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青春withゴースト  作者: シトール
7/17

2-3

 下校後、帰り道でまたも見知らぬ捨てアドからメールが届き、それには画像ファイルが添付されてあった。

 開いてみると、さっき、アン先輩に見せてもらったキーホルダーと同じものの画像のようであった。

「これを探せ、ってことか」

 確か、あのキーホルダーはアン先輩の手に納まるサイズ……十センチもなかったぐらいの品物だったな。

 ちょっと目を離した隙にくすねるってのは割りと簡単なサイズだった気がする。

 これを一から探せってのは結構骨が折れますぜ、アン先輩よ。

 しかしまぁ、この程度の仕事が出来なければエージェントとしては不合格って事だろう。それに、アン先輩が面が割れる不利をおして、俺と直接会ったのは……俺の自信過剰でなければ、俺にこの仕事が出来ると思ってくれてるからだろう。

 だったら、その期待に応えてやろうじゃねーの。

 そうと決まれば、まずは情報収集だ。

 学校裏サイトにアクセスして、噂のアクセサリ関連のスレッドを開く。

 ……そこには、出るわ出るわ、盗難報告。

 レスが千個しか付かないスレッドの中に、盗難の話題は少なく見積もっても二百は付いている。これの幾つかは釣り……即ち虚偽報告だろう。

 正体がバレにくい匿名掲示板で、文面をそのまま信じてしまうのは愚行である。この中からホントっぽいレスだけを抽出していくのは、経験があればそう難しい事ではない。

 なんと言うか、嘘とホントの割合いは、九:一ぐらいの気持ちで相対してみると、なるほど全部が嘘か、とすら思えてくる中に、これはホントっぽいなってのが混じってるもんだ。

 まぁ、その直感を全部信用してしまうのも問題なのだが……。

「にしても、ホントに多いな。スレ別けてやれよ、こんなもん……」

 幾つかの書き込みに複数のレスが付いたりしているが、これでは噂のアクセサリスレではなく、噂のアクセサリ盗難スレになりかけている。いや、そもそもこんなアクセサリ一つ取って、どんな話題をしているのかはかなり謎であるのだが。

 中を見てみると、どこどこで売ってる、あそこに行けば手に入る、などの入手方法に関する情報、自分のアクセサリはこんなもんだ、これ可愛いでしょ、と言った自慢、後は驚く事にアクセサリのデザイン自体に言及する内容も幾つか。

 不毛な自慢と相槌、そしてどこから仕入れてきたのか眉唾の入手情報がほとんどの中、このアクセサリのデザインはすごい、細かい意匠がセンス良い、などの意見が出ているのが、真っ当な意見のクセに本当に場違いである。

 この学校にもアクセサリデザインなどの関心がある生徒がいるのか。捨てたもんじゃないな。


 でも……なんか、このスレ、おかしくないか……?


 どこがどう、とは言えないが、なんとも言えない違和感を覚える。

 レスの文章なのか、開いてみた画像なのか、スレ全体の雰囲気なのか……わからない。だが、どうしても拭い去れない違和感があるのは確かだ。

 いくら考えてもその正体は掴めない。……そんな時はいっそ考えないようにした方が良い。頭の隅っこには置いておいて、出来るだけ考えないで事を進めよう。その内、思い出したようにパズルが完成する事もある。

