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青春withゴースト  作者: シトール
16/17

3-7

 そんな束の間の蜜月を過ごしたなら、午後の授業も光陰矢のごとし。

 待っているのは地獄の放課後である。

 帰りのHRの間、ずっとクラスメイトの武力部連中から睨みを利かされている。

 どう頑張っても逃げるのは無理だろうな。いや、逃げた所でどうなると言うのか。

 武力部に『臆病者』の烙印を押されたら、イジメられっ子と同等か、それ以下の扱いとなってしまう。そればかりは回避せねばなるまい。

 大人しく、番長の拳を受けてやろうではないか。

「では、連絡事項も終わったし、日直」

「起立! 礼!」

 担任教師の言葉を受け、今日の日直が元気よく号令を上げる。

 その直後、ガタガタと生徒たちが立ち上がり、思い思いの行動を始めるのだが、その中で幾人かは連携じみた行動をとっていた。

 即ち、俺を取り囲み、出口を押さえる。ただそれだけ。

「よう、お待ちかねだぜ」

「はは……」

 ガッチリと肩を掴まれ、逃げ場は完全に失われた。


 連れて来られたのは校舎裏。体育館の近くにある、ちょっと開けた場所であった。

 そこは武力部の開催するタイマンの会場でもある。

 校舎の窓からも覗けるこの場所は、観客からも好まれる位置取りであった。

 会場の周りには既に多くの生徒が集まっている。

 番長自ら行う処刑を一目見ようと、高い金を払ってチケットを購入したバカな連中だろう。因みに、決闘場に近い場所ほど、チケットの値段が高い。校舎内のチケットなどは割りとはした金で取引されるが、最前列となるとそこそこ良い値段がするのだ。ボロい商売だと思う。

 そんな人だかりの中、俺はある意味特等席に突き出される。

 決闘場のど真ん中。人ごみが視線を集める場所である。

「エモノが来たぞ!」

「なんだよ、もっと強そうなヤツかと思ったぞ!」

「せいぜい楽しませろよぉ!」

 下品な声で野次が飛んでくる。

 グルリと見回すと、観客のほとんどは男子、しかも武力部の連中であるようだった。

 話を聞くところによると、現番長である番田長助がタイマンをするのは極稀であるらしい。その理由と言うのも、ヤツが強すぎるからだ。

 武力部のトップ、即ち番長と言うのはタイマンによって決定付けられるランキングの一位である人物がその座に座る。

 普通に考えれば三年生の男子がその称号をいただくわけだが……番田長助に関しては例外だった。

 ヤツは二年前、一年生であった頃からタイマンで頭角を現し、瞬く間に当時の番長を下してしまったのだ。つまり、一年生の頃から三年間、番田長助は番長でい続けたのである。

 中学生から上がりたての男が、吹上高校武力部の荒波にもまれた猛者を討ち果たす。そのことがどれだけ難しい事か、吹上高校の生徒であるならば理解している事だ。

 武力部の連中は、ほとんどがケンカの事しか考えていない脳みそ筋肉である。

 常に戦いの事を考え、どうすれば勝利出来るかだけを追求し続ける。そこには自分の肉体を鍛え上げる事や、敵を出し抜く戦術の研究なども含まれる。

 それらを研ぎ澄ました三年生と言うのは、武力部の中でも別格なのだ。

 武力部に所属している三年生は、パッと見だけでヤバいと感じてしまうほどである。

 まるで漫画か何かのように筋骨隆々なのである。下手なバトル漫画ならばレギュラーキャラを倒せるような印象すら受けるのだ。

 そんな三年生を、一年生の内から下してしまう番田長助と言う男は、生きるレジェンドであった。

 俺も話に聞いただけであるが、一年生であった当時から番田長助は三年生をも凌駕するほどに鍛え上げられた身体を有し、どんな劣勢、どんな罠、どんな武器にも屈せず、ただ己の拳のみで全ての敵を薙ぎ倒してきたという。

 その伝説は吹上高校に轟き、やがて彼が二年生の頃には誰もタイマンを挑まなくなったと言う。

 それからと言うもの、番長がタイマンの舞台に立つのは、形式的に行われる武力部の恒例行事であるランキングトップ二人が戦う試合のみ。こうして一般生徒と戦う事など、これまでに一度もなかったのだ。

