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青春withゴースト  作者: シトール
8/17

2-4

 そんなこんなで放課後。

『今、件の先輩とやらが教室を出たわよ』

 三年生の教室前で見張っていてくれた八乙女から念話が届く。

『おぉおぉ、早足だわ。こりゃ間違いなく、どこか行き先があるわね』

『すごく観たいテレビドラマの再放送でない事を祈るよ』

『あ、そう言えばあたし、ちょっと見たいドラマがあるんだけど、帰りにDVDでも借りていかない?』

『巻数にもよるな』

 八乙女には手伝ってもらってる身の上で、彼女のちょっとしたおねだりを無碍にする事も出来ない。だが、あまり長すぎる海外ドラマなんかをねだられると困る。こちとら苦学生なのだから。

『八乙女はそのままあとを追いかけてくれ。俺もすぐに追いつく』

『了解。……本当にこれでアクセサリーの出所がわかったらどうするの?』

『ん? そうだなぁ』

 そこまでは考えてなかった。

 とりあえず、キーホルダーを購入した人物が誰だったかを聞いて、その人物に接触、その後は盗難の解決って事になるだろうか。

 悠長な話ではあるが、確実な手段であろう。

 それに、俺が見るにあのアクセサリ、キーホルダータイプのモノはレアだと見た。それを持っている人物は多分目立つ。

 アクセサリの出所が何らかの店舗だとしたら、店員だってその人物を覚えている可能性は高い……はず。

 かなり希望的観測を含んでいるが、まぁ、とにかく今のところはこれぐらいしか情報がないのだから、これに賭けるしかあるまい。

『まぁ、外れだったとしても、面白い話題には食いつけそうだしな』

『ゲスねぇ。青春っぽくないわ』

『くそぅ、お前に実体があるなら一発殴りたい』

 仮にそれが可能で、俺が殴ろうと思っても、伝説の女番長相手では殴り返されるのがオチだろうが。


 その後、俺は学校を出て八乙女と合流し、間宮先輩の尾行を続ける。

 これが驚いた事にかなりの遠出であった。

 バスに乗って駅まで行き、駅からは電車に乗って移動、あまり訪れた事のない土地で下車し、更に駅近くにあった繁華街を練り歩き、間宮先輩が立ち止まる頃には日も落ち始める頃であった。

