1.始まり
小説の構成上、三話あたりからこわくおもしろくなってきます。
ぜひとも三話までは読んでください!
そのあとも読んでいただけると嬉しいです(๑ ˙˘˙)/
闇に映る仄かな光。
視覚という概念はなく、意識とは無関係に流れていく景色。
白いワンピースの裾が揺れる。
「忘れないで」
――ぱち。
夢を見ていた。
何か大事な夢。大切な思い出のような、未来への警告のような。
見ていたことは思い出せるのだが、その内容だけが何者かに奪い去られたようにすっぽりと抜け落ちている。
何となく忘れたままではいけないような気がして、思い出そうとしばらく努力する。が、結局何も掴めることはなく、私こと高畑花月はベッドを降りた。
寝ぼすけな乙女の朝は忙しい。
朝食代わりにミニサイズのロールパンをつまみ、着替えながらそれを頬張る。
あらかじめ電源を入れていたヘアアイロンを手に取ると、前髪を巻ききっかり五秒キープしてから右に流した。うん、きれい。
私の唯一の長所であるサラサラの長い黒髪はいつも耳の下で二つ結びにしている。
片方を結び片方に手をかけながら玄関ドアを開けると、親友の野本麻耶が待ちくたびれていた。
「おそーい」
少し口を尖らせ気味に言う麻耶に、ごめんごめんと謝る。
「はぁ、仕方ないなぁ」
麻耶は半ば呆れたように許してくれた。
麻耶とは中学のときからの付き合いだ。
とは言っても、中学のときは全くと言っていいほど会話はなかった。私は麻耶のことを知っていたけど……麻耶は私を知っていてくれたのだろうか。
しかし、地元ではわりと有名な進学校に私と麻耶の二人だけが合格を決めたとき、麻耶は初めましてだと言うのにすごく気さくに声をかけてくれたのだ。
麻耶は中学のときから世に言う一軍ポジションだったから、二軍の隅っこにかろうじて存在させていただいている私に声をかけてもらえるなんて思いもしなかった。
あれから私は麻耶の親友だ。
眼鏡をかけていて一見地味だけれど、実はとても美人なこと。それなりの秀才と言われてきた私が何時間勉強したって叶わないくらいに賢いこと。それなのにガリ勉と言うわけではなく、人生を楽しむ方法を知っていること。
高校に入り偶然同じクラスになれて、私は麻耶のいいところをたくさん知ってきた。そしてこれからもたくさんたくさん知っていくだろう。
「早く行くよ」
歩く速度が遅れていた私を麻耶が首根っこを掴んで引っ張っていく。
「うん!」
私は麻耶に合わせ、短い脚を必死に動かして歩いた。
最寄り駅はすぐの所に見えていたけど、高校に行かず麻耶とずっと二人で喋っていたかった。
何故なら、高校にはアイツらがいるから。
「おはよー!」
「おはよう」
朝からハイテンションな麻耶の後ろから教室に入る。
席は窓際の一番前だ。
本当は麻耶の近くがよかったのだけど、先生に打診してみたら一人一人の意見をきいているわけにはいかないと一蹴され、麻耶にも「喋りにいくから」と言われて我慢している。
麻耶は教室の真ん中の方の席だ。
彼女が席に着くと、同じクラスの私が顔も見たくなかったアイツらこと段田莉乃と谷由真が一斉に駆け寄っていた。
「何話してるの?」
私も話に混ぜてもらおうとその輪に加わる。
「また麻耶と喋りにきたのー? 花月って麻耶が誰かと話してるといっつも来るよねー?」
脱色のしすぎで傷んだ髪先を遊ばせながらこちらを見下ろすのは莉乃。
「あ、麻耶以外友達がいないとか? それはないかー。ないよね?」
……いい加減、一軍落ちがいきがらないでほしい。
キリッとしたクールビューティな顔立ちにスタイル抜群のボディ。男ウケすること間違いなしの彼女は確かに一軍に相応しかっただろう。
しかしリーダー戦に敗れた今は、麻耶の優しさを頼って私と麻耶の仲に割り込んできた雌豚だ。
会話の端々にリア充感を匂わせてくる莉乃は、元一軍の自分はただの二軍より上だとでも思っているのだろうか。私からすれば、一軍落ちほど無様なことはないのだが。
私と莉乃の無言のピリピリに、間に挟まれた由真はオロオロとしている。
彼女もまた、麻耶の優しさによってこのグループに存在を許されている子である。
よく見れば可愛い顔をしているのに、全く顔をあげようとしない猫背と重すぎる前髪のせいで台無しな残念な子。
彼女はどう見ても私たち二軍どころか三軍、もっと言えばいじめられっ子の部類だと言うのに、麻耶と幼稚園が一緒だったとかで最近グループに入ってきた。
莉乃と違い害はないが、目の前でオロオロとされるのは気に触るところもある。
麻耶がいなければ私が真っ先に嫌がらせをしているところだ。
「それで、何か言いたいことあるんじゃないの?」
その後も挑発的に絡んでくる莉乃をいなして、私は麻耶に声をかけた。