 故に注目度は高い。

 チケットの相場も、通常の二倍から三倍に跳ね上がっているのだという。

 暇人共め……。俺のような小兵にもなれない男を、伝説の番長が捻り潰す様を見て何が面白いというのか。

 ギャラリーは今も、ブーイングにも似た罵声を、俺に浴びせ続けている。

 そんな中、俺の対面に動きがあった。ゆっくりと人だかりが割れ、その奥からゆっくりと人影が現れる。

 吹上高校の番長が代々羽織る伝統の長ランをなびかせ、ボンタンを揺らし、堂々とした立ち振る舞いで現れたのは、生ける伝説、番田長助その人であった。

「番長だ!」

「番長が来たぞ!」

「うおおー! 番長ぉ!!」

 俺に対する罵声が、一気に歓声へと変わる。

 女子からの黄色い歓声ならまだしも、野郎共の野太い歓声を聞かされて、番長の心境はいかなるものか。その仏頂面からは何も窺えなかった。

 番長は、俺を見据える。

 その視線だけで人が殺せそうであった。

「よく逃げずに来たな」

「逃げられない状況だったもんで。今でも逃げ出したい気持ちでいっぱいだよ」

 軽口を叩くだけの虚勢は張れる。まだ俺も完全に萎縮はしていないようだ。

 そんな態度の俺に、番長はしかし気にした風でもなく、俺の目の前に立つ。

 平均身長よりも少し高めの俺を、番長は悠々見下して来た。

「今日、お前がここに呼ばれた理由、わかっているな?」

「俺がアンタの警告を無視して、蓮野に近付いたからか?」

「その通りだ。俺はやるといったらやる。どんなに相手が雑魚だろうと、全力でお前を潰してやる。もう二度と、蓮野鼎に近付く気持ちすら湧かないようにな」

 番長の言葉から異常なまでのプレッシャーを感じる。これが言霊と言うヤツだろうか。

 ビリビリする敵意と殺気の中で、俺は全ての感情すらも刈り取られそうになっていた。

 逃げ出したくなるような恐怖すら、芽生える事も許されない。そんな雰囲気だ。


 だが、


「へっ、やってみろよ、伝説の番長さんよ」

「あ?」

 俺は負けじと睨み返してやる。

 こちとら最初から負け勝負とわかってこの場に立っているのだ。それなりの覚悟はしている。だが、だからと言って易々と負けるほど、意地がないわけでもない。

「アンタがどれだけ凄い番長か知らんが、俺はアンタよりも凄いヤツに師事みたいな事をしてたんだ。それなりの自負はあるぜ」

 伝説の三年間番長よりも、ここら辺り一帯を恐怖のどん底に落としていた人物がいた。

 その人物は既に死亡しているが、俺はそんなヤツから身体を乗っ取られて、その動きを身体に染み込ませられたのだ。それをどうにか利用する事が出来れば、ちょっとは善戦できるのではないか、と一縷の希望に縋っているわけだ。

 もちろん、そんなもん、都合よく上手く行くわけはない。

 八乙女が俺の身体を乗っ取ってケンカをしたのはたったの二度。

 その動きが身体に染み付いている、なんて言うのは自己暗示に過ぎない。

 そして、もし仮に八乙女の動きをトレース出来たとしても、それが番長に通じるかどうかはわからん。何せ身体は俺基準なのだ。全盛期の八乙女ならば番長を圧倒できるかもしれないが、そんな身体能力、俺にはない。

 不安要素はゴマンとある。

 だが、その不安要素に目を閉じながら、小数点以下第何十、何百位と言う数字を盲信するしかないのだ。

 そんな狂信者の所業を前にして、番長は何を思ったのだろうか。

 彼は笑った。

「面白いな」

 だが、笑ったからと言ってその威圧感が消えるわけではない。

 むしろ、俺の啖呵に気を引き締めなおしたようにも見える。

 番長は口元を歪めながら、言葉を紡ぐ。

「前回の時もそうだが、お前の胆力はホンモノだと見える」

「お褒めに預かり光栄だね」

「ただの虚勢かと思ったが、どうやらお前も本当の漢だと見込んだ。故に、お前に譲歩をしてやろう」

「譲歩、だと?」

 俺だけでなく、ギャラリー全員がざわつく。

「一発だ」

 ピッと立てられた番長の人差し指。

 それを合図に、ギャラリーは水を打ったように静まった。

「俺に一発でも、まともに拳を当ててみろ。それでお前の勝ちを認めてやる」

「なっ!?」

 言葉に詰まる俺。同時に輪をかけてざわつくギャラリー。

 観衆は恐らく、それが可能か否かを計りかねているのだろう。

 番長ならば全ての攻撃を凌ぎきり、その上で俺をボコボコにする。

 いやいや、あるいは奇跡によって俺が拳を当てる。

 その背反の予想が見物客のざわつきを起こしているのだ。

 だが、俺は違う。

 確かに背反の感情がせめぎあっているという点では同じだ。

 だが、その内訳は全く別であった。

 これをチャンスと見るか、なめられていると見るか。

 正直、本音を言えばチャンスであると思う。拳一発、それだけで勝ちがもぎ取れるならば、勝率は格段に上がる。スズメの涙、ネコの額、砂粒ほどであった勝ちの可能性が何倍、何十倍、いやさ何百倍と膨れ上がっているのである。これを逃す手はない。