『まさか、こんな所まで来るとはなぁ』

 スマホで改めて地図を確認してもかなり遠い。何で俺はこんな所までやって来てしまったのか、無意識の内に自問自答してしまうぐらいだ。

 交通費だって馬鹿にならなかった。くそぅ、お小遣いが……。

 そんな事を考えながら、物陰に隠れて前方を窺う。

 通りには数人の通行人と、珍しく露天商がいた。

『あの露天商、男ね』

『お前、よく見えるな』

 露天商は街灯の下にいるとは言え、帽子をかぶっていて人相が良くわからない。

 身体つきも男女どちらとも言えそうな感じだし、俺では男性か女性かの判断は出来なかった……が、八乙女が言うならそうなんだろう。

 間宮先輩はその露天商の前で止まった。

『おや、目的地はここだったのかな?』

『あたし、ちょっと見てくる』

 そう言って、八乙女はフラッと露天商の上空まで飛んでいった。

 アイツ、自分がスカート姿だってのがわかってるのだろうか。

 あんな体勢で飛ばれたら、俺からパンツ丸見えなんだけど。

 まぁ、俺は幽霊のパンツなんかに劣情を催すような特殊性癖は持ち合わせてないんですけどね。

『わっ! ちょっと、聞こえてる!?』

『ん? どうした』

 念話で驚いた声が聞こえてきた。

『視覚を同期させるわ。これ見てよ』

 そう言われると同時に俺の視界がダブる。

 見えたのは露天商の並べていた商品。

 どうやら自作のシルバーアクセサリのようだが……それら全てが四葉のクローバーの意匠が施されたものだった。

『ビンゴ、だな』

『やったじゃない。これでまた一歩前進よ! これもあたしのお陰よね』

『ああ、ありがとうよ。……だが』

 これからどうするべきか。

 このまま間宮先輩がいるところに突撃してもいいのだが、変に事を荒げるつもりはない。

 間宮先輩もここまで一人で来たと言う事は、露天商の事を誰にも知られたくないのだろう。そりゃそうだ。あの露天商の扱っている商材は我が学校で金の成る木である。

 独り占めできるものなら、俺だってそうする。

 だが、今回の目的は間宮先輩の仕入れルートを暴く事ではない。

 で、あるならば……。

『ここは様子見だな。八乙女、二人が何を話してるか、聞けるか?』

『それぐらいは余裕よ』

 八乙女と聴覚を同期すると、二人の会話が聞こえてきた。

「じゃあ、本当にキーホルダーは作ってないのね?」

「ああ、僕はそんなものは作ってない。神に誓ってね」

「……そう。疑って悪かったわ」

 どうやらキーホルダーの事を聞いているらしいが……作ってない?

 あの露天商が四葉のアクセサリを売っているのは間違いない。アレが自作アクセサリであるなら、手作りなのだろう。

 でも、キーホルダーは作ってない……?

『あたしの勘違いでなければ、なんかおかしな事になってない?』

『俺もそう思ってるところだよ』

 情報に齟齬が発生している。

 誰かの情報が間違い、もしくは嘘である可能性が出てきた。

『どうするの? あたしの見る限り、やっぱり売ってるものにキーホルダーっぽいものはないわよ?』

『隠してるのか? いや、そうする理由がわからん。売り切れた? じゃあ何で間宮先輩には隠している? もしくは……』

 四葉のキーホルダーなんか存在しない……?

 いや、俺は確かにこの目で見た。アン先輩が持っていたあれは、紛れもなく実在した。

 じゃあ、アン先輩の持っていたアレが盗品だった? 犯人はアン先輩、もしくはコロポックルと言う事か? ありえない話ではない。

 しかし……どうにも頭に引っかかる。

『どーすんのよ!? ってあたしが訊いてるんだけど!?』

『うるさいな。俺だって考えてるんだよ』

『もう面倒くさいから、この場に乱入しちゃえば? 実際に聞いてみたら早くない?』

『いや、実際に聞いてみるのは賛成だが……日を改めよう』

 このまま突撃していって、キーホルダーはどこだ、なんて訊いても答えてくれないだろう。もし仮にキーホルダーが実在するのだとしても、恐らく間宮先輩に黙っていなければならない理由があるのだろう。その場合、今質問しても答えてはくれない。

 ならば、間宮先輩がいなくなった後、出来れば後日の方が良い。

『ここは退くぞ、八乙女』

『なんか、そのセリフって負けた時の捨て台詞っぽいね』

『おい、勝手な印象で俺を貶めるんじゃない』

 何なのコイツ、俺をいじめて楽しいの?


『ねぇねぇ、アンタさ、ちょっと暇じゃない?』

『あ? いきなりなんだよ?』

 駅へ向かって繁華街を歩いている途中、八乙女が話しかけてくる。

 そちらを見ると、何故かヤツはソワソワした顔をしてやがる。

『何を企んでる?』

『企むなんて人聞きの悪い! ……でも、折角遠出してきたわけだし、すぐに帰っちゃうのって勿体無くない?』

『全然、全く、これっぽちも、勿体無くない』

『えぇ~、嘘でしょ~? マジ、信じらんな~い』

『急に頭の悪そうなギャル口調はやめろ、イラつく』

『良いじゃん、良いじゃん、ちょっと遊んでいこうよ!』

 八乙女が俺の腕を掴もうと、必死で手をワキワキさせているが、幽霊に触れられる物質があるわけもなく、その指は空振りをするばかり。

 俺は構わず駅へ向かおうとするのだが……

『あ! あーあー、そういう事するんだ! 無視とかしちゃうんだ!?』

『……なんだよ』

『アンタ、あたしがどれだけアンタに貢献してるか、わかっててそんな態度取ってるわけ? さっきの情報収集だって、コロポックルの監視員のことだって、色々と手伝ってやってるじゃん! そんなあたしに、そんな仕打ち!? こりゃ信じられないね!』

 うっ、それを言われると痛い……。

 確かに、八乙女には色々と手伝ってもらっている。それが役に立っているのも事実。

 俺だって出来れば何らかの形で八乙女に報いたい。その気持ちは山々だ。だからドラマのDVDだって借りてやろうとは思っていた。

 だが、俺のお財布事情を考えろ。

 今日の移動費、そして後日またここを訪れるであろう移動費を考えると、お財布に余裕はない。

 どう頑張っても遊ぶようなお金は捻り出せないのだ。

『八乙女よ、また今度、と言う便利な文句を使わせてもらってもいいか』

『今度とお化けは出てこないってのが通説じゃない! そんなの信じないからね!』

『だが、この俺が嘘をつくと思うか! お前は相棒を信じられないのか!』

『アンタのどこに信用できる要素があるのよ? あたしに誠実な態度を取って見せたか? あたしは記憶にないけどね』

 くっ、確かに! 出会ってからこっち、八乙女には割りとドライでクールな態度を取り続けてきた気がするけど! だけどこの気持ちだけは嘘じゃないんだ!

