2-5
こないだから俺の中に居座り続けている『違和感』、そして間宮先輩と露天商の会話、更にアン先輩の依頼……色々と胡散臭い事が目白押しだ。
そんな中で生まれた好奇心がある。
俺が調べるべきなのは盗まれたと言われる『四葉のキーホルダー』がどこにあるのか、誰が盗んだのか、そもそも誰が盗まれたのか、と言うこと。それがアン先輩から出された課題である。
それをクリアするだけなら、間宮先輩や露天商を調べても仕方がないはず。何故なら露天商はキーホルダーを作っていないと言っていたし、間宮先輩も意味深なセリフを吐いていたが、キーホルダーに関する情報はあまり持ち合わせていないように思える。
あの二人を探っても俺の課題に対する情報は出てこないだろう。
だが、俺の好奇心はあの二人に向いてしまっている。
コロポックルの課題は大事だ。だが、それ以上に自分の好奇心を抑えきれない。……と言うか、この好奇心が課題に繋がっているような、無根拠な自信が俺の中に渦巻いているのだ。
俺の中の好奇心と違和感、間宮先輩と露天商の会話の謎、コロポックルの課題……これらがどこかで繋がっている気がするのだ。
『だから、俺が間宮先輩を尾行したのは決して下心などではない、と言うわけだな』
『勝手に何を語りだすかと思ったら……』
間宮先輩を尾行した次の日、俺は学校をサボって電車に乗っていた。
目的地はもちろん、あの露天商の店。
その道中で俺は俺の行動の正当化を図っていたわけだ。
『年上の先輩の帰り道を尾行し、あまつさえ男性との逢瀬をピーピングしてしまったのだぞ。良心の呵責を覚え、自らの行動を自分の中でだけでも正当化したくもなるだろ』
『じゃあ自分の中だけで言い訳してなさいよ。あたしに聞かせる必要はないでしょ』
八乙女の反応は至極冷ややかだった。
『それに、アンタがその無根拠の自信とか、ゲスな好奇心だかを抑えきれないのなんて、言い訳なんて出来ないレベルでゲスな勘繰りでしょうが。どう頑張っても、アンタがゲスな事には変わりないし、あたしに言い訳したところでどーしよーもないわよ』
『死に体に追い討ちをかけるなど……武士の風上にも置けんヤツよ』
『武士じゃないし』
ツッコミにも愛と言うか、丁寧さがない。
どうやら、俺の長々した言い訳は八乙女の神経を逆撫でしてしまったらしい。
後でどうにか機嫌を取らねばならんか。
なんだかんだで、こいつの能力はかなり便利だ。今後も良好な関係を築いておいて損はないだろうし……何より、案外とコイツとの会話はそれなりに面白い。
俺と同じような軽口を飛ばしあうだけの器の持ち主は、蓮野鼎の他にはそうそういるまい、と思っていたのだが、まさか幽霊と言う形で現れるとは驚きなのだ。
俺にとっては、八乙女も良い友人の一人なのかもな。
うむ、あとで何か労ってやろう。
『アンタ、今すごく青春っぽくない顔してるわよ』
『俺の清々しい聖人の様な気持ちが、気持ち良いくらいに反転したよ』
くそ、コイツの『青春っぽくない』には、どうしてこんなに破壊力があるのか。
と言うわけで、俺たちは安くない移動費をかけて、またも見知らぬ土地へとやってきたのだ。昨日とは時間帯が違うためか、雰囲気も違って見える。
時刻は昼前。繁華街である事もあってか、かなり人が多い。平日の昼間ながら、恐るべし。
『アンタ、道に迷ってないわよね?』
『大丈夫だ。俺の記憶に間違いがなければこの道であっているはず。……まぁ、もし迷ってたら八乙女に上空からナビゲートしてもらえば良いんだし』
『人をアテにしてると痛い目見るよ』
『肝に銘じておこう』
そんな事を言いながら歩いていると、目的地にたどり着く。
通りに面した場所に、一人の男が露天を開いていた。
簡易のテーブルに赤い布を敷き、その上にアクセサリを並べている。陽光を照り返している金属がピカピカと眩しかった。
俺は彼に近づき、品揃えを見る振りをする。
「いらっしゃい」
挨拶をしてきた男を見ると、ニッコリと営業スマイルを浮かべている。
……無精髭やボサボサの髪などで誤魔化されているが、よく見るとこやつ、イケメンだな。もう少しちゃんと身だしなみを整えれば、こんな所で露天商などせずとも別に食い扶持が稼げそうなものだ。
「君、若く見えるけど、学生?」
「え? ……はぁ、まぁ」
「って事は、今日は休み? サボりかな?」
「思春期の男子には、特に理由もなく学校を休みたくなる日があるのです」
「ははっ、わかるわかる」
カラッと笑った男。思ったよりも会話好きなのだろうか。