 だが、同時にこれは相手の舐めプである。

 お前ごときに、クリーンヒットは奪えないだろう。そういう驕り……いや、実績と実力から来る、裏打ちされた自信による正当な評価であるのだろう。

 そう、それは間違いなく正当な評価。だが、それを受け入れてしまっては、俺は意地もプライドもなくしてしまう。

 それを甘んじて受けていいのだろうか。

「……お」

 実際には数瞬の出来事だろう。だが、俺には熟考に熟考を重ねた結果だ。

 俺は、

「俺は、その申し出を受ける」

「ふん、これでようやくまともな勝負だろうな」

 勝ち誇った笑みを浮かべる番長。

 俺は、意地もプライドも投げ打って、番長の鼻を明かしてやる。

 確かにこの申し出を受ける事で、俺は意地とプライドを傷つけられた。だが、その上でこの条件をクリアする事が出来たならば、だ。

 舐めプをされたとしても番長を負かす事が出来れば、恥をかくのは向こうだ。

 圧倒的な戦力差の前で、一矢報いるにはこれしかない。

「男に二言はないぞ、番長」

「そちらこそ、死ぬ気で来い。半分死に体なのだから、失うものなどないだろう?」

 どこまでも人を見下しやがる……。

 この男、番長がどれだけ偉いのか知らんが……もう決めた。

 俺は絶対に、この男に勝利してやる。

 拳一発ぐらい、まともに当ててやる。

 それが今の俺の意地だ。

「さぁ、条件が決まったなら始めようぜ」

「まぁ、落ち着け」

 またも笑った番長は、試合開始を少し引き伸ばす。

 何をするつもりか、と思った次の瞬間。


『特別ゲストを用意している』


 それは頭の中に響く声。

 俺は自分の耳を、いやこの場合は頭で聞いてるから、頭を疑ったのか?

 この頭に直接聞こえてくる音。この感覚を、俺は知っている。

 これは、念話だ。

 だが、聞こえてきたのは八乙女の声ではない。紛れもない男の声。より正確に言うなら、目の前に立つ番長の声であった。

「お、おま……」

『どうして、と尋ねたいだろう? 答えはそこにあるぞ』

 また、念話で返答が来る。

 そして、そこ、と指差されたのは番長の背後。

 現れたのは、見覚えのある人影であった。

『お、お前……ッ!』

 番長の背後、守護霊でも気取るかのようにふわふわと浮いているのは、見間違うはずもない。八乙女寅子、その人であった。

『お、お前ぇ! なにやってんだ、そこで!?』

『アンタには関係ないでしょ』

 思い切り念話で大声を出してしまった。

 なにせ、思いも寄らぬ人物の、思いも寄らぬ登場の仕方だったのだ。そりゃ大声も出したくなる。

『ちょっと待て、番長が念話を使えるってのは、お前が原因か!』

『そうよ。あたしはコイツとアンタの中継地点になって、念話を可能にしてんの』

『って事は何だ? 番長は八乙女を見る事が出来てるって事か?』

『その通りだ』

 然も無げに、番長は答える。

 そう言えば、前に番長と初顔合わせの時、ヤツは妙な事を言っていた。

 いつも一緒にいる女はどうした、とか何とか。

 それは八乙女の事だったのだ。その時には既に、番長は八乙女の事を見ていたのだ。

『ど、どういうことだ? 番長も八乙女とリンクしてるって事か!?』

『俺の場合は先天的に霊感とやらを持ち合わせている。偶然の産物ではない』

『れ、霊感!?』

 ビックリした。番長から霊感なんて眉唾な台詞を聞かされるとは。別におかしくはないんだけど、なんかちょっとちぐはぐな感じがする。

『いや、番長が八乙女を認識出来る理由はわかった。……だが、八乙女がそこにいる理由は何だ!?』

『あたしは、この番田に力を貸そうと思ってるのよ』

『……は、はああぁ!?』

 もう何言ってるか全然わからん。

 八乙女が、番長に力を貸す?

 そんなもん、鬼に金棒レベルの話じゃねーぞ!?

 ちょっとは存在していたような勝機とやらが、今完全に消えた気がする。

『待て待て! どうして八乙女が番長に肩入れする!?』

『んなもん、決まってるでしょ』

 八乙女はふわふわと浮き上がり、高いところから俺を見下すように言う。

『アンタにあたしを忘れさせないためよ!』

『……え、あ?』

 ちょっとは良いリアクションを取ってやろうと思ったが、なんだか思いも寄らぬ返答が返ってきて、反応に困ってしまった。

『すまん、何だって?』

『だから、アンタにあたしを忘れさせないようにするため!』

『俺がいつ、八乙女を忘れたって言うんだ!?』

『忘れたでしょ!? だから、アンタはあたしを見失った!』

 ……そうか、コイツ、リンク切れの事を言っているんだ。

 幽霊の事を忘れるか、幽霊を当たり前だと思うこと。それがリンクが切れる原因だ。

 幽霊を意識的に認識し続けないと、俺は八乙女を認識できなくなる。

 それを防ぐための方法が……これ?

