エピローグ
エピローグ
「まー、流石に全部全部、責任逃れは出来なかったよね」
後日、俺はアン先輩に図書室に呼び出されていた。
そして、受けた一言目がそれである。
「何の話ですか?」
「椎堂くんの一件だよ。あの子は私がスカウトしたわけだからね。エージェントの人選ミスを追及されて、私もヒラのエージェントに逆戻りってわけ」
「幹部じゃなくなったんですか?」
「って言うか、エージェント自体もやめてやろうと思ってね。そろそろ私も大学受験だし、そっちに本腰いれてやろうと思ってさ」
なるほど、言われてみればアン先輩も三年生か。
もう夏も間近だという事を考えれば、受験に本腰を入れるには遅いぐらいだろう。
「その話を俺にして、どうするんですか?」
「いやね、私の後釜ってのを選ばなきゃならんのよ。放っておいても、いずれは情報部のほかのヤツが適当に決めるだろうけど、私の後釜くらい、自分で決めたいでしょ?」
「でしょ、といわれても、俺にはその心境はわかりかねます」
「そうかもしれないね。で、まぁ、私は君を推そうと思ってるのさ」
「……は?」
突拍子もない話だった。
お陰で、茶化す事も出来なかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はついこないだエージェントになったばかりのぺーぺーですよ!? そんな俺が急に幹部だなんて……」
「コロポックルは実力主義だから大丈夫大丈夫。実力の面なら、君なら申し分ないと思ってるしね」
「何を根拠に!?」
「私を失墜させたのは、君の仕事が原因だからね。そう言えば他の連中も黙るでしょ」
ぐっ、確かに俺が盗撮犯を見つけ出した事が原因だと言われればそうかもしれない。
だが、だからと言ってすぐに俺を幹部に推すのはいかがなものだろうか。
「俺には、荷が重いと思います」
「まぁ、考えておいてよ。君の目的にも、悪くない話だと思うよ?」
「……俺の目的?」
「蓮野ちゃん、どうにかしてあげたいんでしょ?」
流石は情報部の幹部。全てお見通しと言うわけか。
そう、俺がコロポックルのエージェントになった理由、全ての目的は蓮野のためだ。
蓮野には友達が少ない。それどころか、ガラの悪い連中に囲まれて、かなり居づらい思いをしているはずなのだ。
そんな状況をどうにかしてやりたいと思って、俺はこの学校で権力を得ようと思った。
とりあえず、あのガラの悪い連中を追い払えれば、自体は少しでも改善されると思っているのだ。
そのために、コロポックル情報部の幹部、と言う肩書きは悪くない。
現在ではあのガラの悪い連中が武力部の人間で、番長の命令によって蓮野の周りをガードしている事もわかった。
とすれば、武力部の庇護から蓮野を脱出させるのに、情報部という力は便利に使えるはずだ。
その点から言えば、アン先輩の提案は悪くないし、渡りに船とすら思える。
だが、突然すぎてなぁ……。俺はもうちょっとじっくりとやっていくつもりだったのだが、これほど唐突に話を投げられると躊躇してしまうね。
「返答は今週中にも聞かせてくれればいいよ。それじゃあ」
席を立ったアン先輩は、手を振りながら図書室を出て行った。
そんな後姿を見つつ、
『アイツ、まだこの学校にいたのね』
八乙女がそんな事を零した。
『あれ? 八乙女って、アン先輩と会った事あったっけ?』
今回は珍しく付いて来たが、いつもはアン先輩との話には参加してなかったはず。
だとしたら、コイツはどこでアン先輩と会ったのだろう?