「え、なんでわかったの?」
と、麻耶が不思議そうな顔をする。
わかるに決まっている。
麻耶は何か言いたいことしたいことがあるとき、わずかに鼻が動くのだ。
しかし、そんな簡単なことも莉乃と由真の二人はわかっていなかったらしい。
ふふん、と心なし私は胸をはる。
「みんな夏休みって空いてるかな?」
「もちろん!」
麻耶からの遊ぼう提案に、私は即座に頷いた。
「じゃー何しよっか」
どちらが先に答えるか。不毛な争いのために我先にと答える莉乃。
「カラオケは?」
彼女の提案は
「せっかくの夏休みなのにぃ?」
という麻耶に却下された。
私に勝ち誇った顔を向けられ、莉乃は口を歪める。
「遊園地とか!」
夏休みという特別感を考慮し、かつ楽しめそうな提案をした私はさすが麻耶の親友。
これなら麻耶も絶対喜ぶはず……
「金欠」
「そっか。そうだよね、ごめんね」
しかし、麻耶とは今月まだ一回しか遊びに行っていない。
先月の終わりにはお金が余っているようなことも言っていたし、金欠なはずはないのに。
莉乃が馬鹿にした目で見てくる。
体裁上笑わないようにはしているようだが、口元の筋肉が痙攣している。
あーもう、ほんと、〇ねばいいのに。
すると、
「じゃあここはどうかな!?」
私と莉乃の冷戦状態に爆弾をぶっぱなしてきたヤツがいた。
私たちの会話を盗み聞きしたあげく、いきなり入ってくるなんて信じられない。
顔を拝んでやろうと莉乃から目を離したところで――
まずい。自分の失態に気づいた。
もしこの場面を誰かに見られていたらと思うと、冷や汗が止まらない。
入ってきたのはクラスの一軍でナンバーツー、若道小咲ちゃんだった。
元一軍の莉乃がわずかに彼女から距離をとった。
二軍で威張っていたい以上一軍とは関わりたくないらしい。
「ちょっと会話がきこえてきちゃって。盗み聞きしてごめんね?」
そう言って舌をぺろりと出し謝ることも、彼女なら許される。
誰が見ても美少女だと頷くルックス、ちょっと天然な親しみやすいキャラクター。
何より、このクラスを仕切っている小金持ちのお嬢様に気に入られているのが大事なポイントだ。
「ううん、こっちこそ大きい声で喋っちゃってごめんなさい」
二軍の二つ結びが我がクラスのアイドルを睨んでいたなんて、変な噂が立たないうちに火消ししておく。
「気にしてないよー」
ふにゃっとした顔で小咲ちゃんは笑った。
「それでね、夏休みの予定を決めかねてる四人におすすめしたいのがここなんだけど!」
スマホの画面を差し出す。
「裏野ドリームランド?」
麻耶が尋ねた。
「そーだよー。知らない?」
「知ってるけど……ここ何年か前に潰れたんじゃなかったっけ?」
さすが私の麻耶。
小咲ちゃんは話しやすいほうとは言え一軍。
私だったら緊張で目も合わせられない。
しかし、麻耶は持ち前の社交性で小咲ちゃんとも普通に喋っていた。
「潰れたのは三年前かなー」
と小咲ちゃんが答える。
「それで最近ようやく取り壊されることになったんだけど、何故か工事が止まってるの。今なら警備もゆるゆるで入り放題ってわけ! けっこうみんな行ってるみたいだよー」
そーなんだ、と麻耶が言いながら私たちのほうを見て目だけで意見を求める。
「……え、でも、廃園した遊園地に行って楽しいの、かな」
由真がさらっと地雷を放った。
確かにそれはきっと四人が四人とも気にはなっていた。でもあえて言わなかったことだ。
それをこの空気の読めないやつ……。
私はこっそり由真の足を踏む。
莉乃は小咲ちゃんの登場に気が気じゃないはずだし、麻耶も小咲ちゃんのほうに顔を向けたままだ。気づかれることはない。
「いたっ」
由真が小さく声をあげたが、私は目を合わさない。
由真も何かを察したのかこれ以上騒ぐことはなかった。
「それがね、一つ名物があるの。回るメリーゴーランド!」
「メリーゴーランド?」
「そう。もちろん誰もいないし電気も通ってないのに、メリーゴーランドだけがピカピカ光りながら回るんだって。それがとてもきれいらしいの」
「え、なんかこわくない……?」
と麻耶が怪訝な顔をする。
「大丈夫大丈夫! 今までに何人も見に行ってるから。それに真昼間だし、オカルト性は全くなしだよ!」
「それなら……」と意見がまとまり始めた。
正直言って、行きたくない。
回るメリーゴーランドくらい、どうしても見たければ他の遊園地に行けばいい。なぜわざわざそんなところに。
しかしここで水をさすのは空気が読めない。
「うん、いいかも!」
私は四人に合わせて笑った。
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アホだけど一生懸命なアイドルオタク女子高生が活躍?します。笑笑