『あたしが取り憑いた人間はみんなそうだったわ! そりゃそうよね、幽霊が取り憑いて良い気持ちなヤツなんか、そうそういないわよね!』

 そう言えば以前、八乙女は『やっぱり、アンタもあたしが邪魔なわけ?』とか言っていた。あれは八乙女の経験が言わせていたのか。

 そりゃ、一般人であれば――出会い方が違えば俺だって、幽霊に取り憑かれて良い顔をするわけがない。

 しかし、八乙女はそれが嫌だったのかもしれない。

『でも……でも、アンタは違うじゃない、アンタはあたしと、笑って付き合ってくれたじゃない! アンタを容易く手放せないのよ!』

 それは八乙女の本心だったのだろう。言葉にも真に迫るものがある。

 しかし……

『お前、アホか!? もっと方法があるだろ!?』

『うるさいわね。これぐらいやればかなりインパクトあるでしょ?』

『ありすぎだよ! 程度ってモンを考えろ!』

『良い機会だから覚えておきなさい!』

 思い切り俺を見下している八乙女は、思い切り良い笑顔をしながら言い放つ。

『あたしは、アンタがあたしを忘れそうなら、アンタの敵になってでも忘れさせたりしない! アンタの前に立ちはだかってでも、あたしを認識させてやる!』

『……コイツ……』

 厄介だ。心からそう思う。

 確かにこの方法、インパクトはある。嫌でも八乙女を意識せざるを得ない。

 だが、だからと言って八乙女が番長に助力したなら、俺には勝ち目が一ミリもない。

 元々微粒子レベルだった勝率が、全く消えうせてしまうのだ。

 それぐらい、俺は八乙女の強さを知っている。実感している。

 ……どうする!?

「さて、それじゃあ、始めようか」

 番長がゆるり、と足を肩幅程度に開く。

 両手をポケットから出し、ブラリと下に垂らす。

 それが、恐らく戦闘開始の合図だったのだろう。

 ざわついていたギャラリーはシンと静まり返り、固唾を呑む。

「どこからでもかかって来い」

 どうやら先手を許してくれるらしい番長。

 見る限り、単なる直立に見えるが、前に立ってみるとわかる。

 攻め込む隙が見当たらない。

 その上、上空では八乙女がニヤニヤと見下ろしている。

 俺としては心境の整理すらままならないと言うのに、だ。

 この状況、最大のチャンスでもある。

 番長がこちらに先手を譲ってくれているなら、その一発で決まってしまう可能性はあるのだ。何せ、こちらの勝利条件はたった一発のクリーンヒット。偶然だろうと何だろうと、それが決まればその時点でこのタイマンの勝敗は決まる。

 そのチャンスを、心のざわつきで潰して良いものか?

 逆に、こんなざわついた心で、番長に拳が届くのか?

 わからない。考える事もままならない。

 頭の中がごちゃごちゃと混乱している。

「来ないのなら、こちらから行くぞ」

 お決まりの文句のように聞こえてきた言葉。

 見ると、番長が腰を落とし、その足に力を込めているのが見えた。

 先に動かれると、やられる。

 そう思った俺は、反射的に地面を蹴る。

 番長を射程に収めた瞬間に、握り拳を突き出す。


 だが、訪れたのは顔面に強い衝撃。

 気がつくと、俺の頬が焼けるように痛い。その上、いつの間にか地面に転がっている。

「まだまだ終わらんぞ、立て」

 ドロリ、と口の中に鉄の味が広がる。

 口の中が切れている。血がドバっと口内を支配し始める。

 俺は立ち上がるついでに、その血を地面に吐き出した。

 ……一つも理解出来なかった。だが、状況から察する事はできる。

 俺は、確かに番長に殴りかかった。

 結果は番長のカウンターを受けて、無様にも地面に伏したのだ。

「嘘だろ……モーションが一つも見えなかった」

 番長がいつ構えたのか、いつ拳を放ったのか。

 俺には全く見えてなかった。

 頭が混乱していたから、とかそう言う言い訳も虚しいぐらいだ。

 恐らく、明瞭とした頭だったとしても、あの攻撃を見切るのは無理だろう。

 俺と番長の間には、それほどの隔たりがある。

 あの一撃で、それを痛感した。

 番長に勝つ? 奇跡が起こればワンチャンある?

 何を夢を見ていたのか。

 夢も希望も、奇跡も魔法も、ない。

 この絶望的な力量差を埋める方法は、ない。

 希望は絶望における最高の調味料であるとはよく言ったものだ。

 一度見つけてしまった儚い希望は、それが潰えた時に確固たる現実と言う絶望をより深く、より強くする。

 もう、どうしようも……ない。


 立ちくらみ、だろうか。

 急に視界が狭く、暗転するような感覚を覚える。

 これが、絶望の味と言うヤツだろうか。

 俺には、この窮地を打開する方法がない。

 そもそも、こんな勝負になった時点で、俺に勝ち目なんかなかったのだ。

 だったら諦めろ。

 俺はもう、ここで頑張る必要なんかない。

 ここで見ている誰もが、俺の勝利なんて考えてはいない。

 待っているのは番長による殺戮ショー。

 哀れな一般生徒がただボロ雑巾のようにやられていく様を、誰もが待っているのだ。

 だとしたら、俺はそれを演じるだけだ。道化となって、観衆を笑わせてやろう。

 それしかないのなら、そうするだけだ。


 だが、心に引っかかる『何か』がある。


 これは何だ? 俺は何に抵抗を覚えている?