『あの女、昔、この学校の超常現象研究部に所属してたのよ』
『……ま、待てよ? それってもしかして』
『あたしもアイツらの研究に付き合ってたのよ。確か、幽霊とのリンクがどーとか。あの女はその時に、あたしに憑依された一人ね』
なるほど、合点がいった。
コイツがどうしてリンクの事を知っていたのか。幽霊としての本能か何かかと思っていたが、二年前に超常現象研究部に協力していた幽霊と言うのがこいつだったのだ。
そして、アン先輩はその時に超常研に所属していた。
今はどうやら、八乙女の事を認識する事は出来ていなさそうだったが、二人に面識があるのはそういう事だ。
……いや、もしかしたら『幽霊は見えていない』と言う演技かも知れん。あの人は底が知れないからな、どんな可能性もありえる。
『元気そうで安心したわぁ。あの時、超常研のヤツらったら霊障に遭いまくって、脱兎の如く部活から逃げ出してたからね』
『それってお前の所為じゃないのか?』
『いやいや、他の霊障の事なんて、あたしの知った事じゃないわよ。実際、アンタは霊障に遭ってないでしょ?』
『まぁ、それらしい事はないけど……』
なんか、誤魔化されてる気がする。
****
しかし、コロポックルの幹部か。
そうなれば、俺の目的は確かに近付くなぁ。
『あの話、受けるの?』
『まぁ、受けない手はないかな、と思う。後は心構えを整えるだけだ』
『じゃあ、すぐに返事しないとね』
『そうだなぁ』
心の準備と言うヤツは、どれだけ時間がかかるかわからんものだ。
それに、アン先輩は今週中にって言ってたし、ちょっとは猶予があるのだ。
少しぐらいゆっくりしててもいいだろう。
『それよりさぁ』
『あ?』
企み顔で、八乙女が俺の顔を覗き込んできた。
『こないだの話なんだけど』
『こないだ? どれ?』
『弁当の勝負』
……弁当の勝負? そんな話あったっけ?
……………? ……………あ?
『あぁ!?』
『思い出したみたいね。あの時の感想、まだ聞いてなかったわ』
そう言えば、八乙女の作った弁当が美味ければ、俺はコイツの言う事を何か一つ聞いてやらなければならなかった気がする!
『どうだったのよ? ねぇ、ねぇ?』
『……わ、忘れた』
『あぁ!? そんな言い逃れが通じると思うのか!?』
『う、うるさいな! 色々あって忘れたの! こりゃあ、ノーコンテストにするしかないなぁ! あーあ、惜しいなぁ!』
『この……ッ! そこまで言うなら、もう一回勝負よ! もう一回弁当作ってやるから、それでもう一回勝負しなさい!』
『バカヤロウ! そう何度も俺の身体を乗っ取られてたまるか!』
『渋るって事は、美味しかったのね!? 美味しかったんでしょう!?』
『違う! 恐らく違う! 覚えてないから断言は出来ないけど!』
『正直に言いなさいよ!』
『嘘なんかついてない!!』
平行線を辿る問答、やたらまとわりつく八乙女、強情を貫く俺。
寮への帰り道の間に、俺は誰にも理解されない戦闘を繰り広げていた。
「何やってるんですか、先輩」
そこへ、やたら冷めた声が降りかかる。
振り返ると、そこには蓮野がいた。
「よ、よぉ、蓮野。俺は別に何もしていないぞ」
「なにもしてないなら、何で道の真ん中で、そんなにクネクネしてるんですか。正直、気持ち悪いです」
「ぐっ、これには深いワケが……」
だが説明して信じてもらえる気もしない。
『こら! 話をそらすんじゃない!』
『う、うるせぇ、黙ってろ!』
「先輩? 顔が怖いですよ?」
「い、いや、気にしないでくれ!」
あー、もう、念話と普通の会話を同時進行ってスゲェ疲れるんですけど!?
「先輩?」
『話を聞きなさいよ!』
「あー! もう! ちょっと放っておいてくれぇ!!」
頭が混乱し始めた俺は、その場から逃げ出す事しか出来なかった。
とは言え、女子二人から言い寄られるというのは考えようによっては美味しい状況なのかもしれない。
誰かの言葉を借りれば、これはこれで青春っぽいと言えるのかもしれないな。