「いやね、僕には君ぐらいの知り合いがいるんだけど、そのコの事を考えたら、ちょっと放っておけなくてね」
「学校を割り出してチクリますか?」
「そこまでお節介じゃないよ。ただ、やっぱり真面目に勉強した方が良いんじゃないかな、とは思うよ。そうでないと、僕みたいに後で悔やむ事になる」
「……悔やんでるんですか?」
「まぁね。もっと学校での勉強をしていれば、アクセサリー作りにも活用できたかな、なんて考える事もある」
「お兄さんがこのアクセサリを作ってるんですか?」
「ああ、手作りだよ。だからちょっと不恰好だけどね」
照れ笑いをする男の作ったと言うアクセサリ。
俺は素人だが、素人目からすれば充分な出来だ。とても『不恰好』などとは言えない。
こんな小さな四葉に、よく見れば文字が彫りこまれているのだ。どうやら外国語の筆記体っぽい感じで彫られているらしく、俺にはなんと書かれているのか読み解く事はできないが、すごく細かい仕事だと思う。
ここに並んでいる全てのアクセサリが、指先ほどの大きさの四葉がついているのだが、そのどれも、だ。全てに文字が彫られている。
「ご謙遜でしょう。こんな良い出来のアクセサリなら、なるほど女子が放っておかないのもわかる気がします」
「女子……? 君の学校でも流行ってるのかい? ……あ、いや、君、もしかして吹上高校の生徒かな?」
「ええ、俺は吹上高校の二年です」
「ああ、やっぱり。僕の知り合いも吹上高校でね。どうやら僕のアクセサリーを周りの人に勧めてくれたみたいで、お陰で売れ行きも上々だよ」
「そいつぁあやかりたいですな。俺は商売なんかしてませんが。……ところで」
首を傾げる男の前で、俺はスマホを取り出し、画像を見せる。
画像はもちろん、四葉のキーホルダー。
「これ、見覚えはありませんか?」
「これ……四葉のキーホルダーかい? 僕と同じような、銀細工のようだけど……」
「俺はこれを探してるんですが、どうにも見つからない。これを探している内にあなたに行き着いたんですが……」
「……見たところ、これは既製品だね」
男の目がスッと真面目になる。
今までの接客モードではなく、どことなく仕事人の目と言うか。
顔からも笑みが消え、画像を食い入るように見ていた。
「画像を見ただけだから自信はないけど、手作りではなく、工場かなんかで作った大量生産の品だと思う」
「職人にはわかる違いってヤツですか?」
「難しい事じゃないよ。歪みが少ないって言うか、均一って感じがするんだ。僕と同じ四葉のモチーフだけど、僕のとは全く違うよ」
確かに、俺もここに来て『違和感』の正体について見当がついたことがある。
彼の言う通り、このキーホルダーは彼の作ったものではないし、学校で流行っているアクセサリの類ではない。
「ゴメンね、探してるのに、力になれなくて」
「いいえ、これ以上ないほど重要な情報を得ました。ありがとうございます」
答えの一端には触れた。だがまだ足りない。
もっと更に奥の真実を見抜かねば、アン先輩の課題に合格出来まい。
「じゃあ、俺はそろそろ行きます。……最後に一つ良いですか?」
「うん?」
「そのアクセサリの文字、なんて書いてあるんですか?」
「これはね、僕のアクセサリー作りのこだわりって言うか、信念みたいな物でね――」
****
『で、結局、真相にはたどり着けたわけ?』
午後から学校へ登校し、色々と情報を集めたり整理したりしていると、八乙女が話しかけてくる。
『まぁ、大概はな。恐らく、まるっきり大当たりとはいかなくとも、まるっきり見当違いって事はないだろうな』
昼休みや授業の合間の休み時間などを利用して集めた情報、そして露天商から聞いた話なんかを纏めると、一つの仮説に行き当たった。
これが全くの見当違いと言う事になると、俺は嘘ばかりを掴まされた事になる。それぐらい、俺の仮説には自信があった。
そして現在は放課後。アン先輩には既に図書室での待ち合わせの約束を取り付けている。
『さぁ、八乙女、行こうか。アン先輩に一泡吹かせてやろう』
『いや、あたしは行かないけど』
『……は?』
人が気合を入れてる時に、肩透かしを食らわせてくるのは酷いと思うんですけど。
『おま、行かないの!?』
『行かないわよ。そもそもあたしはそのコロポックルとやらにあまり良い印象を持ってないの。それなのに、その構成員に会いに行くような用事に付き合うと思う?』
『そ、そりゃそうかもしれないけど……』
