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2.裏野ドリームランドへ

 いつだったかは忘れてしまったが、莉乃にこんなふうに馬鹿にされたことがある。


「花月ってほんと真面目って感じ! 勉強ばっかりで人生楽しいの?」


 実際のところ、この言葉は多方正しい。

 私は中学のときも高校に入ってからも一日六時間勉強を欠かしたことはないし、休日になるともっとやっていることもある。

 高校に入り麻耶と出会ってから遊ぶという楽しみも覚えたが、中学のときは返却されるテストの点数だけが楽しみだった。


 そんな真面目人間である私のプチ冒険が始まろうとしている。

 裏野ドリームランドは小咲ちゃんの言う通り警備員の一人もいなかったが、さすがにようこそいらっしゃいと門が大きく開けてあることはなく、私たちは小さく開けられた門の隙間から半身になって無理やり入っていった。


 まず始めに麻耶、そして莉乃、続いて由真が入る。

 私が入ったあと、最後についてくるのは小咲ちゃんだ。


 今日小咲ちゃんが来るということを私は全くきかされていなかった。

 どうやらあの話し合いのあと麻耶に連絡が入り、断る理由も見つからなかった麻耶は二つ返事でおっけーしたらしい。

 麻耶は私にも伝えたと言い張り、事実莉乃と由真の二人も知っていたのだが、私はきいていないと断言出来る。私が麻耶から言われたことを忘れるはずがない。

 しかしいくら押し問答したところでワクワクしている小咲ちゃんに帰れと言うことはできない。

 仕方なく私は彼女の存在を受け入れた。


「懐かしー」


 いつの間にか一番前を歩いている小咲ちゃんが呟く。


「小咲ちゃんは来たことあるの?」


 上の人間が言ったことは例えどんなに小さいことでも落とさない。

 それが習性として身についている私は小咲ちゃんに尋ねた。


「小さいときだけどね。花月ちゃんはないの?」

「あるかもしれないけど……記憶にないかな」

「そっかぁ」


 観覧車、ドリームキャッスル、ミラーハウス、アクアツアーを尻目に私たちは進んでいく。

 目当てのメリーゴーランドはジェットコースターを降りてすぐの奥のほうだ。


 明るいとは言え、誰もいない遊園地はさすがに不気味だった。

 伸び放題の花壇に剥げた看板、古臭いキャラクター。

 私はここが二十年ほど前に作られ三年前に廃園となったことを予習してきていた。


「あ!」


 小咲ちゃんが声をあげた。

 ジェットコースターの向こうからキラキラと光るメリーゴーランドの一部が見えている。

 小咲ちゃんが走るのに合わせ、私たちも追いかける。


 近くで見たメリーゴーランドはなるほどきれいだった。

 赤、青、紫、派手な色の光に合わせメルヘンなユニコーンが縦に揺れながら回る。

 しかし、なんと言えばいいのだろう。

 怖……くはない。だが、畏れ多い。

 たかがメリーゴーランド、そう思っていた自分を殺してしまいたくなるほどの敬意。

 自分が汚れているなんて考えたこともなかったが、このメリーゴーランドの光を見ていると不思議とそう思わされた。


「なん……か、危なくない?」


 メリーゴーランドの圧に押され、私は普段なら絶対話しかけなんかしない莉乃を向いた。

 しかし莉乃は、


「きれい……」


と完全にメリーゴーランドに魅了されている。


 せめて麻耶だけでも。

 私がメリーゴーランドから彼女を引き離そうとしたそのとき、




「きゃああああああああああ」


 悲鳴が、きこえた。




 はっとして周りを見ると、おかしい。何故気づかなかったのか。辺りはすっかり夜だった。


 悲鳴の正体はレールに沿って落ちていくジェットコースターだ。

 とりあえずオカルト要素のないことに安心し……かけて気づく。


 何故ジェットコースターが動いている。


 ジェットコースターだけではない。他のアトラクションも蛍光をピカピカさせてお客を迎え入れている。

 そしてその入り口から音もなく入っていくのは黒い黒い人影だった。

 目もなく鼻もなく耳もないただのぼうっとした影。

 それらはユラユラと揺れてアトラクションの入り口へと吸い込まれていく。

 キャストも、客も、黒い人影となってそれぞれが遊園地の一員となっている。

 裏野ドリームランドは開園していた当時の賑わいを取り戻していた。


 あぁぁぁぁ……


 こんなにおかしなことになっていると言うのに、麻耶たち四人はまだメリーゴーランドに夢中になっている。

 私は麻耶の手を引き、莉乃の頭を叩き、由真の足を蹴り、小咲ちゃんの肩を叩いてメリーゴーランドから引き剥がした。


「麻耶! 莉乃! 由真! 小咲ちゃん!

