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青春withゴースト  作者: シトール
15/17

3-6

 と言うわけで翌日。

 前日は寝るまで色々と考えてみたが、答えらしい答えには行き着けなかった。

 八乙女の言葉から察するに、ヒントは『目先のエサ』である。

 それが『大局』と関係しているのならば、目先のエサとやらがヒントになるはずなのだ。

 では目先のエサとは何か。

 あのタイミングで言われたとなると、俺が悩んでいた三つの事柄に関する答えの事だろう。つまり八乙女とのリンク、盗撮事件の犯人、蓮野と番長の関係。

 このうちの一つ、もしくは複数に関して八乙女が目前のエサとしたのならば……一体どれだと言うのか。

 ヤツの言う大局があるのだとしたら、これら手に入れた答えの先にまだ何かがあると言う事だ。

 考えろ。俺があのバカに思考で負けていてはならん。ヤツはどちらかというと脳筋タイプのキャラだ。インテリの俺がここで頭脳勝負に負けるわけにはいかんのだ。それではアイデンティティの崩壊である。


 一つ一つ考えていこう。まずは八乙女とのリンク。

 この件は恐らく違う。

 確かにリンクの継続の可否は、俺の今後に響いてくるだろう。レポートにも幽霊とのリンクが健康に害を及ぼすと書いてあった。

 それを信じるなら、大局とも呼べる俺の健康の問題が発生するかもしれない。

 だが、それはリンクを継続する場合である。俺は継続するか否かを決めたわけではないし、仮に決めていたとして、それを八乙女が知っていると言うのはおかしい。

 リンクに関して答えを手に入れたことが目前のエサでない事は、恐らく間違いない。

 だとしたら他の二つ。

 盗撮犯の件はどうだ? 俺が椎堂を見つけ出した事によって、何かが変わることは考えられるか?

 俺が犯人を見つけることによって、他の連中が椎堂に行き着く可能性は高まったようにも感じる。誰かが俺の後を尾行していたなら、簡単に犯人を見つけてしまうだろう。

 だが、それがどうしたと言うのか。

 椎堂が発見されるのは、遅かれ早かれ、と言うレベルの話だ。たとえ今日にも椎堂が捕まったとしても、俺は何の問題もない。

 犯人の情報を使って、欲しい情報は手に入れた。これ以降、犯人の情報の価値が急激に劣化したとしても、俺としては痛くもかゆくもないわけだ。

 とすれば最後、蓮野と番長の関係?

 これは、最初は驚いたが、考えてみればなるほどと思えるレベルの話である。

 これまでの話を思い返してみれば、簡単に推察出来る物だ。

 この情報に付随する大局があるのだとしたら、一体なんだというのか?

 確かに俺にとっては障害ともなりえる話ではあったが、それはまだまだ将来の話と言えなくもない。それを大局と言っているのならば、八乙女はどれだけ長い目で物事を見ているのだろうか。

「わからん……俺は何かを見落としているのか?」

 誰もいない通学路。俺は校門を潜りながらそんな事を呟いた。

 時刻は午前七時。こんな時間に登校しているのは朝練の部活連中だけだろう。

 誰もいないというのは考え事をするのにうってつけである。

 しかし、行き詰ってくると逆に誰かの声が聞きたくなるモノだったりする。俺の場合はそういう事がままある。

 八乙女がいれば良い話相手になるかもしれんが……あ、いや、アイツがいたら答えをそのまま聞けば良いんだけどさ。

 いないヤツの事はさておいて、誰か話し相手でも探してみようか。

 ……と、俺が見回す間もなく、校舎内の廊下を走る人影を見つける。

 見覚えのある坊主頭だと思えば、椎堂であった。

 誰かに追い回されているようではなさそうだが、またよからぬ事を画策しているのではなかろうな。

「これは俺様が監視してやるしかあるまい」

 適当な理由を自分で言い聞かせ、俺は椎堂の後を追った。


 やってきたのは理科室。

 どうやらまた写真の事でアレコレやっているようで、中からはなにやら物音が聞こえる。

 一応、ノックしてからドアを開ける。

「おっす、朝から騒がしいな、椎堂」

「げっ、先輩」

「げ、とは挨拶だな」

 もう、よからぬ事をしているのが丸わかりだった。

 椎堂はバタバタと手近にあったものを背中に隠した。

「何を隠した?」

「い、いえ、別に」

「歯切れが悪いな。昨日はあれほど饒舌だったのに」

「そんな事ないですよ。俺はいつもこんな感じです」

 明らかに挙動不審な椎堂は、その背に隠したものをどうにか隠し通そうとしているようだが、全くの無駄である。既に身体の陰からはみ出しているのだから、隠している内にも入っていない。

「まさかとは思うが、昨日の警告を無視したんじゃないだろうな?」

「そ、そんなわけは……」

 椎堂は言っていた。

 自分でやってることが、それほど悪い事だとは思っていない、と。

 だとしたら、俺が警告した後も盗撮を続けていた可能性はある。

 それ自体は構わない。俺としてはコイツがしょっ引かれようが何しようが、既にどうでも良い話だ。コイツもそれを覚悟で悪事に手を染めているのだろう。

 ……だが、だとしたらこの焦りようは何だ?