『あたしが気になってたのはアクセサリーの行方と、それに纏わる青春なお話のみよ。それが終われば、この件に付き合う必要なんかないわ』
言い捨てると、八乙女は天井をすり抜けてどこぞへと飛び去ってしまった。
チクショウ、薄情者め。ここまで来たら最後まで付き合ってくれてもいいだろうが。
……まぁ、気を取り直して、図書室へ向かおう。
図書室のドアを開けると、やはり電気は消えていた。
今回は前回よりもまだ早い時間ゆえに、それほど日も傾いておらず、まだ明るい光が窓の外から差し込んできている。
そして、窓際のテーブルに、アン先輩がいた。
「やぁ、予想より早かったね。前はアレだけ待たされたのに」
「お待たせしてしまいましたか? これは失礼」
「いや、構わないよ。今回は数分って所だしね」
アン先輩は腕時計を確認しながら笑う。
いつもの作り笑いだ。本当に薄っぺらな。
それを見ながら、俺はアン先輩の対面に座る。
「で、私の出した課題の答えが出た、って聞いたけど」
間髪いれずに単刀直入。
頬杖をついたまま、アン先輩は俺を試すように見てきた。
だが、ならば俺も迎え撃つように笑ってやろう。
「ええ、ある程度は、ね」
自信溢れる俺の笑顔を見て、アン先輩も口元を上げる。これは、作り笑いではない気がした。
彼女は黙って俺の話の続きを促す。
それに従って、俺は静に言葉を紡いだ。
「まず、先輩の見せた件の画像に写っていたキーホルダーですが……アレは現在、学校で流行っているアクセサリのシリーズではありませんね?」
「どうしてそう思った?」
「第一に、大きさです」
俺が始めに抱いた違和感はこれだったのだ。
裏サイトにあったアクセサリスレの自慢画像に写っていたもの。アレらは全て、直径三センチ程というサイズであった。
しかし、先輩の見せたキーホルダー、そして渡された画像に写っていたもの、それらは全て掌サイズ。
「探していたキーホルダーは噂のアクセサリよりもかなり大きいんです」
「そういうサイズのモノが出回っていたかもしれないでしょ?」
「ぶっちゃけた話をすると、噂のアクセサリを作っていた人間に会って、言質も取っています。あんな大きな銀細工を作った事はない、とね」
あの露天商にはポリシーがある。俺は彼と別れる際に、それを聞いたのだ。
彼はそのポリシーゆえに、あまり大きなサイズの銀細工を作る事はない。
ポリシーを曲げるほどの事があれば、露天を開いて自作のアクセサリを売るようなストイックな事はするまい。
彼はポリシーに強く固執し、それに基づいてアクセサリを作り続けている。
そのポリシーとは『小さな幸せ』。
四葉のクローバーはしばしば、幸運の象徴として扱われる。彼が最初にモチーフに選んだのは買い手に幸せをプレゼントしようと考えたからだそうだ。
だが、アクセサリごときで大した幸せはプレゼントできないだろう、と考えた彼は意匠を小さく収めることで、ちょっとした幸せが訪れますように、と言う意味を込めたのだと言う。
故に、彼が大きな銀細工を作る事は、滅多な事がない限りありえない。
俺の話を聞いて、アン先輩は作り笑顔を貼り付けながら顎を押さえた。
「なるほどねぇ。作り手にそんなこだわりがあったとは、私も知らなかったよ」
「以上の理由により、あのキーホルダーは噂のアクセサリではない事がわかります。そして次に、盗難にあったという被害者についてです」
キーホルダーがもしニセモノであったのだとしても、その所持者がいるのだとしたら盗難事件は発生しうる。
盗人があのキーホルダーにとてつもない魅力を感じれば、盗まれたとしてもおかしくはない。そしてアン先輩が課したお題は『盗難事件の真相究明』である。あのキーホルダーが噂のアクセサリーか否か、と言うのは本題ではない。
そこで重要なのは被害者の情報である。
「俺はこの『被害者』について調べるのに、相当ホネを折る予定でしたよ。なにせ、当該人物については『キーホルダーを盗まれた人物』と言う以外に情報を持っていないわけですからね」
アン先輩から渡されたのは盗まれたキーホルダーの画像のみ。
被害者の情報については一切渡されていなかった。
きっとその事についても課題の一環なのだろうと考えて、俺は被害者も探そうとしたのだが、幾つか疑問が湧いた。
「話がズレますが、先輩は噂のアクセサリのブローカーについて、ある共通点を知っていますか?」
「と言うと?」
「彼らは誰も『ニセモノ』を取り扱っていないんですよ」
