代理戦争~親父に裏切られアイアンメイデンに投げられる~
対立する様にリビングの机に座る俺とアイアンメイデン。
俺の言った言葉に、未だにご立腹なのか、此方を睨んでいる。
「………ふう、別に貧乳とか、そういうのはもう許します、そうしないと前に進みません死ね」
「おい、明らかに最後の二文字が悪意に満ちた言葉なんだが」
「はて? 何の事でしょうか? 気のせいだと思われますよ馬鹿」
「あ!! お前馬鹿って言いやがったな!!」
アイアンメイデンの精霊 (らしい)と、親父は言ったが、綺麗以外はまったく該当することの無い女だ。
なんやかんやで魔術師やら、精霊やら受け入れてしまったが、今になって嘘臭く感じてきた。
元々親父はサプライズとか好きだから、俺に対してのサプライズなのかもしれない。
「なあ、お前本当に精霊とか、そんな感じの奴、なんだよな?」
「そうですが何か?」
ツンが激しい、もっとこう、頬を赤らめて「そうですけど何か?」と言って欲しいもんだ、口調は変えなくて良い、表情が重要なのよ表情。
「いや、イマイチ理解出来てないんだよな、お前が精霊とか、親父が魔術師とか、実際今日聞いた話だし」
「―――、」
「今日聞いた話~~」辺りでアイアンメイデンは言葉を失う。
凛とした表情に、一瞬の曇りが見えた。
「その、つまり、万丈さんが魔術師だと言う事、魔術の家系である事、ご存じない、と言う事ですか?」
まあ、時々酔っ払って「お父さん、後五年早かったら魔法使いになれたんだ……」って呟いていた事があるけど。
それ以外には、殆どそういう話は聞いたことがないな。
「…………では、「代理戦争」は万丈さんから聞いていないのですか?」
「…?、何だ代理戦争ってのは………」
「……知らされていない? ……まさか、万丈さん…………」
口元に手を当て、アイアンメイデンはブツブツと呟く。
なんだよ、気になるから教えてくれよ。
「その、代理戦争とは、事件を起こした当事者が、互いに代理人を募らせ指定した一名で殺し合う事です」
「―――はあ、それが、どうかしたんか?」
「………単刀直入に言えば、当事者である魔術師・雨月万丈の代理人に、選ばれたんですよ」
――――、
―――――、
――――――、
―――――――は。
「なに、それ………どう言う意味だよ、言ってる意味、分かんねぇよマジ」
嘘だ。
「……代理戦争の舞台はこの日本、万丈さんが私を連れて君に逢いに来た、だったら話はつく筈」
嘘だ、嘘だ。
「………だ、親父は、お前が俺の許婚、そう言って俺を届けたんじゃないのかよ、だったら、親父は俺に逢いに来ても、おかしくは………」
「じゃあ、何で追われている身でありながら、貴方に逢いに来たんですか? 危険が及ぶのなら、肉親に逢いには来ないはず」
―――。
なんだよ、それ。
なんなんだよ、それは。
親父が魔術師で、目の前に居るのがアイアンメイデン。
今日起きたドタバタの事件で、これから起こるであろう毎日の始まりだと思ってた。
別に、親父が魔術師でもいいと思った、違う一日が始まると、少しだけワクワクしてた。
けど、今日が始まってまだ十五時間も経っていない、それなのに。
「………明日から、命の心配しなくちゃいけないのかよぉ…………」
腕が震える、実感の沸かない恐怖が俺を縛り付ける。
震えが止まらない。喉が渇く、だんだんと視界が暗くなる。
いつも寒いギャグと下ネタしか言わない親父が。
時折見せる哀愁の瞳をした親父が。
母さんの葬式で、一人涙を耐えていた親父が。
俺を、代理人として、選んだ。
「なあ、俺、どうしたら……いいんだよ………」
アイアンメイデンは、何も言わない、俺は、この気持ちを静めようとして、アイアンメイデンの手に触れた。
「――――私に、」
「…ん?」
あれ? 何故かアイアンメイデンが遠のいた。
いや違う、俺が後ろに飛んだんだ。
―――――何でだ?
そのまま勢いよく壁にぶつかって、やっとの事でアイアンメイデンが俺を思い切り投げつけた事を理解した。
「――――――触れるなぁあああああああ!!」
フーッ、と猫が威嚇している様に見えた。
いや、それよりもあの細い腕でこんなに投げ飛ばせるものなのか。
いやいや、そんな事よりも――――。
「何で投げ飛ばしたぁああああああああ!? 今俺絶望の真っ最中だったよね!? お前も見てただろアイアンメイデン!!」
「絶望の真っ最中、なら何故私の手に触れたのです!! 子供が出来たらどうするんですか!!」
何その昔の発想!?
「いや、普通は慰めてくれるだろ…」
「普通? 私は知りません、あなたの事なんて何一つ知りません、貴方の言う普通なんて何一つ知りません……だから、だから!!」
だから聞きます、とアイアンメイデンは語る、俺の為に、他の誰でもない、俺だけの為に。
「貴方はそこで終わる人間ですか? 逆上して怒りまくって、この戦争を勝ち抜くとか、勝ち抜いたら万丈さんを探すとか」
息を継ぐ、早口で語るアイアンメイデンは、どうしても俺に伝えたいことがあるらしい。
だからこそ、俺は思う、コレは、こいつなりの慰め方なのだと。
「見つけたら一度ぶん殴るとか、どうして代理人に選んだのか理由を聞くとか、思い切りぶん殴るとか、そんな事は、貴方はしないのですか?」
ぶん殴る二つもあるじゃねぇかよ、と俺は笑ってしまう。
アイアンメイデンは「なにがおかしいんです!!」と怒り出す。
コイツは、俺の為に叱り、慰めてくれた、ならば俺も、俺なりの回答をしよう。
「いやぁ、お前、俺の事何一つ知らないとか、嘘じゃん、ちゃんと分かってるじゃんか、俺のこと」
堂々として立ち上がり、俺は大きく背伸びをした。アイアンメイデンに投げられたせいで背骨が少し痛むが、顔を歪ます程でもない。
むしろ、その痛みが心地良いと思ってしまった。それほどまでのアイアンメイデンの叱りは、よく効いてしまった。
「戦争なんて眼中にねえ、ただ俺は、親父を探してぶん殴ってどうしてこんな事をしたのか聞いて、その後ぶん殴ってやる」
右手で握り締めた拳を、左手で受ける。
パシンッ、と締りのいい音がして、アイアンメイデンもうんうんと頷いて大きく笑った。
それが俺に見せた初めての笑顔で、同時に俺がコイツは本当に精霊なのかもしれない、と思った瞬間だった。
「それでいいのです、よし、じゃあまずは公正人に挨拶しないと」
「………ん?何だその、公正人って」
「え? この代理戦争を取り締まる連中ですよ、話次第でこの代理戦争に降りる事も出来ます」
――――――は。
「早く言えよ!!」