 どうしようもない現実に、それでも立ち向かおうとする意志はどこから生まれてくる?

「ほぅ……」

 番長の声、ため息にも聞こえる声が聞こえた。

 それは何かに感心するようにも聞こえた。

「俺の一撃を食らって、まだそんな目をするヤツがいるとはな」

「……目?」

 ヤツは俺の目を見て、それを評価しているようだった。

 だが、ここに鏡はない。俺は俺の目を見ることは出来ない。

「俺の目がなんだってんだよ?」

「くくっ、気付かんだろうな。だが、それでも構わんさ。俄然楽しくなってきたぞ」

 番長は楽しげに、ザリ、と地面を踏む。

 来るか、と身構えた瞬間には、俺の身体は少し宙に浮いていた。

 強烈なボディブロー。

 身体中の空気が吐き出され、その上に胃の中のモノが圧迫される。

 いっそ、内臓まで吐き出してしまうのではないか、と思うほどの衝撃。

 更に空かさず、俺の顔面にフックがお見舞いされる。

 浮いた身体は踏ん張る事も出来ず、そのまま漫画かアニメのように、空中をきりもみして、やがて地面に叩きつけられる。

 ドッと沸く歓声。

 ギャラリーは目の前で繰り広げられるバイオレンスに、満足しているようであった。

 くそ、今に見てろ……。

 俺がただやられてるだけだと思うなよ。

 観衆に向けて、俺は声なき声で毒づく。

 ヒンヤリする地面の感触は名残惜しいが、俺は全身に無理に力を入れながら立ち上がる。

 既に膝が笑っている。足に思うように力が入らない。

「アイツ、立ち上がったぞ!」

「いいぞー、もっとやられろー!」

 ゲスな野次が飛ばされ、俺は更に反骨心を燃やす。

 ヤツらに目にモノ見せてやる。

「ケンカは最初の一撃で決まる」

 俺が立ち上がるのを待っていた番長が、そんな風に独り言を呟いた。

「ケンカにおいて、一撃目と言うのは至極重要だ。大抵の場合、その一撃で大勢が決まる。最初の一手が強力ならば、相手を打ち倒す事が出来る。そうでなくても相手の心を折る事が出来るだろう。逆に弱ければ相手に付け込まれ、勝機を逃す」

