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青春withゴースト  作者: シトール
13/17

3-4

 モノには順序というモノがある。

 今朝、確認した時点では、番長と蓮野の関係を聞き出すのが、方法としては一番楽ではある。だって、蓮野に聞けばいいだけなのだ。

 だがしかし、こう言うデリケートな話題に関しては、タイミングを見計らわないと単なる下世話な人間にしかならない。それを回避するために、俺は慎重に慎重を期し、万全のタイミングを窺うために、とりあえずはこの件を保留して、先にコロポックルの仕事からこなしてしまおうと思ったのだ。

 ……だが。

「おはようございます」

「お、おぅ」

 今朝、登校すると何故か昇降口で蓮野が俺を待ち構えていた。

「ど、どうした蓮野。こんなに早く……」

「先輩こそ、こんなに早いとは予想外でした。いつもはもっと遅い時間ですよね」

「そりゃそうなんだが……」

 変な時間に起きてしまって、手持ち無沙汰な状況では色々考えてしまいそうだったのが怖くて、早く学校にきてしまったなんて言えない……。

「ま、まぁ、俺にもそんな気分の時はあるさ」

「先輩は気分屋ですからね……」

 なんか軽く呆れられたような気がしたが……まぁ、気にしないで置こう。

「蓮野はどうしたんだ? 何か用事でも?」

「用事……先輩は昨日の今日で忘れたわけじゃありませんよね?」

「うん?」

 もしかして番長が俺に言った事が、蓮野にも伝わっているのか!?

 だとしたら『どうして確認を取らないんですか? ハッキリさせてあげたいんですよ、あなたなんか眼中にないってね!』って言いたいのか、蓮野!?

 そんな風に俺がアワアワしていると、蓮野は呆れたようにため息をつく。

「私、昨日頼みましたよね? その……いかがわしい写真の事」

「え? あ、ああ、そっち?」

「そっち? どっち? 他に何があるんですか?」

「い、いや、こっちの話」

 ふー、焦った。

 どうやら先手を打たれたわけではないらしい。

 こう言うのはホント、タイミングが重要だから。俺のメンタルダメージの観点からしても、ベストのタイミングを見計らわないとね。

「写真の件なら覚えてるよ。今日からちょっと探りをいれてみようと思ってる」

「本当ですか? ……でしたら、その」

 蓮野にしては珍しく歯切れが悪い。

「どうした? 何か心配事でも?」

「そうじゃなくて……あのですね」

 パッと顔を上げた蓮野。うっ、上目遣いが可愛い。

「私もお手伝いしようと思いまして」

「……は?」

 それは思ってもみない申し出だった。

「昨日、考えたんですけど、先輩に全てお任せして、私は我関せずと言うのはあまりにも無責任すぎるのではないか、と。ですので、私も何かお手伝いできる事があればと思いまして」

「な、なるほど。それは、まぁ……助かる?」

「……どうして疑問系」

 不満そうな蓮野。

 だが、考えてもみたまえ。コロポックルの敷いたルールを簡単に逸脱するような輩を探し出すのに、いたいけな少女を連れて行けるだろうか。

 怪我をするような危険があるとは言わないが、それでも連れて行くにはリスクが高い。

 しかし、蓮野が言うのもわかる。彼女は真面目な娘さんだ。

 俺にばかり働かせて自分は待つばかり、と言うのは性に合わないのだろう。

「じゃあ蓮野には、件の写真とやらを手に入れてきてもらおうか」

「……件の写真とは、女子が撮られた写真ですか?」

「そうなるな」

「先輩……何に使う気ですか」

 あっれ、変に勘繰られてるんですけど!?