「まずはこの、有名バイヤーとやらに会ってみますか」

 スレッドの中でよく名前が上がる人物、三年生の女子。

 間宮響子。この女子が、どうやら吹上高校では信頼度の高いバイヤーであるらしい。

 と言うか、この女子以外のバイヤーはあまり真っ当な手段で商品を手に入れたようには思えないらしいな。それこそ、盗難の犯人かもしれない。こっちも当たってみよう。

 早速明日から行動してみよう。……と、方針が決まったところで、

『おい、八乙女!』

 俺は念話で八乙女に声をかける。

 実験により百メートル弱くらいの範囲で念話が届く事は確認済みだ。その圏内にいれば、今の声も聞こえたはずである……のだが、返答はなし。

 百メートル圏内にはいないのか、それともまだ今朝の事でヘソを曲げているのか。

「折角アクセサリ探しをしてやろう、って事になったのに」

 ため息をつきながらスマホをしまい、俺は帰路についた。

 まぁ、八乙女もいつか帰ってくるだろう。


****


『遅い』

 いつか、とは言ったが、まさか寮の部屋で待機されているとは思わなかった。

『お前、いつ帰ってきてたんだよ』

『何時間も前よ。お陰で暇潰しに難儀したわ』

『何時間も前って……そりゃ見つからないわけだ』

 校内やコンビニなんかで見つかるわけがなかったのだ。だって部屋にいるんだもん。

『ん? なに? あたしの事、探してたの?』

『まぁ、お前に朗報があるんでな』

『ふーん? そんなネタであたしの機嫌が直ると思ってんの?』

 どうやらヘソは曲げ続けているらしい。

『まぁまぁ、内容を聞きたまえよ。俺は明日からでも、例のアクセサリとやらを探す事になった』

『……どんな心変わりよ。今朝とは意見が全く逆じゃない』

『必要に迫られてね。ついては、明日にでも学校にいるアクセサリのバイヤーと会ってみようと思う』

『ば、バイヤー? なにそれ、そんなヤツがいるの?』

『ああ、何でも、吹上高校で信用できる売り手はその人だけらしい』

 コチコチとスマホの画面を叩きながら、学生名簿(有志によって集められた画像による非公式)から女子の画像を取り出す。

『間宮先輩って言うらしい』

『……それも裏サイトで見つけたの?』

『そうだが?』

『怖ぇ……怖ぇよ、裏サイト……』

『そうか? 慣れれば便利なもんさ』

 軽く引いてる八乙女を他所に、俺は時間を確認する。

 寮では時間制で夕食が出されるのだ。それに遅れるわけにはいかん。

 時刻は丁度良い頃合いであった。

『じゃあ、話は夕飯食った後にしよう。俺は食堂に行ってくる』

『ああ、うん……』

 幽霊である八乙女は夕食を必要としない。だが、隣で俺が食事をしているのはなんだか羨ましい、と言うので、食事の席にはあまり同席しないのだった。

 幽霊でも、おいしそうな食べ物は欲しくなるだろう。それを食べられないのは、やはり苦痛なのだろうな。

 そんな事を慮りつつ、俺は部屋のドアを開け、食堂へと向かった。

 その時、ドアの閉まる音に紛れて

『でも、なんかそれって、青春っぽくない』

 お決まりの嫌なセリフが聞こえた気がした。


****


 翌日の午前中、休み時間を全て使って木っ端のバイヤーを当たってみたが、どいつもこいつも値段が高めに設定されており、金を払ってでも手に入れたい人間向けの窓口って雰囲気がたっぷりであった。

 どこから仕入れたのかは聞かなかったが、俺の探しているキーホルダータイプの商品は取り扱った事はないらしい。

「にしても、マジで流行ってるんだな、アクセサリ」

 俺が当たったバイヤーのほぼ全てが売り切れであった。中には値段を高く設定しすぎて売れ残っているものもあったが、売れるアテはあるような事を言っていたので、需要は高まり続けているのだろう。

 何が流行るかわからないものではあるが……何が悲しくてこんなアクセサリを欲しがるのか、俺にはわからんな。

『それはアンタが青春っぽくないからよ』

『勝手に人の心を読んで、更にイラつく謗り方をするな』

『でも、あのバイヤー? っていうの? あの人たちってなんか嫌だな。アンタよりも青春っぽくないわ』

『人を悪い方の物差しにするな』

 横をプカプカと飛んでいる八乙女。彼女もアクセサリの扱われ方にはちょっと不満を持ったらしい。

『宝探しってのはお金を積めば解決するものじゃないでしょ。もしゲームの中であんなアイテムの手に入れ方だったら、そりゃクソゲー扱いされるわ』

『向こうは宝探しを手伝ってるつもりはないだろうからな。単なる小遣い稼ぎぐらいの気持ちなんだろうよ』

 と言うか、八乙女は宝探しのつもりだったのか。

『小遣い稼ぎ、っていう不純な動機も気に入らないわ。あたしの気持ちに水を差してくるのにも程がある!』

『そりゃそうだろうよ……』

 何が悲しくて幽霊の気持ちを汲まなければならないのか。

 そもそも、アイツらは八乙女のことなんか知りもしないだろう。

『まぁ、とにかく今の時間、昼休みを利用してメインのバイヤーに会いに行こう』

 現在は昼食を終えて昼休み。

 裏サイトでも名前が上がるほど有名な間宮先輩のいる教室へと向かっている途中だ。

『その人も結局、アイツらの仲間なわけでしょ? あたしは気が乗らないなぁ』

『お前の気の乗る反るは関係ないの。なんなら、その辺を飛び回ってきてもいいぞ』

『そうするわ。なんかわかったら連絡する』

 本当に気が乗らないらしい八乙女は、フラーッと壁を抜けてどこかへ飛び立ってしまった。いつも普通に応対しているが、ああやって壁抜けなんかされてしまうと、アイツは幽霊なんだなぁ、と実感させられる。