間宮先輩以外のブローカーも、多数の売り切れ商品や値段がやたら高いラインナップを抱えたりはしていたが、そのどれもが本物であった。
誰も『ニセモノ』を取り扱っていない。これは確定情報である。
「もし、先輩の持っていたキーホルダーのようなものが取引されるなら、ブローカーだって適当な値段をつけて売るはずです。そっちの方がボロい商売でしょうからね。でもそれを誰もしていなかった……これは、贋作が売れない事を示しています」
「贋作を売るのにリスクが高いからなんじゃない? 贋作を売ったのだとしたら、狭い学校の中だし、すぐに話が広まってブローカーとして信用を失い、小遣い稼ぎが出来なくなるもの」
「確かに、その可能性もあります。ですが、我が高校の女子の審美眼たるや、侮りがたいものがあるようでして、ニセモノに対してはすぐにニセモノと見抜くだけの力があるようなんですよ」
間宮先輩のところに話を聞きに言った時の話だ。
スマホの画像を見せた時、間宮先輩の周りにいた女子は『これはニセモノだ』と断じた。逆にアクセサリが全て手作りである事を知っている間宮先輩は、画像のキーホルダーが存在する可能性を考え、本物である可能性を捨てなかった。
これが、あの時に見れた二つの反応の正体だ。
だが、『ブローカーがニセモノを売らない事』『女子はニセモノを見抜くだけの審美眼を持っている事』、この二つが示す所は――
「ブローカーがニセモノを売らない理由は、女子がニセモノをすぐに見抜くからですよ。どれだけニセモノを並べても、それは絶対に捌けない」
「……それは全女生徒に当てはまる話なのかい?」
「全員、とまでは言えませんが、俺が調べた限り八割は超える割合で、ニセモノを見分ける女子がいることは確実です」
これは実際に女子を相手取っているブローカーに聞いたのだから、信用できる情報だろう。女子は大概、ニセモノを見抜く。
では、男子は?
「キーホルダーを男子が持っている可能性もありました。被害者については男女の情報がありませんでしたからね。四葉のキーホルダーぐらい、男子が持っていても……まぁ、ありえない話ではないでしょう」
「その点はどう説明する?」
「逆に、男子がこのキーホルダーを持つ理由とはなんでしょう? 現状、四葉のアクセサリと言えば、噂のアクセサリを指すと言う状況の中で、あえて贋作を持つ理由とは?」
「理由がなくとも、持っている事はあるでしょ?」
「確かに。ですが、相当恰好悪いと思いませんか? ニセモノを堂々とぶら下げていると言うのは」
「当人がニセモノだと気付かない可能性もある」
「女子なら誰もが見抜けるニセモノですよ? 指摘されない方が稀でしょう。明確に指摘されずとも、その雰囲気ぐらい察するでしょうね」
「……つまり、君は恰好悪くてニセモノであるなら、問答無用で『そんなキーホルダーは捨てる』って結論に至る、と? それは強引だろう」
「いえ、そうまでは言いませんが――盗難届けを出す事はあるだろうか、と」
この件はコロポックルに届けられた盗難事件の下請けと言う形だったはずだ。と言う事は、ニセモノのアクセサリを盗まれた誰かがコロポックルに依頼を出したと言う事になる。
「話によると、件のキーホルダーは大量生産されたモノだそうですね。銀は貴金属ではありますが原価は安く、それが大量生産されたとなれば売値もそこそこ安くなる。そんな安物をコロポックルに依頼してまで探す理由なんて、そうそうないでしょう」
「ふむ、では君の言う事が正しかったとして、それでどうなる?」
「ブローカーはニセモノを売らない、生徒はニセモノを見抜き、所持しない。と言う事は吹上高校には件のキーホルダーは存在しないはずなのです。……アン先輩の持っているそれを除いては、ね」
「何が言いたいのかな?」
俺の言いたい事を全てわかったような顔で、アン先輩は結論の明示にこだわった。
ならば、言おう。
「最初からキーホルダーの盗難なんてなかった。アン先輩が出した課題の真相なんて最初からなかったんですよ」
俺は、俺の出した結論をアン先輩に突きつける。
正直、まだまだツッコミ所はある。調べようと思えばとことんまで調べられる案件ではあるのだが、もし俺の出した結論が真実であるなら、それは徒労だ。何せ『実在しない盗難事件』なわけだ。どれだけ調べても真実が出てくることはない。
だとすれば、ある程度の確証が持てたところで決断する。正直、こんな騙し討ちみたいな課題を出されて若干腹が立っているのも事実。
俺を弄んでいるようなら、先輩とは言え容赦せん!