 おかしい、俺はそんなに信用がなかったのか。

「いや、別に変な事には使わないよ。どんなアングルから撮られているかがわかれば、カメラの位置がわかるだろ? そこから犯人の足取りを追えるかもしれないじゃないか」

「……じゃあ、そういう事にしておきます」

 うわ、めちゃくちゃ疑われたままなんだけど。全然容疑が晴れてないんだけど。

「私は何とかその写真を入手しますが、先輩には見せませんから」

「何言ってんの、この娘……。見なきゃ推察も出来ないじゃないか」

「私が口頭で説明しますから、それで察してください」

「かなり難しくありませんかね? それとも君は状況説明のスキルにそれほど自信があるとでも?」

「先輩はそこまでして、いたいけな少女のあられもない姿が見たいんですか」

「それは曲解というモノだよ。確かにエロい写真は見たい! だが、それ以上に俺は事件を解決せねばならないと言う使命感に燃えているのだ」

「ちょっと本音を混ぜないで下さい。引きます」

「引くのはやめて。結構傷つくからやめて」

 蓮野の蔑んだ視線が俺のガラスハートを傷つける。

 鋭利なメンタルナイフで俺を斬りつけるだけ斬りつけた蓮野は、区切りをつけるかのように一つ、ため息をつく。

「先輩とバカやってても始まりませんね。とにかく、私は今の方針を曲げませんから。ご納得いただけたなら、昼休みにまた、図書室で落ち合いましょう」

「はいはい、昼休みに図書室ね」

 精神的満身創痍の俺は、軽く手を振りながら、自分の教室へ向かって歩いていく蓮野を見送った。

 チッ、朝からヘビーな日だぜ。


 蓮野と別れ、俺も自分の教室、自分の席へと落ち着き、朝のHR前に少し裏サイトを確認する。

 件の盗撮事件が話題になっているなら、裏サイトにも何か情報が転がっているかもしれないと思ったのだ。

 結果はもちろん、かなりの数のスレッドでその話題がなされている。

 今度は誰が撮られただの、コイツの写真は俺が持っているだの、犯人は俺だの……これらのほとんどはウソだろうが、盗撮事件は急速に吹上高校内に広まっているらしい。

 妙なのは、問題の写真画像が上がっていない事だ。

 今日日、この手の画像なんかネット上にアップロードされまくって回収がほぼ不可能になる事の方が多い。それが現状起きていないのはかなり奇妙であった。

 何か理由があるのだろうか……?

 気になってアン先輩からのメールを読み返してみたが、特にそれらしき記述はない。

 うーん、これは単なる深読みのしすぎか、それとも何かの天啓か。

 蓮野の持ってきてくれるらしい写真を見れば、もう少し何かわかるかもしれないが、正直、蓮野が件の写真を手に入れられるとは思えないんだよなぁ。あの娘、たまにどこか間の抜けたところもあるし。

 こんな時、八乙女がいてくれれば、授業中にでもその辺をフラフラと偵察してもらえるんだが……ヤツは今、いない。

 思い出した時には念話で呼びかけてみたりもするが、返答は全くなし。

 くそっ、こんな時にどこをほっつき歩いているんだ、アイツは……。



 その日の昼休み。

 俺は足早に図書室へと向かった。

 何せ可愛い女の子との逢瀬。これをウキウキ気分になるなと言う方が無理である。

 しかし、同時に番長の言葉も思い出す。

 蓮野は番長の女。それを確かめるタイミングも見計らわなければならない。

 思った以上にタスクの一つ一つが重々しく感じられた。

 そんなわけで複雑な心境であった俺はそのマーブル状の心境を表すかのごとく、波立った歩調で図書室へとやって来ていた。因みに、昼飯は食ってない。まずは蓮野を待たせない事が肝要である。女の子を待たせちゃいけないからね。

 ガチャリと図書室のドアを開けると、驚いて振り返ったのは司書の先生だった。

「あら、早いのね」

「ええ、本の虫になりたいと思いまして」

 初老の女性教師に適当なウソをつきつつ、これまた適当に本棚から選び出した本を取り出して、さらにまた適当な席に陣取った。

 椅子に座りつつ開いた本は、難解な洋書であった。因みに、俺の英語の成績は普通ぐらいである。普通の成績の男子高校生が、いきなり辞書もなしに洋書を渡されて、これを読めと言われてもかなりハードルが高いのは言わずもがなである。

 だが、既に手に取ってしまった手前、本棚に戻してしまうのも恰好悪い。ここは適当を貫き、読んでいるフリをするのが最良手だ……とは思ったのだが、何を考えたか、俺はその本の読解を始めてしまったのだった。