 さて、そんな事よりも、ここからが本番だ。

 俺は三年生の教室の前で深呼吸をする。

 中を覗くと、未だに昼食を食べている生徒、カードに興じている一団、お喋りに花を咲かせている女子連中などがいるが、その中に一際目立つ容姿をした先輩がいた。

 すこしウェーブのかかった長い髪を揺らし、整った顔立ちに薄い化粧がよく映えている。彼女が間宮響子だ。画像と寸分違わない美しさである。

 まさかこの学校にあんな綺麗な生徒がいるとは思わなかった。俺の情報収集もまだまだだったと言う事だ。

 ターゲットを確認すると、俺は無遠慮にも三年生の教室の敷居を跨ぐ。

 ズカズカと歩み寄り、歓談している間宮先輩の一団へと向かった。

「すみません、ちょっと良いですか?」

 声をかけると、数人から視線が突き刺さる。

 誰こいつ、と言わんばかりの敵意に近い視線。お喋りを邪魔されたと言う気持ちが強いのだろう。ゴメンね、こっちもお仕事なんだ。

「アンタ、誰? 下級生?」

 取り巻きの一人が俺の顔を覗く。いや、襟についている校章を見たのか。

「なんか用? ウチらいそがしーんだけど?」

 全然忙しそうには見えなかったが、どうやら忙しかったらしい。

「では手短に。間宮先輩に用事があるんですよ」

「私? なにかな」

 他の女子とは違い、かなり柔和な対応。自然と笑顔を向けてくる仕草も板についている。

 なるほど、こいつは大した役者だ。

「間宮先輩に言えば、噂のアクセサリとやらを手に入れられるって友人から聞きまして」

「アクセサリ? ……ああ、四葉の?」

 間宮先輩は手をポンと打ち、ポケットからストラップを取り出す。

 確かに、四葉の細工が付いたストラップ。

「これの事でしょ?」

「ええ、譲っていただけますか?」

「ゴメンね、順番があるの。私のところで預かってる商品は数も限られてるし、二十人近く待ってもらってる人もいるんだ。だから、すぐには無理だけど、予約って形なら良いよ。君の名前と学年、クラスなんかを教えてもらえれば後で連絡するけど」

 手馴れている。何十人もの予約者を抱えてるだけあると言う事か。

 こちらの情報を知られるのは問題ないが、俺は別に、本当にアクセサリが欲しいわけではない。

 ここは……。

「いえ、ありがとうございます。すぐに必要になるわけではないので、また日を改めて出直します」

「日を改める、って……予約してくる娘はいっぱいいるんだよね。今は二十人近くの人から話を貰ってるけど、まだまだ増えると思うよ?」

「ええ、需要が落ち着いてからでも充分間に合いますので。……でも一つだけ聞いても良いですか?」

「なぁに?」

 首を傾げる間宮先輩に、俺はスマホに表示されている画像を見せる。

「このキーホルダーって、見た事あります?」

「これって……」

 先輩はスマホのディスプレイを凝視する。

 すこし眉間にしわが寄っている。化けの皮がはがれかけてるぞ。

 他の先輩方も俺のスマホを覗いてニヤニヤ笑っていた。

「これってぇ、ニセモノじゃないの?」

「ねぇ? 響子もそう思うでしょ?」

 ニセモノ? ニセモノなんかありえるのか? いや、別にありえない話ではないか。

「間宮先輩、どうなんですか?」

「え? あ、うん……なんとも言えないかな」

 他の先輩とは異なり、間宮先輩はどこか神妙な面持ちである。

 やはり、これは本物……? 他の先輩の審美眼が信用できないだけか?