「……悪いが興味ねぇよ」

 番長の独り言を、俺は血を吐き出しながら切り捨てる。

 だが、そもそもが独り言。俺の言葉なんて聞こえなかったかのように、番長は続ける。

「俺の一撃は確かに、お前の心を折ったはずだ。だが、何故お前は立ち上がる?」

「……ケッ、下らない問答だな」

「答えろ」

 有無を言わせぬプレッシャー。

 今更、番長の言いなりになる必要はないが、答えてやろう。

「俺にもわからねぇよ。この、心に引っかかってる何かが、俺が今、地面を踏んでる理由だ。それを知るためにも、まだ負けられない」

「……なるほど」

 番長は一人で得心したように笑う。

 コイツ、いつも仏頂面なのかと思ったら意外と笑うな。

「余裕って事か。気に入らねぇな」

「お前が気に入らなかろうとどうしようと、俺が余裕である事には変わりない」

 そりゃそうだろう。格下も格下相手に、番長様が余裕を崩す理由などない。

 くそぅ、腹が立つな。見てろ、一発、絶対当ててやるからな。

 もしかしたら、この反骨心こそが、俺の心に引っかかってる何かかもしれない。

 ……いや、違うか。しっくり来ないな。

「お前のその引っかかりとやらの正体、俺が言い当ててやろうか?」

「大きなお世話だ、この野郎! 余裕こいてると、俺がすぐに一発当ててやるぞ!」

「やれるものならやってみろ」

 チクショウ、余裕綽々だな……。

 見てろよ、絶対一発当てて、その余裕面を歪ませてやる。

『ねぇ』

 その時、俺の頭上から声が振ってくる。

 見上げるまでもなく、八乙女からの念話だ。

『あたしが手伝ってやろうか? そうすれば、少しは楽になるんじゃない?』

『余計なお世話だ。お前はそこで見物でもしてろ』

 今の所、八乙女は妨害らしい妨害もしていない。

 俺と敵対するとは言っていたが、見物に徹するようである。

 確かに、八乙女が手を貸すまでもなく、俺が番長に勝てる見込みなど皆無だ。

『意地張るんじゃないわよ。どうせ、アンタ一人じゃ勝てないでしょ?』

『だからってお前の手を借りてちゃ意味がないんだ』

 勝手に出てきた言葉に、自分自身で少し驚いた。

 そう、確かに意味がないんだ。

 俺は俺自身の手で、この勝利をもぎ取らなければならない。

『そうか、俺の心の引っかかり……そういう事か』

 理解した、納得した。やっと正体を掴んだ。

 それと同時に、ギャラリーの方がにわかに賑やかになる。

「す、すみません、通してください!」

「どけどけぃ、貴賓のお通りだぁ!」

 人ごみを掻き分けて、特等席である最前列へと現れたのは、武力部の構成員数名と、その男たちに守られるようにして駆け込んできた蓮野だった。

「先輩!」

 たった数発で満身創痍の俺を見て、蓮野は悲鳴のような声を上げた。

『おやおや、ヒロイン登場ってか』

 八乙女の冷やかすような声が聞こえる。

 だが、その通り、ヒロインの登場である。

 俺は、俺の理由は蓮野だ。

「俺は、番長に勝たないと、蓮野とまともに顔を合わせられない」

 今回のタイマンの原因は、番長が俺と蓮野の関係を良く思わなかったからだ。

 それ故に番長は俺に警告し、それを無視されたとなると最終手段でタイマンをセッティングしたわけである。

 とすればだ。これに負けたとしたなら、俺はもう蓮野に合わせる顔がない。

 番長の意志に従い、これ以上は蓮野に近付く事は出来なくなるだろう。

 もちろん、そんな取り決めはしていない。しかし、どうやっても俺に負い目は出来てしまう。

 そんなのは嫌だ。だから、俺は番長に勝たなければならない。

『つまり、アンタはそれだけ蓮野ちゃんが大事って事?』

 俺の心情を読み取ったか、八乙女が声を落としてくる。

『そうだ。俺にとって、蓮野はとても大事な人だ』

『……そう、だったら――』

『そして、それはお前もだぞ、八乙女』

『……は、はぁ?』

 全くの不意打ちだったか、八乙女の素っ頓狂な声を聞けた。

 くくく、驚いているなバカ娘め。

『盗撮事件の色々で、俺は俺の無力さを知った。中途半端に事件を解決する事しか出来なかった。俺にはまだ、お前の力が必要だ』

『だ、だからなんだってのよ』

『お前にも俺が必要だろ? お前の願いを成就するために俺が必要だからこそ、お前は番長に力を貸して、俺に敵対している。そうだろ?』

『そ、そりゃそうだけど……』

『だったら戻って来い。いや、取り返すぞ、お前を!』

『は、恥ずかしい事言ってるんじゃないわよ! この念話、番田だって聞いてるのよ?』

『知った事か! 聞かせてやれ! 俺は何一つ、偽りは述べてない!』

 少し恥ずかしさがあったのは否定できないが、それ以上にこの気持ちを偽るわけにはいかない気がしたのだ。

 殴られすぎて馬鹿になったのかもしれんな。

「いくぞ、番長。俺の意地、見せてやる」

「来い、お前の意地とやらを試してやろう」

 俺と番長は、構えながら向かい合う。


 正直な話、俺はもう、立っているのがやっとの状態だ。

 番長の重すぎる拳を三度も食らえば、そりゃ誰だってそうなる。一発で失神していないのが自分でも驚きなぐらいである。

 そんな状況で、番長に一発当てるなんて、無理もいいところだろう。

 だが、虚を突けばどうだろうか?

 相手の意表を突き、不意打ちをする事が出来れば、万に一つもの可能性を拾う事が出来ないだろうか?

 俺は、それに賭ける。もうそれしかない。


 全神経を集中させ、吹っ飛びそうになる意識を繋ぎとめる。

 地面を掴む足に力を込め、しっかりと拳を握る。

 もう、次はない。

 もう一度、番長の拳を受ければ、その時は間違いなくノックダウンするだろう。

 それに、不意打ちなんてそう何度も出来るわけがない。

 これが最後のチャンスだ。

 失敗するわけにはいかない。

「……よし」

 今一度気合を入れなおし、俺は足に力を込める。

 覚悟は決めた。後は天命を待つ。

「うおおおおおおおおお!」

 雄叫びを上げ、自らを鼓舞し、番長を見据え……地面を蹴る。

 番長との距離、数歩の間に拳を後ろ溜めに溜め、大きく振りかぶる。

 こんな大振りの攻撃、いつもの番長ならば軽々とカウンターしてくるだろう。

 だが、そうはさせない。


『妹さんを貰うぜ、お義兄さん!』

「……ッ!?」


 俺の念話を聞いた時の番長の顔。そして、ヤツの挙動。

 明らかに動揺を突かれ、行動を止めていた。

 その隙を見逃さず、俺の拳が番長の顔面を捉え――


****


「番田長助と蓮野鼎の関係、それは」

 夢を見ていた。

 それは昨日、アン先輩と話していた時の記憶だった。

「あの二人は兄妹だよ」

「……きょ、兄妹!? 似てないって言うか、苗字違いますけど!?」

 アン先輩の返答を聞いて、俺は目を丸くしていた。

 番田長助と蓮野鼎。違いすぎるにしても違いすぎる。ギャグか何かか?

