじゃえばいいんだ。
私一人が生き残れば、残り四人を殺したとして疑われるだろうか?
いや、それはないだろう。
四人もの人をあんなにまでぐちゃぐちゃにするなんて、ただの女子高生には荷が重すぎる。
コツ、コツ、と自身の足音だけが響く。
ケタケタケタ……
「何!?」
私は敢えて大きな声を出した。
さっき確かに気味の悪い笑い声が聞こえた。
「あーあーあーあー」
こわくて震えて立ち止まりそうになって、正気を保つために小さく声を出しながら出口へと向かう。
自然と小走りになって、気がつけば走り出して、これでは怖がっているみたいではないかと気づいて震える足を押し殺してゆっくりと歩く。
怖くない。こわくない。大丈夫。
ケタケタケタケタ……
暗闇に恐れが膨らんでいく。
そうだ、電気。
少しでも明るさを得ようと私はスマホを取り出した。
――暗闇がイケナイモノから私を守ってくれているとも知らずに。
「ケタケタケタケタ!!」
スマホの光に照らされて、現れたのはざっくばらんな短い髪をした女だった。
耳まで裂けた口が赤く濡れている。
足がもつれ尻もちをついてなお、私は彼女から目を話すことができなかった。
四つん這いの姿勢のまま、元来た道を必死に逃げようとする。
行き止まりの多く存在するミラーハウスの中、出口が見えない。どれだけ進めば正解にたどり着けるのか。もしかすると一生たどり着けないかも――
突然手首を掴まれ、強い力で引っ張られた、
やめて。離して。助けて。殺さないで。ごめんなさい。許して。誰か。誰か……。
「花月ちゃん」
聞き慣れた声がしてゆっくりと瞼を開けると、
「私だし」
莉乃が笑っていた。
「二人とも大丈夫だったー?」
向こうから小咲ちゃんがかけてくる。
これは……莉乃に助けられたってこと?
混乱する頭を必死に落ち着かせ何とかその結論に達した私は、
「あ……ありがとう」
と莉乃に向かって頭を下げた。
「は? あんたにお礼言われる筋合いないし」
莉乃の嫌味も助けてもらった今はあまり心に響かない。
「はいこれ」
小咲ちゃんが莉乃にビニール袋を差し出す。
よく見るとそれは氷だった。
「莉乃がミラーハウスの途中でこけて怪我しちゃったんだよー。だからそこの黒い影さんに氷もらってきたの」
……黒い影に、話しかけたのか。
七つの噂を周り意図的にミッションを引き起こしている私が言うのもなんだが、こんなわけのわからない世界で余計なことをするべきでないのは明白だ。
しかし、脳内お花畑の小咲ちゃんにそれを言ったところで伝わるかどうか怪しい。
現に今は無事に戻ってきたんだし――と自分を納得させる。
「大丈夫だったの?」
それでも少し怒り気味で尋ねると
「え、あ、大丈夫。勝手なことしてごめんね」
意外とかんのよかった小咲ちゃんは気づいたようだった。
腐ってもクラスのナンバーツー。そのくらいは察せられるらしい。
「さ、行こ。もうすぐジェットコースターの時間」
右足首に少しの時間氷を当てただけで、莉乃はそれを放棄してしまった。
心配そうな小咲ちゃんに「大丈夫」と笑顔を向ける。
莉乃の言うとおり時間が近づいていた。
風を感じながら瞼と閉じると、心だけ浮き立つ感覚がしてジェットコースターの搭乗口へと招かれる。
案の定最後列の左側は影によって閉ざされていた。
ここで別のところが閉ざされていたとしたらヒントになったかもしれないが、そう簡単にはいかない。
しかし、私は一人余裕の笑みを浮かべていた、
ヒントなんていらない、私はもう答えを知っている。
人魚に示されたのは真ん中の列の右側だ。
そこを避けて、叶うなら二人のうちどちらかをそこに座らせればいい。
「私が一人で座るから、二人は後ろにどうぞ」
そう言って、前の席を確保する。
「わかった」
小咲ちゃんが後ろの右側、つまり真ん中の右側に座る。
今日は彼女が死ぬのか。
あとは莉乃が座れば出発だ。
私は暗闇に浮かぶ赤いレールを見つめる。
しかし、
「莉乃ちゃん?」
小咲ちゃんが呼びかけ莉乃に隣に座るよう促すが、彼女は一向に座ろうとしなかったのだ。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタ」
突然笑い出す莉乃。
この声は……!
「早く! 早く動いて!」
ガンガンとジェットコースターの車体を蹴飛ばし叫んだ。
後ろの小咲ちゃんは腕を伸ばして必死にバーを下ろそうとしている。
不意に斉藤未希が現れて、ジェットコースターはバーを持ち上げたまま走り出した。
「嘘!?」
ジェットコースターはぐんぐんと登り始めている。
「飛び降りよう!」
小咲ちゃんが私の手をとった。
まだ下の方とは言えそれでも十分な高さがある。
ここから飛び降りれば無事ではいられないだろう。
「む……り……」
「無理でも何でも行くしかないの! せーの!」
飛び出した小咲ちゃんに引っ張られて私の体は宙に浮いた。
時間が遅く感じられ、景色を見る余裕がある。
ちらりと見えた搭乗口では、斎藤未希によって莉乃の体が人魚のように引きちぎられていた。