 難しい単語は読み飛ばす方針で、とりあえずはわかる単語を拾い、その文章の意味を大枠で捉えていく作業。これがまぁ、遅々として進まない。

 そもそも知っている単語が少ないのだ。英語の成績が平均であったとしても、完全に記憶している単語の意味なんか一握りである。

「これは辞書も借りてくるべきかな」

「そんなに一生懸命にならなくても良いんじゃないですか?」

「うおッ!?」

 気がつくと、対面に蓮野が座っていた。あと、図書室内にいくらかの生徒が入って来ている。気付かない内にそこそこ時間が経っていたようである。

「先輩の読書は一段落つきましたか?」

「あ、ああ、そうだな。うん、大変面白い本であった」

「因みに、何が書いてあったんです?」

「ええと……ケント君はボールペンを手に、町の外れにあった郵便局へと向かった、って感じかな」

「小説だったんですか?」

「さ、さぁ?」

 当然、題名も英語で書かれてあるため、そこから内容を推察するのも難しい。

「まぁ、この本はさておき、だよ。蓮野は例のブツを手に入れることは出来たのか?」

「ここまで持ってくることは無理でしたが、実物を見る事は出来ましたよ」

「ほう?」

「あと、適当に写真に写っていたモノの位置関係をスケッチしてきました」

 そう言って蓮野が取り出したのはノートの切れ端。

 それにはかなりデフォルメされた絵が描かれてあり、しかし必要な情報はかなり揃っているようにも見えた。

「これは、女子更衣室って事でいいのか?」

「ええ、体育館の二階にある、女子更衣室を窓の外から覗いた写真でした」

 蓮野のスケッチによると、写真に写っていたのは女子生徒。不用意にも窓の際に立っていたところを激写されたようである。

 しかし、妙だ。

「体育館の近くに、そんな高い足場はなかったはず。二階の窓を覗くなんて……」

「ええ、そこが不思議です」

 我らが吹上高校の体育館は、校舎からも離れた位置にあり、渡り廊下を歩かなければ到達できない上、近くに足場らしい足場はない。

 そんな立地である体育館の二階にある女子更衣室を覗き見る、となると、どんなに高身長な人物であろうか。

「足場を急造した、とかでしょうか?」

「それなら足場を建てる時と崩す時に目に付きすぎる」

 体育館付近は、校舎から死角になる場所も多くあるが、写真が撮られた位置を鑑みるに、その辺りは校舎からでも確認できる範囲だ。そこで足場を作るような作業をしていれば、すぐに見つかってしまう。それに、窓からでも撮影者が見えてしまうだろう。そうなったなら犯人を探す手間なんか要らなくなってしまう。

「じゃあ、とても遠くから高倍率の望遠レンズを使って撮ったとか?」

「この直線状に撮影できそうな場所があるのか……?」

「地図なら持ってきましたよ」

 準備の良い蓮野は、図書室にあった近所の地図を広げる。

 それで確認すると、確かに写真が取れそうなポイントは幾つかありそうだが、校外の民家や施設である。仮にそれらに侵入できたとしても、そうなっては犯人を割り出すのは難しくなってくる。望遠レンズつきのカメラを持っていれば誰だって容疑者になりえるのだから。

「もしかしたら、案外難しい案件なのか、これは」

「やはり……犯人はわからずじまいになるんでしょうか?」

「おっと、見くびってもらっちゃいかんぞ、蓮野。俺は問題がちょっと難しいからって投げ出すような男じゃない」

 さっき、洋書の解読を諦めそうになったのは忘れよう。

「写真に写っているモノから犯人を追いかけるのは難しいかもしれないが、別の切り口から攻めれば案外見つかったりするものじゃないか?」

「別の切り口? 例えば?」

「写真自体には何か変わった事はなかったか? 紙の質とか、プリンタのインクの良し悪しとかさ」

「私にそんな違いがわかるワケないじゃないですか」

 そりゃそうか。

 いきなり蓮野が紙の質やプリンタの良し悪しについて熱く語り始めたら、流石の俺もちょっと引いてしまうかもしれない。

 しかし、俺の言葉が引き金になってか、蓮野はポンと手を打つ。

「そう言えば、気にかかる事が一つ……いえ、でも勘違いだったかも」

「何でもいいから言ってみ? 現状の行き詰まりから脱出できるかも知れん」

「そうですね。……私の印象ですが、写真写りがやけに良かった気がします。画像が綺麗と言うか……もし凄い望遠にしていたのだとしたら、もっと粗い仕上がりになると思っていたのですが、案外とそうでもないのかもしれませんね」

「確かに、今のカメラは結構ズームしても綺麗な写真が撮れるよな。距離が開いていても、手ブレ補正や高解像度で物凄く綺麗な写真が撮れる。……だが、そこが落とし穴な気がするな」