 いや、この状況でアン先輩が冗談を言うわけもないし、だとしたら本当に……?

「あの二人はね、元々早くに両親を亡くしているんだよ。親を失った後は施設に入れられて、そこから里親に引き取られたんだ。だから苗字が違う」

「え、そんな……え? 理解がおっつかないんですけど?」

「まぁ、私は情報を伝えるだけだから、自分の中でどう整理をつけるかは君が自由にやるといい」

 飄々としているのはいつもの事だが、その態度からアン先輩は完全なる真実を言っているとしか思えない。

 蓮野と番長が兄妹で、孤児で――いや、そうか。

 蓮野は度々、兄の事を話していた。

 三年生の教室の並ぶ階で出くわした事もあった。その時は番長に用事があって、あの階にいたのかもしれない。

 兄の口が悪いような事も言っていた。武力部の人間ならば考えられる事だ。

 言われてみれば、辻褄が合うような気もしてきた。

「そう言えば君、番長に目を付けられたんだってね? 知ってるかい? 彼は妹を大事に思っている。故に彼女の周りに寄って来る悪い虫を良く思わないんだ」

「俺がその悪い虫ですか」

「そう思われても仕方ないだろうね。どこの馬の骨とも知れない男だ。番長にとっては悪い虫以外の何者でもないよ」

 確かにそうかもしれないが、そう言われるとなんだか腹立つな……。

「だから、番長は蓮野鼎にボディガードをつけた。武力部の連中で蓮野鼎の周りを固める事で、悪い虫が寄らないようにしたんだよ」

「そうか、それで……」

 蓮野に初めて会った時も、確かガラの悪い連中に囲まれていた。

 あれは別に絡まれていたわけでなく、武力部による面通しだったのかもしれない。

 武力部の連中はガラの悪いヤツらが多い。

 そんなヤツらが蓮野の周りにいると知れれば、一年生のクラスメイトは蓮野に近寄りにくくなるだろう。

 だから、蓮野には友達が出来なかった。作れなかった。

 蓮野もそれが兄の好意によるものだと知っていたから無碍に出来なかった。だからその状況を甘んじて受けたのだろう。

「なるほど、得心がいきました」

「お役に立てたなら光栄だよ」

 アン先輩の情報のお陰で、色々わかった。

 あの時、番長が『俺の女』と言ったのも、俺を蓮野から遠ざけるためであり、言葉の真意としては『俺の妹』であったわけだ。

 妹を大事に思うのは当然。その気持ちはわからんでもないが、もうちょっとやり方はあるだろうに……。

 いや、そんな事を考えていても仕方ない。

 今は疑問が一つ解決した事を、素直に喜ぼう。


 ……そして、その日の帰りに果たし状を受け取るわけだ。


****


 気がつくと、俺はベッドの上に寝転がらされていた。

 消毒液臭い部屋……保健室か。

「先輩! 大丈夫ですか!?」

「ん? ……蓮野か?」

 首を回すと、ベッドの傍に蓮野がいた。

 彼女の奥に見える窓の外は、既に日が沈みきっていた。

「俺、気絶してたのか?」

「はい……すみません、兄の所為で」

 兄……本当に番長が蓮野の兄なんだな……。

「いや、あのケンカは俺も合意の上だ。番長にも非はないよ」

「でも……」

「むしろ、しっかり殴ってくれて、嬉しかった面もある」

 あの状況でもし、明らかに手を抜かれていたなら、俺の立つ瀬は全くなかっただろう。

 その辺は番長の礼儀だと信じたい所だ。

「兄の友人たちから話を大まかに聞きました。何でも、今回のケンカの原因は私だったとかで……そうだったのなら、先輩には申し訳なくて……」

「しおらしすぎるぞ、蓮野。いつもの毒舌はどうした」

「茶化さないで下さい」

 ぐっ、しおらしくはなっているはずなのに、蓮野の眼光が鋭い……。

 この辺は兄妹の血筋と言うヤツなのだろうか。番長と同じようなプレッシャーを感じる。

「あー……そうだな。申し訳なく思うんなら一つ答えてくれないか?」

「なんですか?」

「あの勝負、どっちが勝ったんだ?」

 俺はあのケンカの終わる寸前に意識を失っていた。

 勝敗の行方がいまいちわからないのだ。

「あのケンカですか……。あのケンカは、先輩が意識を失う寸前、兄が先輩にカウンターを決める寸前に、確かに先輩の拳が兄の頬を捉えていました」

「……つまり?」

「兄の決めたルールによれば、先輩の勝ちです」

 俺が……勝った。

 蓮野の口から聞かされても、すぐには信じられなかった。

 だって、あの番長だぞ? 勝ち目なんかこれっぽちもなかったんだ。

 不意打ちをしたとしても、それを易々と凌がれるかもしれないと思っていた。

 それが、上手くいったのだ。

 俺が、勝ったのだ。