そんな俺の心情を知ってか知らずか、アン先輩はしばらく俺を見つめた後、パチパチと手を叩き始めた。
「いや、お見事。ツッコミ所はあるが、確かにそれが真実だ。事実、私の持っているキーホルダー以外に、恐らくこの学校に同じモノは二つとないだろうね」
思いの外、あっさりと白状されてしまった。これには毒気も抜かれてしまう。
「だが、驚いたね。これほど早く辿りついてしまうとは……やはり、君に注目した私の目に狂いはなかったという事かな」
「では、俺の課題はクリアですか?」
「ああ、もちろん。君をコロポックルのエージェントとして迎え入れよう」
本当に肩透かしであった。もうちょっと何かあると思ったのに。
アン先輩は制服のポケットからピンバッヂを取り出し、俺に渡してきた。
「それがコロポックルの証だ。……これはニセモノじゃないから安心して良いよ」
そう言って、アン先輩は自分の生徒手帳を見せてくる。
手帳の中にあるメモ欄をぶち抜いてピンバッヂが付けられており、彼女はそれをコロポックルの証として活用している事が窺えた。
「バッヂはどこに付けてくれても構わないけど、あまり目立つ所は避けた方が良いかもね。君がコロポックルのエージェントだとバレれば、余計な波風を立てる可能性もある」
「なる……ほど……」
「うん? どうしたのかな? あまり嬉しくない?」
「い、いえ、なんと言うか……思ったより簡単に試験が終わってしまって、現実味がないというか……」
「それは私も同じさ。これほど簡単に終わる予定ではなかったんだけどね」
やれやれ、とでも言いたげにアン先輩は首を振った。
「本当なら、君がもっと走り回る姿を堪能できたはずなんだが、思った以上の情報収集能力だ。それに情報を整理する力もそこそこあるのだろうね」
「あ、ありがとうございます」
「これなら、情報部としても充分に働けるだろう」
「……情報部?」
「ああ、コロポックルの内情については、また後日、詳しく話すよ。ともかく、今日のところはこれでお開きにしよう。……追って連絡する」
そう言ってアン先輩は立ち上がり、俺の肩をポンと叩いて図書室を出て行った。
残されたのは暮れかけた日の光を照り返すピンバッヂのみ。
「……ホントに、コロポックルのエージェントになったのか、俺」
ピンバッヂを手に取り、俺はボンヤリとした現実を、実感しきれずにいた。
****
その日の帰り。
俺はふと思い立って、寄り道をした。
寮へ帰ってくる頃には日が暮れていた。
『ただいま』
『ああ、お帰り。コロポックルとの会談、長かったのね』
『ああ、いや、野暮用でちょっと寄り道をね』
廊下の向こうから顔だけ出し、軽く迎えてくれた八乙女に軽く手を振りながら、俺は部屋の奥まで進む。
『ねぇ、あたしさ。ちょっと気になる事があるんだけど』
『ん? なんだよ?』
『今回の件とはあんまり関係ないかもしれないけど、間宮って娘とあの露天商ってどういう関係だったんだろうね?』
『ああ、それか。……これ、覚えてるか?』
俺はスマホを操作し、件のアクセサリのスレを呼び出す。
表示したレスにはアクセサリのデザインを褒める内容のモノ。
『これが何?』
『このレスを書き込んだのは、恐らく間宮先輩だ』
『どゆこと?』
『あの二人は好き合ってたんだってさ』
これは女子の噂を耳に挟んだものだった。
間宮先輩はあの露天商と付き合っており、彼の作ったアクセサリを売るために学校へ持ち込んできて知り合いの女子に広めていたらしい。