「君、これをどこで?」

「知り合いが持ってたんですよ。同じものが欲しいなぁと思ったんですけど……」

「ご、ゴメン、それは今、品切れで」

「品切れって事は、ラインナップにはあるんですね」

「え?」

 間宮先輩の口元がピクリと揺れる。

 ブラフを掛けたつもりはなかったが、勝手にボロが出てきてるぞ、この人。

「他にアクセサリを扱ってる人に話を聞いてみたら、こんなキーホルダーは見た事ないって言ってて……俺、何かおかしい事言いました?」

「いえ、別に。……そう、他の人は見た事ないって。……ゴメン、もう一つ教えて」

 ズイ、と身体を乗り出し、間宮先輩が俺を見る。

 気のせいか、威圧されているようにも感じた。

「このキーホルダー、君の友達が持ってたって言ったけど、それ、どんな人? 君と同じクラス? 男子? 女子?」

「別のクラスの女子です。……あまりその人の事は教えられないですけど。プライバシーとかありますし」

「……うん、ゴメンね、変なこと聞いたわ」

 スッと姿勢を正す先輩。

 次に顔を上げた時には、最初の柔和な笑みに戻っていた。

「一応、君の事も予約帳に入れておくから、名前、教えてくれる?」

「いえ、また来ます」

 軽く会釈し、俺はその場を去った。

 なんだ、思いの外、色々と出てきたじゃないか。


 廊下に出てから、スマホを覗く。

 このキーホルダー、もしかしたらかなり特殊なものなんじゃないか?

 木っ端のバイヤーは口を揃えて『見た事ない』と言う。

 だが、間宮先輩の反応は違った。

 アレがどういう意味なのか、現状では判断できないが、間宮先輩は何か知っている。

 こりゃ、彼女の周り重点的に探らずにはいられないな。

『八乙女、聞こえてるか?』

『んあー?』

 気の抜けた声が聞こえてくる。

 この念話というモノ、地味に優れているのが、八乙女の距離と方向が大体わかる所だ。

 本当に声を聞いているかのように、大体あっちの方角の大体これぐらい離れた距離、と言うのを感覚で察する事が出来る。今の場合、大体前方十メートルぐらい。

 そこの曲がり角を曲がったところ、だろうか。

『今日の放課後、間宮先輩を尾行する。手伝ってくれるか?』

『うん、まぁそれは構わないけど……アンタに一個、良い事教えてやろうか?』

 ヒョイ、と曲がり角から八乙女の顔が見えた。

 あんまり、良くはない顔をしている。企み顔だ。

『なんだよ』

『アンタ、監視されてるわよ』

 八乙女が指差す先は曲がり角、壁の陰。

 どうやらそこに、俺を監視している誰かがいるらしい。

 そりゃそうだろう。コロポックル側だって俺を手放しで信用しちゃいない。いつどこで不利益な情報が漏洩されるか、見張っておく必要もあるだろう。

 まぁ、俺にはそんな気はサラサラないので、徒労に終わるだろうが。

『コロポックルの監視役だろ。どんなヤツ?』

『なんか、小っこい男の子。校章は……青だね』

 青、と言う事は一年生か。

『どうする、この子』

『どうもしないさ。……いや、挨拶ぐらいはしておくか』

 俺は素知らぬふりをして廊下を歩く。

 すぐに曲がり角までやってくる。八乙女はまだ指を差し続けている。

 壁の陰には携帯電話を弄っている一年生。

「ここは三年生の教室が並ぶ階だが……一年生がいるとは珍しいな」

「先輩だって二年生でしょ」

 俺の言葉に、間髪入れずに反応が返ってきた。

 話しかけられた事に驚きもしない。隠すつもりもないのか?

 一年生は坊主頭。俺よりも大分背が小さい。

「先輩、俺がコロポックルの監視員だって、どうしてわかりました?」

「俺の事、ずっと見てただろ? アレだけ監視されればすぐにわかる」

 八乙女が『あたしのお陰だろうが!』と拳をフルスイングしていたが、気にしない。

「流石はアン先輩が目をつけるだけある、って事ですか」

「お前にもお前の仕事があるんだろうから咎めたりはしないが、あんまり俺の周りをウロチョロするなよ?」

「へへっ、三年生を四人もボコボコにする人相手に逆らったりしませんよ。……俺の名前は椎堂兵太郎、写真部の一年です。以後、お見知りおきを」

「よろしくな」

 差し出された手を握り返し、俺はその場を離れる。

 ヤベェ、俺、今スゲェかっこいいんじゃない!?

『誰のお陰だと思ってるのよ! ちょっとは感謝の意を示しなさい!』

『もー! うるさいな! 折角いいところなのに!』

 八乙女の茶々入れで台無しだよ!

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