 いつも通りに盗撮していたなら、昨日のように堂々としていそうなものだが……。

 ますます確かめねばなるまい。

「その背に隠しているもの、改めさせてもらおう」

「これは大したことないモノですから! 先輩がわざわざ気にかけるようなものではありませんよ!」

「それは俺が決めることだ」

 俺は椎堂を取り押さえ、隠していたものを取り上げる。

 それは封筒に入った写真とネガフィルム。

 写っていたのは……。


 ドクン、と一つ、身体中の血管が強く脈打つ。

 燃えるような、焼けるような、強い感情が身体中を駆け巡る。

 それは怒りと劣情。

 同時に覚えた嫌悪感を覚える感情が、ない交ぜになって身体中を支配する。

 どうしようもなく怒りに燃えているのに、同時にその写真を見て椎堂の撮影スキルに感心する。

 正直な話、少しこの写真が欲しくなってしまう自分が、心の隅っこにいた。

 それすらも、俺の怒りを煽っていく。

 自分に、椎堂に、俺は抑えきれない激怒を抱えてしまった。


「お前……ッ!」

 無意識の内にグーの手を堅く握っていた。

 もう少し無意識が働いていたなら、そのグーの手を思い切り椎堂の顔面にねじ込んでいた所だ。

 いや、無意識でなくともコイツを殴りつけてやりたい気持ちでいっぱいだ。

 頭が怒りに燃えているのがわかる。理性の手綱がもう少しで千切れそうだ。


 写真に写っていたのは、蓮野鼎だった。


 流石にこれだけ盗撮犯の話が出ている現状、女子連中もかなり警戒しているためか、着替え中という場面ではなかったが、体操着がかなりめくれ上がり、綺麗なお腹が丸見えである。

 それ以外にもかなりきわどいショットが幾つも写真に収められていた。

 そう言えば、昨日の昼は一年の体育が時間割にあっただろうか。

「盗撮を続けるだけならまだしも、蓮野を盗撮するとは……どうやら、」

 椎堂の胸倉を掴み、ありったけの怒りを以って睨みつける。

「――死にたいらしいな?」

「ご、ごご、ごめんなさい! 知らなかったんです! 彼女が、蓮野さんが番長の彼女さんだったなんて!」

「番長の彼女……? その話をどこで聞いた」

「先輩とアン先輩が話してるのを、ちょっと聞いちゃったんですよ!」

 昨日の放課後か。どうやらコイツ、盗撮だけでは飽き足らず、盗み聞きまでしていたのか。変にスキルが高いと手に負えないな。

 しかし、どうやら聞いている話は中途半端なようだ。

「それ以外には何を聞いた」

「な、なにも! 図書室の外からだったんで、あんまり聞こえなかったんですよ! で、でもその番長の件だけは聞こえて、この写真はヤバいって思って……昨日はバレないだろうって思ってたんですけど、これ……」

 椎堂が見せてきたのは吹上高校裏掲示板。

 そこのパスワードつきスレッドで、女子を盗撮している人物がいる事と、そのターゲットが蓮野であるという垂れ込みが書き込まれてあった。

「お、俺とした事が、誰かに盗撮現場を見られてたみたいで、これに気付いたのは校門が閉まった後で、写真は理科室に置いてあるし、どうしようもなくて、今日、朝一で処分しないと、俺、番長に殺される!」

「その前に、俺が殺してやるよ!」

 ガツン、と一発、椎堂の顔面に拳を入れる。

 軽く吹っ飛んだ椎堂は、坊主頭を椅子にぶつけて、床でもんどりうっていた。

「な、なんで先輩が殴るんですか!」

「テメェには関係ない。そもそも、お前が次に盗撮したらしょっ引くとは宣言してあったしな。先に個人的制裁だよ」

「お、横暴だ! そんな権利、先輩にはないだろ!」

「盗撮を堂々と続ける権利も、テメェにはねぇんだよ。ガキみたいな事言ってんじゃねぇぞ、椎堂!」

 椎堂に怒鳴りつける傍ら、俺は理科室にあったアルコールランプとマッチを持ってきて火をつけ、封筒をかざす。

 すぐに火は燃え移り、封筒は煙を上げて燃え始めた。火災報知機が警報を鳴らしてしまうのは面倒なので、窓から外へ投げ捨てよう。今朝は風もないので写真が燃え尽きないうちに飛んでいく事もあるまい。