彼はアクセサリデザイナーを夢見ているらしく、その夢への近道として名声を高めようとしたらしい。女子高生に人気が出てるアクセサリをデザインした人間と話題になれば、確かに近道となるだろう。
最初は普通のアクセサリとして売り込んでいたのだが、その内、誰にも興味を示されなくなり、思いついたのが『願い事が叶う』と言う付加要素。
もちろん、間宮先輩の口から出任せ故に、本当にそんな効果があるわけはない。
しかし、その噂の発端はあの間宮先輩だ。
彼女はルックスがよく、人当たりが良い。広く顔が利き、学校の内外に知人がいる。
そんな自分の能力を活かし、アクセサリを手に入れた人間の願い事を聞きだし、さらには極力その願い事を叶えるように裏で動き始めたのだ。
思春期の女子高生がアクセサリに願う事など、どうやら高が知れていたらしく、間宮先輩の暗躍は次第に噂が本当であると言う勘違いを引き起こし始める。
こうして、あのアクセサリは噂の拡散と共に需要が急上昇したわけだ。
『間宮先輩が恋人である露天商を想ったが故の行動、それが噂の正体だったわけだな』
『へぇ。そんな裏側があったのね……。まぁ噂なんてそんなものか』
『あと、援助交際報告スレでも間宮先輩の目撃情報があったけど、あれはあの露天商と一緒に歩いてる所を見られたらしいな。ちょっと歳が離れてるっぽいし、他人から見ればそう思われても仕方ないかもなぁ』
『好いた男を助けるために、健気に内助の功……いいヒトじゃん、間宮ちゃん。でも、アクセサリーに関しては、なんか……ちょっと興ざめかも。あのアクセサリも結局はただの銀細工かぁ。青春っぽくないわ』
口をへの字に曲げた八乙女は、不貞腐れたように空中で寝転がった。幽霊ってのは器用な事が出来るものだな。
『そんな興ざめしている八乙女に、今回の件の労いも込めて、ちょっとしたプレゼントを持ってきたんだが』
『あ? 何、似合わない事して』
『失礼な事を言うな。俺だって一応、お前には感謝してるんだ』
『……もしかして、ドラマのDVD!?』
『すまん、そんな金はない』
ただでさえ予定外の遠出を二往復して財布が寂しいこの上に、更にDVDレンタルをするような余裕など俺にはない。
それの代わりと言ってはなんだが、俺はカバンの中を漁り、とあるモノを取り出す。
それは、帰りに河川敷まで遠出し、あるかどうかもわからない宝探しをして、ようやっと見つけたホンモノ。
『四葉のクローバー。まさか本当に見つけられるとは思わなかったけどな』
『えっ!? マジで!?』
俺の差し出した小さなクローバーに、八乙女が飛びついてくる。
間違いなく、四枚の葉っぱを有したクローバー。
昔から幸運を呼ぶものとして重宝されている、本当のお宝。
『あ、あたし、初めて実物見たかも』
『後で押し花のしおりにして飾っておく。お前は触れないかもしれないけど、眺めるくらいなら出来るだろ? これが誠意の印ってのは安すぎるかもしれないけど……』
『う、ううん、嬉しい! ありがと!』
八乙女は何度もわぁわぁ言って、しきりにクローバーを眺めていた。
『あ、そうだ! それ、どこで見つけたの!? あたしも探したい!』
『近くの河川敷にクローバーが群生してる所があるんだよ。そこで見つけたんだ。でも、四葉はそうそうないと思うぞ?』
『いいのよ! それを探すってのが一番青春っぽいんだから! その時は、アンタも付き合いなさいよ?』
『へぇへぇ、暇な時にでもな』
どうやら、喜んでくれたらしい。それならば、俺も必死こいて探した甲斐もあったというモノだ。
これで少しは、気分も良く眠れそうだ。