 しかし、ここで信じてくれ! とどれだけ言っても信用されはしないだろう。かと言って強行して帰宅すれば、八乙女との信頼関係に傷がつく。

 ここは……

『ならば、良かろう。八乙女寅子。貴様の要求を受け、少し町をぶらつく事を許す』

『なんでそうも偉そうなのよ……。うん、でも良し。結果的に遊べるなら何でもいいわ』

 俺の返答を受け、八乙女は本当に嬉しそうにニッコリと笑った。

 なんだ、生前は鬼のように恐れられていたらしいが、案外こんな顔も出来るのではないか。生前の噂は尾ひれがついた結果か?

『さて、じゃあ、どこへ行こうかしら?』

『時間も時間だし、あまり長居しない方が良いんだが……』

『あ、カラオケとかは?』

『バカヤロウ、ちょっとは想像力を働かせろ。カラオケなんか入ったら地獄だぞ』

『どうして? 別に今更ヒトカラが恥ずかしいってわけでもないでしょ?』

『俺が一人で歌うならまだ良い。だが、結局はお前が遊びたいから店に入るわけだし、お前も歌いたいからカラオケをチョイスしたのだろう』

『そりゃそうよ。アンタのオンステージなんか見ててもしょうがないわ』

『その場合、お前は俺の身体を乗っ取るのか?』

『うん?』

 八乙女の能力には、俺の身体を完璧に乗っ取る、というモノがある。

 あれを行えば、八乙女は自分の意志で歌う事が出来るだろう。

 だが、そこには大きな落とし穴がある。

『俺は男で、お前は女だ。当然身体の作りも違う』

『そうでしょうよ』

『ならば、喉の作りも違う。そうだな?』

『何が言いたいわけ?』

『俺とお前の音域はどう考えても違う。つまり、お前が俺の身体を乗っ取ったとしても、お前は思うように声が出せず、歌を歌ってもストレスしか感じられないのだ!』

『な、なんですって……ッ!?』

 どうやら、八乙女も己の考えの愚かさに気付いたようだな。

『い、いやでも、歌うだけならアンタの身体を乗っ取る必要はないわ。音楽だけ流してもらえれば、あたしが勝手に歌うし』

『それを傍から見たら、俺は一人だけで部屋に居座り、何もせず、黙って音楽だけを聴いてるヤツなんだが?』

『それぐらいの謗りは、今更なんともないでしょ?』

『お前は俺を何だと思ってるんだよ!?』

 え、って言うか、俺ってそんな目で見られてたの? ちょっとショックだわ……。

『くそぅ、こうなったらお前に決定権は与えん。あの店にしよう』

『あの店って……ゲーセン?』

 俺が指差したのは適当なゲームセンター。

 そこそこ大きめで、夜の町でもキラキラと輝いている。

 正直、目立ってたから指を差しただけだったが、まぁ遊ぶにはもってこいだろう。

『ゲーセンね……いいわよ。あそこにしましょう』

『え? 案外乗り気?』

『あたしは生前、ゲームセンター荒らしと呼ばれていたのよ。その様をとくと見せてあげるわ!』

『どうせ適当な人間を捕まえてカツアゲしてたらそう呼ばれるようになったんだろ』

『そ、そんな事ないわよ』

『なんでちょっと図星っぽいんだよ。逆に怖ぇよ』

 俺としては冗談であって欲しかった……。


 さて、そんなわけでゲーセン。

『わぁ、久々のゲーセンだわ!』

 八乙女の希望は通らなかったが、そこそこテンションは上がっているらしい。

 これなら何とか誤魔化せそうか。

『さて、ちょこっとブラついてみるか』

『そうね。うふふ、ちょっと楽しみ!』

 うわぁ、子供みたいにはしゃいでるよ、何なのこの子。

 初めてゲーセンに来たわけでもなかろうに……。

『あ、プリクラ! プリクラ撮ろう!』

『バカヤロウ、最近のゲーセンは野郎一人じゃプリクラに近づけないんだよ。ってか、プリクラで心霊写真でも撮る気か』

『え? あ、そっか。あ、あっははは』

 照れたように笑う八乙女。