「これ以外に、写真はないだろうな?」

「な、ないです……。それは、神に誓って」

 コイツは小悪党ながら、自分のポリシーは持っている人間だ。

 恐らく、仕事に嘘はつくまい。ここは信じてやろう。

「この事はコロポックルに報告する。近く、テメェに沙汰が届くだろうよ」

「ど、どうなるんですか!? やっぱり、番長に殺されるんですか!?」

「さてな。それはコロポックルの幹部が決めることだろうよ。もしかしたら、教師連中にも話が通って、警察のご厄介かもな」

 盗撮は立派な犯罪だ。それがバレれば、高校生でも普通に警察のお世話になる。

 教師が話を大事にしたくないと思えば、内々に解決されるであろうが、コロポックルの制裁はそんな生易しいものではないだろうな。

「短い付き合いだったな、椎堂」

「せ、先輩……」

 泣きそうな顔になりながら、椎堂は縋るような視線を向けてきたが、俺はそれを易々と振り払って、封筒が全焼するのを見届けた後、理科室を出た。

 同時に、八乙女の言う大局とやらにも理解がいった。

 ヤツが言っていたのはこれだ。


 目先のエサとは椎堂を見逃してアン先輩から情報を得る事。

 そのお陰で一つ、懸念は解決されたが、椎堂を放置した事によって、危うく蓮野が辱められる所だった。

 あんな写真が出回ったら、ただでさえ友達が少ない蓮野が、更にこじれてしまう。

 それを事前に止められたのは全くの偶然である。

 あの椎堂が番長と蓮野の関係を知らなければ、裏掲示板の書き込みがなければ、俺が朝早く登校しなければ。

 何か間違っていたなら、もしかしたら蓮野の写真が出回ってしまっていたかもしれない。

 それこそが俺の見落としていた大局である。

 八乙女はこれを見越していたのだ。いや、恐らくは椎堂の犯行現場を見ていたのだろう。

 もしかしたら、何らかの方法で、裏掲示板に書き込みをしたのもヤツかもしれない。

 俺があの時、犯人を探し当てた時に椎堂をすぐにしょっ引いていれば、こんな危険な橋を渡らずに済んだのだ。

 結果的に事前に写真を処分できたのは良かったが……やはりそれは結果論である。

 くそっ、俺は、なんて……無力!

 俺はやり場のない感情を身体の内で押さえ込みながら、裏掲示板に書き込みを行った。

 盗撮の犯人は一年生、椎堂兵太郎、と。


 それから午前中は嫌に慌しかった。

 椎堂を捕らえるためのコロポックル実動隊が動いたようである。

 しかもその動きはかなり迅速で、俺の書き込みがあったすぐ後には椎堂包囲網が敷かれ、ヤツはどこにも逃げられないような状況だったとか。

 恐らくは犯人の情報が出てきたらすぐに動けるように、アン先輩か他の情報部幹部が手を打っていたのだろう。

 武力部の連中に椎堂の身柄を取り押さえられると、情報部の立場がまた危うくなる可能性が出てくるからな。誰よりも先んじて椎堂の身柄を拘束してどうにでも料理できるようにしていたのだろう。

 まぁ、椎堂がどうなろうと、情報部と武力部のバランスが危うくなろうと、今の所俺には関係ない。

 事態を静観しつつ、どう転がるのかをじっくり見極めさせてもらおう。


 そんな事をしながら午前の授業を終え、昼休み。

 俺は図書室へとやって来ていた。

 放課後、アン先輩が支配している図書室とは違い、昼休みはそこそこ人の出入りがある。

 静かな雰囲気はあるものの、そこには確かに人の生活があると言える。

 そんな中に、一人で本を読みふける少女を見つける。

「よう、蓮野」

「あっ、先輩」

 俺が声をかけると、蓮野は読んでいた文庫本から目を上げる。

「先輩、知ってますか? 私も風の噂で聞いたんですが、例の盗撮犯、捕まったそうですよ? しかも、今朝早く」

「そうらしいな。これで蓮野の心配も解決したって事で良いか?」

「はい。……もしかして、先輩も何か、犯人を捕まえるのに関わっていたんですか?」

「さてね。何にしろ、これで依頼人への報告も終わって、この仕事は終わりって事だな」

「お世話になりました、先輩」

 ペコリと頭を下げる蓮野。

 わけもなく、その小さな頭を撫で回したくなる衝動に駆られたが、ここは我慢しなければなるまい。

「やっぱり、先輩に頼んでよかったです。いつもはアレですけど、たまには頼りになりますもんね」

「いつもはアレとか言うんじゃないよ。俺はいつだって頼れる先輩だろうが」

「はぁ。ご自身がそう思ってらっしゃるなら、私は別に止めませんけど」

「くそぅ、対応がいつものクールな蓮野に戻ってる!」

 チクショウ、ここ最近はちょっと可愛気のある感じになってたのに!

 あの頃の蓮野よ、戻って来い!!

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