 なるほど、かなり閃いたぞ。

「それだけの高機能カメラを持っているということは、かなり銭に余裕がある人物と言う事になる。校内の金持ちを探せば、幾つか情報がもらえるかも知れんな」

「……そうでしょうか?」

「おや、俺を信用してくれない?」

「例えば、ですけど。フィルムカメラを使ったのならば、どうなるんですかね?」

 フィルムカメラ、今はデジカメ全盛時期であり、かなり時代に取り残されているカメラではあるが……確かに可能性としてはあるか。

 フィルムカメラの場合、デジカメが機能に頼っている部分を撮影者の技術で補う事でかなりローコストに抑えることが出来るだろう。

「フィルムカメラを使った犯行であったなら、撮影者はかなりの技術を持っている事になるな。そうなると、写真部が怪しい」

「そうですね。先輩は写真部に知り合いとかいませんか?」

「俺はそうだな……うーん……あんまり思い当たらんな。蓮野は?」

「私は……」

 蓮野はしかめっ面で俯く。

 そう言えばこの娘、こんな斜に構えた性格ゆえか、あまり交友関係が広くないんだったか。その割りに写真の情報を集めてきてくれたりして、頑張ったんだろうな。

「スマンかったな。今の質問は忘れてくれ」

「気を使われると、なおさらいたたまれません」

「じゃあどうしろってんだよ!?」

「とにかく、今後の方針を固めましょう」

 勝手に話の腰を折ったにも拘らず、蓮野は何食わぬ顔で話を元に戻した。コイツ、俺をからかって遊んでるんじゃなかろうな。

「とりあえず、俺は写真部を当たってみる。校内の金持ちを探すよりか、まだ倍率が低いだろうしな」

「じゃあ、私は何をすれば?」

「蓮野は別命があるまで待機。よく出来た助手は、お茶かコーヒーでも淹れて探偵の帰りを待つぐらいの器量が欲しいね」

「……そうですか。では出がらしのお茶でも淹れて待ってますね」

「扱いがぞんざい過ぎやしませんかね」

 蓮野の言葉に苦笑しつつ、俺は席を立とうとする。

 作戦会議も終わったし、早速準備をしようと思ったのだ。だが……

「先輩」

「……ん?」

 蓮野に呼び止められる。少し浮いた腰をもう一度椅子に沈めた。

 なにやら蓮野が神妙な顔をしているのだ。

 これをスルーできるほど、俺は心が強くない。

「なんだ?」

 心持ち優しめな声音で聞いてみると、一呼吸置いて自分を落ち着けるように、蓮野はポツリと言葉を零す。

「先輩は、どうして私に気を使ってくれるんです?」

 それは不思議な質問であった。

「どういう意味だよ? もしかして、蓮野は俺を非道な人間だと思い込んでいるのか? 何を隠そう、俺のあだ名は人情人。東に病気の子供がいれば行って看病してやり、西に疲れた母がいれば行ってその稲の束を負う男だぞ?」