 気づいて!!!!!」


 私の必死の呼びかけも虚しく、彼女たちはメリーゴーランドに釘付けだ。

 その目は虚ろで、メリーゴーランドより遥か遠くの私には見えない景色を見ているよう。

 涙にもならない悔しさが溢れ出してきた。


 なんで気づいてくれないの?


 最終手段。私は鞄をごそごそとして小さなキーホルダーを取り出した。

 小さい頃から持っているものだったが、その先端は子供に与えるのは危険なくらいに鋭く尖っている。

 そのキーホルダーは怪獣の形をしていて、正直可愛くはないんだけど何故か離れられないものだった。まさかこんなところで役に立つとは。


 ごめんね、と心の中で謝ってから麻耶の左手を拝借する。

 そして、


「ん゛!!」


 思いっきり麻耶の手に突き刺す。

 引き抜いたキーホルダーには少し血がついていた。


「え!?」


 麻耶が気づいた。

 ただ左手の痛み以外、何も理解できていないようだ。

 だがこの雰囲気の異常さは感じ取ったらしい。

 ばっと目に力を込めて隣に立つ私を見る。

 ごめんね、何もわからないの。私は無言で首を振った。


 しかし、麻耶の気がついたことは私を安堵させてくれた。

 こんな世界で一人取り残されたら気が狂ってしまう。


 あとの三人にも申し訳ないが傷をつけさせてもらった。

 痛みは手っ取り早く目を覚まさせてくれる。


 しかし私は四人をメリーゴーランドから引き離すべきではなかったのかもしれない。

 少なくともメリーゴーランドに見とれている間は何も始まらなかったのだから。


 本当の始まりは、ここからだった。






「私がこんなところに誘わなかったらよかったんだ。本当にごめんね。本当にごめん」


 小咲ちゃんの長いまつ毛を涙が濡らしていく。

 それは連鎖して、気の弱い由真はもちろん麻耶や莉乃までも巻き込んでいた。


 ふぅ、と私はため息をつく。

 泣いてこの現状を打開できるわけでもないのに泣いてどうする。時間の無駄だ。


 ここで現状を記しておく。

 ここは何故か奇妙なかたちで開園している裏野ドリームランド。それは間違いないようだ。

 オカルト的なものは存在していたとしても自分には関係ないことだと思っていたが、ここまでの現実を見せつけられてはある程度は信じないわけにはいかない。

 次に、スマホの基本的な機能は使えるものの電波は繋がらない。しかし私にとって、電源がつくことだけでもかなり嬉しいことだった。こんなおかしなことに巻き込まれて電波が繋がるかもなんて楽観的に考えられる幸せな頭は持っていなかったし、そう考えれば光や音などいくらでも使いようがある。

 キャストや客と思われる黒い影に私たちが認識されていないということもなさそうだ。歩けば普通に私たちを避けていく。

 そして、最後に重要なこと。裏野ドリームランドからは出られない。私たちが入ってきたときとは違いきらびやかに飾り付けられた門、駐車場に繋がる道、通るものとして考えられていないところからも出ようとしてみたが、なんと形容すればいいのだろう。どうしても出られないのだ。それは本当にどうしても、としか言いようがない。


「……手を繋ごう」


 私は四人に両手を差し出した。

 四人は動こうとしない。


「ここが裏野ドリームランドだって仮定するなら」


 私は四人の顔を見る。

 麻耶、莉乃、由真、小咲ちゃん。


「閉園するときが来るはず。そのときに何が起こるかわからないけど、何か起こるとすればそのとき。それまでにやれることはやっておこう」


 現在スマホの時計が指し示す時刻は午後七時。スマホの時計は裏野ドリームランドに流れる時間に合わせて動いているようだ。さすがに閉園時間までは把握していないが、おそらく八時か九時だろう。


「……うん」


 小咲ちゃんが立ち上がる。

 一人立てばあとは話が早く、四人全員が立ち上がった。


「さすが花月だね。ありがとう」


 麻耶が涙を拭いながらそう言うと、莉乃や由真も頷いた。

 素直に嬉しい。


「さあ!」


 空元気かもしれないが、一応は明るさを取り戻したように見える小咲ちゃんが私たちに手を繋ぐことを促した。


 麻耶の右隣は由真が確保する。なら左隣は私が、と思ったら莉乃が絶対に離さないというようにがっちり握っていた。

 今までの私なら由真からでも強引に奪っていたと思う。

 しかし今は不思議と落ち着いていて、麻耶は頼りになるから仕方ないか、なんて思っているのだ。

 そのことに自分が自分で一番驚いている。


 結局、私、由真、麻耶、莉乃、小咲ちゃんの順に並んで手を繋ぎ進むことになった。

 自分の隣に誰もいないのは少し怖いが、いざというとき自由になる手があったほうがいいとポジティブに捉えることにする。

 遊園地の広い道路を五人横に並んで進んでいく。

 いつも頼りなかった由真の手がこんなに温かく感じたことはあっただろうか。

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