願いを込めて
その男性はホームレス支援団体の藤田さんという。
私を見つけた時から、ずっと気にしていたそうだ。
その方は私よりずっと年上だった。
公園のベンチで私は勇気を振り絞り、全てを話した。
藤田さんはとても真剣に聞いていた。
藤田さんは
「それは辛い体験をしましたね。人を信じられなくなる気持ちになります。」
藤田さんはたくさん私のような人を見てきたのだろう。
とても理解を示してくれが、私は信じられない恐怖が拭えなかった。
話して少し楽になったが、その反面なんだか怖かった。
私は話し終わってその場を去ろうとした。
藤田さんが
「今のあなたの生き甲斐は何ですか?何か楽しみとかないですか?」
その言葉に心の中で「ない」と思った瞬間、音葉ちゃんの事が頭に浮かび、家族が浮かんだ。
私は「小さなお友達と遊ぶ事が生き甲斐です。」
すると藤田さんが
「その生き甲斐の為に頑張りませんか?ゼロからまた頑張りませんか?」
と声を大きくして言った。
私は
「こんな私に、どうしてそこまで言うんですか?」
藤田さんは
「私は先ほどあなたから話を聞いて、見たいと思ったんです。あなたが今度こそ堂々も笑顔で音葉ちゃんに会う姿を」
私は、私は…
藤田さんの言葉に返す言葉がなかった。
ずっと日の当たらない様に生きようと思った。
でも音葉ちゃんと出会い、その笑顔を見ている内に生きたいと正直に思う様になった。
こんな自分でももう一度だけ、やり直せるチャンスがあるのだろうか。
私は藤田さんにどうしたらいいか聞いた。
藤田さんは
「私たちの施設にいちど入所して、仕事しながらお金を貯めます。その後、自立できる様に支援します。」
私は藤田さんに何でもやると話した。
藤田さんは
「決して楽ではないと思います。でも諦めないで頑張りましょう」
私はその日から藤田さんのいる施設に入所した。
私と同じ様に行き場を無くした人達が多くいた。理由は様々だが、皆、干渉されるのが苦手であまり有効的にはならないでいた。
私もどちらかと言えばそうだった。
藤田さんに
「ここがあなたの部屋です。そういえばまだ、お名前を聞いていませんでした。もし嫌じゃなければ苗字だけでも教えていただけませんか?」
私は
「名前は宇野 悟と言います。歳は25歳です。」
藤田さんは
「ありがとう。教えてくれて。私にも君と同じ歳の息子がいた。いじめでこの世を去ったが…。ごめん、暗い話してしまって。とにかく、何かあったら何でも相談してほしい。」
そう言って部屋を後にした。
藤田さんにも辛い過去があったんだ。
何か私と息子さんとでかぶったのかも知れない。
それから私は職業訓練校に入り資格を取りながら、街の小さな溶接工場でとにかく働いた。
仕事をやっていく内に少しずつ、働く喜びを感じていた。
職場も皆年配の方が多く、口は厳しいが本当に面倒よくしてくれた。
2ヶ月が過ぎ、休みの日に音葉ちゃんがいた公園に行った。
音葉ちゃんはいなかった。
何時間も公園に座ったが、結局その日は会えなかった。
私は何故か、急に音葉ちゃんと会いたくなり、休みの日になるたび、公園に行った。
来る日も来る日も。
半年が過ぎた頃、私はおもちゃ屋で砂場のスコップを買い、マジックでおとは、さとると書いて砂場に置いてきた。
私はまた会えます様にと願いを込めて。