「真面目な話です」

「……はい」

 真剣な眼差しで静かに一喝されると何も言えなくなるな。

「私は自分でも不器用な人間だと思います。近くに私のような人間がいれば、面倒くさく思って近付かない、クラスメイトたちの気持ちだってよくわかってるんです」

 確かに、蓮野はかなり浮いた存在である。

 吹上高校を眺めても、いや他校においても蓮野のような女子はそうそういないだろう。

「そんな私を、どうして先輩は構ってくれるんですか?」

「一目惚れだった、って言えば信じるのか?」

「真面目な話だって言ったでしょう?」

「だから、真面目な話だよ」

 蓮野が真面目な顔して真面目な話をしているのだ。だったらこっちだって誠意のある対応をせねばなるまい。

 しかしまぁ、こんなタイミングで愛の告白をしてしまうとは思わなかったけどね。

 ほら、蓮野だって可愛い目をぱちくりしてやがる。

「蓮野は、俺と初めて会った時の事、覚えてるか?」

「今年度の初め、ですよね? 私が入学してすぐの頃」

「そうだ。お前はその時、ガラの悪い男子に絡まれていたなぁ」

 思い返せば、今でも鮮明に光景が映し出される。



 あれは春の出来事だった。

 入学式もつつがなく終わり、新入生は新たな生活を始めるに当たり、コミュニティを築こうと奔走したり、高校生活に必要なアレコレを収集しようと躍起になっていた時の話だ。

 俺もその時は一般生徒であった。裏サイトのことは知っていたが、コロポックルの存在もうっすらとしか知らなかったぐらいである。

 そんな時期に、全くの偶然であるが、校舎の陰で見るからにワルそうな二年生男子三人ほどに囲まれている一年生女子を見つけたのだ。それが蓮野である。

 本当に、最初はルックスが良いから惹かれた、と言うのが本音である。

 色々取り繕った所で、野郎なんか最初は外見に惚れてしまうもんだよ。悲しい事だがね。

 だが、きっかけなんかそんなもんでいいのだ。

 俺は蓮野の見目麗しさに心を奪われ、次の瞬間にはその窮地を救うべく、蓮野を囲んでいた男子数人に声をかけたのだ。

「こらこら、君たち。何をしているのかね」

 と。

 すると、彼らも負けじとガンを飛ばしてくる……と思いきや、何故だか簡単に引き下がったのである。年度の初めから揉め事を起こすのは良くないとでも思ったのかも知れない。

 理由は知らないが、とにかく俺は蓮野の窮地を救ったわけだ。

 だが、

「誰ですか、私に何か用ですか」

 蓮野の対応は驚くほど冷ややかだった。

 俺は確かに彼女を助けたつもりだったのに、何故だかつっけんどんにあしらわれた。

「いや、君がガラの悪い連中に絡まれているようだったから……」

「余計なお世話です。……用がそれだけなら、私は失礼します」

 ペコリと頭を下げた蓮野は、本当にそのまま足早に消えてしまった。

 これが、俺と蓮野の第一種接近遭遇。

 出会いにしてみれば最悪であった。

 普通の感性を持つ男子ならば、あの塩対応を受けて、よしアタックしよう、なんて思わないだろう。だが、俺はどうやらそんじょそこらの凡夫と同じような感性を持ち合わせてはいなかったようで、蓮野に強く惹かれたのだ。

 なんだアイツ、面白い一年がいるじゃないか! と。

あんな可愛い顔から、飛び切りのクール台詞。あんなベタなキャラ付けの人間がリアルに存在するものなのかと震えてしまったぐらいだった。

 最初は外見に一目惚れ、次は内面に興味を抱いてしまったわけだ。


「そんな俺が、蓮野に構わないわけがないだろ?」

「……なんか、聞いて損した感じがあります」

「自分から尋ねておいて!?」

 俺の話を聞いた蓮野は、いつも通り冷めた対応だった。

 そっぽを向きながら頬杖をつき、少し口を尖らせて不貞腐れたように見せている。

 だがこれも、最初から比べれば大分マシになったというモノだ。

 最初の蓮野は本当に取り付く島もなかった。

 俺が何を話しかけても無反応だったし、近づこうものなら静かに視線や態度で牽制してくる。

 そんな反応が変わったのはいつからだっただろうか?

