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3.一人目の犠牲者

『ザザ……ザ……』


 突然きこえたその音に、私たちは握力を強めお互いに寄り添った。

 どちらのものかもわからない手汗がねちょねちょと絡みつく。





『ズ……ザザ……ジェットコースターの最終搭乗時刻です……』





「誰か! 時間!」


 私は叫んだ。

 閉園時間の可能性があった八時は過ぎ、九時になる十分前と五分前にはそれぞれアラームが仕掛けてある。

 まだその時間にはなっていないはずなのに、なぜ。


 ちょうど手に持っていたのだろう、スマホを確認して小咲ちゃんが叫び返す。


「八時半ちょうど!!」


 そしてその瞬間、世界が切り替わった。


「……ジェットコースターの、搭乗口?」


 赤い赤いジェットコースター。

 その一両車がバーを上げ私たちを迎え入れようとしている。

 後ろの車両は黒い影で覆われていた。


 確かあの放送は“ジェットコースターの最終搭乗時刻”と言っていた。

 ジェットコースターなど人気のある乗り物は営業時間内に乗せるため、並んでいる人の数などによって時間を締め切ることがあるのだ。

 何か起こるのは閉園時間に限らないのに。

 私はいつもダメな人間だったからみんなに頼りにされて嬉しかった。

 そしてそれはおごりに繋がったのかもしれない。


 ジェットコースターに近づこうとした私を由真が強い力で制止する。


「……離して?」


 多少イライラを抑えられない声で私が言うと、由真は首を振った。


「……い、今そこに近づくのは、危険だと思う。そこは最後にするべきじゃないかな」

「私が一人で行くから」

「そ、そそ、それがダメなの!」


 由真が声を荒らげた。


「わ、私は、花月ちゃんに何かあったらこわい」


「そーだよ」

と麻耶もこちらを見つめる。


「花月のことだからこんなことになったのは自分のせいとか思ってるんじゃないの? 誰もそんなこと思ってないよ。むしろ花月がいなかったら私たちみんな死んでたかもしれない」


 莉乃でさえも


「あんた私がそんなことで責めると思ってんの?」


と言ってくれた。


「早く行こ」


 照れ隠しだろうか、莉乃が麻耶に声をかけて搭乗口の入り口にあたるところに向かった。

 由真も慌ててついていく。


「花月ちゃん、大丈夫?」


 それでもジェットコースターから離れようとしない私に小咲ちゃんが上目遣いで問いかける。


「私たちも出口探しに行こ?」


 小咲ちゃんがおずおずといった感じで手を伸ばしてきた。

 私の人差し指に触れ、そしてぎゅっと握る。


「そーだね、ごめん」


 こんな世界で一人で突っ走るほうが無理に決まっているのだ。

 私は私で一生懸命に考えたし、みんなはみんなで思うところがあってこうしているのだろう。


 私は小咲ちゃんの温かい手に従って、キャストと思われる黒い影の間をぬって入り口のほうに出た。







 外に出ると黒い影がまるで海のようにざわざわと並んで揺れていた。

 触れるのは少し気持ちが悪かったがこの際仕方がない。

 私たちが通ると影は実体のないみたいにさらさらと溶けてまた集合した。


 少し先のほうに麻耶たち三人を見つけて声をかける。

 彼女たちはもうかなり先まで歩いて戻ってくるところのようだ。


「だめ。出られない」


 みんな薄々感じていたのだろう。

 特に落胆はなかった。


「どーする? もうちょっと探してみる?」


 麻耶が問う。

 ジェットコースターはもしかすると何かのヒントかもしれない。脱出の糸口かもしれない。

 しかしその可能性に縋って乗るのは危険すぎた。


「向こうのほうとか! 探してみよ」


 小咲ちゃんが先陣切って歩いて行く。

 また妙な気を起こさないようにか、私の手をぎゅっと握ってくれている。

 小さな気遣いが心に染みる。




 あ




 声が出そうになって、出してはいけないと無意識に制御がかかり、喉の奥に詰まって息苦しくなった。

 遊園地の雰囲気作りのためだろう、鬱蒼と茂った森の奥、私たちを見つめているのは――




 女



 それもただの女ではない。一見してわかる。

 うねる長い髪で顔はほとんど隠れているものの、正気の欠片もないことが読み取れる。焦げ落ちた服を身につけていた。


 女の存在に四人は気づいていないらしい。

 一瞬の逡巡の後に、伝えることをしなかった。

 ここで怖がらせたところで意味があるとは思えない。この世のものとは思えない存在がこの遊園地に潜んでいると知って何の得になるだろうか?

 四人のためなら恐怖を内側に押し殺して黙っておくことも難しくなかった。

 しかし私のこの判断は正しかったのだろうか。またおごってはしないだろうか……。


 結局抜け出す道は見つからなかった。

 遊園地から出られないのと同じように、どうしても出られないという奇妙な感覚。

 かなり勇気のいる決断だったが、ジェットコースターを越えて本当の出口のほうにも足を運んでみた。

 しかし待っていたのは同じ結末だった。


「……やっぱり」


 そう言って麻耶がジェットコースターの赤い車体を振り向いた。


 スマホの時計を確認するとデジタルの数字が01:36となっている。

 変わらない景色の中五時間以上もさまよっていたのだ。もう限界も近い。

 だが誰もジェットコースターに乗ろうとは言い出さなかった。やはりみんな怖いのだ。


 私は森の中で見た女を思い出していた。

 あの女は明らかに私たちを見ていた。

 私たちが何をしたというのだろうか?

 遊園地に無断で入ったから?

 たったそれだけでこんな目に?