「まぁ、その後すぐに、兄のワンツーが入って先輩は無様にも気絶したわけですけど」

「その捕捉入らなかったぞ、蓮野」

 チクショウ、勝利の余韻が台無しだ。


「ねぇ、先輩」

 少しの沈黙の後、蓮野が不意に口を開く。

「今回のケンカ、私が原因だと聞きました」

「そうだな、さっきも話した」

「先輩は、兄に私から離れるように言われたんじゃないですか?」

「そうだよ、近付くなって言われた」

「それに反発して、兄とのケンカに踏み切ったのは――」

 蓮野の言葉が切れる。

 また少し、保健室の中に沈黙が落ちた。

 蓮野は少し俯き、俺はなんとなく蓮野の方を見られなかった。

「せ、先輩は」

 俯いたまま、蓮野は言葉をひねり出すように零し続ける。

「私に……」

「蓮野!」

 俺は耐え切れなくなって、蓮野の言葉を遮って大声を出した。

「せ、先輩……?」

「すまん、痛みが激しくなってきた……痛み止めか保険の先生を頼む……」

「た、大変! 薬……は種類がわからないから、先生呼んできます!」

 バタバタと足音を立てて、蓮野は保健室を出て行った。保険医はどうやら退席していたらしい。

 だが助かった。保険医を探してくるなら少し時間が稼げるだろう。

『ふふふ、良い青春だったわよ』

『うるさいよ』

 俺が蓮野の言葉を遮ったのは、目覚めてからずっとヤツの存在を確認していたからだ。

 八乙女が、部屋の隅でプカプカ浮いているのである。

『アンタにも青春っぽさマックスな所があるじゃない! ちょっと見直したわぁ』

『うるせぇ、って言ってんだろ。変なところで見直してるんじゃない』

 コイツの青春っぽいって所には全然共感が持てない。

『大体、何でそこにいるんだ。お前は俺と敵対したんじゃないのか?』

『誰かさんが必死こいてケンカに挑んで、それでも無様に負けるところを見て、流石の私も哀れに思ったわけよ』

『……口の減らないヤツ』

『アンタこそ、ちょっとは素直に喜びなさいよ。この美少女幽霊がまた戻ってきてやったんだからね!』

 自分を美少女とか抜かすヤツにまともなヤツはいない。

 八乙女もそれをわかっていて言ってるんだろうが。

『何にせよ、またアンタには役に立ってもらうからね』

『はいはい、お前を成仏させられるなら、俺も少しは頑張ろうという気力がわくよ』

『よしよし、それでいいのよ』

 満足そうに頷く八乙女。

 その表情は、いつもよりも朗らかなように思える。

 ……気のせいかもしれないが。

『アンタ、ちゃんとあたしの事、見てたのね』

『何のことだ?』

『さっき、蓮野ちゃんと話してる間も、あたしの事を認識してたから、蓮野ちゃんの言葉を遮ったんでしょ?』

 確かに、コイツに聞かれるのは流石に恥ずかしいと思ってしまったから、蓮野の言葉を途中で遮った。

 ……そうか、そう言えば以前は、蓮野と話している間は八乙女の事を忘れたりしてたんだな。それを考えれば、この状況は好転したと言っても良いのかもしれない。

『その調子で、あたしを気にかけ続けなさいよね。今度また忘れたりしたら、あらゆる手を使って敵対してやるから』

『ぐっ、スゲェ面倒くさい……』

 また番長に取り入ってケンカをさせられるハメになれば、命が幾つあっても足りん。

 今後は嫌でも気をつけなければならんな。

 ……だが。

『まぁ、お前が傍にいないと落ち着かなかったりするからな』

『おっ? 何よいきなり?』

『ちょっとの間だったが、お前がいないと逆にソワソワする事がわかった』

『ふふん、あたしの重要性がようやくわかってきたようね』

『お前は便利で使いやすいからな』

『道具扱いするとは良い度胸ね』

 こう言う軽口のやり取りも、既に懐かしい感じすら覚える。

 帰ってきたんだな、と、ようやく実感した。

『……お帰り、相棒』

『勝手に人を相棒扱いしないでよ』

『うるさいな、ちょっとくらいかっこつけさせろよ』

『ベッドで横たわる怪我人が、どうやってかっこつけるのよ。青春っぽくない』

『……だが、相棒って響きは青春っぽいだろ?』

『……確かに』

 どうやら当てずっぽうが当たったらしい。

 まんざらでもない顔をした八乙女は、拳をこちらに向けた。

『ただいま、相棒』

 そう言って突き出す拳に、俺も拳をあわせる。

 コツン、と言う感触はない。相手が幽霊なんだから当然だ。

 だが、どことなく心地が良かった。

 相棒とのグータッチは、これほど安心するものか、と。

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