 あれは確か……


「なぁ、蓮野っていじめられっ子?」

「……はぁ?」

 数ヶ月前、蓮野と出会ってから数週間が経過した頃、いつものように蓮野の教室を訪れていた俺は、不意にそんな事を聞いたのだった。

 そう思った理由は少なくない。

 最初にガラの悪い連中に囲まれていたのもそうだし、彼女はどんな時でも一人が多い。

 友人と喋っている様子は見た事がないし、まともに笑ったところも見た事がない。

 もしかしたら他のクラスメイトから厄介がられているか、もしくはイジメかなにかに遭っているのではないかと思ったのだ。

 しかし、蓮野は不機嫌を隠さずに俺に噛み付いた。

「そんなわけないじゃないですか。私のどこがいじめられっ子だって言うんです?」

 思えば、それが初めてまともに帰ってきた返答だったのではないかと思う。

 それまでは気のない相槌か完璧な無視だったのに、その時だけは少し怒ったように反論してきた。

「だって蓮野っていつも一人じゃん?」

「……誰かさんは勝手に付きまといますけどね」

「それはホラ、蓮野を寂しがらせないようにだよ。小動物は寂しいと死ぬって言うし」

「面白い冗談ですね」

 フッといつもの表情に戻った蓮野は、手持ちの文庫本に目を落とし始めた。

 その時の会話はそれが精一杯だった。

 だが、確かな変化は見て取れた。

 蓮野の対応が軟化し始めたのは、そこからだっただろう。

 短い会話であったが、俺は確かな感触を得た。


 あれ以前より比べれば、こうやって蓮野が本心からの不機嫌を前面に出すあたり、かなり成長したと言えよう。

 これも月日の努力が成せる業だな。

「と、まぁ、俺なりに蓮野の質問に回答してみたわけだが、満足していただけたかな?」

「え? あ、はい、まぁ」

 しどろもどろになりながら、蓮野は頷く。

 我ながらとは思うが、あの返答は突然すぎたかなとも思う。

 いきなり一目惚れだったんだよねー、なんて言われて蓮野が対応しきれないのは想像していた事ではあるが、これはこれで面白いものであった。

「俺は最初から蓮野が好きだったんだよ。だからお前の事を放っておけないし、出来るだけ傍にいてやろうって思ってる」

「よく、臆面もなくそんな事が言えますね。恥ずかしくないんですか?」

「俺くらい徳の高い人間になると、本心を吐露するのに何の抵抗もなくなるのさ」

「徳は関係ないと思います」

 ため息をついた後、蓮野は席を立った。

「ご回答、ありがとうございます。引き止めてしまってすみませんでした。私はこれで失礼します」

「おぅ、じゃあ俺は写真部に行ってくらぁ」

 蓮野と一緒に立ち上がり、二人で図書室を出た。

 その時、チラッと蓮野の顔を盗み見たが、少し頬が赤くなっていたような気がしたのは多分、見間違いじゃないだろう。


 廊下で蓮野と別れた後、俺はその後姿を見送りながら、ポツリと思う。

 番長と蓮野の関係、聞き出すのはかなり難しいんじゃないかな、と。


****


 そんなこんなで、やってきたのは写真部。

 写真部の部室は二階にある理科実験室と兼用である。何でも、現像に使うための薬品を弄るのに便利なのだとか。

 普通のデジカメならプリンターが一つあれば、もしくは欲を言ってパソコンが一台も付けば現像など簡単なのだが、どうやら昔の名残からか、この特別教室が今でも使われているらしい。

 俺はその教室のドアをガラリと開く。

 今は昼休みであり、部活動の時間ではない。もしかしたら部員はいないかも知れないな、と思っていたのだが……男子を一人見つける。

「おや、見知った顔がいたな」

「ん? やぁやぁ、先輩じゃないですか」

 そこにいたのはいつぞや見た坊主頭。

 四葉のキーホルダーの時に、俺の監視役を命じられていた……

「ええと、君の名前はなんだっけ?」

「椎堂兵太郎です。忘れないでくださいよ」

 へへっと笑った椎堂。なんだか含みのある笑い方をするヤツだった。

 そう言えばコイツは写真部だった。すっかり忘れてたよ。

「お前、こんな所で何してるんだ? 普通、実験の時間か部活動の時間ぐらいしか入らない場所だろ?」

「先輩が人の事を言えるんですか? それとも、誰にも見つからなさそうな場所で、何か良からぬ事を考えていたりとか?」

「そりゃお前の方じゃないのか?」

「へへっ、」

 また含みのある笑いをした椎堂。

 その次に続く言葉に、俺は少し面を食らった。

「その通りですよ」

 コイツ……なんなんだ。

「お前……そういう事は隠しておくもんじゃないのか?」

「いやぁ、見つかってまでしらばっくれるほど、自分の仕事にプライドがないわけではないので。いやむしろ、俺はこの仕事を世間に広めたいと思っています。少なくとも、この学校中には」

「おぉおぉ、自分の仕事にプライドを持つのはいいが、後ろ暗いならやめておけ。お天道様の下を歩けなくなるぞ」

「俺はそれほど悪い事をしているとは思ってないんですよ。世間様は認めてくださいませんがね」

 そう言って、椎堂は幾つかネガフィルムを取り出す。

「それはお前が撮ったのか?」

「ええ、俺は昔っからフィルムカメラ一筋ですからね。今のデジカメが良い所があるのは重々承知ですが、やっぱりフィルムカメラに心惹かれてしまいますよ」

 コイツ、確かにこだわり派の人間か。

 今や、フィルムカメラとデジタルカメラで撮った写真に、ほとんど差異はない。いやむしろデジカメの方が撮り手の技術を補ってくれる機能がある分、良い写真が取れる可能性も高いだろう。それに比べてフィルムカメラは不便だし撮り手の技術を高く要求する。