 ……いや、私たちの事情なんてこの世のものではなくなったものには関係ないのだろう。私たちは何をしても何もしなくてもアイツに恨まれ殺されるかもしれないのだ。

 そうはさせない、と私は唇を強く噛む。


「……乗る?」


 ジェットコースターを窺いながら四人にきいた。


「えっ」


 由真があからさまに肩を縮こませる。


「ここで朝が来るまで待つのはど、どう?」


 確かに由真の提案には一理あるだろう。

 少なくともこの場所で身に危険の及ぶようなことはなかった。

 しかしここにいて朝がくる保証があるとは思えない。早く出なければ何か恐ろしいことが起こる予感がしていた。せめてジェットコースターの外に出なければ。

 森で見た女の風貌がまだ脳裏に残っていた。


 私以外の四人がどうしようかと顔を見合わせる。


「私、ジェットコースター乗るのがいいと思う」


 言ったのは小咲ちゃんだ。

 少し下がり気味の、でもきれいな型をした眉が大きく歪んでいる。

 しかし、私の案に乗り気なようだった。


「このままここにいても何も始まらない気がする。だったらこれ以上疲れてしまわないうちにジェットコースターに乗ってしまおう」


 そう、怖いのは疲れだ。

 疲れにより麻痺していく脳は仲間割れさえも引き起こしかねない。

 事実、先ほどから私たちの間には不穏な空気が流れていた。


「……わかった」


 麻耶の言葉にそれ以上反対する人はいなかった。


 ジェットコースターは二人席が三つ縦に並ぶ六人乗りだ。

 私たちがお互い目を合わせてそのまま動こうとしない理由は、この座席にある。

 誰と隣り合わせて乗るか。誰が一人で乗るか。

 みんな近くにいるとは言え隣に誰もいない一人ぼっちで乗るのは辛いだろう。

 こんなとき「一人でもいいよ」と言えたらかっこいいだろうなと想像するが、正直そんなことを言う勇気はない。


「……私が一人でいいよ」


 麻耶が言った。

 本人は気が進まない感じだが、このメンバーでそんなことを口にできるのは彼女以外にいないだろう。

 麻耶の隣で不安そうにしていた莉乃の顔がぱあっと明るくなる。

 しかし、


「わ、私、麻耶ちゃんと一緒に乗りたい」


 由真が麻耶の手をひいた。


「ちょっと! 何わがまま言ってんの!」


 莉乃が怒鳴る。

 ……あんまり大きな声を出さないで。女が来るかもしれない。


「わがまま、って言うのはわかってる。でもどうしても、麻耶ちゃんと乗りたい」

「そんなこと言うんだったらあたしだって麻耶と乗りたい! みんなだって誰かと乗りたいに決まってる! でも我慢してんじゃん!」


 由真がうぅと下を向いて涙を流しだした。

 ぽつぽつと灰色のコンクリートに涙が落ちる。

 莉乃も少し怯んだのか押し黙った。


「あの、私が一人でいいよ」


 驚いて隣を見る。言ったのは小咲ちゃんだ。


「四人は元から仲良しだったし、この中で仲間はずれは私でしょ?」


 泣きたいのを必死に我慢しているのだろう。笑顔が引きつっている。

 「それなら……」と莉乃も納得したようだ。

 必然的に私と莉乃、麻耶と由真、小咲ちゃん一人に分かれた。


 小咲ちゃんは一人俯いていて表情が窺えない。

 声をかけたかったが、やめておいた。

 「大丈夫?」と言ったところで彼女の気休めにさえならない。

 私に彼女の立ち位置を代わってあげる度胸も根性もない。


 私たちが乗り込むとバーが自動的に下りてきてジェットコースターはすぐ発車した。


 ぐおんぐおんと音をたてて上がっていくジェットコースター。

 風が心地よかった。

 真下に臨む夜の遊園地を見ながらふと心が休まる。

 ジェットコースターは最高到達点まで来ていた。

 後は下りるだけ。バーを持つ手に力がこもる。


 麻耶は大丈夫だろうか。

 なんだか急に心配になって、私は彼女の座る席へ顔を向けた。


 大丈夫。ちゃんと座っている。


 そう思ったのもつかの間、


「……ぁ」


 ジェットコースターの開放感でさえ勝つことができないほどの本能的な危機感が声を出すことをためらわせる。

 麻耶の、首に、指が。

 細く白い手首から先が麻耶の首を締めているのが見えた。

 森で見たあの女を想像させる手。

 麻耶、危ない――!


「あぁぁぁぁぁぁ」


 断末魔のような声をなんとか絞り出し、私は急降下した。

 体が宙に放り出され、ジェットコースターが後からついてくるような感覚。

 無意識にバーを持つ手に力をこめ、そして麻耶の席の方向へ夢中で視線を向ける。




 女




 あの女が麻耶をジェットコースターから引き剥がそうとしていた。

 麻耶は必死に抵抗している。

 横に座る由真は目を固くつぶっていて、とても麻耶の異常には気づいていなかった。


 麻耶の手がバーから離れた。

 諦めないで。願うものの声は届かない。

 麻耶の元へ向かおうとする私をジェットコースターは許さない。

 あっという間に座席からも立たされた麻耶。


「いやぁぁぁぁぁぁああああ」


 金切り声で叫びながらジェットコースターから落ちていった。


 その声に、隣の由真が異常に気づく。

 眼球がこぼれてしまいそうなくらいに目を見開くもののもう遅い。


 麻耶、麻耶……。

 私が隣に座っていたら絶対に助けたのに。

 私が隣に座っていたら絶対にあんな女近づかせなかったのに。




 由真のせいだ。




 ガタっと車体が大きく揺れて、私は意識を失った。


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