 どうやら自分がテンション上げすぎだったことに気がついたらしい。

『らしくないな。ちょっとのぼせすぎじゃないか?』

『じ、実を言うとさ。一人じゃないゲーセンって初めてで……』

『……は? だったらお前、今まで一人でしかゲーセン来た事ないの?』

『生前、やってた事が事だしね。あんまり友達とかもいなくて』

 い、言われてみれば、近所の誰からも恐れられる女番長と楽しくゲーセンなんて来るヤツはいないか……。

 ヤバい、そう考えると、急に八乙女がかわいそうなヤツに思えてきた……。

『くっ、わかった。今日はお前が思うとおりに遊べば良いぞ! 俺も奮発してお金を出してやろう!』

『落涙ッ!? そこまで感極まる事ッ!?』

『いや、良いさ、気にするんじゃない。俺はこの千円札を貴様に捧げよう』

『でも千円ぽっちなのね』

『バカヤロウ! 今の俺にとって千円がどれほどの大金か、考えた事はあるか!?』

『いや、知らんけど。……でも、アンタの好意はありがたく受け取っておくわ』

 そう言って八乙女はゲームフロアを見渡す。

 彼女と感情を共有しなくても、何故だか嬉しい、楽しい気持ちが流れ込んでくる気がする。期待と興奮が伝わってくる気がする。

 いいぞ、八乙女寅子。今日は存分に遊ぶといい。

 俺も最大限に盛り上げてやろうではないか。

 そのためなら、食費であったはずの千円を削る事ぐらい、なんてことはない……。

『あ、じゃあのUFOキャッチャーやろう』

『お前は千円を一瞬で蒸発させる気か。もっと持続時間の長いゲームにしようぜ』

『例えば?』

『そうだなぁ。ビデオゲームコーナーならそこそこ長く遊べるんじゃないの?』

『えぇ~、格ゲーとか対戦アクションでしょ? そっちの方が短めじゃね?』

『寂れた格ゲーなら乱入されないだろうし、CPU戦で長く遊べるかも』

『うーん、じゃあワンコインだけ試してみるか』

 そんなわけで、俺たちは二階にあるビデオゲームコーナーへ向かった。


 ……まぁ、結果は散々だったけどな。

『アンタ、言ってた割には下手クソじゃない!』

『お前だって、俺より下手だったろうがよ!』

『アンタの身体操ったって、勝手が違うのよ!』

『俺の身体で三年生を四人も伸したヤツが何を言うんだよ!』

 結局、三百円ほど格ゲーに突っ込んで、全てCPU戦の中盤でやられてしまった。

 くそぅ、コンシューマのゲームパッドならもうちょっと出来ると思うんだけどな……。

『もういいわ、今度はメダルコーナーに行きましょう。あっちの方が長く遊べそうよ』

『なるほど、一理あるな』

 そういうわけで、今度は一路、地下にあるメダルコーナーへ向かった。


 ……わけだが、これもまた惨敗。

 競馬ゲームをやってみたのだが、数百円分のメダル数十枚があっという間に消えてしまった。格ゲーよりは長持ちしたとは言え、それでもあまりに泡沫の夢……。

『何でアンタはあの馬に賭けるのよ! 賭け事のセオリーってのがわかってないわ!』

『バカヤロウ、一枚ぐらいは大穴にかけておいた方が、ロマンを追えるだろうが!』

『そのロマンに突っ込みすぎなのよ! 一枚どころの話じゃなかったでしょうが!』

『お前は男のロマンがわからんヤツだな!』

『あたし、女ですけどォ!?』

 そんなこんなで、口汚く罵りあったりはしたが、結構面白い時間だったと思う。

 八乙女も心なしか楽しそうにしていたし、結果オーライだろう。

 ……明日からは千円分の食費をどうやりくりするかが問題になってくるわけだが。


 楽しかった思い出と、これからの不安を抱えながら、今日という日は終わっていった。

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