 そんなフィルムカメラを好んで使い続けているこの男……怪しい。

「椎堂、念のために聞くが、お前……最近発生している隠し撮り写真の事は知っているか? コロポックル内でも調査がされている」

「へへっ、知ってますよ、もちろん。なんたって俺はアン先輩直々にスカウトされた期待のホープですからね!」

 自信満々に胸を張る椎堂。

 知らなかったが、コイツはアン先輩に引き抜かれたのか。一年生の分際で、入学してすぐにコロポックルにスカウトされるとなると……かなり能力を見込まれたか。

 二年になってから声をかけられた俺とはスペックが違うというわけだ。

「お前はその事件の事、どこまで知っている?」

「調査には報酬が出るんでしょう? 協力するなんてナンセンスだと思いますがね」

「報酬を独り占めしたいと?」

「そういうわけではないんですが、俺も協力してしまったら先輩の取り分を要求せざるを得ない。貸し借りは長く続かせない方が結果的に両者のためですからね」

「……わかった、じゃあ質問を変えよう。事件の事は全く関係なく、お前の仕事とやらの事を知りたい」

「へへっ、先輩も興味がありますか」

 嫌な笑いを浮かべながら、椎堂は懐から白い封筒を取り出し、それを放ってよこした。

「中を見ても?」

「どうぞ」

 許可を取って、俺は中を検める。

 入っていたのは数枚の写真。

 今更驚くタイミングも逸してしまったが、女子のあられもない姿を収めた写真だった。

「お、おまえ、これ……っ!?」

「先輩の探していたものでしょう?」

「これ、お前が撮ったのか?」

「俺の他には無理でしょうね。俺の観察眼、撮影場所の選定技術、誰にも見つからないような隠密術、そして撮影技術、どれを抜かしても、この学校にその写真を撮れる人物は、俺ぐらいしかいません」

 胸を張って、自分の悪事を暴露する椎堂。

 その姿は、いっそ清々しかった。

 コイツは本当に、自分のした事を『それほど悪いとは思っていない』のだ。

「コロポックルの情報部が、どれだけ躍起になってこれの犯人を探してると思ってる。逃げおおせられると思っているのか?」

「いいえ。でもさっきも言ったように、俺は別に悪い事をしたとは思っていないし、この仕事を学校中に広めたいと思っているんです」

 全く悪びれない椎堂は、むしろ自分の偉業を自画自賛するように高々と声を上げる。

「俺は女性が一番輝くのは恥ずかしい写真だと思うんです! 俺が収めた着替え写真も然り、単にパンチラ写真とかでも良い! なんならちょっと薄着の姿ってだけでも構わないんです! それがその人にとって恥ずかしい姿ならそうであるほど素晴らしく輝く! 俺はそんな瞬間を写真に収めたくて、それを世間に公表したくて仕方がないんです!!」

「……お前みたいなヤツは早く捕まるべきだな」

「そう言わずに。正直に話したんだから、一度はお目溢しを下さい」

「なに言ってるんだテメェ。自分のやってることが悪い事だと自覚していない犯罪者ほど怖いもんはいないぞ。……いや、待てよ?」

 今何か、ピンと来たぞ。

 確かコイツ、アン先輩から直々にスカウトされたって言ってたな。

「椎堂、俺のほかにお前が犯人だって気付いたヤツはいるのか?」

「さぁ? 足が付くような事はあまりしてないつもりですが、どこからか俺を割り出している人もいるかもしれません。何にせよ、直接俺のところまで来たのは先輩が初めてですよ」

 なるほど、それなら上手い事行けばアン先輩を出し抜けるかもしれないな。

 それが出来れば、俺の悩みの一つが解決するかも知れん。

「よし、わかった。椎堂、お前の事を今は見逃す」

「本当ですか?」

「ああ、ただし、お前が次に誰かを盗撮したりしたら、その時は容赦なくコロポックルの裁判にかけてやるからな」

 そう言い残しながら、俺は実験室を飛び出す。

 片手間にスマホを操作してアン先輩にメールだ。

 用件は、放課後に会おう、とだけ。

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