冬眠姫の秘めた夢
ツイッター企画「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」にて執筆したものです。
お題は以下の通り。
今回は「同じ場に生きているのだから」が微妙なのでそれ以外の4つです。
表情の崩れた君が好き
もっと、もっと、金平糖
同じ場に生きているのだから
眠り姫の夢
主君へ謙譲、この心
「――というところで、いかがですかな?」
途切れていた意識が、不意に覚醒する。閉じていた瞳をおもむろに開けると、円卓を囲む有力者の面々がこちらを注視し、じっと言葉を待っている。
澄ました顔をしていた彼女だったが、内心かなり焦っていた。そう、今は重要な政務の会議中だったのだ。王制を敷くこの国の、今この場での最終的な決定権を持つのは、他ならぬ彼女自身である。澄ました顔で威風堂々とした佇まい、若いながら王者の風格を備えているなどと良いように話が広がっているが、何のことはない、ただ話についていけなくなって眠ってしまっているだけなのだ。
とはいえ話がまとまりかけているであろうところで今更何の話ですかと尋ねるわけにもいかないし、まして取り乱すなどという醜態を晒すわけにもいかない。微動だにせず、表情一つ変えず、熟考しているふりをする。
そこで、声が上がった。
「ふむ、それではこれをこうして――ということで、よろしいですか? 姫?」
隣の席の若い男が、そう言ってこちらに伺いを立ててくる。話を整理した風に見えて、その実議論の結果を要約しこちらに伝えてくれているのだ。
「はい、それではその通りに」
話の内容を理解した姫は、不都合が無いことを認め承認した。
こうして会議は、今日もつつがなく終わった。
「ありがとう。毎度助かる」
「いえ、これも仕事ですので」
他の者達が去っていった会議室。残っていたのは姫と、話を要約していた若い男の二人のみ。無表情かつ言葉少なである姫に、男は嫌な顔一つせずに礼を取る。
そんな彼をしばらく見ていた姫は、腰につけていた巾着袋を開け、中身をつまみ取る。
「はい。礼」
「は、いやしかし、お言葉だけでも恐縮ですのにそ、そんな畏れ多い――」
「いいから」
焦り、辞退を申し出る男。必死になって受け取るまいとする態度が気に食わない姫は、つまんだものを強制的に口へ詰め込んだ。目を白黒とさせた男だったが、やがて口いっぱいに広がっていく甘味に相好を崩す。
緩んだ男の顔を見ながら、自らも巾着の中身を口に含む。高級品である砂糖を使ったお菓子、金平糖の甘みが口内を満たす。だがそれ以上に、男の嬉しそうな、満足げな顔に、心が満たされていくのを感じていた。
そんな自分に気付いて、心中で首を振る。傍にあるとはいえ、憎からずあるとはいえ、自分には王位継承権を持つ姫という立場がある。国を背負って立つ責任というものがある。相応の相手に嫁ぎ、相応にふるまう義務がある。一介の騎士程度ではどうしようもない壁がある。
時折思う。これが逆であったなら、どれだけ良かっただろうかと。自分が町生まれのただのメイドか何かで、男の方が王子だったら。きっと何の障害も無く想いは遂げられるであろう。本命だろうが側妾だろうが気紛れの愛人だろうが何でもいい。寵愛を得ることに否やどないだろうに。そうなったらその時は、彼に想いを、身を、その全てを捧げれば良いだけなのである。
そんな叶わぬ夢想を描きつつ、何も知らない男をじっと見つめ続ける。無邪気な態度がまた気に食わず、姫は追加の金平糖を男の口に押し込んだ。
「――来たわね、いらっしゃい」
母親の声に、意識が呼び出される。どうやらまた気付かぬうちに夢の世界へと飛んでいたようだ。
大事な見合いの場に臨むというのに、なかなか癖は治らないものだ。まぁ、見合いなんて何度目になるか分からないが。
親に連れられ、会場へと歩いていく。その顔にはいつものごとく、いかな表情も浮かんではいない。愛想が良ければと言われることが多いが、あいにく彼女にはそんな気は微塵も無かった。権威、称号、名誉、金、身体、そんなものを欲しているのが透けて見える連中に撒いてやる愛嬌など欠片も無い。
そんなことを考えていると、扉の前まで辿り着いた。衛兵たちが恭しく頭を下げ、扉を開けていく。
その先で、あの日の彼が微笑んでいた。